転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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本当は本編に組み込む気でしたが、シリアスパートの前に長々日常シーンがあるのもどうかと思い、かと言って全カットは勿体無いという事で外伝として投稿しました。
本編は改めて執筆中ですので、もうしばらくお待ち下さい。


#EX 婚約指輪(幕間)

 指輪が出来るまでの2時間を昼食にあてる事にした私達は、シャルと本音の「九十九行きつけのお店に行ってみたい」というリクエストを受けて、ある店の前にやって来ていた。

「着いたぞ、ここだ」

「ここが九十九お気に入りのお店?」

「ああ。五反田食堂。子供の頃からの馴染みの店だよ」

「そ~なんだ〜」

 やって来たのは五反田食堂。ここの業火野菜炒めは、一度食べると病みつきになる美味さだ。それ以外のメニューも質、量共に揃った、この界隈では一番人気のある店だ。

「さ、入ろうか」

「「うん」」

 引き戸に手をかけて一気に開くと、中から活気に満ちた喧騒と食欲をそそる香りが溢れてきた。

「いらっしゃいませー。あら、九十九くん。お久しぶり」

 出迎えてくれたのは五反田兄妹の母でこの店の二枚看板の一人、五反田蓮(ごたんだ れん)さんだ。

 年は聞いた事はないが、母さんと多分同年代か少し上程の年齢だと思う。母さん同様、とても高校生の息子と中学生の娘がいるとは思えない程に若々しい顔立ちの、気品と色気が絶妙のバランスで同居した、まさに『美魔女』と言うべきお人だ。

「お久しぶりです、蓮さん。席、空いてますか?何なら相席でも構いません」

「あらそう?じゃあ……弾ー、蘭ー!九十九くん、そっちに行っていいかしらー?」

「おー」

 気のない返事が聞こえた方を見ると、そこでは弾と蘭が賄い料理を食べていた。

「ですって」

 笑みを浮かべる蓮さんに首肯を返し、私は弾達の座る席に着いた。

「お前達がいるとは思わなかった。今日は平日だからな」

「俺んとこは昨日体育祭があってな」

「わたしは今日が学校の創立記念日でして」

「なるほど」

「そう言うお前は?」

「お前と同じさ、弾。体育祭の振替休日だよ」

「そっか」

 他愛のない会話をしていると、水の入ったコップを持って蓮さんがやってくる。

「改めて、いらっしゃいませ九十九くん。今日は何にする?」

「そうですね……私はいつものを。二人は何にする?」

「「九十九(つくも)のおすすめで」」

「分かった。では業火野菜炒め定食を二人前、お願いします」

「はーい。『村スペ』一丁に『業火定』二丁入りまーす!」

「あいよ!」

 蓮さんが厨房に注文を伝えると、大きな声が返ってきた。五反田兄妹の祖父、(げん)さんは今日も絶好調のようだ。

「ねえ、九十九くん。そちらのお二人、紹介してくれないかしら?」

 コテンと首を傾げて私に訊いてくる蓮さん。普通の女性がやれば『ウザい』と言われる動作も、この人がやると異様に色っぽいから不思議だ。

「ああ、はい。こちら、シャルロット・デュノアさんと布仏本音さん。私の……婚約者達です」

「「……は?」」

 特に隠す程の事でもないと普通にそう答えた瞬間、五反田兄妹が凍った。……あれ?私は何か変な事を言ったか?

 そんな私の戸惑いを他所に、蓮さんはパッと笑みを作って小さく拍手をした。

「まぁまぁそうなの~。おめでとう、式には呼んでね?」

「ありがとうございます。元よりそのつもりですよ、蓮さん」

「もう指輪は贈ったの?」

「先程作ってきました。今は出来上がり待ちです」

「マ……」

「ま?」

 ボソッと呟いた弾に目を向けると、弾は椅子を蹴立てて立ち上がる。

「マジかお前!いったい何歩先の世界に行ってんだよ!俺ら置いてきぼりじゃねぇか!」

「大声を出すな弾。そら、くるぞ」

「あ?(スカーンッ!)ごはあっ!?」

 興奮して大声を出す弾の側頭部に、厨房から飛んできた中華用玉杓子が飛んできてクリーンヒット。それを蓮さんが空中でキャッチして厨房へ投げ返す。返ってきた玉杓子を受け止めながら、厨房のカウンターから厳さんの怒号が響いた。

「五月蠅えぞ弾!飯は静かに食いやがれ!」

「だ、だってよ爺さ「ああ?」……何でもないです」

「お久しぶりです、厳さん。お元気そうで何よりです」

「たりめえよ。俺ぁ、蘭の花嫁姿を見るまでは死なねえって決めてんだ」

 そう言って豪快に笑う厳さん。その姿には『老い』というものを一切感じない。

 

 五反田厳。五反田食堂の店長兼料理長。

 頭髪は無く、代わりに頬髭、顎髭、口髭の全てが繋がった、初見では子供が泣く程の強面。その肉体は筋骨隆々としており、齢80を超えるとは到底思えない。知りうる限り、この人が病気や怪我をして五反田食堂が臨時休業したという話は聞いた事がない頑健さを誇るスーパー爺さん。それが厳さんだ。

 

「で、蓮。弾は何聞いて騒がしくしやがったんでぇ?」

「九十九くんが婚約者を連れてきたの。それで」

「……おめぇ、そいつぁ本当か?」

「ええ、この二人です」

「ほう……」

 私が婚約者二人を紹介すると、厳さんは二人をじっと見る。眼光に怯んだ二人が肩をビクッと震わせた。

「心配するな。怖い人ではない」

「「う、うん」」

 しばらく二人をじっと見ていた厳さんだったが、次の瞬間、にかっと相好を崩した。

「おめぇ、良い女捕まえたじゃねぇか。大事にしろよ?おめぇの事を()()()女はそういねぇんだからよ」

 そう言うと、厳さんはこちらの返事も待たずに厨房に引っ込んだ。と思うと、蓮さんに「『業火定』二丁、上がんぞ!」と声をかけた。

「はい、お待たせしました。『業火野菜炒め定食』です」

「「うわー、美味しそう!」」

 運ばれて来た料理に二人が嬌声を上げる。

 

 『業火野菜炒め定食』

 キャベツを中心に選び抜かれた5種の野菜と豚バラ肉を、油通ししてから超強火で一気に炒め、豆板醤をピリッと効かせた特製味噌ダレで仕上げた、ご飯が進む五反田食堂一番人気のメニュー。スープと小鉢、ご飯付き。

 

「さ、美味しい内に召し上がれ」

「「いただきます」」

 手を合わせて、箸を取り、湯気を上げる野菜炒めを摘んで口に運ぶ二人。瞬間、二人の目が輝いた……ように見えた。

「うわ、これすごく美味しい!」

「お野菜シャキシャキ〜、お肉もしっとり〜。そこに絡むピリッと辛いお味噌のタレが絶妙〜。こんな野菜炒め初めてたべたよ〜」

「お褒めの言葉ありがとうございます。はい、お待たせしました九十九くん。『村雲スペシャル』です」

 二人の称賛に蓮さんが返しつつ、私の前に『いつもの』を置いた。うん、相変わらず美味そうだ。

「見るたびに思うけどよ……お前、その体のどこにこんだけ入んだよ?」

「見てるだけでお腹いっぱいになるんですよね……そのセット」

「メニューの名前からして九十九専用っぽいよね」

「うわ〜、大ボリュームだ〜」

 同じテーブルに座る四人がそれぞれ驚きの声を上げる。そんなに多いか?これ。

 

 『村雲スペシャル』

 『業火野菜炒め』二人前、『鶏のから揚げ』三人前、『手作り餃子』三人前(18個)の超ボリューミーなセット。スープ、小鉢、超盛りご飯付き。

 

「待ってました。では早速、いただきます」

 言うが早いか箸を取り、まずは野菜炒めを一口。噛みしめる度に出てくる野菜の優しい甘み。バラ肉の脂のコクのある旨味を味噌ベースの甘辛いタレが後押ししてくる。すかさずご飯を口に放り込む。味噌と飯の相性って、抜群すぎて泣けてくるよな。

 続いて唐揚げを一個、丸々口に押し込む。噛んだ瞬間に、鶏モモのアッサリとしながらも力強い肉汁が滝のように溢れ出る。

 塩麹をベースに、ニンニク、ショウガ、胡椒、隠し味にほんの僅かに入れた一味唐辛子が鶏の旨味の品格を押し上げている。流石は厳さんだ、味付けに隙がない。こちらも白米との相性はバッチリだ。

 ここでスープを一口。鶏ガラと昆布の合わせ出汁に具はワカメだけ。味付けは塩のみ。香り付けの胡麻油が香ばしい。

 ついで餃子を箸でつまみ、秘伝の特製餃子タレに自家製ラー油を垂らし、餃子にたっぷりつけて一息に頬張る。

 もっちりした皮の食感が歯と上顎に気持ちいい。粗挽きの豚モモ肉の肉汁と荒みじん切りの白菜とニラの旨味のある水分が、皮を噛み切った瞬間に迸る。舌が焼けそうな熱さだ。更にそこへタレの塩味と酸味、ラー油の辣味の追い打ちが来る。もうこれは飯を口に入れざるを得ない。ギョーザライスって、反則だと思います。

 小鉢も当然抜かりはない。今日の小鉢は法蓮草の白和えか。法蓮草のキュッとした渋みが舌をリフレッシュさせてくれる。

 やはり厳さんはいい腕をしている。数十年前、100件近くの一流料理店からのオファーを全て蹴ってこの店を開いた、というのも頷ける。

 さあ、冷めない内に食べ切ってしまおうか。

 

 その日、九十九達と同じ時間に五反田食堂にいた個人経営の貿易商は、後に友人にこう語った。

「私は自分の目を疑ったよ。彼の動きはとてもゆったりしていて、がっついているようにも掻き込んでいるようにも見えなかったんだ。だけど、だけどだ!そんな彼の動きとは裏腹に、彼の目の前に置いてある料理は見る間に量を減らしていくんだよ!そうして彼は、軽く三人前はあった料理をたった15分で食べ切ってしまったんだ……。信じられない?だろうね、私もまだ信じられないんだ」

 数日後、再び五反田食堂に訪れた彼が『村雲スペシャル』を頼んで九十九と同じ事をしようとし、半分も食べ切れずにリタイア。「私ももう若くないな……」と呟いて店を出ていくのだが、それは九十九の知る所ではなかった。

 

「どうもご馳走さまでした。また近い内に伺います」

「ありがとうございましたー。いつでも来てちょうだいね」

「「ごちそうさまでした〜」」

 満足行くまで昼食を堪能した私達は、五反田食堂を出て一路『フノッサ』へと向かうのだった。

(本当に2時間であれだけの作業を終えられるのか?行ってみたら「やっぱ無理でした」とかないよな?)

 という、一抹の不安を抱えながらではあったが。

 

 本編に続く。


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