♢
6月第1週の日曜日。私は所属企業であるラグナロク・コーポレーションに来ていた。
《レーヴァテイン・
「では博士、お願いします」
「はい、お任せください。新品同様にピカピカにしますよ!」
妙に張り切っている
場所は移り社長室。ラグナロク・コーポレーション社長
「デュノア社が?」
「ああ。最近動きが慌しいと、フギンとムニンから報告があってね」
デュノア社。第二世代最後発にして最優秀とも評されるフランス製IS『ラファール・リヴァイヴ』の製造開発元であり、世界第三位のシェアを誇る企業である。
だが、シェア第三位とはあくまで第二世代ISの話。各国が第三世代ISの研究・開発に注力している昨今において、デュノア社は完全に出遅れていると言ってよく、第三世代ISを開発するには時間もデータも足りず、今現在開発はストップしている状態だ。
また、フランスは現在
その為、焦ったフランス政府はデュノア社に対し予算の大幅減を通達。さらに、第三次欧州連合統合防衛計画のトライアルで開発したISが次期主力機に選定されなかった場合、IS開発許可の取り下げを通告したと言う。
デュノア社は今、倒産の危機にさらされているのである。
「そんな訳で、焦ったデュノア社は第三世代ISのデータ入手の為に、とんでもない策を講じようとしている」
「その策とは?」
原作知識で知ってはいるが、聞かないのは不自然なので質問をする。
「これを見てくれ」
社長が私に渡したのは一枚の写真。目線がカメラに来ていない事から隠し撮りであると判る。
ハニーブロンドの髪を首の後ろで纏めた、美しい藤色の瞳が印象的な少年とも少女ともとれる顔つきの人物。だが、胸元の確かな膨らみが、写真の中の人物が少女である事を声高に主張していた。間違いない、彼女は……。
「シャルロット・デュノア。デュノア社社長とその愛人の間の娘だそうだ。デュノア社は、この娘をIS学園に転入させようとしている。『三人目』としてね」
「……なるほど、目的は体のいい広告塔。それと私と一夏の身体データかISのデータ、もしくはその両方ですね」
「それしかないだろう。九十九君、くれぐれも用心してくれ」
「わかっています。……社長。一つお願いが」
「フギンとムニンにデュノア社の最深度調査を……かな?もう言ってあるよ。あと一週間もあればデュノア社を丸裸に出来る。資料は君の所にも送ろう」
「流石、仕事が早くていらっしゃる」
「兵は神速を尊ぶ。何事もいかに素早く先手を打てるかが勝敗のカギなのさ」
「くくっ、違いないですな」
「ふふっ、だろう?」
社長と二人で顔を見合わせ、含み笑いを零す。ああ、この人とはホントに気が合うな。ちなみに……。
「僕、今完全に空気だよね」
同じ部屋にいた私の父で、ラグナロク・コーポレーション社長秘書
「では、失礼します」
扉の前で一礼し、出ていく九十九を見送った藍作と槍真。槍真は藍作に目を向けて言った。
「良かったのか?あの事を言わなくて」
「資料が出来たら手紙の一つでも付けて教えるさ。情報とは……」
「自分は相手の物を持っているが、相手には自分の物を与えないのが最上。だろ?九十九も似たような事を言っていたよ」
「そうか。やはり彼は面白いな」
そう言って含み笑いを零す藍作を、槍真は溜息混じりに眺めていた。
♢
昼食時の社員食堂。カツ丼(特盛)を食べていると、後ろから声をかけられた。
「相変わらずよく食べるわね。見てるこっちがお腹一杯になるわ」
振り向くとそこにいたのは一人の女性。ピンクブロンドの長髪、ツリ目がちの碧目、少々物足りないボリュームの……。
「アンタ、今どこ見てた?」
「失礼した、ミス・ヴァリエール。それともミセス・平賀とお呼びした方が?」
「心の篭ってない謝罪はいらないわ。あと、ミセスはやめて。まだ慣れないから」
私の前で照れたように頬を染めるこの女性は、ルイズ・ヴァリエール・平賀さん。
ラグナロク所属のテストパイロットで、元フランス代表候補生。私にISの戦闘機動の基礎を教えてくれた、言わば師匠だ。
得意戦術はグレネードランチャーによる空間制圧射撃。と言うよりそれしかしない。両手に大口径グレネードランチャーを構え、とにかくバカスカ撃ちまくるのだ。
その爆炎が晴れた先には草木一本残らない事から、ついた二つ名が『
又は本人の身体的特徴を皮肉って『
ちなみに最近結婚した旦那さんの名前は
二人の名前を聞いた時、私は「冗談だろ?」と言いたくなった。前世で一度だけ読んだファンタジー小説の主人公とヒロインと名前が同じとか、正直ひょっとしてと疑うぞ。
「それで、なんの用ですか?ルイズさん。また才人さんが何かしでかしたので?」
「そうなのよ!ちょっと聞いてよ九十九!あいつったらね……」
ルイズさんは普段はキリッとした女性なのだが、才人さんが絡むと途端に残念な感じになる。
私や周りの誰かを捕まえては、才人さんの事を始めは愚痴り、次に惚気て、最後は「あいつのそんな所も好き」で締める。
しかもこちらが口を挟む暇のないマシンガントークを展開。本人が満足するか、誰かの横槍が入るまで延々話し続けるのだ。
「ちょっと九十九!聞いてるの!?」
「あ、はい。聞いてます、聞いてます」
なので話に巻き込まれたら、嵐が過ぎるのを待つしかないわけで……。
「でね、その時の笑顔がかわいくて−−」
「そうですかー」
結局、この日私がルイズさんから解放されたのは、絵地村博士が『フェンリル』のチェックと整備が終わったと知らせに来た17時の事だった。何もしてないはずなのにひどく疲れた休日だった。
♢
「ただいま。本音さん」
「むっす~」
寮の部屋に帰ると、何やら不機嫌そうな顔の本音さんがお出迎え。
「どうしたね?本音さん。かわいい顔が台無しだぞ?」
「……どこに行ってたの〜?」
「『フェンリル』の整備の為に会社に行っていた。朝そう言ったし、返事も返して貰ったが?」
「ほえ?そ~なの?」
「ああ。もっとも君はかなり寝惚けていたようだがね」
朝、私は本音さんに「『フェンリル』の整備の為に会社に行ってくる」と声をかけた。本音さんはのっそりと起き上がり、眠そうな声で「いってらっしゃ〜い」と返した後、もう一度ベッドに倒れた。
「ああ、これはきっと覚えてないな。とは思ったが……」
「あうぅ……ごめんなさい」
しゅんとする本音さん。こころなしか狐パジャマの耳が垂れているように……いや、本当に垂れてる!?どういう仕組みだ!?なんかカワイイ!!
「いや、書き置きくらいは残すべきだったが、それを怠った私にも非はある。お詫びに今日の夕食は私が出そう。なんなら食後にケーキを付けてもいい」
それを聞いた本音さんの狐パジャマの耳がピコンと立った。本当にどういう仕組みだ?
「ほんと〜?」
顔を上げた本音さんの目は期待に溢れていた。こういう所は、まだお子様だよな。
「当然だ。この村雲九十九、女性相手に嘘はつかん。では、行こうか」
「うん!」
さて、今日の夕食は何にするかな。
「なに?蘭が?」
「ああ、来年
食堂で夕食をとっていると、先に夕食を終えていた一夏に
「ね〜ね〜つくもん、蘭ってだれ〜?」
「ああ、私と一夏の共通の友人『五反田弾』の妹さんだ。聖マリアンヌ女学院で生徒会長を務める女の子だよ」
「えっ!?聖マリアンヌって言ったら……」
「エスカレーター式で大学まで出れて、しかも卒業生ってだけで一流企業に就職できるぐらいにネームバリューのある所だよね?」
私と本音さんと一緒に夕食をとっていた相川さんと谷本さんが驚きの声を上げる。
「まあ、おおかた背中を追いたい『誰か』がここにいるのだろうよ」
言いながら、その『誰か』に目を向ける。
「ん?なんだよ九十九」
「「「ああ〜〜〜」」」
その『誰か』はいまいち分かっていない様子だったが、女子達は分かったようだった。
「で、入学した時は俺が面倒見ることになったんだよ」
「女の約束は軽くないぞ一夏。安請け合いをして責任がとれるのか?」
「それ、鈴にも言われたぜ」
僅かに肩を落とし、つぶやく一夏。
「まあ、蘭と約束した以上その約束は守れ。でなければ……」
「でなければ……?」
「《
「九十九が黒い笑みを!怖えよ!?」
私の笑顔に本気で恐れをなす一夏。ちなみに、わりと本気だ。
「ん〜。おいし〜」
一夏が部屋へ戻っていった後、本音さんがケーキを食べてご満悦といった顔をしているのを眺めつつコーヒーを啜っていると、他のクラスの女子から声をかけられた。
「あの、村雲君。あの噂ってホント?」
「ん?噂とはなんの事かね?」
「あのね、今度の−−むぐっ!?」
何か言いかけたその子の口を、後ろから別の女子が塞ぐ。まさかとは思うが……。
「な、なんでもないのっ!なんでもっ」
「−−バカ!秘密って言ったでしょ!?」
「で、でも……」
一人が私の前で体を広げて妨害。その後ろで二人が小声で喋っている。
「それで?噂とはなにかね?」
「う、うん!?なんの事かな!?」
「人の噂も365日って言うし!」
「75日だ。……君達、何か隠してないかね?」
「「「そんなことないよ!?」」」
必死に取り繕おうとする三人組だが、その態度は「隠し事をしています」と言っているようなものだ。なので……。
「教えてくれないかね?(ニッコリ)」
「「「アッ、ハイ」」」
「つくもんの必殺『怖い笑顔』が決まった〜!どう思いますか?解説のきよりん」
「そうですねえ。あの笑顔には有無を言わせない迫力がありますから、初見ではまず耐えられないでしょう」
突然格闘技の実況解説じみた会話をする本音さんと相川さん。人の誠心誠意をなんだと思っているんだ?
「えっと……」
「実は……」
女子から語られたその噂とは「今度の学年別トーナメントで優勝すると織斑一夏・村雲九十九のどちらかと交際できる権利が与えられる」と言うものだった。
この噂自体は、原作でも流れた噂だ。しかし若干の原作乖離が起きたのか、その噂の対象に私も入っているのだ。
「その噂、
「えっと、何日か前に織斑くんの部屋の辺りから『学年別トーナメントで私が優勝したら付き合ってもらう!』って誰かが言ってたのを他の子が聞いたって言ってたのを聞いて……」
「なるほど。そこから尾ひれがついて、いつの間にか『学年別トーナメントで優勝すると織斑一夏・村雲九十九のどちらかと交際できる権利が与えられる』になった。という事か」
「どうするの〜?つくもん」
「ここまで広まっていては、火消しは難しいだろう。それに……」
「「「それに?」」」
原作通りに行けばだが、VTシステムの暴走により学年別トーナメントは中止になり、それにより噂は完全に無効となる。つまり、放っておいても問題はないのだ。とは言え、それをそのまま言うわけにはいかないので。
「私がその噂を根も葉もない物だと断じれば、女子のモチベーションはガタ落ちだ。たとえ嘘でも、それが奮起の材料になっているなら、それを止める理由はないよ」
「「「なるほど〜」」」
感心したように何度も頷く本音さん、相川さん、谷本さん。
「えっ!?それじゃああの噂は−−」
「君達は何も聞いていない。いいね?(ニッコリ)」
「「「アッ、ハイ」」」
私の笑顔と誠意を込めたお願いに快く頷いてくれる三人組。その後、何やらギクシャクした動きで食堂を出ていった。大丈夫か?あの三人。
「やっぱり村雲君の笑顔って……」
「なんか怖いよね」
「そんなに怖いかね?」
「だいじょうぶだよ〜、つくもん」
「本音さん?」
肩を落とす私に、ふんわり笑顔を向けながら言う本音さん。
「つくもんが優しい笑顔もできるって、わたし知ってるから~」
「ああ、ありがとう。本音さん」
不覚にも涙が出そうになった。本音さんマジ天使。
♢
「やっぱりハヅキ社がいいなぁ」
「そう?ハヅキのってデザインだけって感じじゃん?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的にミューレイのかな。特にスムーズモデル」
「あれ、モノはいいけど高いじゃん」
月曜日の朝。クラスの女子がワイワイと談笑している。手に手にカタログを持ち、あれこれ意見交換をしている。
「そういえば織斑くんと村雲くんのISスーツってどこのやつなの?見たことない型だけど」
「あー。特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、元はイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる」
「私の物はラグナロクの特別製だ。ウチはISスーツも作っているのでね」
ISスーツとは、文字通りIS展開時に着用する特殊なフィットスーツだ。このスーツ無しでもISの操縦自体は可能だが、反応速度に違いが出るのだ。
何故ならISスーツとは肌表面の微弱な電位差を検知し、操縦者の動きを各部にダイレクトに伝達する事で、必要な動きをISに行わせるための物。言わば、円滑な操縦を行うための媒体なのだ。
「また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」
説明をしつつ教室に現れたのは山田先生だった。
「山ちゃん詳しい!」
「一応先生ですから……って、や、山ちゃん?」
「山ぴー見直した!」
「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」
入学から約二ヶ月。山田先生には確認できる限り八つは愛称がついていた。慕われているのか友達扱いなのかわからないが、まあ人徳という事にしておこう。
「教師をあだ名で呼ぶのは……」と弱めの拒絶を示す山田先生だったが、生徒達はどこ吹く風と言わんばかりに「まーやん」や「マヤマヤ」とあだ名を連ねていく。
「マヤマヤもちょっと……」
「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」
「あ、あれはやめてください!」
珍しく語気を強め、明確な拒絶を示す山田先生。前回「ヤマヤ」と呼ばれた時も似たような反応を返していたが、何かトラウマでもあるのだろうか?
「とにかくですね。ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか?わかりましたね?」
「はーい」とクラス中から返事がくるが、明らかに言っているだけの返事だ。今後も山田先生にあだ名は増えていく事だろう。合掌。
「諸君、おはよう」
「お、おはようございます!」
一方、絶対にあだ名は付かないだろう我等が担任教師、織斑千冬さんが登場。たったそれだけでクラスの空気が引き締まる。相変わらずスゴイ人だ。
よく見るとスーツが夏用になっている。一夏が用意したのだろう。あの人着る物に頓着しないからな。
そういえば、学年別トーナメント終了と同時に生徒も夏服に替るそうだ。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学園指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学園指定の水着で訓練を受けてもらう。それもない者は……まあ下着で構わんだろう」
いや、構うでしょ!と、心の中でツッコミを入れたのは私だけではあるまい。今年は男がいるのだし、下着姿はマズかろう。
余談だが、学園指定の水着は何とスクール水着である。そう、男心をくすぐる紺色の憎いアンチクショウだ。
絶滅危惧種指定されていたが、まさかこんな所で生き延びていたとはな。弾は喜びそうだ。一夏はどうでもいいとか思ってそうだが。
(ああ、そういえば体操着もブルマーだったな)
やはり弾は喜びそうだ。当然だが、男子は短パンだ。男のブルマーなど誰得だと言いたい。
なお、学園指定のISスーツはタンクトップとスパッツを組み合わせたような、極めてシンプルなものだ。何故学園指定のものがあるのに各人で用意するのか。
それは、ISが自己進化をするものであり、百人百様の仕様へと変化するために、早い段階でのスタイル確立が重要なのだ。
当然、ここにいる全員が専用機を持てる訳ではないため、どこまで個別のスーツが役立つかは線引きが難しいが、そこは花も恥じらう10代女子の感性と言う奴を優先させてくれているのだろう。「女はオシャレの生き物なんだよ〜」とは本音さんの弁。
ちなみに専用機持ちの特権である『パーソナライズ』を行うと、IS展開時にスーツも合わせて展開される。その際、着ていた服は素粒子まで分解、
着替える手間が省けるので楽なのだが、ISスーツ込みの展開はそのためのエネルギーを消耗するため、緊急時でもない限りISスーツを着てからISを展開するのがベターであると言える。
「では山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ」
連絡事項を言い終えた千冬さんが山田先生にバトンタッチ。ちょうど眼鏡を拭いていたらしく、慌ててかけ直す様はワタワタしている子犬のようだった。
「ええとですね、今日は転校生を紹介します!しかも二名です!」
「え……」
「「「ええええっ!?」」」
突然の転校生紹介に一気にざわつく教室。それもそうだろう。噂好きの10代女子の情報網をかいくぐり、いきなり二人も転校生が現れれば驚きもする。もっとも、私は知っていたわけだが。
「それでは、入ってきてください」
山田先生がそう言うと、教室のドアが開いた。
「失礼します」
「…………」
クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきが止まる。それも当然だ。何故なら、その内の一人が−−(外見上は)男子だったのだ。
こうして私は『偽りの三人目』と出会った。
私は『知っている』と言うアドバンテージをどう活かすかを考えていた。
次回予告
始まる実戦訓練。
始まる女の戦い。
できれば外から眺めていたいが……。
次回「転生者の打算的日常」
#17 訓練
頼むから、私を巻き込まないでくれ……。