転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#19 真実

 シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ両名が転入してから5日。今日は土曜日だ。

 IS学園は、他の一般的な高校同様に土曜日が半休となっている。午前に理論学習をし、午後は完全自由時間だ。

 と言っても、土曜日は全てのアリーナが開放されるため、ほとんどの生徒が実習に使う。それは、私や一夏も例外ではない。

「さて、デュノア。君は一夏がセシリアや鈴に勝てない理由をどう見る?」

「そうだなぁ……やっぱり単純に射撃武器の特性を把握してないからかな」

 本日の講師は『三人目の男性操縦者』こと、シャルル・デュノア。デュノアが一夏と軽く手合わせを行い、それからIS戦闘に関するレクチャーを開始する。

「そ、そうなのか?一応わかっているつもりだったんだが」

「知識として知っているだけではなんの意味もなかろう」

「そうだね。さっき僕と戦った時も、ほとんど間合いを詰められなかったし」

「うっ……確かに。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』も読まれてたしな……」

 一夏は先の対デュノア戦において、何もさせて貰えずに敗北した。原因は、デュノアの使う射撃武器の特性を知らなすぎた事だ。

「お前の『白式』は近接格闘特化型だ。対戦で勝とうと思えば、より深く射撃武器の特性を把握すべきだぞ」

「それに一夏の瞬時加速は直線的だからね。反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうし」

「直線的か……うーん」

 私とデュノアの言葉に何やら考えるような仕草をする一夏。

「一夏、妙な事を考えてないか?例えば『だったら瞬時加速中に軌道を変えてみるか』とか」

「あ、それはやめた方がいいよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするから」

「……なるほど。ってか、やっぱお前エスパーだろ。九十九」

「お前がわかりやすいんだ。一夏」

 デュノアの話に頷きつつ、こちらへのツッコミも忘れない一夏。この辺が無駄に器用な分、女性関係で不器用なのか?

 それにしても、デュノアの説明は非常に分かり易い。こちらの理解度を確認した上で、その理解度でわかるように噛み砕いた表現をする。これがいつもの連中なら−−

 

『こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんっ!という感じだ』

『なんとなくわかるでしょ?感覚よ感覚。……はあ?なんでわかんないのよバカ』

『防御の時は右半身を斜め上前方へ5度傾けて、回避の時は後方へ20度反転ですわ』

 

 という感じになる。もし、これでわかる奴がいたら名乗り出ろ。褒めてやるから。

 ちなみに、さっきから後ろの方で(自称)コーチの三人がぶつくさ言っている。

「ふん。私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ」

 擬音オンリーのどこがアドバイスだ。とは口にしない。

「あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ」

 ブルース・リー的指導法(考えるな、感じろ)のどこがわかりやすいんだ?とは言わない。

「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だと言うのかしら」

 初心者相手に小難しい理論を小難しいまま教えてどうする。という言葉を飲み込む。

 一流のプレイヤーが一流のコーチとは限らない。その典型例だよな、この三人。

 

「一夏の『白式』って後付武装(イコライザ)がないんだよね」

 デュノアが話を再開する。一夏がその声に身構える。心して聞こうとしている証だな。

「何回か調べてもらったんだけど、拡張領域(バススロット)が空いてないらしい。だから量子変換(インストール)は無理だって言われた」

「多分だけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量を使っているからだよ」

「ワンオフ・アビリティーっていうと……えーと、なんだっけ?」

「言葉通り、単一仕様(ワンオフ)特殊能力(アビリティー)だ。ISと操縦者の相性が最高状態になった時に自然発生する能力の事だな」

「九十九の説明で大体当たり。でも、普通は第二形態(セカンド・フォーム)から発現するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから……」

「それ以外の特殊能力を、複数の人間が扱えるようにした物が第三世代ISとその兵装。この中で言えばセシリアの《ブルー・ティアーズ》、鈴の《龍砲》、私の《ヘカトンケイル》がそれにあたるな」

「なるほど。それで、『白式』の単一仕様ってやっぱり『零落白夜』なのか?」

 エネルギー性質であれば、あらゆるものを無効化・消滅させる単一仕様能力。それが『零落白夜』だ。発動に自身のシールドエネルギーを消耗するというリスクはあるが、その分破壊力は絶大だ。

「『白式』は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけでものすごい異常事態だよ。前例が全くないからね」

「しかも『零落白夜』と言えば初代『ブリュンヒルデ(世界最強)』たる千冬さんが現役当時に乗っていた『暮桜』と同じ能力だ。因縁を感じざるをえんな」

「まあ、姉弟だからとかそんなもんじゃないか?ってか、今考えても仕方ないし」

「確かに。今は一夏の射撃武器の特性把握の方が重要だ。という訳でデュノア、頼めるか?」

「あ、うん。じゃあ、はい、これ」

 そう言ってデュノアが一夏に手渡したのは、先程までデュノアが使っていた.55口径アサルトライフル《ヴェント》だ。

「え?他のやつの装備って使えないんじゃないのか?」

「普通はな。だが所有者が使用許諾(アンロック)をすれば登録者全員が使用できる」

「今、一夏と『白式』に使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」

「お、おう」

 デュノアの丁寧な指導で一夏が《ヴェント》を構える。と、そこで一夏の『白式』に射撃補正用のセンサーリンクが搭載されていない事が発覚。やむを得ず目測で射撃を行う事になった。一体何を考えているんだ?あの兎は。

 

バンッ!!

 

「うおっ!?」

 火薬の炸裂音に驚く一夏。まあ無理もない、私も最初はそうだったからな。

「どう?」

「あ、ああ。そうだな、とりあえず『速い』って言う感想だ」

「そう、速いんだよ。一夏の瞬時加速も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから軌道予測さえあっていれば簡単に当てられるし、外れても牽制になる」

「お前は特攻を仕掛ける時には集中状態にあるが、それでもやはり心がどこかでブレーキをかけているんだ」

「だから簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

「うん」

「ようやく理解できたようだな」

 これまでの模擬戦でセシリアや鈴相手に一方的な展開になる原因に思い至った一夏。

 後ろの方で(自称)コーチ達が呆れ混じりにぼやいている。

「だからそうだと私が何回説明したと……!」

 あのがきんっ!だのどかんっ!だのにはそんな意味があったのか……。いや分かるか!

「って、それすらわかってなかったわけ?はあ、ほんとにバカね」

 感覚頼みの教え方でそれが分かると思う方が馬鹿だろう。

「わたくしはてっきりわかった上であんな無茶な戦い方をしているものと思っていましたけど……」

 小難しい理論をあいつが理解できていると思っている方がおかしいぞ。

 やはりこいつらにコーチ役は無理なのだろうか?私は溜息しか出なかった。

 

「そういえば九十九」

「何かな、デュノア」

「なんで九十九が一夏に射撃武器を貸さなかったの?」

「それなのだが……」

 デュノアが聞いてきたので、私は銃を全種類展開する。大口径拳銃(マグナム)機関拳銃(マシンピストル)回転式機関砲(ガトリングガン)。どれも初心者には扱いづらいものばかりだ。

「一体どれを貸せばいい?クセの強い物ばかりだぞ?」

「えっと……あはは」

 乾いた笑いを上げるデュノア。なら聞くなと言いたい。

 

 

 一夏がデュノアの専用機『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』の事について質問し、その質問にデュノアが丁寧に答えていた時、それは現れた。

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でトライアル段階って聞いてたけど……」

 ざわつくアリーナ。私はすぐさま、一夏はマガジン一本分16発を撃ちきった後で注目の的に視線を移す。

「…………」

 そこにいたのはもう一人の転校生、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 転校初日以来、誰と一緒にいる事も無く、会話さえしない孤高の女子。

 あの一夏ですら会話をした事がない。勘違いとは言え、友人の頬を張りかけた相手と仲良くはできないと言う事なのか?それとも単純にどんな顔で話しかければいいのか分からないの方か?

「おい」

 ISの開放回線(オープン・チャネル)で話しかけてくるボーデヴィッヒ。とりあえず返事を返してみる。

「何かな?ボーデヴィッヒ」

「貴様ではない。織斑一夏、貴様だ」

「な、なんだ?」

 訳がわからないという感じに返事をする一夏。これも私が叩かれかけた事(原作と違う展開)の影響か?本来なら気が進まないと言わんばかりの生返事だったはずだが……。

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 こちらに飛翔してきながら言葉を続けるボーデヴィッヒ。

「えっと、なんでだ?理由がないだろ」

「貴様にはなくても私にはある」

 ボーデヴィッヒの言葉に一夏の顔が微かに歪む。彼女の言う『理由』に思い至ったのだろう。

 それは、第ニ回モンド・グロッソ総合部門決勝戦直前の一夏誘拐事件だ。

 一夏は決勝戦当日に何者かによって誘拐され、ドイツ軍から報せを受けた千冬さんが決勝戦会場から救出に向かったのだ。

 当然、決勝戦は千冬さんの不戦敗となり、大会連覇はならなかった。誰しもが千冬さんの連覇を確信していたため、決勝戦棄権は世間に大きな騒動を招いた。

 一夏の誘拐事件は世間には一切公表されなかったが、事件発生時に独自の情報網から監禁場所のおおよその位置の情報を入手していたドイツ軍関係者、その時一夏と一緒にいた私は全容を大体把握している。

 千冬さんはドイツ軍からもたらされた情報によって一夏を助け出せたと言う『借り』を返すため、大会終了後の一年少々の間、ドイツ軍のIS部隊教官をしていた。

 その後しばらく足取りがつかめなくなり、突然の現役引退、現在のIS学園教師へと仕事を移したというわけだ。

「貴様がいなければ教官が大会連覇をなし得ただろう事は容易に想像できる。だから私は貴様を−−貴様の存在を認めない」

 つまりそういう事だ。千冬さんの教え子という事以上に、彼女はあの人の強さに惚れ込んでいる。故に、その経歴に傷をつけた一夏を憎悪の対象として見ているのだ。

 小説を読んでいた時(前世の時)には分からなかった彼女の気持ちが今なら少しわかる。

 一夏はあの日の無力な自分が今でも許せないし、原作を守る為とは言え、あの時手を差し伸べなかった事を私も悔いているからだ。

 とは言え、それとこれとは別問題。一夏とボーデヴィッヒが戦う理由にはならない。だいいち、一夏にやる気がないのだ。

「どうする?一夏」

「また今度な」

 言って背を向ける一夏。そのまま歩き去ろうとするが、それをボーデヴィッヒが阻む。

「ふん。ならば−−戦わざるを得ないようにしてやる!」

 言うが早いかボーデヴィッヒは自身のISを戦闘状態にシフト。左肩の大型実弾砲が火を噴く。

「一夏!」

「!」

 

ゴガンッ!

 

「こんな密集空間で戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

「貴様……」

 横から割り込みをかけたデュノアがシールドで実体弾を弾くと同時に、右手に.61口径アサルトカノン《ガルム》を展開してボーデヴィッヒに向ける。

「フランスの第二世代型(アンティーク)ごときで私の前に立ち塞がるとはな」

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型(ルーキー)よりは動けるだろうからね」

 互いに涼しい顔での睨み合いが続く。

 その横で、一夏はデュノアの行った事に凄味を感じているようだった。

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)。通常1〜2秒かかる武装の量子構成をほぼ一瞬で行う、操縦者の技能の一つだ。

 この技能があれば、事前に武装の呼び出しをせずとも、戦闘状況に合わせて適切な武装を使用可能だ。そして、それと同時に弾薬の高速補給も可能となる。

 つまり、持久戦において圧倒的アドバンテージを得られるという事だ。

 また、相手の装備を確認した上で自分の装備を変更できるという強みがある。

 デュノアの専用機が量産型のカスタム機なのは、デュノア社が第三世代型を開発できていない事以上に、この技能を活かす事ができるからだろうな。

 

『そこの生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 アリーナにスピーカーからの声が響く。騒ぎを聞きつけてやって来た担当教師だろう。

「……ふん。今日は引こう」

 二度も横槍を入れられて興が削がれたか、ボーデヴィッヒは戦闘態勢を解除しアリーナゲートへ去っていく。

 その向こうでは怒り心頭の教師が待ち構えているだろうが、ボーデヴィッヒの性格上無視を決め込むだろう。

「やれやれ、なかなかに面倒な奴のようだな」

「一夏、大丈夫?」

「ああ、助かったよ」

 一夏に声をかけるデュノアの顔に、先程までの鋭い視線はもう欠片もない。いつもの人懐こい顔のデュノアが一夏を顔をのぞき込んでいた。

「一夏、デュノア、今日はもう上がろう。16時を過ぎた。閉館だ」

「おう、そうだな。あ、シャルル。銃サンキュな。色々参考になった」

「それなら良かった」

 そう言ってにこりと微笑むデュノア。一夏が何やら落ち着かない様子だった。女の子の無防備な姿なんて、男からすればどきりとするものの筆頭だ。一夏がこうなるのは当然だ。

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

 当然といえば当然だが、デュノアはIS実習後の着替えを私達としない。それが一夏は気に入らないらしい。デュノアの説得に入る。

「たまには一緒に着替えようぜ」

「い、イヤ」

「つれないこと言うなよ」

「そこまでだ、一夏」

 これ以上はデュノアが押し切られてしまいかねなかったので、一夏を止めに入る。

「デュノアには着替えを見られたくない何かしらの理由があるのだろうさ」

「理由って……例えば?」

「大きな傷痕があるとか、消えない痣があるとかかも知れん。もしくは……」

「もしくは?」

「実は男と偽っている女の子で、それがバレたくないとか」

 ちらりとデュノアの方を見ながら言う。一瞬、デュノアの肩がぴくりと動いた。

「最後のはないだろ。でもまあ、そういう事かもしれないなら仕方ないか。じゃあ先行ってるぞ」

「10分もあれば着替えは終わる。しばらく待っていたまえ」

「う、うん……」

 それだけ告げ、ゲートへ向かう。急加速・急停止も慣れたものだ。日々の訓練の賜物だな。

 

 

「しかしまあ、贅沢っちゃ贅沢だよな」

「物寂しいとも言うがな」

 ガランとした更衣室で一夏が呟く。更衣室のロッカーの数は50台200人分。当然室内もそれに見合う大きさだ。それをたった二人で使えばこうもなろうというものだ。

 私は『フェンリル』を待機形態(ドッグタグ)に変換、そのまま制服に着替える。ちなみに一夏はやはりスーツを脱いでいた。私のアドバイスを活かす気はないのか?

「はー、風呂に入りてえ……」

 ポツリと一夏がぼやいた。いくらISスーツが吸水性と速乾性に優れているとはいえ、汗をかいた事に変わりはない。心身共にリフレッシュしたい気持ちはよく分かる。

「山田先生がタイムテーブルを組み直してくれているらしいから、それを待つしかあるまい」

「仕方ないか……。よし、着替え終わり」

 一夏が着替え終わるのとほぼ同時に、更衣室の外から声がかけられた。

「あのー織斑君、村雲君、デュノア君はいますかー?」

「はい。織斑、村雲がいます。着替えは済んでいますので、どうぞお入り下さい」

「それじゃあ、失礼しますねー」

 バシュッとドアが開き、山田先生が入って来た。噂をすれば影と言うやつか。

 

 山田先生の話とは、今月下旬から週二回大浴場の男子使用日を設ける事が決まった。というものだった。

 これを聞いた一夏は大喜び。嬉しさからか山田先生の手を取りしきりに感謝の念を言葉にしていた。のは良いのだが……。

「一夏、そろそろ手を離せ」

「なにしてるの?一夏。先生の手なんか握って」

「あ、いや。何でもない」

 一夏が慌てて山田先生の手を離す。先生もデュノアに言われて恥ずかしくなったのか、一夏が手を離すと同時に背を向ける。

「一夏、先に戻っててって言ったよね。九十九、10分くらいで済むって言ったよね」

「お、おう、すまん」

 何やら刺々しい物言いのデュノア。だが表情はいつも通りなので、それが逆に怖い。

「いやすまない。更衣室を出ようとした所で山田先生が話があると言ってきてね。なんでも今月下旬から大浴場の使用ができるようになるそうだ」

「そうなんだよ!いや~楽しみだぜ!」

「そう」

 興奮気味に話す一夏を横目に、ISを解除したデュノアはタオルで頭を拭き始める。

 一体何がデュノアの機嫌を悪くしたのかいまいち良くわからないが、ここは下手につつかない方が良さそうだ。

「ああ、そういえば織斑君にはもう一件用事があるんです。ちょっと書いて欲しい書類があるんで、職員室まで来てもらえますか?『白式』の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど」

「わかりました。−−じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」

「うん。わかった」

「まあせいぜい名前を書くぐらいのものだろう。さっさと終わらせてこい」

「おう。じゃ山田先生、行きましょうか」

 山田先生に連れられ、一夏は職員室へ。私とデュノアもそれぞれの部屋へ戻った。

 

 

「ただいま、本音さん」

「おかえり〜、つくもん。シャワーあいてるよ〜」

「ああ、ありがとう。使わせてもらうよ」

 着替えを手に取り、シャワールームへ向かう。シャワーを浴びている途中ふと考えると、IS学園に来て以来一度も浴槽に体を沈めていない事に気づいた。

 なにせ元が女子寮で、海外には湯船に浸かるという習慣がある国がほとんどないためか、個室の浴槽が酷く狭いのだ。

 これではリフレッシュは無理だろうな。ああ、だからこその大浴場か。

 

「ふう、さっぱりした。本音さん、この後だが……」

 

prrr prrr

 

 夕食に行かないか。と言おうとした所で携帯電話がなる。送信者は一夏。

 

ピッ

 

「なんだ?今度は何をやらかした?」

『俺が何かしたの確定なのかよ!?』

「当然だ。お前が私に電話をかけてくるのは遊びか食事の誘い、もしくは自分では対処しきれない事態になり、私に助けを求める時ぐらいだからな。で?何をした」

『お前が言った、シャルルが一緒に着替えたがらない訳の三番目が当たってた』

「……今行く。待ってろ」

 ようやくやらかしたか。通話を切り、パソコンと書類を持ってドアへ向かう。

「ど~したの?つくもん」

「一夏が助けを求めてきたので行ってくる。すまないが一緒に夕食には行けそうにない」

「そっか〜。わかった〜、行ってらっしゃ〜い」

「ああ、行ってくる」

 

 一夏の部屋へ入ると、男装を解いたデュノアと一夏が深刻そうな顔でこちらを見てきた。

「さて、何が原因で君の男装がバレたのかはあえて訊かない。まずは聞かせて欲しい。何故男のふりをしていたのかを」

「……うん」

 そこからデュノアは訥々と語り始めた。

 自分が愛人の子である事。二年前に母が亡くなり、父であるデュノア社社長フランシス・デュノアに引き取られた事。

 検査の過程でIS適応が高い事が判明し、非公式のテストパイロットになった事。

 本妻に殴られ、「泥棒猫の娘」と罵られた事。

 そして、現在デュノア社が深刻な経営危機に陥っている事。

「それがどうして男装に繋がるんだ?」

「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに−−」

「同性なら特異ケース(私達)と接触しやすい。機体や本人のデータを取る事もできるかもしれない。と言う事だな」

「それはつまり−−」

「そう。『白式』か『フェンリル』のどちらか、できれば両方のデータを盗んでこいって言われてるんだよ。あの人にね」

 なるほど、そう聞かされているのか。だからこそ父親をああも他人行儀に呼ぶのだな。

「ふむ、聞いていた事前情報とさして変わらんな」

「「えっ!?」」

「デュノア、私は君が女性だという事を、君が転入してくる以前から知っていた」

 言いながらデュノアに紙媒体の資料を差し出す。表題は『フランシス・デュノア、並びにデュノア社に関する最深度調査報告書』2日前、ムニンから送られてきた物だ。

「これって……」

「読みたまえ、デュノア。君に全てを知る覚悟があるのなら」

「…………」

 資料を前に僅かに逡巡した後、意を決したように資料を受け取り、ページを開く。

「最初におかしいと思ったのは、軍需産業界に首まで浸かったフランシス・デュノアが、事が露見すれば自社が潰れかねないような策を使うのか?という点だった」

 そもそもあんなお粗末な、見る人が見れば男装女子だと分かる恰好で誰にもバレないと思っている事自体がおかしいのだ。

 これは、明らかにそういった事に疎い人物が、思い付きを無理矢理実行に移させたものだと言う事が分かる。そして、デュノア社の中にそれができるのは、社長を除けば一人だけしかいない。

「つまり君を男としてここに転入させる事を画策した張本人は、デュノア社長夫人エレオノール・デュノアだ」

「………!」

「さあ、読み進めたまえ。その先に、君が知らなければならない事が書いてある」

「う、うん」

 デュノアは恐る恐るページをめくり、そこに書いてある事を確かめる。

 私と一夏はそれをただ見守っていた。

 

 

 この日、シャルロット・デュノアは父の真実を知ることになった。

 この事が原作をどう変えるのか?それはまだ分からない。




次回予告

今を守って未来を失うか?
未来のために今を捨てるか?
それとも……

次回「転生者の打算的日常」
#20 決心

全ては君次第だ。

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