転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#EX 村雲九十九の執事奮闘記(前編)

 アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク。

 世界中にそこそこ名の知られた東欧の小国の王女である。そんな彼女は現在、日本のIS業界の視察という名目で、ここIS学園に逗留されておいでである。

 そんな彼女になんの因果か見初められ、世話係として側付きになった私こと村雲九十九は、現在アイリス王女殿下のおわすスペシャルゲストルームにて、彼女の世話をしていた。

 その初日、私は殿下の「喉が渇いた。茶を用意せよ」との所望を受け、紅茶を淹れる事になった。

「殿下、紅茶の準備が出来ましてございます」

「ん」

 私が用意した紅茶の入ったカップをたおやかな手で取り、その唇を縁に着けて一口飲んで一言。

「悪くはない。が、素人の域を出んの」

「申し訳ございません。私はコーヒー党でして、紅茶を淹れるのは慣れてないんです」

「左様か。精進せよ」

「はっ」

 「こんな物が飲めるか!」と顔にぶちまけられるよりはマシだが、反応が淡白なのもそれはそれで辛い。初日から心が折れそうだ。こんな調子で大丈夫か?私。

 

 

 2日目。

「九十九よ。お主にして貰いたい事がある」

(来た!)

 殿下の言葉に身構える私。メイドさん達の話では、殿下は人のいない所では大層な我儘娘で、しかも絶妙に逃げ道を封じてくるという。さあ、どんな難題が来る⁉

「少女漫画が読みたい。買うて参れ」

「少女漫画、ですか?」

「うむ。日本の少女漫画はヨーロッパ諸国のそれと比べて格段に趣深いと聞く。そこで……これを渡す」

 そう言って殿下が渡してきたのは二つ折りした1枚のメモ用紙。開いて見てみると、そこにはいくつかの……恐らく、少女漫画のタイトルと思しき文字列が、箇条書きで書かれていた。

「……殿下、これは?」

「わらわがネットで1話目を見て、続きの気になった漫画じゃ。金は出すゆえ、お主がこれと思う物を買うて参れ」

「しかし、私は少女漫画は門外漢で……」

「ならば、詳しい者を連れて行けば良かろう。ほれ、早う行け」

 シッシッ、と手を動かして行動を促す殿下。「畏まりました」と一礼し、部屋を出る前にふと気づく。

「あの……この格好で……ですか?」

 今の私は、黒の燕尾のジャケットに同色のスラックス、バキバキに糊の効いたイカ胸シャツのウィングカラー、タイはシミ一つない白、エナメルの黒靴に脹脛まで覆う黒の靴下という、何処かのパクス・ブリタニカ(大英帝国全盛期)のロンドンを舞台にしたクライム・サスペンス漫画に出てきそうな、まさに執事と言った格好なのだ。

 こんな格好で外に出ようものなら、奇異の視線に曝される事は間違いない。

「お主は今、わらわの世話係じゃ。お仕着せ(ユニフォーム)で活動するのは当然じゃろう?」

「ですよね……。行って参ります」

 一応は筋の通った殿下のお言葉に、私は溜息をつきながら部屋を出るのだった。

 

「なるほど〜、それでわたしを呼んだんだね〜」

「ああ。他に頼れる人が居なくてな。殿下の我儘に付き合わせて、すまない」

「いいよ〜。ちょうど手すきだったし〜」

 電車に揺られながら本音に経緯を説明すると、本音はコクコク頷きながら理解を示した。なお、その格好はメイド服である。

 周囲の乗客の『何でこんな所に執事とメイドさんが?』という疑念と好奇の視線がブスブス突き刺さる。

「やっぱり見られてるね〜……」

「降りる駅は次だから、それまで耐えるんだ。本音」

 視線の絨毯爆撃に晒される事暫し、私達は秋葉原にやって来た。何故、秋葉原なのかというと……。

「ここなら、この格好の不自然さも多少は薄れるからな」

「なるほど〜、考えたね〜」

 サブカルチャーと電器の街、秋葉原。ここなら執事とメイドの二人組も『何処かのコスプレ喫茶の店員かな?』くらいに思われ、それ程珍しい存在ではなくなるだろう。そう思ってこの街で買い物をする事を選んだのだ。

 思惑通り、変わったものを見る視線は軽減され、私は本音のアドバイスの下、殿下ご所望の少女漫画を買い終え、帰路につこうとしていた。

「よし。買い物完了。後は知り合いに見つからぬように帰るだけだ」

「そんなに知り合いに会うなんてことないと思うけどな〜」

「甘いぞ、本音。こういう時に限って知り合いに会ったり−−「あれ?九十九?」ほらな……」

 するんだ。と言おうとした所に、聞き馴染みのある男の声。振り返るとそこには、私服姿の弾と数人の男子(見知らぬ顔なので、恐らく高校の友人)がいた。よりによって1番会いたくない相手と会ってしまった。最悪だ……!

「久々だな。ってか何だそのカッコ?コスプレ?」

「諸事情、とだけ言っておく」

「あ~、また面倒事か?お前も大変だな。あ、本音ちゃんも久しぶり。メイドさん似合ってるぜ」

「にひひ〜。ありがと〜、だんだん」

 弾が本音のメイド服姿を褒め、それに本音が笑顔で返す。本音の笑顔を見た弾の友人の頬が薄く色づいたのは、彼が初心だからだと思っておく。

「すまんが、先を急ぐ。ここで失礼−−」

「なあ、弾。お前、今コイツの事『九十九』って呼んだよな?もしかして、()()村雲九十九⁉」

 させて貰う。と言おうとした所に、弾の友人の一人が大声で叫ぶ。瞬間、周りがざわついた。

「えっ⁉村雲九十九⁉マジで!?」

「どこどこ⁉俺、ファンなんだよ!」

「あ、いた!……けど、何で執事?」

「あ、あの!サインお願いします!」

「握手してください!」

「写真撮っていいっすか⁉」

 私に気づいた途端、群がってくる周囲の人達。私はこの状況を生んだ元凶……弾を睨んだ。

「恨むぞ、弾……」

「悪い……今度うちの店来たら、餃子奢るわ」

 バツの悪い顔をする弾と友人達。結局、私は集まった人達の対応に追われ、思い切り時間を取られるのだった。

 

「ただ今戻りました……」

「遅い!何をして……いや、何があった⁉」

 

グッタリ……

 

 音にすればそんな感じの、疲れ果てた様子の九十九達の姿にアイリスは怒りを飲み込んで聞いた。

「出先で身バレしまして……」

「よい、皆まで言うな。今日はもう下がって休め」

 疲れの滲む九十九の言葉に、アイリスは理解を示した。なお、本音セレクトの少女漫画はどれも面白かった。

 

 

 3日目。今日はシャルと一緒に殿下の世話をする事になった。

「九十九よ。なんぞ面白い話はないか?」

「面白い話……でございますか?」

 昨日買って帰った本音セレクトの少女漫画は読み切ってしまったのか、ベッドに寝転んで暇そうにする殿下が私にそう言ってきた。

「そうじゃな……お主の武勇伝なぞに興味があるの」

「武勇伝、と言われましても……。私の昔の話など、よくあるものですよ?」

「ええ〜?そうかな?」

 私の言葉に否と言いたげな声音でシャルが返してきた。それに反応したのは殿下だ。

「ほう、その口振りじゃと、なんぞ面白い話があるのか?シャルロット」

「えっと、そうですね。例えば……」

 

 これは、九十九が小学生の時の話である。

 当時、校内でそこそこ名の知れたトラブルシューターだった九十九の下に、一人の少年が訪れた。名は伊東。

 彼はその時、クラスメイトの垣大将(がき まさひろ)を中心としたグループから苛烈な苛めを受けており、九十九を訪ねた時には、いつ自殺してもおかしくない程に疲弊していた。

 事態を重く見た九十九は彼に()()()を手渡し、『誰にもバレないよう、肌身離さず持っていろ。それから、いじめを受けたらそれを記録として残すんだ。……あ、やってる?なら良い。それなら、あと1月耐えてくれれば私が全て解決する』と告げた。彼はそのお守りを大事そうにポケットに入れると、深々と頭を下げて教室を出て行った。

 

「九十九よ。その伊東に渡したお守りの中身は何じゃ?」

「超小型高性能の……ICレコーダーですよ。僅かな振動を感知して発電・蓄電できるので、実質無限の稼働時間を誇る、ラグナロク・コーポレーション自慢の一品です」

「……なるほど。『1月耐えろ』とは、それだけあれば十分な証拠になるからじゃな?」

 殿下の推察にコクリと頷く私。

「シャル、ここからは私が語るよ。人に語られると面映い」

「うん、じゃあ続きをどうぞ」

「では。……それから1月後の事です」

 

『伊東君。例のお守りといじめの記録、寄越して貰えるかな?』

『え、うん。でもそれ、どうするの?』

『とても()()()に使うのさ……ククク』

『ひいっ⁉笑顔が怖いよ村雲くん!何⁉ホントに何する気⁉』

 九十九の悪い笑みを見て戦慄する伊東。そんな伊東を尻目に、九十九は教室を出て行った。

(材料は揃った。細工は流流、仕上げをご覧じろ。ってね)

 

 それから3日後。この日、緊急の全校集会が行われた。校長が青い顔で教壇に立ち、緊張からか額の汗を頻りに拭っている。

『えー……我が校でいじめが発覚しました』

 

ザワッ……!

 

 校長の一言に生徒達がざわついた。この校長は事なかれ主義で、これまでも正義感によって動いた生徒達のいじめ告発を『調査の結果、そのような事実は無かった』の一点張りではねつけるのが常だったからだ。

 一体何が、かの校長にいじめを認めさせたのか。それは−−

()()()()から提出された音声記録と、いじめ被害者による詳細ないじめの記録から、間違いなくいじめがあったものと認識しました。私はこの事態を重く受け止め、校長としてこの問題解決に全力を尽くす所存です。いじめ被害者の……あえて名前は上げませんが、その生徒には、この問題を長く放置していた事を謝罪させていただきます。……まことに申し訳ございませんでした』

 深々と頭を下げて謝意を表わす校長。多くの生徒は校長の突然の変心に『?』を頭上に浮かべたが、一部の生徒は気づいた。

(あ、これ絶対村雲(九十九)が関わってるな)

 頭を下げる校長の姿を見て嗤う九十九を見て、彼等彼女等は今回の件の黒幕が九十九だと確信した。

 

「で、その後校長はこの件の責任を取るという体で辞職。現在はいじめ撲滅を標榜する校長が就任しています」

「なるほどの……。ん?では、そのいじめ加害者の方は何もお咎めなしか?」

「そんな訳ないでしょう。きっちり、落し前つけさせましたよ」

「どのようにじゃ?」

「殿下。この国には現在『いじめ』という言葉はありますが、それはある()()()()の通称なんです」

「なんじゃと?」

 唐突な私の言葉にキョトンとする殿下。まあ、無理もない。この刑法はほんの6年前から施行された上に、適用事例がまだ少ないからな。

「『常習的加虐罪』特定の人物に対し一定期間以上に渡って行われた暴行傷害、強要・脅迫、名誉毀損、器物損壊、窃盗教唆、公然わいせつ教唆等等……。要は一般的に『いじめ』と呼ばれる行為に内包されるあらゆる犯罪行為を纏めて裁く為の法律ですよ」

 しかもこの法律は、いじめ行為が年齢を問わず起きるという事もあってか『未成年にも適用可能』なのだ。

 

『という訳だ、垣大将君』

『だからなんだってんだ?テメエがあれを渡したのは「校長だけだと思うか?」……っ⁉』

 得意げに語る垣だったが、背を向けて語っていた九十九が自分に向き直った時の顔を見て、ゾッとした。

 嗤っていたのだ。『君はもはや詰んでいるのだ』と、目が語っていた。

『私が一連の証拠を送ったのは、校長、県と市の教育委員会の担当部門長、PTA会長、それから所轄の警察署。最後に……君の家だ。専業主婦である君の母親だけがいる時間帯に届くよう、時間指定をした上で、ね』

『あ……あ……っ?』

 困惑する垣の耳元で、九十九は小さく囁いた。

『今頃君の母親も知っただろうね。君のやってきた事を。君の母親は……何と言うかな?』

『……!』

 

ドサッ!

 

 膝から崩れ落ちた垣を見下ろしながら、九十九は最後にこう告げた。

『本件の被害者、伊東君からの伝言だ。「垣くん。今まで僕と遊んでくれて、よくもありがとう」……以上だ』

 もはや何も言い返す気力も無いのか、虚ろな目で俯く垣を残して、九十九はその場を立ち去った。警察に連れられた母親が垣を見つけたのは、そのすぐ後だった。

 

「で、主犯格の垣は『常習的加虐罪』で逮捕され、懲役5年の実刑判決。垣グループのメンバーも合わせて書類送検され、懲役3年・執行猶予5年の判決が下りました。後に垣グループメンバーは全員引っ越し、垣も両親が『息子の躾に対する方向性の違い』で離婚。彼の親権は母親が持ちました。伊東君はいじめから開放された事で本来の明るく活発な性格を取り戻しました」

「ふむ……痛快、という意味ではそこそこ面白かったが……。九十九よ、お主やる事がエグすぎんか?当時小学生じゃろ?普通そこまで思いつかんぞ……」

 『ないわー』と言いたげな顔でドン引く殿下。苦笑いのシャル。面白い話をしろと言われて−−

 

「語った結果があの反応とか、酷くないか……?」

「よしよ〜し。つらかったね〜」

 少し凹んだ私を抱き締めて頭を撫でる本音の優しさと温かさが心に染みた。これで明日も何とか頑張れそうだ。

 さて、明日は何を言われるのだろう?という訳で、お休み。


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