切りの良い所で切ったのでちょっと短いですが、後で続きを投稿しますので気長にお待ち下さい。
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10月のとある日曜日。IS学園一年生寮の廊下に、二人の女の子の叫び声が響いた。
「「ええっ!?『フェンリル』の定期点検があった!?」」
「本っ当にすまない!すっかり忘却の彼方だったんだ!」
『折角の日曜日だし、たまには羽を伸ばそう』という事で、3日前からしていたデートの計画。それがおジャンになったのは、昨日届いたラグナロクからの事務報告メールによってだった。
『ラグナロク・コーポレーション、秘書課の
これを見た私の顔はきっと蒼白だったに違いない。直ぐにでも二人の所へ飛んでいって詫びを入れたかったが、そのメールに気づいたのは22時の事。とうの昔に消灯時間を過ぎていた。
結果として、その事を二人に言うのが今日になってしまい、こうして必死に頭を下げている。という訳だ。
手を合わせ、頭を下げつつチラリと二人の顔色を伺うと、不満と呆れが半々といったような表情を浮かべていた。
「せっかくおめかししたのに……」
「せっかくどこで何をするかみんなで計画したのに〜……」
「返す言葉も無い。私に出来るのは平謝りだけだ」
そう言うと、二人は深い溜息をついて「顔を上げて」と言ってくれた。
「お仕事なら仕方ないけど〜……」
「埋め合わせは、してくれるよね?」
「ああ、必ず近い内にさせて貰う」
「うん、約束だよ。じゃあ……」
「お見送りさせてもらうね~」
せめて正門前まで一緒にいたいという乙女心か、二人は私の腕に組み付いて正門前まで行く気満々だ。まあ、見送りを受けるのは意外に気分がいいし、これくらいは許容しよう。
「やあ、九十九くん。迎えに来たよ」
正門前には既に迎えの車が来ていた。ドアの前に立って朗らかな笑みを浮かべるのは、彫りこそ深いが黒髪黒目の日本人的外見、たてがみのような髪型と精悍な体付きが野生のライオンをイメージさせる男性。要するに。
「社長……」
ラグナロク・コーポレーション社長、
「あ、社長さん。お久しぶりです」
「うん、久し振りだねシャルロットくん。それからそちらが……?」
「は、はじめまして!布仏本音です!」
「うん、はじめまして、本音くん。ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作だ」
握手を求める社長に、本音はおずおずと応えた。すると、社長の目が二人……正確には二人の服装に行った。
「ところで九十九くん。二人とも随分と気合の入った格好だが、ひょっとして……」
「ええ。今日の事をすっかり忘れてデートの約束を」
「それはまた……。株を落とす真似をしたねぇ、九十九くん」
「まったくです。我ながら情けない限りですよ」
溜息をつきながら言うと、社長は「ふむ……」と呟いて思案顔をする。しばらくそうしたと思うと、ぽんと手を打って一言。
「そうだ。二人を
「「「……は?」」」
♢
あれよあれよと言う間に車に乗せられたシャルロットと本音は、藍作からどうして自分達を誘ったのかの説明を受けていた。
『フェンリル』の点検中に九十九が何をしているかと言えば、実の所その様子をボーッと眺めたり、社屋を適当にうろついたりした後、最後の起動実験に参加する程度。要するに何もしていないのと同じなのだ。
「まあ、そういう事もあって、暇を持て余す九十九くんが見ていられなくてね。今回お誘いした訳だ」
「「はあ……」」
急な展開に未だに追いつけないでいるシャルロットと本音。ちなみに九十九は「着いたら起こしてくれ」と言って二人の間で寝息を立てている。
「まあ、それに
藍作にそう言われて、二人は顔を見合わせた。
行先が九十九の職場という少々色気の無いデートではあるが、二人に取って重要なのは『何処に行くか』ではなく『九十九がそこに居る事』なので、藍作の言う通り悪い話ではないと言えた。
そう考えた二人は「まあ、たまにはこういうのもいいか」という結論に達し、揃って頷くのだった。
♢
「じゃあ、私は車を駐車場に入れてくるから」
私達を正面玄関前で車から降ろし、社長はそのまま駐車場に向かって行った。恐らくそのまま社長室に戻るつもりだろう。
「「「ありがとうございました」」」
去っていく車に頭を下げて見送った後、改めて二人に向き直って、私は少しヤケクソ気味に言った。
「ようこそ、ラグナロク・コーポレーションへ」
入口の自動ドアを潜ると、総合受付に詰めていた二人の女性がすっと立ち上がって「いらっしゃいませ、ようこそ」と息を合わせたお辞儀をする。
「どうも、奈津子さん、蛍さん」
この二人はラグナロク・コーポレーション事務部門所属の受付係、
彼女達のお陰でラグナロクに今まで深刻な経済的、技術的被害が出た事はないと言われている。ちなみに独身・彼氏ナシ。顔も性格もいいのに浮いた話が無いのは、周りの男達の見る目がないのか、それとも彼女達の理想が高いのか、どちらだろうね?
「あら、九十九くん。今日は確か『フェンリル』の定期点検だったわね。地下四階、IS開発部へどうぞ」
「了解です」
「そちらのお二人は社長直々のご招待で当社の見学に来た方ですね?こちらがゲストパスになります。社屋内にいる間は、忘れずに首にお下げください」
「「はい」」
二人は蛍さんから渡されたゲストパスをその場で首から下げた。
このゲストパスは、ラグナロクに目的を持って訪れた人全てに渡される物で、その日一日だけ有効なパスカードである。但し、その権限は社員証に比べて極めて限定的で、入室不可な場所はかなり多い。のだが。
「蛍さん。二人のゲストパス、
「2よ。
「了解です。行こうか、二人とも」
「「うん」」
二人と腕を組んで歩く私に、どこか羨ましそうな、微笑ましい物を見るような視線を送る受付嬢二人。
あの二人には、是非良い人を捕まえて欲しいものだと思いながら、地下一階の技術開発部総合ロビーに向かうのだった。
「着いたぞ。ここが技術開発部総合ロビーだ」
「けっこう広いね~」
「うん」
技術開発部総合ロビーは、地下一階をほぼ丸々使っている為かなり広い。
ここでは多くの技術者達が互いのアイデアをぶつけ合ったり、完成した作品を批評し合ったりと、毎日熱い議論が交わされている。
ちなみにこのロビー、壁際にドリンクバーとカップ麺の自動販売機があったり、一番奥に仮眠室と浴室があったりと至れり尽くせりで、技術者の中には半ばここに住んでいる人もいる程だったりする。例えば−−
「九十九くん、お待ちしてましたよ」
テンション高めにやって来た『フェンリル』の産みの親、
「博士、お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。早速ですみませんが、『フェンリル』を点検しますのでこちらへ」
「了解です。シャル、本音。少し待っていてくれ」
「「うん」」
ロビーに二人を待たせ、私は博士と共に地下四階、IS開発部へと向かうのだった。
と言っても、私のやる事は『フェンリル』を展開し、そのまま機体から降りるという作業だけ。ほんの3分程で用事は終わる。
「では、よろしくお願いします」
「はい。おまかせください」
あまり二人を待たせるのも悪い。『フェンリル』を博士に任せ、私は急ぎロビーに戻った。
「すまない、待たせたか?」
「「ううん、大丈夫」」
「そうか。じゃあ、行こうか。地上階のみしか案内出来ないが、我が社を存分に見ていってくれ。但し、一つ注意だ」
「なに?九十九」
「どうかしたの?」
訝しげな顔をする二人に、私は注意事項を告げた。
「この会社はな、初めて来る大概の人が疲れる事になるんだ」
「ああ、大きいもんね、この社屋」
「歩き回るだけでも大変そうだよね〜」
「違う。そこは問題じゃない」
「え?」
「じゃ〜、なにが問題なの〜?」
ハテナを頭に浮かべる二人に、私はこの会社のこの会社たる所以を教えた。
「この会社は良くも悪くも『変人の巣』なんだ。真面目な人ほどツッコミ疲れる事になる。私もそうだった」
「「注意点ってそこなの!?」」
二人の私へのツッコミが、地下のロビーに響いた。
こうして、シャルと本音のラグナロク・コーポレーション見学が始まった。
私はこの二人ができれば変人共と出会わないようにと祈っていた。……きっと無理だろうなぁ。
ラグナロク・コーポレーションの社員証にある入室規制段階についての説明を。
入室規制段階は全部で五段階存在し、レベルが上がる毎に入室可能の場所が増えて行く。
Lv1 地上階のみ入室可能。通常のゲストパス、並びに総務部・技術開発部以外の一般社員が該当。
Lv2 技術開発部総合ロビーまで入室可能。特別許可の下りたゲストパス、並びに総務部所属の社員が該当。
Lv3 地下二階〜三階の技術開発部研究室への入室が許可される。技術開発部所属の一般社員が該当。
Lv4 地下四階、IS開発部の研究室への入室が許可される。IS開発部の社員とテストパイロットが該当。九十九もここ。
Lv5 最重要機密区画を含む、全ての場所への入室が許可される。これを持っているのは極一部の幹部級のみ。
この他に警備部・清掃部専用のLv4+(最重要機密区画を除く全ての場所への入室許可)が存在する。
おおよそこんな感じです。
次回 ラグナロクの愉快な仲間たち
お楽しみに!