♢
混乱と恐怖に支配された第二アリーナ観客席。そこで私は、信じられない光景を目にしていた。
アリーナのシールドバリアを破って現れた、
「馬鹿な……何故……」
その『ゴーレム』が二機いて、しかもうち一機が無機質な目でこちらを見ているのだ。私はこのタイミングで発生した原作との乖離に、軽い混乱に見舞われる。と、こちらを見ていた『ゴーレム』がおもむろに腕を挙げる。まさか!?
ーーー警告!敵ISに高エネルギー反応を確認!緊急展開します!ーーー
「くっ……!」
『フェンリル』が自動展開すると同時に、私は観客席の天井ギリギリまで移動する。
アリーナの天井の高さは、観客席最上段から50m。これは、万が一何者かからの襲撃を受けた際、生徒を教師が搭乗するISで護衛するために必要な高さらしい。だが、普段は無駄なその天井の高さが今回はありがたい。
これは賭けだ。『ゴーレムB』の狙いが私自身ならば、掌の砲口は私を追って上へ上がる。
そのまま砲撃をしてくれれば、再びシールドバリアに穴が開く。そうなれば、私はそこからアリーナへ飛び込んで『ゴーレムB』を撃破する事ができる。
しかし、私がアリーナへ入り込むのを阻止する事が狙いなら、その砲口は観客席に向かう。私は観客を守る為、自らを盾にせざるをえなくなる。
結果として私はその場に釘付けになり、一夏と鈴を救援できない事になる。あいつの狙いは、どちらだ?
『ゴーレムB』の腕は、私を追って上がった。狙いはあくまで私一人という事か。私はアリーナの最上段通路に殺到している生徒達に声をかける。
「総員、そのまま動くな!!」
「えっ!?」
私の言葉に『?』を浮かべる生徒達。説明している時間は無い。ゆえに叫ぶ。
「死にたくなければそこでじっとしてろ!いいな!?」
「「「は、はい‼」」」
ズバアアアッ‼
言い終えると同時、『ゴーレムB』から大出力砲撃が来た。
ズドオオオオンッ!!
シールドバリアを貫くほどの攻撃力を持った砲撃が私を捉え、その直後に爆発。
「「「きゃああああっ!!」」」
「つくも〜ん!!」
瞬間、観客席は狂乱と爆炎に包まれた。
♢
その光景は『ゴーレムA』と戦闘中だった一夏と鈴の目にも映った。
「な、なんだ!?」
「九十九がもう一機のビームをまともにくらったみたい!」
「なんだって!?」
『ゴーレムA』の攻撃を回避しつつ、会話をする鈴と一夏。鈴の言葉に一夏が観客席を見る。その視線の先で、爆炎の中から何かが観客席に落ちるのが見えた。
「や、野郎!」
怒りに任せて『ゴーレムB』に突撃する一夏。それに気づいた『ゴーレムA』が一夏の行く手を阻む様に回り込む。
「ちょ、ちょっと一夏!?」
「うおおおおっ!」
『ゴーレムA』がその腕を一夏へ向けて、ビームを放とうとした瞬間。
ズンッ!
一夏の目の前数mに、突然『壁』が降ってきた。
「へっ?って、ブッ!?」
バシュウッ!パアンッ!
一夏のぶつかった『壁』は、本来なら一夏に当たっていたビームを弾いていた。
「いってー。なんだこれ?壁か?」
「アリーナの壁でも落ちてきたの?でもこれ、今ビームを弾いたわよね?じゃあこれって……」
「見て分からんか?盾だ」
「「えっ?」」
かけられた声に驚く二人。何故ならそこにいたのは、ついさっき観客席に墜ちたはずの……。
爆炎の中から何かが落ちてきた時、真っ先にそれに走り寄ったのは本音だった。
「つくもん!大丈夫!?しっかりし……て?あれ?」
落ちてきた物に近づくにつれ、本音は自分の中で違和感が強くなるのを感じた。機体色が違う、特徴的なスラスターが無い、というかそもそも人型ではない。それは……。
「えっと……壁?」
とてつもなく大きな『壁』だった。ただ裏側に取手のような物が付いているが。
「じゃ〜、ひょっとしてこれって〜……」
『見て分からんか?盾だ』
「えっ!?」
アリーナ内に
何故ならそこにいたのは、謎のISのビームをまともに受けたはずの……。
♢
「「「九十九(つくもん)!?なんでここ(そこ)に!?」」」
私だったのだから。
「何故と言われてもな。相手のビームを防いで、破れたシールドバリアから入ってきたからだが?」
「防いだって……どうやって?」
私はアリーナに突き立った『壁』を指さし、説明をする。
「それだ。
ただし、あまりにも巨大なため取回しが利かず、側面や後方に回られると防御が間に合わないのが欠点だが。
ちなみに爆発はシールド前面に仕込んだ小口径グレネードによるものだ。目くらましには丁度いい。
「無茶苦茶だわ……」
「お前の会社、準備よすぎないか?」
「褒め言葉と受け取ろう。それより一夏、気づいているか?」
「ああ。鈴、あいつの動きって何かに似てないか?」
「何かって何よ?コマとか言うんじゃないでしょうね」
「いや、なんつうか……機械じみてないか?」
「ISは機械よ」
「そう言うんじゃなくてだな。えーと……」
「つまり一夏はあれに人が乗っていないのではないか、と言いたいのだな?」
「あ、ああ、そんな感じだ」
「あり得ないわ。ISは人が乗らないと動かない。そういうものだもの」
教科書では確かにそうなっている。しかし、そうではない。あれは間違いなく無人機だ。何せあの兎博士のお手製だ。その目的はいまいち分からないが。
『ゴーレム』の性能実験を兼ねた一夏のかませ犬役なら一機で十分だし、そのついでに私の排除をする事が目的なら、いくら何でももう一機の方に動きがなさ過ぎるからだ。
「仮に無人機ならどうだというのだ?一夏」
「なに?無人機なら勝てるっていうの?」
「ああ。人が乗ってないなら容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな」
「策はあるのか?」
「ああ」
「ならば、一機は任せる。私はもう一機の方を相手する」
右手に《レーヴァテイン》を
「では、行こうか」
「おう」
一夏が『ゴーレムA』へ、私が『ゴーレムB』へ向かい突撃姿勢をとった瞬間、アリーナのスピーカーから大声が響いた。
『一夏ぁっ!』
キーン……
ハウリングが尾を引くその声は箒のものだった。
「な、なにしてるんだ、あいつ……」
「おおかた、お前に発破をかけに来たんだろう。いい迷惑だがな」
中継室を見ると、ドアの近くで審判とナレーターがのびていた。ドアを開けた瞬間に一撃食らわせたのだろう。暫く目を覚ましそうにない倒れ方だ。好きな男への声掛けのためにそこまでするか?普通。
『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』
再びの大音声にハウリングが起こる。『ゴーレムA・B』が館内放送の発信者、つまり箒にセンサーレンズを向けている。
そしてある事に気付く。まずい!このままでは箒と中継室でのびている二人が危険だ!
この無人機には高度な自律行動AIが仕込まれているはずだ。という事は−−−
敵ISに声をかけた。
↓
敵に命令をした。
↓
声をかけたのは指揮官。
↓
指揮官は最優先撃破目標。
↓
ならば指揮官を倒そう。
という思考展開をするはずだ。事実、『ゴーレムA・B』は中継室を目掛けて砲口の付いた腕を伸ばし始めている。
ここからでは声をかけたくらいでは間に合わない。……やるしかないか。
♢
九十九と同様、箒が危険だという事に気づいた一夏が、鈴に作戦の開始を宣言した。
「鈴、やれ!」
「わ、わかったわよ!」
衝撃砲の最大出力砲撃体勢をとる鈴。と同時にその射線上に一夏が躍り出る。
「ちょっ、ちょっと馬鹿!なにしてんのよ!?どきなさいよ!」
「いいから撃て!」
「ああもうっ!どうなっても知らないわよ!」
一夏が瞬時加速を作動。衝撃砲のエネルギーを取り込んで最大加速、『零落白夜』を発動させ、大上段から一閃。
必殺の一撃は『ゴーレムA』の右腕を切り飛ばした。
……やるしかないか。
《レーヴァテイン》のカートリッジを柄から取り出し、リボルバーマガジン式の大型カートリッジを接続。
「音声コード入力。『汝、世界を焼き尽くすべし』」
ーーー音声コード入力を確認。レーヴァテインオーバードライブ発動ーーー
音声入力と共に6発のカートリッジを同時に撃発。刀身は一瞬で耐熱限界を迎え、昇華。昇華した刀身は余剰エネルギーによって形成されたエネルギーフィールドに
これが《レーヴァテイン》の隠し玉。
エネルギー消費量の関係上、刀身の維持限界時間は10秒。その10秒でケリをつける!
瞬時加速で急速接近、『ゴーレムB』がこちらに気づくがもう遅い。私は《レーヴァテイン》を一気に振り下ろした。
カッ!バシュゥゥゥッ……!
《レーヴァテイン》を受けた『ゴーレムB』の体は1万℃という超高温の剣の一撃に耐えられるはずもなく、両腕の肘から先のみを残して完全に消滅した。
♢
『ゴーレムB』を消滅させた私の耳に届いたのは、二人の女子の叫びだった。
「「一夏っ!」」
その声に振り向くと、右腕を切り飛ばされた『ゴーレムA』が一夏の腹に左拳を叩き込んでいる。更にそこから高エネルギー反応、零距離からビームを叩き込むつもりのようだ。しかし安心していい。一夏の策は成ったのだから。
「「狙いは?」」
『完璧ですわ!』
よく通る声。やかましいと感じる時もあるが、今は頼もしい限りだ。
刹那、客席から『ブルー・ティアーズ』の四機同時狙撃が『ゴーレムA』を撃ち抜く。そう、一夏の一撃は『ゴーレムA』のシールドバリアを破壊していたのだ。
ボンッ!と小さな爆発を起こして、『ゴーレムA』は地面に落下する。シールドバリアが無い状態で『ブルー・ティアーズ』のレーザー狙撃を受ければ、ひとたまりもあるまい。
無人機械には予測不可能の、認識外からの攻撃。自由な発想が人間の最大の長所であるといったのは誰だったか忘れたが、その通りだと思う。人は実に巧みに裏をかく。機械には真似できない方法で。
「ふう。何にしてもこれで終わ−−」
ーーー敵ISの再起動を確認!僚機『白式』がロックされています!ーーー
「一夏っ!!」
「!?」
『白式』からも警告が来たのだろう。一夏も『ゴーレムA』の方を振り向く。
『ゴーレムA』が残された左腕を
瞬間、放たれるビーム。一夏は躊躇いも見せずにその光の中へ飛び込んだ。一夏の刃が『ゴーレムA』の装甲を切り裂き、ビームの照射が止まる。
「「「一夏(さん)!!」」」
『白式』はボロボロだが、一夏は無事だった。満足そうな顔で気絶していた。
「まったく、無茶をする」
『白式』が解除され、担架で運ばれる一夏を見ながら呟く。原作でそう行動し、かつ無事だったと知っていても、やはり心臓に悪かった。
ともあれ、これで『クラス対抗戦無人機襲撃事件』は終わりを−−
「告げていないぞ、村雲」
告げた。と思った瞬間、後ろから声がかかる。突如、脳内に流れる『運命』の旋律。
織斑千冬、降臨。……逃げられそうには、無かった。
結局この後、千冬さんの殺人拳骨と説教のセットを受けた。
ISの無断展開は、緊急事態だった事からお咎めはなかったが、アリーナへの無断侵入とアリーナ内の器物損壊(レーヴァテイン・ODを振った時、『ゴーレム』と共にフェンスの一部を消滅させた事)により、一週間の校内奉仕を言い渡された。
ちなみにこれはかなり軽い方で、本来なら退学ものらしい。やはり『二人目』だからか?
一方、箒の方は反省文5枚という非常に軽い処分だった。中継室の不法占拠に暴行傷害、独断専行による戦闘行動の妨害など、それこそ退学ものの行動だったにも関わらずだ。
千冬さんは『停学一週間』を進言したが、上層の教師陣が聞き入れてくれなかったらしい。
これはやはり、箒が『篠ノ之束の妹』だからだろう。(千冬さん以外)誰もあの
♢
「……ただいま、本音さん」
たっぷりと説教を受け、心身ともに疲れ果てて部屋に戻る。
「お帰り〜、つくもん」
いつものゆるふわボイス。ああ、癒される。やっぱりいいなこの子。
「大丈夫だった〜?って、うわ〜すごいタンコブ〜」
ぴょんぴょん跳ねながら私のコブに触ろうとする本音さん。って、ちょっと待て!
「や、やめてくれんかね!本気で痛いんだ!」
「だめ〜。心配させたバツなのだ〜」
「いや、だからほんとにやめ……アーーッ!!!」
結局、本音さんにコブをさんざんいじられ、更に「心配させたバツとして、食堂のスペシャルパフェを奢ること」になった。
財布にもダメージか……辛いな。
「あ~、おいしかった〜」
「それは何よりだ。で、私は許されたのかね?」
食堂での夕食後の帰り道。満足そうにしている本音さんにあえて訊いて見る。
「ん〜、もう一声かな~」
「では、明日は三食におやつも私が出そう。それでどうかね?」
そう提案する私を、ムスッとした顔で見る本音さん。
「つくもん。わたしが食べ物でつられる子っておもってない~?」
「ふむ、ならばいらないという事でいいかね?」
「う、う~。つくもんのいじわる〜」
私をポカポカと叩いてくる本音さん。全然痛くない。って!
「だからコブはやめたまえ!」
ぴょんぴょん跳ねながら私のコブに一撃くわえようとする本音さん。私も必死で押し留める。と、一夏の部屋近くで声がした。部屋の前には箒がいた。
「ら、来月の学年別個人トーナメントだが、わ、私が優勝したら、つ、付き合ってもらう!」
「……はい?」
部屋に戻り、シャワーと着替えを終わらせると、本音さんが私に訊いてきた。
「ね~ね~つくもん。さっきしののんの言ってたことってさ~」
「ああ、『優勝したら自分と男女交際をしろ』という意味だろう。しかしあの言い方では、一夏は頭の中で『優勝したら買い物に付き合え』と変換するだろうな」
本音さんが私の説明に一瞬ポカンとした後、苦笑いした。
「おりむーはひどいな〜」
「ああ、まったくだ。さあ、そろそろ寝る時間だ。おやすみ、本音さん」
「うん、おやすみ。つくもん」
床につき、電気を消す。すぐに隣から寝息が聞こえてきた。
私はベッドの中で今日の出来事を思い返していた。
現れた二機の『ゴーレム』。原作では一機しか来なかったはずのそれが、わずかに変わった。
可能な限り原作通り行くようにしてきたが、私そのものが
今後、この手の原作乖離は徐々に進んでいくだろうし、私がそれを止められるかは不明だ。
ならいっその事、原作知識は参考程度に留める事にしよう。そうすれば、いざ原作にない事が起きてもそこまで狼狽えない。と思いたい。
そう思考を締めくくり、私も眠りについた。
今回の事で、私は原作知識に頼り切るのを止める。という選択をした。
自称
いや、いまさらそれ言ってくんの!?
♢
どことも知れない場所。一人の女性が大量のモニターの前で笑みを浮かべていた。
豊満な肉体をエプロンドレスに包み、機械じみたウサギ耳のカチューシャを頭に着けた女。篠ノ之束である。
「いっくんも無茶するなあ。束さんビックリしちゃったよ。でもこれで、いっくんのISデビューは大成功だね!でも……」
束がちらりと一夏の映っていたモニターから目を外し、別のモニターへ向ける。
「何なんだろうね。コイツ」
そこには、実体剣をプラズマ化させ、一撃で『ゴーレム』を腕を残して消滅させた『二人目』村雲九十九の姿が映っていた。
「まあ、なんでもいいや。私の邪魔をするなら……」
消すだけだから。
次回予告
現れた二人の転校生。
金の貴公子と銀の軍人。
抱えた火種はどちらも大きく……。
次回「転生者の打算的日常」
#16 三人目
どちらを先に片付けようか?