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クラス対抗戦の日程が張り出されてから2週間弱が経過。暦は5月に入った。
先月末の『おりむー約束勘違い事件(By本音さん)』以来、鈴の機嫌は直るどころか連日ストップ安だ。
鈴が一夏に会いに来る事はまずなく、廊下や学食で会っても露骨に顔を背ける。さらに、全方位に向け『あたし怒ってます』的なオーラ力……もとい、雰囲気を放っている。
一夏も何度か話し掛けようとしたが、その度に鈴が「フシャー!」という感じに威嚇するため、そのうち諦めた。
やはりこうなったか……。原作通りだが、当事者になると辛いな。
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「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」
放課後、茜色に染まる空を眺めつつ、今日も訓練のため第三アリーナへ向かう。面子は一夏、箒、セシリア、私だ。
入学から1月半が経ち、クラスメイトの興奮も収まってきたのか、最近は質問の絨毯爆撃も視線の面制圧攻撃も減少してきた。
しかし、未だ私達が学園内において話題の対象である事に変わりはなく、訓練を行うアリーナの観客席は今日も満員御礼だろう。
ちなみに、その席を『指定席』として販売していた二年生が先日千冬さんの制裁を受けた。レヴェッカさんによると、首謀者グループは3日間寮の自室から出てこられなかったとか。……一体何をされたのだろうか?
「IS操縦もようやく様になってきたな。今度こそ−−」
「まあ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。このくらいはできて当然、できない方が不自然というものですわ」
「ふん、中距離射撃型の
言葉を遮られた為か、棘のある言葉で箒が告げる。実際、一夏のIS『白式』には射撃装備がない。あるのは雪片弐型一本のみだ。だがそれでも−−
「そうとも限らんさ。射撃型の戦闘法を知っていれば、それに対処する方法も分かる。近接格闘型ISの使い手は、誰よりも間合いの把握と制圧に優れていなければならないと、レヴェッカさん……二年のリー先輩が言っていたよ」
「その通りです。大体、わたくしの訓練が役に立たないと言うなら、篠ノ之さんの剣術訓練なんてもっと役に立ちません。ISを使用しない訓練なんて、時間の無駄ですわ」
我が意を得たりとばかりに箒にダメ出しするセシリア。確かにISを使わない訓練は傍から見れば無意味に映るだろう。とは言え−−
「そうとも限らない。ISとは言わばパワードスーツ。自分の体の延長線上にある物だ。生身の自分に出来ない動きがISで出来るはずがない。セシリア、君は生身で狙撃は出来ないがISを装着すれば出来る。とは言うまいね?」
「そ、それは……」
とは言え『空を飛ぶ』という生身の人間には不可能の動きが、ISを装着すれば出来るという例外があるぞ。とは言わないが。
「うむ。その通りだ」
言って自信満々に胸を張る箒。ちなみにこの間、一夏はほぼ空気だった。
「九十九さん!あなたはどちらの味方ですの!?」
自分のダメ出しが論破されたセシリアが私に詰め寄る。そうだな……。
「私は基本的に中立だ。だが今は……」
言いながらAピットのドアセンサーに触れる。指紋・静脈認証によって開放許可が下り、圧縮空気が抜けるバシュッという音と共にドアが開く。
「心情的にこいつの味方だな」
開いたドアの先、ピットに居たのは……。
「待ってたわよ、一夏!」
一年二組クラス代表にして中国代表候補生、鈴こと凰鈴音その人だった。
「貴様、どうやってここに−−」
「ここは関係者以外立入禁止ですわよ!」
またも台詞を遮られた箒。どうやら今日はそういう日のようだ。鈴は「はっ」と挑発的な笑いを上げて自信満々に言い切る。
「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」
「それを言い出すと、一組の人間全員が一夏関係者になるのだが……」
私の呟きは届かなかったらしく、箒とセシリアから怒りのオーラが立ち昇る。
「ほほう、どういう関係かじっくり聞きたいものだな……」
「盗っ人猛々しいとはまさにこの事ですわね!」
いつだったか言った気がするが、美人の怒り顔は実に恐い。特に静かに怒る箒の姿は、私が悪いわけではないのに思わず平身低頭してしまいそうだ。
「……おかしなことを考えているだろう、一夏」
一夏から何か感じとったのか、箒が一夏に詰め寄る。
「いえ、何も。人斬り包丁に対する警告を発令しただけです」
「お、お前というやつはっ−−!」
一夏に掴みかかる箒を、鈴が間に入って邪魔をする。
「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ」
「わ、脇やっ−−」
「箒、話が進まんから後にしろ。それで鈴。一夏に何の話だ」
「あ、うん。……で、一夏。反省した?」
「へ?なにが?」
やっぱり分かっていなかった一夏。仕方なく助け舟を出す。
「いや、鈴を怒らせた事に対して申し訳無いとか、仲直りしたいとかあるだろう?」
「そう!それよ!」
「いや、そうは言ってもな九十九。鈴が避けてたんじゃねえか」
「……まあ、確かに。一夏が何度か対話を試みたが、その度に思い切り威嚇してたしな」
「あんた達ねえ……じゃあなに、一夏は女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」
「おう」
普通はそうだ。自分で「放っておいて」と言っておいて、本当に放っておかれたら「何で放っておくの!?」などと言う女は、男からすれば『面倒くさい奴』以外の何者でもない。
逆に「放っておいて」と言った女を追いかけて「放っておけるかよ」と抱きしめる男など、古い恋愛映画やトレンディドラマ、あるいはラブコメアニメの中ぐらいにしか居ない。そもそも一夏に「放っておけるかよ」を求める方がおかしいのだ。
「なんか変か?」
「変かって……ああ、もうっ!」
焦れたのか、声を荒げ頭をかく鈴。自慢の髪が台無しになるぞ?
そこからは完全に水掛け論だった。
「謝りなさい!」と強要する鈴に「約束は覚えてただろうが!」と一夏が反論。
「約束の意味が違う」という鈴の言葉に、何かくだらない事を考えついたのか一夏の顔がニヤリと歪む。恐らく鈴も気づいている。
「くだらないこと考えてるでしょ!」
「一夏、それは
ばれたという顔をする一夏。それに激怒した鈴が「どうあっても謝らないつもりね!?」と詰め寄る。
「説明してくれれば謝る」と一夏が言えば、「説明したくないからここにいる」と鈴。
だから言ったんだ。「本人目の前に『あれはプロポーズのつもりだった』と言えるのか?」と。やはり無理だったか。
最終的に『クラス対抗戦の勝者が一つだけ何でも言う事を聞かせられる』事で双方が同意。
最初からそうしろ、ド阿呆ども。とは口に出しては言わない。
「それで?お前が勝ったら鈴に何をさせるつもりだ?」
「決まってるだろ!約束の意味ってやつを説明してもらうぜ!」
「せ、説明は、その……」
一夏の言葉に一瞬で顔を赤くする鈴。まあ無理もない。今の一夏の言葉は鈴からすれば『俺にプロポーズしろ』と言われているようなものだからな。
「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」
一夏的には親切心だろうが、鈴にとっては逆効果だった。
「誰がやめるのよ!アンタこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」
「なんでだよ、馬鹿」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは!この朴念仁!間抜け!アホ!馬鹿はアンタよ!」
鈴の言葉に腹を立てたのか、一夏は言ってはいけない一言を−−
「うるさい、貧乳」
口にした。……マズいな。
ドガァァンッ!!!
突然の爆発音。衝撃で部屋が微かに揺れる。見れば鈴の右腕は、指先から肩までIS装甲化していた。
全力で壁を殴り、しかし拳は壁に届いていない。そんな衝撃だ。なるほど、今のが……。
「い、言ったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!」
ISアーマーから紫電が走り、ぴじじっと音を立てる。やれやれ、本気で怒っているなこれは。
「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん」
「今の『は』!?今の『も』よ!いつだってアンタが悪いのよ!」
かなり無茶苦茶な理屈だが、今の一夏に反論の余地はない。
「ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわ、ご希望通り……全力で叩きのめしてあげる」
最後に、今まで見た事のない鋭い視線を一夏に向け、鈴はピットから出ていった。閉まったドアのぱしゅん……という音に怯えを感じるほど、鈴の気配は鋭かった。
壁に目をやると、特殊合金製の壁に直径30㎝はあるクレーターが出来ていた。つまり、それが出来るだけのパワーがあるという事だ。
「パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型……」
真剣な眼差しで壁の破壊痕を見つめるセシリア。だが、一夏は別の事を考えているのか、反応がない。おそらく鈴の胸の事を言ってしまった事を後悔しているのだろう。
「中国製第三世代IS『
「知っているのか!?九十九!」
箒が久々に声を上げた。だが○樫・虎○なんてどこで知った?いや偶然か。
「ああ、すでに情報の収集と精査は終わっている。それを一夏に教えるつもりはないがな」
「なぜですの!?」
納得いかないのか、私に詰め寄るセシリア。
「言ったはずだ。今の私は心情的に鈴の味方だと。あいつが不利になるような真似はせんよ」
とは言え、やった事の責任は取らせなければな。携帯を取り出しつつ、ピットを出る。
「どこへ行く?九十九」
「なに、ここにいてはお前達が私から鈴のISの情報を聞き出そうとするだろうからな。そうなる前に退散させてもらう」
「ま、待て!つく−−」
「お待ちなさい!九十九さ−−」
ぱしゅん……
引き留めようとする箒とセシリアを、ピットのドアがカット。ナイスプレイ、ドア。
歩きながら、携帯の電話帳からある人物の番号を選び出して電話をかける。待つ事3コール。電話が繋がった。
『私だ』
「あ、織斑先生。村雲です。実は……」
♢
翌日。教室へ向かう途中、頭にコブを作った鈴が私に掴みかかってきた。
「九十九!アンタなんてことすんのよ!」
「何の事だ?ああ、お前がピットの壁を殴ってへこませた事を千冬さんに伝えたが、それか?」
「それよ!おかげで千冬さんに怒られて、反省文5枚書かされることになったじゃないの!」
「信賞必罰は世の常だ。やった事の責任は取ってこそだろう?むしろその程度で済んだ事を有難く思え。場合によっては停学もあり得たんだ」
「うっ……」
私の言葉に二の句が継げなくなった鈴。
「代表候補生とは、いずれ国の顔になる可能性のある者達だ。自重しろ、鈴。肩書と国の名が泣くぞ」
踵を返し教室へ向かう。鈴との会話で時間をくった。このままでは遅刻をしてしまう。
「あっ!こら、待ちなさい!」
鈴が私を追おうとしたが、それに後ろから待ったがかかる。
「おい」
「なによ!?」
バシンッ!
聞き返す鈴に
「もうショートホームルームの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ」
「は、はい!」
千冬さんに言われ、慌てて二組の教室へ戻る鈴。やっぱり千冬さんが苦手なのだな。
「お前も早く教室へ行け、村雲」
「了解です。織斑先生」
私も改めて教室へ歩を進める。さあ、今日も授業頑張ろう。
♢
試合当日、第二アリーナで行われる一年生クラス対抗戦第一試合。組合せは一夏に鈴だ。
噂の新入生同士の戦いとあってアリーナは全席満員。通路は立見の生徒で満杯だ。入りきれなかった生徒、関係者はリアルタイムモニターで観戦すると言う。
「つくも〜ん。こっちだよ~」
本音さんがこちらに手を振りながら私を呼んだ。でも袖が隣の娘に当たりそうになってるからやめなさい。
「すまない。待たせたかね?」
「ううん。そんなに待ってないよ~」
席に座り、アリーナに目を向ける。そこには一夏の『白式』と鈴の『甲龍』が対峙していた。
鈴の『甲龍』は、全体に濃桃色のアーマーと肩の横に浮く
「つくもん、つくもん」
「何かね?本音さん」
「鈴ちゃんのISって『
「ああ、そうだが。それがどうしたね?」
「何だか七つの珠を集めたら出てきそうだね~」
「……それは言ってはいけないよ。本音さん」
だからあえて『こうりゅう』と呼ぶ事にする。漢字なのだし、構わないだろう。
『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』
アナウンスに促され、一夏と鈴がアリーナ中央の空中で向かい合う。互いの距離は5m程。二人は
「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」
「雀の涙くらいだろ。そんなのいらねえよ。全力で来い」
「一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる」
これは脅しでも何でもない、純然たる事実だ。情報によると、IS操縦者に直接ダメージを与えるため『だけ』の武装が存在するという。当然、競技規定違反な上、人命に危険が及ぶ。
しかし『殺さない程度に甚振る事は可能』という現実は変わらない。そして、代表候補生クラスはそれが可能な者が殆どだ。
一夏がセシリアを追い詰め、私が勝利を収めたのは奇跡としか言えない。そして奇跡とは、二度は続かないものだ。
『それでは両者、試合を開始してください』
鳴り響くブザー。それが切れた瞬間、二人が動く。
ガギィンッ!!
一夏の《雪片弐型》と鈴の両刃青龍刀《双天牙月》がぶつかり合い、一夏がその衝撃で弾き返される。
態勢を崩した一夏がセシリア直伝の
「ふうん。初撃を防ぐなんてやるじゃない。けど−−」
鈴が《双天牙月》をバトンのように回しながら縦、横、斜めと一夏に斬り込む。
高速回転している分遠心力で威力が上がっているため、同じ近接格闘型でもスピードタイプの白式では、捌くのも一苦労だろう。
消耗戦になると判断したのか、一夏が一旦距離を取ろうとする。しかし……。
「それは悪手だ。一夏」
「ほえ?」
「−−甘いっ!」
鈴の肩アーマーがパカッとスライドして開く。中心の球体が光った瞬間、一夏が『何か』に殴り飛ばされた。一瞬飛んだ意識を取り戻す一夏。しかし、鈴の攻勢は止まない。
「今のはジャブだからね」
不敵な笑みを浮かべる鈴。
ドンッ!!
「ぐあっ!」
見えない拳に殴られ、地表に叩きつけられる一夏。あれはかなり持っていかれたな。
「つくもん、今のなに〜?」
本音さんが私の方を見ながら訊いてきた。
「あれは《衝撃砲》だよ。空間そのものに圧力をかけて砲身を生成し、余剰で発生する衝撃を砲弾として撃ち出す。私の《ヘカトンケイル》やセシリアの《ブルー・ティアーズ》と同じ第三世代兵装さ。最大の特徴は、砲身も砲弾も見えない事と、射角が事実上無制限な事だな」
「へ~。すごいんだね~」
「確かにな。だが、攻略法はある」
「たとえば〜?」
「そうだな、例えば……。む?試合が動くぞ」
「よくかわすじゃない。衝撃砲《龍砲》は砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」
「…………」
一夏に声を掛ける鈴。実際、一夏は見えない砲身から撃ち出される見えない砲弾を、時折直撃を受けながらもかなりの回数躱していた。
しかしそれは、空間の歪みと大気の流れをハイパーセンサーに探らせ、探知と同時に回避。という、撃たれて初めて分かる回避法だ。
どこかで先手を打つ必要があるだろう。そしてその方法は、先週の訓練で身につけた『アレ』ぐらいしかない。
「鈴」
「なによ?」
「本気で行くからな」
鈴を真剣な眼差しで見つめる一夏。気概に押されたか、表情にキュンと来たのか、鈴は曖昧な表情を浮かべていた。
「な、なによ……そんなこと、当たり前じゃない……。とっ、とにかくっ、格の違いってやつを見せてあげるわよ!」
鈴が《双天牙月》を一回転させて構え直す。一夏が加速姿勢をとった。
現役時代の千冬さんが最も得意とし、これと『零落白夜』のコンボで一時代を築いた事は有名だ。
「うおおおおっ!」
「っ!?」
一瞬で距離を詰め、《雪片弐型》の『零落白夜』を展開する一夏。その刃が鈴を捉えるかと思われたその時。
ズドオオンッ!!!
突如、大きな衝撃がアリーナ全体に走る。ついに来たか。
「「「きゃああああっ!!」」」
突然の爆発音と衝撃に、観客席はパニックに陥った。生徒達はアリーナから避難しようと我先に出口へと殺到する。しかし……。
「えっ!?うそ!?隔壁が閉じてる!」
「なんで!?」
「だめ!開かない!」
「助けて!ここから出してよ!」
隔壁が閉じ、しかも開かないという非常事態に、生徒達は混乱の度合いを更に深める。蹲って泣き出す者、隔壁を叩いて必死に助けを呼ぶ者、友人と抱き合ってただ震えている者など反応は様々だ。
一方アリーナでは、一夏と鈴が乱入者と戦っている。
私の知る原作同様、やって来たのは『
「馬鹿な……何故……」
そこにいたのは『二機』の無人ISだった。
こうして、無人ISによる襲撃が発生した。
私は、この時初めて気が付いた。既に原作との乖離が始まっている事に。
次回予告
始まった乖離。
崩れた前提。
この先、私がとるべき道は……。
次回「転生者の打算的日常」
#15 選択
たとえ誤りだったとしても、私は……。