転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#13 約束 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」

 腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたのは−−

「鈴……?お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 ふっ、と小さく笑みを漏らしてこちらに向き直る鈴。トレードマークのツインテールがフワリと揺れた。本人的には格好よく決めたつもりだろう。だがそれも−−

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 一夏の一言であっさり崩壊。気取ってみても全く意味が無かった。

「久し振りだな、鈴。ところで……後ろだ」

「は?九十九、あんたいきなり何言って−−」

「おい」

「なによ!?」

 

バシンッ!

 

 聞き返した鈴に痛恨の一撃(出席簿アタック)が入る。我らが鬼教官、織斑千冬先生の降臨である。

「もうショートホームルームの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません……」

 すごすごとドアから離れる鈴。その態度は完全に千冬さんを恐れている。

 こいつは昔から千冬さんの事を苦手にしている。仔猫では狼に勝てない。とか思っているのかもしれない。

「また後で来るからね!逃げないでよ、一夏!ついでに九十九!」

 私はついでなのか?あと、一夏はどこに逃げるんだ?

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

 二組へ向かい猛ダッシュ。やはり変わらんなあいつは。格好つけても無意味だったのは、少し可哀想だったが。

「っていうかあいつ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

 なんの気なしに一夏がそう口にする。が、今はタイミングが悪かった。

「……一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったな?」

「い、一夏さん!?あの子とはどういう関係で−−」

「つくもん、あの子誰〜?」

「村雲くん!彼女と織斑くんの関係について是非!」

 などなど、クラスメイトからの集中砲火。やれやれ。

「総員、後方注意だ」

「「「え?」」」

 

バシンバシンバシンバシン!

 

「席に着け。馬鹿ども」

 火を吹く千冬さんの出席簿。……誰のせいだ?ああ、一夏か。

 席に着くと、隣の本音さんから小さな手紙が渡された。開いて内容確認。たった一言『お昼休みに説明してね』とあった。

 『了解。他に聞きたい人が居るようなら声掛けを』と書いて、本音さんに返す。本音さんの方を見ると、コクリと頷いて返事してくれた。

 さて、今日もISの訓練と学習が始まる。気合いを入れねば。

 

 授業中、ふと気になった私は思考を分割して箒とセシリアの様子を見る事にした。

 ……どちらも授業に全く集中出来ていない。千冬さんの授業でそれは致命的なミスだ。

 箒はさっきから百面相をくり返しているし、セシリアはノートにペンを走らせているが、手の動きを見るにおよそ意味の無い線になっているだろう。そんな調子では……。

「篠ノ之、答えは?」

「は、はいっ!?」

 突然名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げる箒。間違いなく聞いてなかったな、あれは。

「答えは?」

「……き、聞いていませんでした……」

 

パシーン!

 

 なんとも小気味よい打撃音が響く。あの出席簿、やけに頑丈だな。何で出来ているのだろう?

 ふと、千冬さんがセシリアの方を見て、歩み寄っていく。セシリアが授業に集中していない事に気づいたようだ。

 だが、その事にセシリアは気づいていない。見ると小さく口が動いているので、ハイパーセンサーで声を拾う。

「オルコット」

「……例えばデートに誘うとか。いえ、もっと効果的な……」

〈セシリア、左前方注意!〉

 個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)でセシリアに強めに注意を促す。

「え?」

 私の注意を受けて顔を上げるセシリア。が、時すでに遅し。

 

パシーン!

 

 セシリアのふんわりブロンドヘアが、出席簿によって圧縮された。

 結局この日の午前中だけで、二人は山田先生から5回注意を受け、千冬さんから3回教育的指導(出席簿アタック)を受けた。

 

 

「「お前(あなた)のせいだ(ですわ)!」」

 昼休み、開口一番一夏に文句を言う箒とセシリア。何故そうなる?

 鈴の事が気になるのは分かるが、千冬さんの授業で呆ける方が悪い。空腹の虎の前に新鮮な肉を置いたらどうなるかなど、分かりきっているだろう。

「まあ、話なら飯食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

「む……。ま、まあお前がそう言うなら、いいだろう」

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

 一夏の言葉にとりあえず矛を収める箒とセシリア。一夏はさらに、私にも声をかけてきた。

「九十九、昼飯行こうぜ」

「すまない、一夏。先約が−−」

「つくもん。お昼行こ〜」

「ああ、了解した。君の他には?」

「え~とね、きよりんとゆっこ〜。あ、あとさゆゆんも~」

 相川さんと谷本さん、それと夜竹さんか。まあ、そんなものだろう。

「と、いう訳だ。悪いが……」

「そうか。分かった」

 言って、学食へ向かう一夏。他にも何人か付いて行った。

「それでは、行こうか」

「「「はーい」」」

 四人を連れて学食に向かう。その途中本音さんが急に「インペリアルクロス!」と叫んだが、残念ながら私以外は「え?」という顔をしていた。本音さんやってたんだ、ロマ○ガ。

 

「待ってたわよ、一夏!あと九十九!」

 一夏に遅れる事わずか。食堂に着いた私達の前に立ち塞がったのは件の転入生、凰鈴音。私達は縮めて鈴と呼んでいる。

 昔から変わらないツインテールと成長に乏しい体。それを声に出して言うと烈火の如く怒るので言わないが。

「まあ、とりあえずそこどいてくれ」

「そうだな。食券が出せんし、なにより通行の邪魔だ」

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 言って、一夏から少し離れる鈴。その手にはラーメンが乗った盆が持たれている。

「伸びるぞ」

「わ、わかってるわよ!大体、アンタを待ってたんでしょうが!何で早く来ないのよ!」

 一夏はエスパーではない。よって、約束もしていないのに早く来る事は出来ない。まあ、こいつがうるさいのは毎度の事だ。私は気にする事なく食券をおばさんに渡す。

「おばさん、今日は大盛で」

「おや、特盛じゃなくていいのかい?」

「ええ。この後実習があるので」

「そうかい。じゃ、ちょっと待ってな」

 私が料理を待っている間に、一夏の他十人近いクラスメイトが席へ移動。あれだけの人数だと移動するのも骨だな。

「はいよ。お待ちどうさま」

「ありがとうございます」

 出てきた本日のパスタ(大盛)を受け取る。今日はカルボナーラだ。濃厚なクリームの香りが食欲をそそる。

「つくも〜ん。こっちだよ~」

 本音さんに促され、一夏達とは離れた席に座る。分割思考で一夏達の会話を聞くつもりだったが、周囲が騒がしすぎて不可能そうだ。まあ、仕方ない。ここはあいつに任せよう。

「それでは、いただきます」

「「「いただきます」」」

 しばし無言で食事をとる。

 「料理とは、美味いうちに食べるのが作ってくれた人に対する礼儀だと思う」少し前にそう言うと、いつの間にか本音さん達も無言で食事をとるようになった。女子には辛くないのかと訊くと「そうでもない」と返された。不思議だ。

「ごちそうさまでした」

「「「ごちそうさまでした」」」

 ここからは質疑応答タイムの始まりだ。

「さて、では何から聞きたい?」

「じゃ〜、あの子とつくもんの関係について〜」

 やはりそこからか。まあ、妥当だな。

「彼女は凰鈴音。私と一夏のセカンド幼なじみだ」

「セカンド……」

「幼なじみ?」

「彼女は箒が小4の終わりに転校した後、入れ替わる形で転校してきたのだよ。子供の頃からの知り合いという意味で言えば厳密には違うが、便宜上そう呼んでいる」

 その後、中2の終わりに国に帰ったため、会うのは1年ぶりとなる。

「へ~、そ~なんだ〜」

「どう知り合ったの?」

「彼女は中国からの転校生だったからね。始めは日本語に不慣れだった。その事や外国人であるという理由で一時期いじめに遭っていて、それを助けたのが一夏だった。で、そこからの繋がりで私ともう一人の男友達とも知り合ったのさ」

「何で中国に帰る事に?」

「詳しい話は何も。ただ、私は彼女の両親の不和が原因ではないかと思う」

「それは……何故ですか?」

 夜竹さんの問いに、「これは多分に憶測が入るが」と前置いて答える。

「彼女の両親は中華料理店を営んでいた。私や一夏はよくそこで食事をしていたんだ。だが、中2の始め頃から少しづつ店の雰囲気が悪くなっていってね。何か、両親の間で意見の相違でもあったのだろう。そして彼女の両親は、中2の終わり頃に決定的な所まで行ってしまい、彼女は母親と共に中国に帰る事になったわけだ」

「なんでお母さんとだったの〜?」

「今は女性優遇社会だからな。その方が何かと都合がよかったのだろう」

そして、中国に戻った後IS操縦者となるため軍に入り、僅か1年足らずで代表候補生にまでのし上がった。というわけだ。

「へ~。すごいんだね〜」

「専用機を受領できるくらいだ。才能はあったろうし、努力もしただろう。でなければ僅か1年で中国代表候補生にはなれんよ。さて、そろそろ時間だ。行こうか」

「「「はーい」」」

 午後の実習は確か千冬さんの担当だ。気は抜けないな。

 

 

「おい、村雲九十九」

「はい?」

 放課後の第三アリーナ。一夏と共にセシリアにIS操縦を教わる予定だった私は、ピットへ向かう途中で横からかけられた声に、少し間の抜けた声を上げてしまった。

「話がある。ちょっとツラ貸しな」

 目の前にいたのは一人の女子生徒。制服のリボンの色は黄色なので二年生であると分かる。ショートカットの黒髪と中国系の整った顔立ち。確かこの人は……。

「アメリカ代表候補生序列五位、『二丁拳銃(トゥーハンド)』のレヴェッカ・リー」

「へえ、あたしの事知ってんのか。なら話が早いぜ、あたしと勝負しな!」

 ビシッ!と音が聞こえそうな勢いで私を指さすリー先輩。満面に浮かべた不敵な笑みが、自信の高さを伺わせる。

「それは……私が二丁拳銃の使い手だから、ですね?」

「ああ、この学園に『トゥーハンド』は二人もいらねえんだよ」

「ふむ……」

 私は、彼女と勝負する事のメリット・デメリットについて考える。

 

 メリットは、早い段階で上級生の実力の一端がわかる事。よく似た基本戦術の使い手と戦えるのは正直ありがたい。

 デメリットは、思いつかない。ネット上では彼女の性格までは調べられず、二言三言交わした程度では性格を掴めないため、勝負を受けた後どう転がるかわからないからだ。

 受けない場合はデメリットのみが発生する。それは、受けた場合のメリットが消滅するという事。今は少しでも戦闘経験が欲しい所だ。よってここは……。

 

「わかりました。お受けします」

「OK、付いてきな。第五アリーナだ」

 サッと踵を返し、歩いて行くリー先輩。その後ろを付いて歩く。

「お、おい九十九」

「すまない一夏。セシリアにはうまく言っておいてくれ」

 さて、胸を貸して貰うとしようか。ああ、そういう意味じゃないぞ。

 

 第五アリーナ。ここは主に射撃訓練を行うために、かなり広く出来ている。

 そのアリーナの中央に、『フェンリル』を装着した私と『ラファール・リヴァイブ』を装着したリー先輩が対峙していた。

 リー先輩の装備は『トゥーハンド』の通称通り、二丁の.35口径自動拳銃《カトラス》だ。一方の私は.55口径回転式拳銃《狼牙》を二丁装備している。

「準備はいいか?」

「ええ。いつでも」

 互いに銃を相手に向ける。

 

ビーーーーーッ!

 

 さあ、試合開始だ。

 

 試合開始から10分後。結論から言えば、私は完敗した。

 私の撃つ弾は全くと言っていいほど先輩に当たらず、逆にリー先輩の撃つ弾は面白いように私に当たったし、私の弾を自分の弾で弾くという絶技を見せられた時は唖然としてしまった。

 リー先輩曰く「相手の動きを予想するんじゃねえ。そう動かざるを得ないようにすんだよ」だそうだ。

 自身の未熟と上級生の練度の高さを思い知らされた模擬戦だった。

 模擬戦終了後、リー先輩が「アドバイスが欲しけりゃ言え。あたしが暇な時でよけりゃ、いつでも相手してやるよ。あと、あたしの事は『レヴィ』でいい」と言ってくれた。

 いきなり愛称呼びは何だか失礼な気がしたので、とりあえず『レヴェッカさん』と呼ぶ事にした。しかし、レヴェッカさんは「レヴィでいいのに……」と不満そうだった。出会って1時間も経っていないのに、彼女の中で一体何があった?

 

 

 レヴェッカさんと勝負を終えて自分の部屋に戻る途中、一夏の部屋の前でそれは聞こえた。

「最っっっ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!犬に噛まれて死ね!」

 激墳した鈴の叫びがドア越しに廊下に響く。どうやら一夏が「私の酢豚を……」の約束を勘違−−−

 

バタンッ!ガンッ!

 

「いっ!?ぐおぉぉぉ……ドアに近づきすぎたか……」

 どうやら、無意識にドアに近寄り過ぎていたようだ。勢い良く開いたドアに額を打ち抜かれて、痛みに悶絶する私。

「え!?九十九!?ゴメン!大丈夫!?」

 鈴はドアの前に私がいた事に驚いたようだった。

「ああ、問題ない。で、鈴。単刀直入に訊くが、一夏が何をした?」

「っ……!?」

「ここで話しにくいなら、私の部屋に来るか?」

「……うん」

 

 所変わって、私の部屋。本音さんはすでにパジャマ(電気ネズミver)に着替えていた。

「ただいま。本音さん」

「つくもん、お帰り〜。あ、リンリンだ〜」

 鈴の訪問に嬉しそうな声を上げる本音さん。だがその呼び方は、鈴にとって最大の禁句だ。

「誰がワシントン条約で輸出入が禁止されてる希少動物だコラー!」

 ウガー!と吠える鈴。だが、本音さんは「え~?可愛いじゃん。パンダ」とふんわり笑顔を鈴に向ける。

 その笑顔に邪気を感じなかったらしい鈴は「別のあだ名にして」と言ったが、本音さんからは「ファンファン」や「インイン」といった、どこかパンダっぽいものしか出てこず、結局「鈴ちゃん」で双方が妥協。

 本音さんは「リンリン」と呼びたがっていたが、鈴が「それだけは」と本気で嫌がったためだ。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「それで鈴。何があった?」

「うん、それがね……」

 鈴の話によると一年前、中国に帰る日に一夏に言った「私が料理が上手くなったら毎日酢豚を食べてくれる?」という約束を、一夏は「毎日酢豚を奢ってくれる」と間違って覚えていたという事だった。

「つまり遠回しのプロポーズを、食事をご馳走してくれると勘違いしていた事に思わず腹を立てた。と、そういう訳だな」

「おりむーはひどいな〜」

「そうなのよ!あいつ人の一世一代の告白を何だと−−」

「鈴、私は言ったはずだ。あいつに告白をするのなら、聞き間違えも曲解も出来ないど真ん中ストレート以外通用しないと」

「うっ……」

 私の言葉に聞き覚えがあったのか、言葉に詰まる鈴。

「そしてあいつの事だから、きっと約束の意味を直接お前に訊こうとするだろうな。その時お前は言えるのか?本人を目の前に『あれはプロポーズのつもりだった』と」

「そ、それは……」

「まあいい。あまりこじらせるなよ?今日の所は帰って頭を冷やせ。いいな」

「う、うん」

 話している間に怒りが多少は収まったのか、落ち着いた様子で私の部屋を出ていった。

 お互い意地っ張りな所のある二人だ。こじれないという事はないだろう。

 私は確実に板挟みになるだろう自分の未来を思い、今から胃が痛かった。

 

 

 こうして、一夏と鈴が交わした約束は破られた。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『鈴ちゃんを泣かせたな?織斑一夏……ゆ゛る゛さ゛ん゛!』と怒りに燃えていた。

 バ○オラ○ダーにでもなる気か?アンタは。

 

 

 明けて翌日。教室棟生徒用玄関前に『クラス対抗戦日程表』が張り出された。

 一年一組代表織斑一夏の相手は二組代表凰鈴音だった。




次回予告

きらめく白雪の剣閃。
轟く龍の咆哮。
現れた招かれざる客がその目に映すのは……。

次回「転生者の打算的日常」
#14 襲撃

せめて、私に出来ることをしよう。

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