皆さんはバレンタインのご予定ありますか?
え?小生?……バレンタイン?何それ?美味しいの?(虚無顔)
それでは、どうぞ!
♢
これは、本編の時間軸からちょっとだけ未来の話である。
20XX年、2月13日。世に言う『バレンタインイブ』のこの日、IS学園では小さな催しが行われていた。それは−−
「本音!」
「シャルロットの!」
「「簡単チョコレート教室!はーじまーるよー!」」
パチパチパチパチ
家庭科室に響き渡るシャルと本音の明るい声とそれ相応の音量の拍手。これからここで、二人を講師役としたチョコレート作り教室が行われる。生徒は箒を筆頭とした一夏ラヴァーズ。各学年の一夏派女子の一部。虚さんと山田先生。それからアイリスとジブリルさん。最後に私……って待てい!
「君達が『付いて来て』と言うから付いて来たが、これ私がいる意味はあるのか?」
「毒……んんっ、味見役だよ〜」
「おい本音、今毒見って言いかけなかったか?なあ」
私の詰め寄りに本音は目を逸らして小さく舌を出した。『ゴメンね』じゃないぞ、おい。
「ゴメンね、九十九。でも、他に適任がいなくて……。ねっ、お願い!」
手を合わせて頭を下げるシャル。他の女性陣も一様に「お願いします!」と頭を下げている。ここまでされて「だが断る」とは言えない。私は小さく嘆息して味見役の任を頂戴した。
♢
とはいえ、チョコレート作りなど徹底的に手間を省けば−−
①砕いた板チョコを湯煎して溶かす。
②好みの型にそのまま、ないし好みの物を混ぜたチョコを流し込む、好みの果物にコーティングするのもあり。
③冷蔵庫に入れて冷やし固める。
の3手で完成だ。よほどの事が無い限り失敗などしない。……はずなのだが。
「えいっ」
ゴロン スパンッ!
「セシリア!チョコを直接フライパンで溶かさない!焦げ臭くなるよ!」
「は、はいっ!ごめんなさい!」
セシリアが初手から大失敗しそうになるのをシャルがハリセン(ラグナロク特製)でひっぱたいて止めれば。
「わーっ!らうらう!チョコにお湯を入れて溶かしちゃだめ〜っ!」
「む?湯煎とはこうするものではないのか?」
チョコに直接湯を放り込んで溶かそうとするラウラを本音が軌道修正する横で、同じ事をしかけたアイリスがそっとチョコの入ったボウルからポットを離す。その一方で、料理できる系女子の箒と鈴は和気藹々とチョコ作りをしていた。
「湯煎などせずとも、レンジを使えば一発だろう」
「気をつけなさいよ箒。ワット数の設定間違えると、溶けるより先に焦げるから」
「そうなのか?洋菓子など作った事がないから勝手が分からなくてな」
「え?じゃあアンタ、バレンタインに一夏に何渡してたの?」
「一応出来合いのチョコを用意して、渡そう渡そうとしながら一歩が踏み出し切れずに渡せず、近くの公園で悔し涙を流しながらそのチョコを食う。というのが毎年の事だったな、箒」
「やめろ!私の黒歴史を暴露するな!」
私に自分の黒歴史を暴露されて顔を真っ赤にして怒鳴る箒。その様を「分かるわ〜」と言わんばかりの表情で鈴が見ていた。
他の班もセシリアやラウラのようなド級の料理下手は居なかったらしく、時々シャルと本音が様子を見に行って「大体合ってる」のお墨付きを貰っていた。こうして見ると、IS学園に来る女子って女子力高めな子が多いよな。その手の授業が多く取ってあるのだろうか?それとも育ち?うーむ……分からん。
♢
そんなこんなで皆のチョコ完成である。パッと見はどれも美味そうに出来ている。出来ているんだが……。
「この『妙に赤黒いチョコ』と『見た目が完全に手榴弾なチョコ』は誰の品だ?いや、言わなくて良い。大体分かる」
シャルと本音による必死の軌道修正すらぶち抜いたと思われる、謎の色彩のチョコと謎の形状のチョコが異彩を放ちすぎていて、結果として他が霞んでるんだよなあ……。
とはいえ、試食審査を頼まれた身の上としては「食べたくありません」という訳にもいかず。取り敢えず異彩を放つ2つは最後にして他のチョコを試食した。そうしたらまあ何とも面白いチョコの多い事。
中にザボンの砂糖漬けを仕込んだ、甘味と渋味が絶妙にマッチする生チョコ。敢えて酒精を飛ばし、味と香りだけを閉じ込めた未成年でも安心のウィスキーボンボン。ラムレーズン入りのチョコクリームが大人の味を演出するチョコケーキ。定番のチョコバナナ……かと思いきや串までチョコで出来ていて最後まで食べられるチョコバナナ。求肥にチョコクリームと苺を閉じ込めたチョコ苺大福。クラッシュナッツをチョコで練ったチョコレートバーなどなど、各人のアイディアが満載だった。
あと、料理そこまで上手くない組が教わりながら作った簡単チョコレートも大ハズレは無く、これなら大丈夫だと言えるものだった。
「さて、ここからはいささか勇気のいる品だな」
残ったのは『妙に赤黒いチョコ』と『見た目が完全に手榴弾なチョコ』の2つ。できれば口にしたくないのだが……。
「「ジーーッ……」」
……見てる。私が一口食べるのを今か今かと待っている。視線の主は言わずもがな、セシリアとラウラ。熱量と圧が凄いんだが。「はよ食え」って気配で訴えて来てるんだが。そんなんされると逆に食いにくいんだが。
「「ジーーッ……!」」
「分かった、食う。食うから圧を掛けないでくれ」
見た目からまだマシそうな手榴弾チョコを手に取る。本物に近いサイズ故かズッシリと重い。試しに机に落としてみると、ゴトッという重々しい音がした。チラとラウラに視線を送る。視線に気づいたラウラがフンス、と胸を張った。凄く……自慢げです。
「……南無三!」
ゴキッ! ボリボリッ!
硬い!何したらこうなるってレベルで硬い!だが噛み砕けない程ではない。そうしてしばらくゴキゴキ言わせながら噛んでいると、口の中がパチパチしだした。コレひょっとして、パチパチキャンディが入ってるのか?面白い食感だ。
「うむ。口の中がパチパチして楽しいな。これは良い」
折角なのでもう一口食べようと手榴弾チョコを手に取った瞬間、手榴弾がボロッと割れた。そして中からゴロゴロと出てきたのは、チョコでコーティングされたパイナップル。まさか……。
「兵器の
「うむ!一夏なら笑うと思ってな!」
花の咲くような笑顔で、自信満々に宣うラウラに苦笑しつつ、「ガワのチョコをもう少し薄くするともっと食べ易いと思う」とアドバイス。ラウラも「やり方は分かった。次は一人でやってみる」とやる気満々だ。……まあいいか。結局最後まで食べるのは一夏なんだし。
「で、次がセシリアのか……」
見た目からして異様な雰囲気を放つセシリアのチョコ。ビターチョコベースの筈なのに、一体どうすればここまで赤が主張するんだろう?そっとセシリアに目配せをすると、にこやかに頷いた。やめろ、その自信に満ちた笑顔が逆に怖い。
「……いざ!」
パキッ!
見た目より軽い音と共に、セシリアのチョコが私の口の中に入る。再び意を決して口中の欠片を噛み砕いた瞬間、襲いかかってきた強烈という言葉では利かない辛味と酸味の奔流に抗えず、私は机に突っ伏してしまった。
♢
ゴトン!
「「九十九(つくも)⁉」」
九十九がセシリアのチョコを咀嚼した瞬間机に突っ伏したのを見て、シャルロットと本音が側に駆け寄る。
「九十九、どうしたの⁉しっかりして⁉」
「待ってしゃるるん、辛うじて意識はあるみたい。あ、口が動いてる」
「なに?何が言いたいの?」
九十九の口がパクパク動いているのを見た二人は、その口元にそっと耳を寄せる。掠れた声で小さく聞こえて来たのは、神への嘆きだった。
「
「エリ……?えっ、なに?」
「確か、ヘブライ語で『神よ、どうして私を見捨てたんだ』だったかな。……ねえ、セシリア」
「は、はいっ⁉」
ドスの効いたシャルロットの呼び掛けにビクッとしながら返事をするセシリア。目の笑っていない笑顔で近づいてくるシャルロットが怖くて、一歩近づかれると一歩下がるを繰り返す内に、セシリアは壁際に追い詰められた。シャルロットはセシリアが逃げられないようにセシリアの股の間に左脚を差し込んで、互いの胸がぶつかって潰れる程に顔を近付ける。ついでに壁ドンをした上で、目を逸らそうとするセシリアの顎を左手で掴んで無理矢理目を合わせさせた。これをやってきたのが一夏ならセシリアはアワアワしただろうが、やっているのは強烈な圧を放つシャルロット。もはや恐怖感しかない。
「セシリアは、僕の旦那様に何を食べさせたのかな?一体あのチョコに何を入れたの?僕が他の子を見てる間に」
「冷蔵庫に入っていたストロベリーソースですわ!何もおかしな物は入れてません!」
涙目で訴えるセシリア。それを聞いた調理部部長
「ねえ、オルコットさん。貴女が入れたソースって……これ?」
味子が取り出したのは、ラベルの無い小瓶に入った赤いソース。セシリアは「そうです」と何度も頷いた。味子は額に手を当てて天を仰いだ。
「あっちゃー……。念の為に片付けとけば良かったかなあ。村雲くんには……オルコットさんにも悪い事しちゃったわ」
「部長さん、それなんですか?九十九が一発KOなんて、余程の事ですよ?」
「ああうん。これね、知り合いに頼まれて作った自家製デスソースなんだ。この後渡すつもりで保管してたのよ」
(((なんちゅうモン作っとんねん!そんで分かりやすくしとけや!)))
味子の独白にその場の全員の内心が一致した。
なお、セシリアのデスチョコレートを食べた九十九だが、どうにか死の淵から生還。しかし、この後丸1日何を食べても味が分からず、涙とセシリアへの呪詛を流していた。
♢
明けて翌日、バレンタインデー当日。我がクラスは分かりやすく浮き足立っていた。が、SHRでの千冬さんの発言によりその空気は一気に凍りつく事になる。
「荷物検査を行う。学業に不要な物、特にチョコレートを持ち込んでいようものなら即没収。返却は放課後の職員室にて行う。いくつかの小言は覚悟しておけ」
「「「ええええええええっ⁉」」」
休み時間に「織斑くん!あの、これ!」とか「村雲くん!はいっ、ハッピーバレンタイン!」とか、友チョコ交換とかやりたかっただろう女子達は不満の叫びを上げたが、千冬さんは一切意に介さずに荷物検査を開始。結果、クラスの4分の3のメンバーが千冬さんにチョコレートを没収されて涙を飲んだ。何人か涙に血が混ざってたような……気のせいだよな。な?
時間は進み、放課後。職員室の千冬さんの前には……私が居た。何故って?千冬さんの直々のお呼びがかかったからだ。
「なあ、村雲……いや、敢えてこう呼ぼう。九十九」
「はい」
「今日はバレンタインデーだ。チョコレートを持ってきている奴がそこそこ居るだろう、と思って荷物検査をやった結果、こうなった訳だが……」
「……はい」
私と千冬さんの眼前の光景、それは『友チョコと思しきチョコ菓子の山』と『明らかに本命っぽい手作りチョコの山』である。千冬さん曰く「自分のクラスと、今日授業のあった全学年6クラスから没収した物」だそうだ。もし全員持参していたなら、単純計算で120個近くある事になる。そりゃあ山も出来るよな。実際はもう少し少なそうだけれど。
「返却は放課後に私の所でと言ったが、こうも数があっては私一人では捌ききれん。なので……」
「『
「ああ。お前には手間を掛けてすまないが、よろしく頼む」
「一夏のモテが原因で私が迷惑を被るのはいつもの事。お気になさらず。あ、紙袋あります?この量なら4……いや5袋かな」
千冬さんが職員室の奥から持ってきた紙袋にテキパキとチョコを詰めていると、千冬さんが小首を傾げて訊いてきた。
「手慣れているな。何故だ?」
「それは……」
小中学生の頃、バレンタインデーに自分で渡す勇気の無い女子生徒から一夏宛てのチョコを纏めて受け取り、一夏に渡すのは私の役目だった。箒は前述通り、頑として自分で渡そうとしていつも失敗していた。
「−−という訳でして」
「家の愚弟が本当にすまん……」
いたたまれなくなったのか、千冬さんが小さく頭を下げた。そんなに気にしなくてもいいのに。
所変わって一年生寮。帰りの道中で合流した一夏、玄関ホールで待っていた私にシャルと本音を連れ、私は食堂に向かった。
「−−という訳で、本命っぽいチョコを集めて持って来た。どれが誰ので、誰宛ての物かは無関係にな」
「すっげぇ量だな。これ仕分けんの大変そうだな」
食堂のテーブルにドサッと置かれたチョコの入った袋、計5袋。これを仕分けようと思ったら結構骨だ。千冬さんの頼みとは言え、ちょっと安請け合いだったかも知れん。
「とはいえ、明らかに送り先の分かる物は先に分けておいたんだがな。ほら、このニ袋は全部お前宛てだ。メッセージカードに『織斑くんへ』と書いてあった奴だから一発だったぞ。多分直接渡す勇気がなくて、お前の机か下駄箱にでもこっそり入れるつもりだった子達のかな」
「そっか。ありがたく貰っとく」
「で、こっちは私宛てだ」
一夏に渡したそれに比べれば入数は少ないが、それでも結構な量のチョコが入った紙袋を手元に寄せる。メッセージカードには『村雲くんのアドバイスのお蔭で心が軽くなりました。ありがとうございます』とか『村雲くんの助言のお陰で、ストーカー化した元カレを撃退できました。これはそのお礼です』とか『いつも私の愚痴に付き合って貰っているお礼がしたくて作りました。今後もご迷惑でないならお願いします 山田真耶』といった、いわゆるお礼チョコが殆どだが、中には『村雲くんへ』とだけ書かれた本命チョコもいくつかあった。こういうのを貰って嬉しくないとは言わない。言わないのだが……。
「九十九って意外とモテるよね……。知ってたけど」
「だからってモヤッとしない訳じゃないんだよ〜、つくも」
嫉妬混じりのジト目で見てくる妻二人の視線がメッチャ痛いので、来年はお礼チョコだけ受け取ろうと思う私だった。
この後、差出人も送り先も不明の本命チョコは、千冬さんから行方を訊いた女子生徒が次々やって来ては、そのまま持って帰ったりその場で互いに渡し合ったり、あるいは一夏や私に渡したりと、それぞれ対応して行った。ちなみに一夏ラヴァーズは最初から寮に帰ってから渡すつもりだったらしく、この中には入っていなかった。
結局、最後まで残った物は数点程。こっそり取りに来るかも知れないと寮の扉の前にテーブルを置いて、その上に『誰かさんへ。貴女のチョコです。誰も見ていない内に持って行ってください』と書いたカードと共に放置しておいた。翌日には全て無くなっていた。全て行くべき所に行って良かった、と私は安堵した。
「そう言えば、まだ君達からチョコを貰ってないんだが……」
チョコの仕分け作業と夕食を終え、シャルと本音と部屋に戻った私は、実は気になっていた事を二人に告げた。
「心配しなくて大丈夫」
「ちゃ〜んと用意してるから、ちょっと待っててね〜。先に着替えてベッドに行ってて〜」
と言って、何故かシャワールームに消えた。チョコの準備にシャワールームに行く必要がどこに?というか、チョコを渡すのにどうしてベッドに……?という疑問は、シャワールームから出てきた二人の姿を見て一瞬で氷解した。
「じゃ〜ん、お待たせ〜。という訳で、つくもへのバレンタインプレゼントは〜」
「僕達、だよ❤」
「……は?」
現れたのは、ほぼ全身にうっすらとチョコをコーティングした全裸の二人。羞恥か興奮か、その頬は赤い。あまりにも想定外な光景に、私は思考が停止してしまう。まさか高校生の身の上で『プレゼントはわ・た・し❤』を経験するとは思わなかった。
「さ、九十九。貴方だけが食べられるスペシャルスウィーツ」
「どうか心ゆくまで〜」
「「召し上がれ❤」」
「……いただきます!」
この後、滅茶苦茶チョコを貪った。今まで食べたチョコの中でも一等美味かった。
一方、一夏ラヴァーズ。
「えっ、えっ⁉お前ら、それ何して……⁉」
「見てわかんない?体にチョコを塗ったのよ。つまり、アンタへのバレンタインプレゼントはアタシたちって事!」
「うむ!存分に堪能するがいいぞ、嫁よ!」
「は、恥ずかしいですわ……。でも、一夏さんのためなら……」
「ここまで来て恥ずかしいなどと言ってられん!さあー夏、来い!」
「女に恥をかかせる気?一夏くん」
「……来て」
「い、いや、ちょっと待て……!」
「もう、家の旦那様は初心なんだから。食べてくれないなら……食べちゃいましょう❤」
「「「賛成!」」」
「いや、だから待てって……あーっ!」
この後、滅茶苦茶チョコに貪られた。翌日、一夏は真っ白に燃え尽きていた。
本編も鋭意執筆中です。気長にお待ちください。