新年恒例、初夢ネタです。
♢
12月31日、23時59分。村雲邸、私の部屋。
『1月1日、午前0時0分をお知らせします』
ピッ、ピッ、ピッ、ピーン
「「あけましておめでとうございます、九十九(つくも)」」
「あけましておめでとう、シャル。本音」
日付が変わると同時に互いに挨拶をする私達。本音が「年が変わった瞬間から一緒にいたい」と言うので、大晦日から二人が泊まりに来ているのだ。
「とは言え、これ以上の夜ふかしは体に毒だ。そろそろ床につこうか?」
「うん、そうだね。じゃあ、九十九。おやすみ」
「おやすみ〜」
そう言って、二人は私の頬に口づけをすると、あてがわれた部屋へと戻って行った。それを見送って私も床につくと、すぐさま眠気が襲ってきた。
……待て、ちょっと待て。この……感じ……は……。
「zzz……zzz……」
♢
「はい、やっぱりね。どうせこうだと思ったよ、ホント」
「待っていたぞ、九十九」
という訳で、毎年の初夢恒例になった夢世界の草原に私は立っていた。いつもと違うのは、初夢生物の5人(?)が既に私の目の前に居るという事だろう。
何故こいつ等がこうしているのかに興味は無いので話を急かす。正直さっさとこの世界から帰りたいのだ、私は。
「で?要件は?さっさと言え」
「まあそう急くな、九十九。まずは茶でも「要件を、言え(ニッゴリ)」あ、ああ。分かった」
茶を勧めようとするラウラにイラッとして、強めの圧をかけて話を促す。ラウラは軽く咳払いをするとこう切り出した。
「我々は、本日をもってこの夢世界から卒業する!今まで世話になったな!」
「……ああ、そう。どうぞご勝手に」
「ちょっと!もっと何か無いのあんた!?」
私の返事が気に食わなかったのか、鈴が掴みかかってくる。
「そうだな……毎度面倒に巻き込んでくれて、よくもありがとう」
「皮肉!」
うがーっ、と吠える鈴を取り敢えず無視して、私は一夏に初夢生物達の今後について訊ねた。
「で?私の夢世界から去ると言うが、何処か行くアテはあるのか?」
「心配いらねえよ、もう次の移住先は決まってるからさ!」
言って爽やかな笑みを浮かべる一夏。だが格好は富士山の着ぐるみだ。
「だから、その格好でその笑顔はやめろ」
「おう」
まあ、行くアテがあるのなら問題ないだろう。何処に行く気なのかは興味がないし、去ってくれるなら有難い。
「では、そろそろ行く。達者でな」
「ああ。君達との思い出はロクでもないが、それでも道中の無事を祈らせて貰う。が、その前に」
「「「なんだ(なによ)?」」」
訝しげに言うラウラ達に、私は全力の誠意を込めて願い出た。
「
「「「アッ、ハイ」」」
高速で頷いた3人は、シャルと本音をその場に残し、脱兎の如く走り去って行った。
「ん、体が透けてきた。そろそろ起きるようだな」
「またね、九十九」
「またね〜」
「ああ、また」
別れの挨拶を交わすと、私の意識は急速に現実へと呼び戻された。
今年の初夢はこれで終わりか。来年まで会えないのは、ちょっと、いやかなり寂しいな。
♢
1月1日、22時。村雲邸、私の部屋。
初詣と挨拶回りを済ませ、ついでにといつものメンバーで遊びに出かけて20時まで遊び回った後、それぞれの家へと帰った。
シャルと本音も、今日はそれぞれの親元へと帰っている。今頃シャルはフランシスさん(この為にわざわざ来日)とホテルで親子水入らずで過ごしているだろうし、本音もご両親と元日を過ごしていると思う。
虚さんは弾の家に世話になっているだろう。蓮さんが虚さんの事をかなり気に入っている。とは、蘭の弁だ。
一夏?知らん。ひょっとしたらラヴァーズに襲われてるんじゃないか?むしろ襲われてしまえ、あのど鈍感女たらし。
「ふわ……あふ。……そろそろ寝るか」
明日はフランシスさんに年始の挨拶に行くため、早めに起きないといけない。やって来た眠気が薄れないうちにベッドに横になる事にした。
「おやす……zzz」
おやすみすら言い切らぬうちに、私の意識は闇に落ちた。
♢
「えっ!?まさかの二夜連続?」
寝たのが今日の深夜で、縁起物三人衆が出てくる夢を見た以上初夢はもう終わりだと思っていた所にこの状況。
(もしや、今夜が本番なのか!?)
そう思いながら周囲を見渡すと、視線の先で羊の着ぐるみの本音と人間大の茄子の格好のシャルが「やっほー」と手を振っていた。が、問題なのはその隣にいる連中だ。
「あら、やっと来たのね。九十九くん♪」
チェシャ猫のボディースーツ(cats風)を着て、ニヤニヤ笑いを浮かべる楯無さん。
「すみません、お邪魔しています」
鷹……と思わせて鳶の着ぐるみを着て申し訳無さそうに会釈をする虚さん。
「よう、九十九。ちょっと状況説明してくんね?」
巨大な赤富士……に見えるいちごゼリーに身を包んだ弾。新たな縁起物と引っ掻き回し役が、夢世界にやってきていた。
ああ、私にはもう、平穏な初夢を見る事は叶わないのだなぁ……。
「なるほど……。常々規格外だって思ってたけどよ、やっぱお前すげぇわ」
「褒めてないよな、それ」
私もまさか弾が巻き込まれるとは思っていなかった。きっと弾を見る私の顔は何とも言えない表情になっている事だろう。その様子を横で見ている虚さんも苦笑を浮かべる事しかできないでいるようだ。
「しかし、何故二夜連続で
「なーに言ってるの。今夜が元日の夜でしょうが、九十九くん」
私の疑問に楯無さんが答える。……なるほど、そう言われると納得だ。寝たのは日付が変わった後でも、あれは昨日……12月31日の夜だったという事だろう。今夜が初夢の本番なのは、よく考えれば当然と言える。
これが真の初夢ならば、縁起物探しをする必要があるが、既にここには富士(いちごゼリー)、鷹(鳶)、茄子(人間大)の3つは揃っている。
となれば残りの縁起物、末広がりで縁起の良い扇、運気上昇の意味を持つ煙草、毛がない=怪我ないに通ずる座頭(坊主)を探し出す必要がある。
「さて、では縁起物探しの旅に出るか」
「あ、その必要は無いわよ」
「は?」
ポカンとする私に「はいどうぞ」と言って楯無さんが取り出したのは、楯無さん愛用の扇。受け取って広げて見ると、墨痕逞しい字で『謹賀新年』と書かれている。……扇だ。個人の持ち物だが、何の捻りもなく扇だ。
「俺からはこれな」
「くー重てえ!」と言いながら弾が取り出したのは、巨大な黄金煙管。火の着いた刻み煙草が入っているのだろう。火皿から煙が立ち上っている。これを使う人間は相当な膂力の大男だろう。それこそどこかの『天下御免の傾奇者』とか。……煙草だ。道具のサイズは規格外だが、紛う事なく煙草だ。
「私からはこれを」
「なぜか持っていまして」と言いながら虚さんが取り出したのは、掌サイズのダルマ。何故ダルマ?と考えて、その理由に思い至る。ダルマのモデルは禅宗の開祖とされる中国の僧、達磨大師。つまり坊主だ。……座頭だ。国がちょっと違うが、間違いなく座頭だ。
「驚く程アッサリと縁起物が揃ったな……」
「ちょっと拍子抜けしちゃうね」
「毎年苦労してたからね〜」
毎年、初夢の縁起物探しは大変な上に無駄に捻りが効きすぎて最早別物になっている事ばかりだった。なので、逆に何の捻りもなく、かつここまで簡単に出てきた事に別の意味で驚かされた。
「この調子だと、今年の干支……
ズドドドドドド……
「ん?何だこの音は?」
突然聞こえてきた地響きに何事かと振り返った先にいたのは、血走った目でこちらに向かって突進してくる巨大な猪だった。
「なっ、えっ!?」
あまりに突然の事に対応の遅れた私は、全く速度を落とす事なく突っ込んできたその猪に撥ね飛ばされてしまった。
「ぐぼぁっ!?」
「「つ、九十九ーっ!」」
シャルと本音の叫びが響く中、上空に吹き飛ばされた私は、その猪の背に必死にしがみつきながら「落ち着いてください!
♢
「ここが夢の中で良かった……。現実なら即死コースだぞ」
「すっごい飛んでたもんね〜」
「えっと、大丈夫?九十九」
「なんとかな。あちこち痛いが」
気絶する事しばし。巨大猪に撥ね飛ばされたダメージがまだ残る体をどうにか起こして、楯無さんに訊ねた。
「さっきのが今年の干支、という事でいいんですよね?」
「ええ、そうよ。でもまさか、あんな大物が来るとは思ってなかったけど」
「気絶する直前、あの猪を『乙事主』と呼ぶ声が聞こえました。超大物じゃないですか、何故こんな所に来たんだか……」
乙事主。前世のとあるアニメ映画に登場した実在しない猪の神……なのだが、この世界においては違う。
この世界において乙事主とは、『日本書紀』や『古事記』に名を残す神猪で、
長野県富士見市には、乙事主を祀った『乙事神社』が建立されている。下克上や
「まあ、色々あったが縁起物と干支は探し終えたという事でいいのだろうな。……で?」
「で、って?」
「いや、帰る方法!あるでしょ!?何か!」
「あるの?虚ちゃん」
「はい。九十九くんがこちらで眠れば、あちらの九十九くんが起きます。もしくは……」
「もしくは?」
注目された虚さんは少しだけ溜めて、もう一つの方法を提示した。
「強めのツッコミを入れれば、この世界から離脱出来ます」
「そんな方法!?いや、心当たりあるけども!」
これまでも、初夢のオチにツッコもうとした瞬間に目を覚ました経験はある。まさかあれがトリガーだったとは……。
という訳で、何故かあった布団に潜り込み、夢世界にサヨナラを告げるべく眠りにつこうとしたのだが……。
「「「じー……」」」
新初夢生物達が矢鱈とこっちを見てきてどうにも寝付けない。特に楯無さんは何か言いたげな目をしているのでどうにも気になる。
「あの、楯無さん?何か言いたい事でもあるんですか?」
「え?ああ、うん。実は私達、昨日までいた初夢生物に比べて縁起力が低いのよ」
「待って、まず『縁起力』って何?」
「だもんだから、九十九くんにささやかな幸運を少しづつしかあげられないの」
「質問に答えてくれません?」
「具体的には、あっちの世界で確かめてね」
「いや、だから質問に……「という訳で……寝れ!」ぐぶうっ!?」
『縁起力』の意味が気になって油断していた私の腹に楯無さんの下段突きが突き刺さる。その一撃に、私の意識はあっさりと遠のくのだった。
♢
「結局分からなかった……『縁起力』って何なんだ?」
初夢をはっきり覚えた状態で目を覚ました私は、『縁起力』の正体がどうにも気になってしまっていた。
字面通りに捉えるなら、縁起物としての『縁起の良さ』の事だろうか?縁起の良さに高低とかあるのか?
「考えても分からんか……。飯にしよう」
一旦『縁起力』について考えるのをやめ、着替えてリビングに降りる。
「おはよう。父さん、母さん」
「おはよう、九十九」
「おはよう。朝ご飯、もうすぐ出来るからちょっと待っててね」
「ん」
調理の手を止めずに言う母さんに返事をしてコタツに入ると、目の前にみかんの入った籠が。
(朝飯の前に1つ食うかな)
そう思い、1つ手にとって皮を剥く。すると、房と房の間に小さな房が入っていた。珍しい事もあるものだな。
「お、新年早々運がいいな、九十九」
「ささやかだけどね……はっ!?」
そこで気づく。そうだ、夢の楯無さんは言っていたじゃないか。『自分達の縁起力は低い。九十九くんにささやかな幸運を少しづつしかあげられない』と。と言う事は……。
(これがその『ささやかな幸運』という奴なのか?)
だとするなら、ちょっとささやか過ぎないか?ほっこりするけども。
「あら、珍しい」
と思っていると、母さんが台所で嬌声を上げた。
「どうした、八雲?」
「九十九の朝ご飯の目玉焼きを作ろうと卵を割ったんだけど、そしたら双子の卵だったのよ」
「へー、珍しい事もあるもんだ。得したな、九十九」
「あ、ああ。そう……だね」
父さんの言葉に曖昧に返事をする。ささやかだ、確かにささやかだ。いや、いいんだけど。
その後も『ささやかな幸運』は続いた。
フランシスさんに会いにホテルに行く時、タクシー代のお釣りの中に縁がギザギザになっている十円玉が混じっていたり。
シャルとフランシスさんと一緒に行ったレストランが開店5周年記念で粗品(マグカップ)を貰ったり。
本音と合流してゲームセンターに行ったら、「帰らないといけない時間だ」と言う人から余ったメダルを寄越されたり。
帰り際に自販機で飲み物を買ったら、当たりが出てもう一本買えたり。と、こんな感じに小さな得が何度も起きるのだ。
「くそ、このままでは柄にも無くほっこりさせられてしまう!……待てよ?別にいいんじゃないか?これで」
時折来る大きな幸運より、日々の小さな幸運の方が、噛み締め易さでは上だと思う。
旧初夢生物には悪いが、私にはこっちの方がいい気がした。去ってくれてありがとう、旧初夢生物。君達の事は月末まで忘れない!
「……あれ?そう言えばあいつ等『行くアテはある』と言っていたが……どこに行ったんだ?」
♢
時間は僅かに遡り、1月1日、23時50分。篠ノ之神社境内、篠ノ之邸、箒の部屋。
「はっ!?どこだココは?」
ふと目を覚ました箒が辺りを見回すと、そこは見慣れない剣道場だった。自分の家にある道場より遥かに広く、新しい。
「なぜ私はこんな所に……?」
明日は一夏と会う約束をしていたので、早めに寝ようと早々に床についたはずだ。それが突然、何処とも知れない剣道場に居たとあっては、流石の箒も戸惑いを隠せない。
「や~っと起きたわね、だいぶ待ったわよ」
「っ!?……は?」
突然かけられた声に弾かれたようにそちらに振り返った箒は、目の前にいる存在に呆け顔を浮かべてしまった。と言うのも。
「にしても狭いわねぇ、アンタの夢の中。道場と神社しかないじゃない」
昔、一夏と九十九がやっていた収集育成ゲームの『伝説のポ○モン』にそっくりな着ぐるみを着た鈴が呆れ気味に言えば。
「そう言ってやるなよ、鈴。十分広いと思うぜ?俺は」
富士山の着ぐるみの一夏が鈴を宥めつつフォローする。
「いや、むしろ助かった。あまり広いと夢の主との接触もなかなか難しいからな」
牧羊犬の着ぐるみに身を包んだラウラが世界が狭い事の利点を述べ。
「……村雲くんの世界は、とても広かった、から。あ、どうも。復活の茄子です」
茄子の着ぐるみを纏った簪が、かつての苦労を語る。
「なぜ、わたくしが羊……?他になにか無かったんですの?」
金色の毛が目に眩しい羊の着ぐるみのセシリアが文句を言う。
「仕方ないじゃない、枠がそこしか無かったんだから」
「だからってこのような……!」
「いや、結構可愛いと思うぜセシリア」
「一夏さん……」
鈴の言葉になおも反論しようとしたセシリアに一夏が賞賛を述べると、あっという間に顔を赤くして嬉しそうに微笑んだ。
「相変わらずチョロいな、セシリアは」
「……それがセシリア」
それを見たラウラと簪が、ヤレヤレと言う風に首を振る。なお、この間箒は完全に置いてきぼりだ。
「おい!」
「「「ん?なに(なんだ)?」」」
いい加減でしびれを切らした箒が、正体不明の存在達に遂に質問をぶつけた。
「急に出てきて何なんだ、お前たちは!?」
「は?なに言ってんの。見ての通りの縁起物よ」
「どこがだっ!?完全に見覚えのある顔ばかりではないか!?と言うか、どこから来たんだ!?」
「九十九の所からだが?」
「なぜ私だ!?」
「……見たら分かる。他に行くアテがない」
「あるだろうが!シャルロットの所とか、楯無さんの所とか!」
「その二人なら、多分今ごろ九十九の所にいるぞ。楯無さん、行きたいって言ってたし」
「なっ!?」
「九十九も九十九で新しい連中を受け入れたみたいでさぁ。今更戻れないのよ」
「という訳だ。これからよろしく頼むぞ、新たな主殿」
余りに身勝手なその発言に、遂に箒がキレた。
「ふ……ふざけるなぁ!お前ら全員−−」
ガバァッ!
「ここから出て行けえええっ!」
叫びながら上半身を持ち上げて飛び起きる箒。彼女は普段うつ伏せ寝なので、布団をはね飛ばすまではなかった。
「…………」
辺りを見回し、そこが自分の部屋だという事に気づいた箒は、深い、とても深い溜息をついた。
「箒ちゃん?大丈夫?何かあったの?」
と、そこへ叔母の心配を含んだ声が聞こえてきた。どうやら叫び声が叔母に聞こえていたようだ。箒が慌てて「何でもない」と誤魔化すと、「そう?なら良いけど。あ、朝ご飯できてるから」と言って部屋の前から去って行った。
「おのれ九十九……人の初夢を台無しにしてくれおって……!」
「今度会ったら文句を言ってやる!」と、箒が九十九に向かって怨嗟の念を飛ばした丁度その頃……。
「えっくし!」
「あら九十九、風邪?」
「風邪はひき始めの対処が肝心だぞ」
「いや、違うよ。なんか急に鼻がムズついて……誰か噂でもしたか?」
自宅のリビングで朝食前のみかんを頬張っていた九十九がくしゃみをしたが、そこに因果関係が有ったかどうかは、本人達を含め誰にも分からなかった。
そろそろネタが尽きてきた感のある初夢ネタ。
もう一度やるかどうかは、本編の進みと小生のモチベーション次第です。