リアルがバタついていて、筆を取る時間がなかなか取れず……。
執事奮闘記の後編です。
それでは、どうぞ。
♢
4日目。今日は小春日和となり、冬にしてはだいぶ気温が上がった。だからだろうか−−
「九十九よ。アイスが食べたい」
殿下がこんな事を言ってきたのは。
「アイス……ですか?」
「うむ。今日は暑うてかなわん。買うてこい」
ルクーゼンブルク公国は東欧……具体的にはロシアの西端に国境を接している。首都の緯度は北海道の北の端、稚内の更に北に位置するため、冬の平均気温は0度以下が基本で、最低気温が-30度を下回る事もあるという。
そんな国で生まれ育った殿下にとって、冬の平均気温が10度前後の
「畏まりました。して、どのようなアイスをご所望でしょう?」
「そうさな……。九十九よ、お主味覚に自信はあるか?」
「母の教育により、一般人よりは舌が肥えている。という自負はあります」
「では、お主がこれまでに食うてきたアイスの中で最も美味いと思うた物を買うてこい」
と言われて、脳内のライブラリを検索する。検索ワードは『1番美味いアイス』だ。検索開始……ヒット。しかしこれは……。
「……参ったな」
「なんじゃ、どうした?そのような苦い顔をして」
不思議そうな顔をする殿下に、私はポリポリと後頭を搔きながら渋面を作った理由を語る。
「いえ、確かに私が食べてきた中で最も美味いと自信を持って言える物が、あるにはあるんですが……」
「なんじゃ。ならばそれを買うて「北海道です」−−なに?」
「私が最も美味いと自信を持って言えるアイスは、3年前に家族旅行で行った北海道は十勝の牧場で食べた『搾りたて牛乳ソフト(300円)』です。」
「北海道⁉ちと……どころでなく遠いの。流石に行って来いは無体か。では、この近くの店なりなんなりで買うて来い」
「フレーバーはいかが致しましょう」
「何でも構わんが、チョコミントだけは買うてくるな。歯磨き粉のような味がして好かんのじゃ」
「畏まりました」
恭しく頭を下げて部屋を出る。さて、何がいいかな?
「と、いう訳で、お前達の意見を聞きたい」
丁度良く食堂で屯していた一夏&ラヴァーズにそう声をかけると、こいつ等はめいめい己の好きなアイスを上げていった。
「俺はあれだな。ロッ○の爽。アイスの中に入った粒氷の食感が好きなんだよ」
「私は雪見だいふくだ。あのモチモチ食感がクセになる」
「あたしは断然!(ハーゲン)ダッツのチョコね!ま、(レディ)ボーデンも捨てがたいけどね」
「わたくしはやはり、G&Bオーガニックのバニラですわね。自室の冷凍庫には必ず入れていますわ」
「私はモーベンピックの
「……私は、アイスよりはフローズンヨーグルトの方が好き、です」
「そうねえ、パルムかしら。あの値段であの味は、ちょっと他にないわよ」
ものの見事にバラバラな意見。ちなみに、シャルは『MOW』で本音が『アイスは何でも好き』だった。あと、私は赤城乳業のあずきバーが好きだ。
(さて、どうしたものか……。選択肢は絞れたが、それでも多いと言わざるをえん……)
ここIS学園は、海外からの生徒も受け入れている関係上、そういった生徒達に『本国の味』を提供する事に余念がない。セシリアの言ったG&B……グリーンアンドブラックも、ラウラが推すモーベンピックも、買おうと思えば本校舎東棟一階を丸々使った巨大売店『万国商店』で買えてしまうのだ。本当にどうしたものか……?
待てよ?だったらいっその事……。
「それで、薦められた物を全部買うてきた。と」
「友人の好意を無碍にできず……大量になってしまった事をお詫び致します」
頭を下げる私を「良い」と制し、買物袋を受け取る殿下。とはいえ、一息に食い切れるはずもないので一つだけ袋から取り出して、残りは冷凍庫へ入れていたが。
「ふむ……なんの気無しに取ったが、何じゃこれは?あずきバー?」
「ああ、それは私のお薦めです。お召し上がりの際は、くれぐれもご注意ください」
私の物言いに、頭上に『?』を浮かべながら、袋を開けてあずきバーを手に取る殿下。
「ほほう、中々に渋い見た目じゃの。では早速……ぬっ⁉な、何じゃこれは!固いではないか⁉」
「あずきバーは乳化剤を始めとした一切の『余計な物』が入っておらず、また空気も可能な限り抜いて作っています。よって途轍もなく固く、商品の袋に『歯を痛めないように注意してください』と書かれる程です」
かつて、このあずきバーで一夏が万引き犯を撃退したという話を聞いた時、さもありなんと思った。下手すれば凶器になるアイス。それが、赤城乳業のあずきバーなのだ。
しばらくあずきバーと格闘していた殿下だったが、ようやく一口齧りとる事に成功。モグモグと咀嚼して飲下すと。
「悪くないの。じゃが、いかんせん固すぎる。食べるのに苦心するゆえ、次からは買うてくるな」
と述べられた。
「好物を否定されるって、存外心が痛くなるよな……」
「今日もお疲れ様」
若干ささくれた心をシャルの膝枕で癒し、明日に備えて早めに寝た。明日はどんな難題をふっかけられるやら……。
♢
5日目。この日殿下は、日本の所謂『お偉いさん方』との昼餐会や会合にでかけた。
「本音を言うとやりとうないが、父王の手前断れんのじゃ」
とは、殿下の弁である。もっとも、その表情は『クソ面倒い』と言わんばかりに歪んでいたが。
そんなこんなでその日の外遊を終えたのは、夕食には早く、しかしおやつ時には遅い。という時間だった。
「あーあ、疲れたわ」
ベッドに飛び込み、心底うんざりとした声を出す殿下。
「殿下、お召し物が皺になります。お着替えを。本音、手伝ってやれ」
「はーい。殿下、行きましょ〜」
「うむ」
待つ事暫し。シルクのネグリジェに着替えた殿下は、大きな溜息をつきながら今一度ベッドにダイブした。
「九十九、脚がだるい。揉め」
そう言って、殿下はベッドの端に腰掛けると私に向かって脚を投げ出してきた。
そういえば、今日の昼餐会は立食形式だったし、会合もどちらかと言えば『ロビー活動』のそれに近いもので、殿下はほぼ立ちっぱなしだったな。脚に疲れが来てもおかしくはないか。とはいえ……。
「どうした?早うせい」
急かしてくる殿下に、私は頭を下げて言った。
「殿下、申し訳ございませんが、私は妻以外の女性の肌には極力触れない。と決めているのです」
一瞬、呆けた顔を浮かべた殿下だったが、すぐにその表情は元に戻る。
「ふむ、左様か。ならばしかたない、お主が知る中で最もマッサージの上手い者を連れて参れ」
「御意。では殿下、どちらも効きは保証しますが『とても痛いマッサージをする同性』と『とても気持ちいいマッサージをする異性』……どちらを呼び寄せましょうか?」
「で、俺が呼ばれたと」
「ああ。『痛いと分かっていて呼び寄せる阿呆がおるか!』とは殿下の弁だ」
という訳で、呼ばれて飛び出たのは一夏の方だった。殿下は既に待ちくたびれたのか、ベッドの端で脚を揺らしながら「おい、早うせい」と言わんばかりにこっちを見ている。
「そんじゃ、失礼して……」
殿下の足元に膝をつき、その脚に触れる。「ふむふむ……」と頷きながら、脹脛から足首、そして足裏と、確かめるように撫で回す。
時折、殿下の口から「んっ……」とか「ふあっ……」といった、妙に艶っぽい吐息が漏れて……なんというか、見てはいけないものを見ているような気分になってしまう。
「随分脹脛が張ってますね。立ちっぱなしだった、とかですか?」
「ああ。今日の昼餐会も、その後の会合も、基本立った状態だった」
「それでか。じゃあ、腰から足にかけてやった方がいいな。殿下、ベッドにうつ伏せに寝てください」
「う、うむ……」
「一夏、『これはマッサージです』と言って殿下の尻を揉むなよ?」
「揉まねーよ⁉俺を何だと思ってんだよ!……ったく」
私の一言に憤慨する一夏。それでもマッサージの手を止めない辺り、流石の仕事人ぶりだ。
殿下も余程心地いいのか、ちょっとだらしない顔になっている。揉みほぐすこと約30分、一夏は「これ以上は毒だな」と言ってマッサージを切り上げた。
「おお!脚が軽うなった!礼を言うぞ、織斑一夏よ!」
「どういたしまして、殿下。じゃ、俺はこれで」
「ああ。すまんな、足労をかけた」
「いいっていいって。じゃあな」
手を振って部屋を出て行く一夏。殿下は「後であ奴に礼の品でも渡さんとの」と言うと、ふと思い付いたように私に言った。
「そうじゃ。九十九、お主も今日は立ちっぱなしで脚が疲れたであろう。本音よ、例の『痛いマッサージの女』を呼んで参れ」
「え?」
「はーい」
「え?」
「呼ばれて来ました、
「え?」
「じゃあ、いきます。えいっ!(グリッ)」
「あ゛ーーーっ‼(汚い高音)」
「酷い目にあった……。いや、軽くなったよ?脚は。けど痛いんだ、黄先輩のマッサージは。おまけにその様子を殿下が横で大笑いしながら見てるもんだから、心まで痛い。もう無理、頑張れない」
すっかり意気消沈した私を抱き締めて、本音は「もうちょっとだけがんばって〜」と言ってくれた。が、黄先輩呼んだのが君って事、私は忘れてないぞ。
♢
6日目。本日の殿下のお仕事は、警察庁湾岸署の1日署長だった。専用に誂えられた制服(タイトのミニスカ)はよく似合っていたが、この仄かに漂う犯罪臭は何なのだろうか?
「九十九よ、お主何か失礼な事を考えておらんか?」
「まさか。よくお似合いですよ、殿下」
胡乱な目で見てくる殿下にそう返す私。なお、その格好はお馴染みの執事服姿である。ミニスカポリスの隣に執事って、ある種異様な光景ではないだろうか?今からでも警官の、せめて
「駄目じゃ」
「ですよね……」
一刀両断、にべもなし。私は諦念の溜息をつく以外に、何も出来る事はなかった。
1日署長の仕事は、主に防犯・交通安全PRの為のパレードや署内視察及び訓示、管内を見回りながらの近隣住民との交流、特別運動活動関係のコンクールの表彰式への参加など、意外と多岐に渡る。
「なんじゃ、『お主を逮捕する!』みたいな事は出来んのか……」
「それは本職の方々の仕事ですから」
残念そうな、というよりつまらなそうな顔をする殿下。どうやら、そういう事が出来るだろうと思ったからこの仕事を受けたんだろう。でなければ、自分から進んでこんな仕事はしないお人だ。
「だからといって、おざなりな仕事はなさいませんよう」
「分かっておるわ」
フン、と鼻を鳴らし、殿下はパレードに出るための車(屋根に乗れる特別仕様車)に乗り込んだ。
「キャー!王女様ー!」
「こっち向いてくださーい!」
「村雲くーん!素敵ー!」
屋根の上から集まった群衆に笑顔で手を振る殿下。なお、私は殿下の「お主も来い」の一言で半ば無理矢理乗せられた。
「何故私まで……」
「仏頂面をするでない。ほれ、声援に応えてやれ」
黄色い声を上げる沿道の女性達に手を振ると、その女性達はキャーキャー言いながら手を振り返してきた。
「人気者じゃのう、九十九」
「茶化さんでください」
見えない所で私の腕を突いてくる殿下は、年相応に見えた。
ついで、署内視察を実施。そこここに顔を出し、所属の刑事・警官に一言声をかけては去って行くを繰り返す。私もまた行く先々でサインと握手をねだられた。
「ありがとうございます!いやー、妻に自慢できるなぁ!」
「そ、それは良かったです……」
俳優・織田裕○に顔立ちの似た、熱血っぽい雰囲気の私服警官(捜査一課所属の警部補)が嬉しそうに色紙を抱えて去るのを、引きつっているのが自覚できる笑顔で見送った。
今日は『湾岸署主催・地域の防犯標語コンクール』の表彰式が湾岸署近くの会館であるそうなので、管内の見回りがてら会場に向かう事になった。些か不用心な気もするが、殿下の「纏めて片付けた方が早かろうよ」の一言でこのような仕儀となった。
私達が歩いているのを見かけた地域住民の皆さんが、我も我もと集まって来て握手を求めてくる中、私の目に異様な風体の男が止まった。
1月の寒い中、半袖・短パンというラフな恰好。肘の内側と脹脛に入れたタトゥー。目元を覆うのは色の濃いサングラス。……怪しい。途轍もなく怪しい。
「すみません、そこの貴方。お名前を」
「自分ですか?自分は湾岸署交通課巡査長、
「では、出板さん。向かって右、3本目の電信柱の影にいるあの男が見えますか?」
「はっ、見えます。……この寒空に半袖・短パンとは、怪しいですね」
「はい。薬物中毒者の可能性があります。3人程で職質を掛けてください。気づかれないように、できるだけ大回りで」
「はっ!志村、加藤。付いて来い」
「「はっ!」」
出板さんと志村さん、加藤さんの3人は、男に気づかれないようにそっと列から抜け出し、一本隣の路地から男の背後に回り込むべく行動を開始した。
結論から言えば、職質は成功した。思った通り男は薬物中毒者で、薬物を手に入れる金欲しさにスリを働こうとしていたらしい。囲みを受けて観念したのか、男は素直に逮捕されていった。
「ん?向こうがちと騒がしいが……何ぞあったのか?九十九」
「お気になさらず、殿下。些事にございます」
「左様か」
なお、殿下は一連の逮捕劇に全く気づかなかったようだ。
『防犯標語コンクール』の表彰式はつつがなく終わった。表彰者は、殿下手ずからの表彰状授与に大興奮。米つきバッタよろしく、何度も頭を下げていた。
ちなみに、そんな彼が大賞を受賞した防犯標語は……。
『気を付けろ 隣のアイツは 殺人鬼』
「何と言うか……随分尖った標語を選びましたね……」
「「うちの署長の趣味でして……」」
げんなりした風に呟く同行の警官さんの背は、どこか煤けて見えた。……ご苦労さまです。
「ふえーい、今日も疲れたわ……」
「お疲れ様でした。殿下、お召し物を変えましょう。お願いします」
「はい。さ、殿下。こちらへ」
「うむ」
フローレンスさんに連れられて、着替えに行く殿下。本日の寝間着はネルのパジャマ。意外と庶民的な感覚もあるらしい。
「この感触が心地良うてのう」
ホッとしたような表情を浮かべる殿下は、年相応に見えた。と、そこへ垂れ流しにしていたTVから夕方のニュースが届いた。
『本日、警視庁湾岸署にて、ルクーゼンブルク公国第七王女アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク殿下が、一日警察署長に就任なされました。沿道にはアイリス王女の姿を見ようと多くの人が集まり、アイリス王女は気さくに応じられました』
画面には、にこやかな笑みを浮かべて地域住民と交流を持つ所が映されていた。
「いい笑顔ですね」
「半分近くは作っておるがの。王族たる者、これ位は容易いわ……ん?」
TVを見ていた殿下が何かに気づいた。それは、画面端で警官に耳打ちをする私だった。
「九十九よ、これは何を−−」
しておるのじゃ?というより先に、アナウンサーがその答えを言った。
『なおこの際、同行していた村雲九十九さんが、窃盗を働こうとしていた男を発見。逮捕に貢献したとの事です。湾岸署は後日、村雲さんに感謝状を贈る事を決定致しました。次のニュースです。内閣府は本日−−』
「…………」
「…………」
私をジトッとした目で睨む殿下。圧に負けて目を逸らすと、ボソッと一言。
「主に花を持たせる事も出来んダメ執事め」
「下手に殿下に話せば、喜々として犯人に近づいて『逮捕する!』とか言いそうだったんだ。誤認だったら拙いから言わなかったのに、これだもの……辛い。マジで辛い」
「よしよし、今日もよく頑張ったね。偉いよ、九十九」
「今日はたっぷりサービスするよ〜」
シャルの膝枕(うつ伏せ)+本音のマッサージによってどうにか心身を立て直し、私は明日に備えるのだった。
♢
そして、7日目。
世話係生活も1週間が経過した頃。この日、王女付きのメイド達はやけに緊張した面持ちをしていた。どうしたのか訊いてみると、
「いいですか、貴方達も今は王女殿下の従者です。失礼の無いように」
「「「はい」」」
フローレンスさんの忠告に返事を返した直後、その人は現れた。
一部を顔の左側で三つ編みに纏めた淡いピンクブロンドのロングストレート。薄化粧を施した凛々しくも美しい
ここは中世ヨーロッパだったか?と思ってしまうような、時代錯誤も甚だしい
チラと横を見ると、本音が『うわぁ……』と言いたそうな顔をしていた。うん、気持ちは分かるが顔に出すな。
反対側に目をやると、シャルが『無いわー、それは無いわー』と言いたげな表情をしている。うん、分かるけど顔に出すな。
そんな私達の思考を知ってか知らずか、騎士団長が声を張った。
「傾注‼」
その雄々しささえ感じる声に、それが騎士団長の発した第一声であったのだと理解するより早く、私の体は一分の隙もない気を付けをしていた。
(たった一声でここまで場を引き締めるとは……。これがルクーゼンブルク公国騎士団長……!恐れ入る!)
例えて言えば、まさに雷光。凄まじい勢いと堂々たる大音声。獅子吼もかくやの声だった。
緊張した空気の中、騎士団長は言葉を続ける。
「王女殿下は本日、市街を散策されたいとの仰せだ。そこで、お付の者を1名選出する」
要は外出なされる殿下の最近距離での警護役を、この場の誰かにやれ。という事だろう。そうと理解したメイドさん達と、シャル、本音の視線が私に集中した。
(……ですよね)
どうせそうなると言うならば、指名されるより志願した方がまだ印象は良いだろう。ならば−−
「騎士団長閣下。その任、是非ともこの村雲九十九に与えて頂きたく存じます」
ルクーゼンブルク公国第七王女近衛騎士団長ジブリル・エミュレールは、唐突に片膝をつき、自分に対して臣下の礼を取ってきた少年……村雲九十九の姿に瞠目した。
「私が言うより早く、自ら名乗り出るか。見上げた度胸だ。元より殿下はお前をご所望だ。くれぐれも無礼な振舞いは避けよ」
「重々承知の上でございます。ところで騎士団長閣下、御名を拝聴致したく」
「名乗るのか遅れたな。ジブリル・エミュレールだ。他に何か質問は?」
「御座いません、閣下」
洗練されているとは言い難いが、しかし最低限の儀礼は弁えた九十九の振る舞いにジブリルは満足げに頷くと、九十九を立たせた上でそっと耳打ちをした。
「殿下に何かあった場合は……分かっているな?」
「無論。この村雲九十九、全身全霊を持って殿下の御身守護の任、全う致します」
「良い返事だ。では解散!」
てきぱきと、全員がその場から離れて行く。しかし、シャルロットと本音はその場に残って、九十九に少しだけ憐憫の籠った視線を向けていた。
「九十九、えっと……ガンバ!」
「明日はきっと良い日になるよ〜」
「やめてくれ。今はその優しさが少し辛い」
どうせ選ばれるのは自分だからと、自ら名乗りを上げた事で却ってジブリルのハードルが上がったような気がして、九十九はそっと溜息をついた後、アイリスのいるスペシャルゲストルームへと向かうのだった。
それが、己の運命を(ある意味)決定づける1日となる事に、全く気づかないまま……。
本編#91へ続く。