転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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明けましておめでとうございます。

毎度おなじみ、新春初夢ネタをお送りします。


#EX 新春特別編 初夢4

 正月元日。一年の始まりであるこの日は、なんとなくだが神聖な気持ちになるものなのだが……。

「あ、明けましておめでとうございます。本日はお招き頂きありがとうございます、誠さん、言葉(ことのは)さん」

「あ、明けましておめでとうございます」

 今日の私は柄にもなくド緊張していた。というのも−−

「うん、ようこそ九十九くん、シャルロットさんも」

「明けましておめでと〜、九十九くん、シャルロットちゃん」

 今年は本音から「わたしのお家で新年会やろ〜よ」との誘いを受け、こうして布仏家にやって来たという訳だ。

「ほらほら二人共、緊張なんてしなくていいのよ?自分の家だと思って寛ぎなさいな」

「いや、そういう訳には………何故いる?」

 横からかかった無駄に明るい声にツッコみながら顔を向けると、何故かにこやかな笑みを浮かべた楯無さんがいた。

「あ、たっちゃんあけおめ〜」

「うん、あけおめ。本音ちゃん」

 本音と楯無さんの砕けたやりとりに、誠さんが渋面を作った。

「本音、主家の当主には敬意を払えといつも……」

「あー、いいのよ誠さん。本音ちゃんだし」

「あー……」

 なんとなく、楯無さんの言わんとする事が分かった。本音が虚さんばりのガチガチの敬語を使っている所とか、逆に想像できないからな。

「つくもん、なにか失礼なこと考えてない〜?」

「まさか」

「それで御当主。本日の御用向きは?」

「ああ、うん。あのね……」

 誠さんの質問に少し言い淀んでから、楯無さんは困ったような笑みでこう言った。

「お父さんが『九十九君に用があるんだ。呼んできてくれ』って……。ごめん!急で悪いんだけど、家に来てくれない?」

「「また!?」」

 こうして、私達は再び更識邸に足を踏み入れる事になったのだった。

 

 

 九十九が楯無の要請で更識邸に向かう数分前。更識邸正門前に、困惑の表情を浮かべた五人の少年少女が立っていた。

「えっと……ここでいいんだよな?」

「その筈だが……」

「表札が『更識』ってなってるんだし、ここで合ってるでしょ。それにしても……」

「なんと言うか……色々大きいな」

「わたくしのウェールズの別荘と同じくらいでしょうか……」

「「「え?」」」

「え?」

 言わずもがな、一夏一行である。一夏は簪から「家で新年会、しない……?」と言われ、それなら皆で行こうとラヴァーズを誘ってやって来た。という訳である。

 ちなみに、皆で行く事を簪に伝えると「そう言うと思って、おせちいっぱい用意したから」と了承の旨を伝えられた。簪の先読みに、一夏は何か九十九みてぇだなと思った。

 ともあれ、ここでぼうっとしていても始まらない。一夏は意を決して、インターホンのボタンを押した。

 

ピンポーン

 

『はい。どちら様でしょうか?』

 返ってきたのは若い女性からの誰何の言葉。それに少し緊張しながらも、一夏は誰何に返した。

「あ、えっと。俺たち、簪……さんの誘いを受けた者なんですけど……」

『簪様よりお伺い致しております、織斑一夏様。並びにその御学友様方。今、門をお開けします』

 インターホンの向こうの女性がそう言うと、重厚な作りの門がゆっくりと開いていく。

「「「おお……」」」

 その何処か非日常的な光景に感嘆する一同。と、そこに聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。

「ホントにごめんね、九十九くん。シャルロットちゃんと本音ちゃんも」

「気にしなくていいよ~、たっちゃん」

「楯無さんが本音のお家に訪れた時点で、イヤな予感はしてましたから。ね、九十九?」

「まあな、何かしら一波乱あるような気がしていたよ。しかし、(つるぎ)さんが私に一体何の用で……?」

「「「あ!」」」

「「「ん?」」」

 思わず声を上げた一夏達と、聞こえた声に反応した九十九達の視線がぶつかった。

 

 

「なんだ、結局全員集合か」

「だな」

 更識邸、大広間。楯無さんに呼ばれた私達と、簪さんに呼ばれた一夏達が一堂に会して、更識姉妹の父である劔さんが来るのを待っていた。

 周囲には前回(#57)同様黒服の男達が控えており、言い知れない緊張感が場を支配していた。

「先代当主、劔様。おなりです」

 侍従の声と共に、上座の襖がすっと開く。一同の緊張が最高潮に達したその瞬間。

「おー!来たか九十九君!シャルロット君も!」

 やたらにテンション高く、びっくりする程の上機嫌で劔さんが現れた。その顔は赤く、熟柿のような匂いが鼻に付く。その手には焼酎の一升瓶を提げていて、既に半分近くが無くなっている。まさかとは思うが……。

(この人、酔ってる!?)

「ん?そこにいるのは織斑一夏君か!ようこそ!俺が楯無と簪の父、劔だ!」

「は、はい。はじめまして」

「うむ!家の娘達が世話になっているそうだな!これからも頼むぞ!ハッハッハ!」

 そう言って笑いながら一夏の背中をバシバシ叩く劔さん。この人酔うとこんな風になるのか。アルコールって怖いな。

「ごめんなさいね、皆さん。家のひと、酔うとこうなんです……よ!」

 

スコーンッ!

 

「ゴハアッ!」

 玉杓子で劔さんの後頭部を引っ叩きながら現れたのは、劔さんの奥方にして更識姉妹の母、釵子(さいし)さんだ。

 釵子さんからの一撃を受けた劔さんは、ばったりと畳の上に倒れ伏す。

「問答無用で殴り倒した!?」

「あの、釵子さん?大丈夫ですか、劔さん」

 一夏が驚き、私が戸惑いがちに言うと、釵子さんは実にあっけらかんと言い放った。

「ええ、大丈夫です。この人、酔ってる時は後ろ頭を思い切り叩けばすぐ酔いが覚めますから」

「そんな体質聞いた事……「ふぅ……すまんな釵子。少し呑みすぎたようだ」本当だった!?」

 むくりと起き上がった劔さんからは、さっきまで漂っていた熟柿の匂いも顔の赤みも消えていた。ホントどんな体質なの?この人。

 

「いや~、すまんな九十九君。醜態を晒した」

「いえ、お気になさらず。挨拶が遅れました。明けましておめでとうございます、劔さん」

「うん、明けましておめでとう。そして、改めてはじめまして、一夏君。俺が楯無と簪の父、更識劔だ」

「劔の妻で二人の母の、釵子と申します。どうぞよしなに」

「は、はい、はじめまして。織斑一夏です」

 酒気が抜けた劔さんと釵子さんが上座について一夏に挨拶をする。返事を返すー夏は、かなり緊張しているのか表情も体も強張っている。

 そんな一夏の後ろに目をやって、ラヴァーズを一瞥する劔さん。ラヴァーズに緊張が走ったのが私にも伝わった。

「それで、君達が簪の『同士にしてライバル』の……?」

「は、はい!はじめまして!篠ノ之箒です!」

「凰鈴音です!」

「セシリア・オルコットと申します」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ……です」

 緊張しながら自己紹介をするラヴァーズに、ウンウンと頷く劔さん。

「うむ、よろしく。それにしても、美少女ばかりだな。羨ましいぞ一夏君。どうかな?一人くらい俺に……「劔さん?」いえ、何でもないです」

 何か言いかけた劔さんだったが、釵子さんに睨まれて慌ててそれを飲み込んだ。……意外とかかあ天下なのか?この夫婦。

「あの、それで劔さん。私に会いたいと楯無さんに仰ったと聞き及んでいますが、今回は一体何用で?」

「ああ、それな。実は、君にお年玉をあげようと思ってね。手を出してくれるかな?」

「はあ……」

 言われるまま劔さんに向けて手を伸ばす。(言い忘れていたが、私は劔さんの隣。ついで本音、シャルの順で座っている。一夏は釵子さんの隣。ラヴァーズがそれに続いて並んで座っている形だ。更識姉妹は饗応役として下座にいる)

 すると、劔さんは着物の袖の中から何かを取り出して私の手にポトリと落とした。それは−−

「延べ棒?」

「うむ。将来義理の従甥(じゅうせい)(従兄弟の息子)になる君に、これまでとこれから、合わせて20年分の纏め払いだ!」

 「嬉しいだろう?」という劔さんだったが、私は手渡された延べ棒がどういう物かに気付いて戦慄していた。

 やや黒みがかった銀色の延べ棒。その表面には『NIHONN MATERIAL PLATINUM 500g 999.5』の刻印が刻まれている。つまり……。

「ちょっ!お父さん、それって……!」

「500gの純プラチナ……ですって……!?」

「そんなに驚くことなのか?」

「何を言っているんだ一夏!プラチナは……」

「ISの各種装置の触媒に用いられたことで価値が急騰しておりまして、現在は1g7000円は下らないんですの」

「それを500g……。つまり、単純計算で350万かそれ以上の品を何でもないように渡したんだ」

「……破格の、待遇」

「ま、マジかよ……!?」

「劔さん、これ、本当に……?」

 20年分のお年玉として350万円相当のプラチナ塊を渡される、という信じられない事態に声と手が震える。そんな私に、劔さんはニカッと笑いかけて言った。

「構わん!なにせ君は言葉が『大丈夫(だいじょうふ)』、将来必ず大物になると認めた男だからな。先行投資だ!励めよ!」

 ハッハッハ!と快活に笑う劔さんに「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。この人にはもう頭が上がらんな。

 

 

 その後、布仏家の皆さんも更識邸に呼ばれて、大新年会が催された。

「じゃあ、皆。今日は存分に食べ、存分に飲んでくれ!乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 劔さんの音頭に合わせて掲げられたコップがカチンと打ち鳴らされる。その後、めいめいが好きに飲み食いをしながら会話に花を咲かせ出す。

 言葉さん特製の豪華御節料理に舌鼓を打っていると、劔さんが私の所に徳利を持ってやって来た。

「九十九君、どうだい?一杯」

「いや、だから私未成年ですって」

「まぁまぁそう言わずに。御神酒だよ、御神酒」

 そう言って日本酒の入った徳利を構え、猪口を差し出す劔さん。今回ばかりは、受け取らないと引き下がってくれそうにない雰囲気だ。

「……一杯だけですよ?」

 神酒だと言われては仕方ない。差し出された猪口を受け取り、注がれた酒を一息に呑む。直後、食道が焼け付くような感覚に咽た。

「ゲホッ、ゴホッ。慣れない事をするものじゃない……

「ははは、大丈夫だ。そのうち慣れる!」

 私の背を叩いて笑う劔さんに苦笑いを返す。慣れたいと思わないぞ、こんな物。

 

「で、一夏は何故あんな事になった?」

「それが……」

「劔さんに「御神酒だから」って渡されたお酒を飲んで~……」

「あ、もう分かった。皆まで言わなくていい」

 これが漫画なら、額に縦線効果が入っているだろう顔で私達が見ている先では−−

「う~ん、箒〜」

「こ、こら一夏。こんな所で、や、やめ……あんっ」

「ちょ、ちょっと一夏!なにしてんのよ!?」

「箒さん!一夏さんから離れて下さいな!次はわたくしが……」

「させんぞセシリア。次に一夏を抱きしめるのは私だ!」

「……一夏、やっぱり大きい方が……いいの?」

「…………」

 たった猪口一杯の酒で酔った一夏が箒に抱きつき、その『低反発枕』にダイブして幸せそうな顔を浮かべ、箒は顔を真っ赤にして困惑しながらもどこか嬉しそうにしている。

 それを見た鈴が一夏を箒から引き離そうとし、セシリアとラウラが「次は自分だ」と名乗り出て、簪さんは一夏が真っ先に箒に抱きついた事に暗い雰囲気を漂わせ、楯無さんが一夏に不満そうな視線をぶつける。という、何とも混沌とした光景だった。

「……シャル、本音。アルコールって……恐いな」

「「うん」」

 『酒は飲んでも飲まれるな』。私達は、唐突にその言葉の意味を理解するのだった。

 

 

 多少の騒動はあったものの、大新年会は大いに盛り上がった。

「一番!門番英二(かどつがい えいじ)!ア○ラ100%やります!せーの……ハイッ!って、あっ!?」

「「「きゃあああっ‼」」」

 高らかに宣言して門番さんがあの『お盆芸』を披露しようとしたが、ものの見事に失敗して門番さんの『門番さん』が100%見えてしまうというアクシデントが発生したり。

「せいっ!」

「「「おーっ!」」」

 劔さんが巻藁切りを披露して若干変な風になった空気を回復したり。

「ちっ、一発外した。私もまだ未熟だな」

「お前、あれで不満なのかよ?」

「「「すげーっ!」」」

 空き缶を的にした空中ピンホールショットを見せた私に拍手が送られたりした。もっとも、私は一発外した事が悔しかったのだが。

 

「む?もうこんな時間か。すっかり長居してしまったな。そろそろお暇しようか、皆」

「え?帰るの?」

 私が皆にそう言うと、楯無さんは何故か意外そうな顔をして首を傾げた。

「ええ、もういい時間ですし。これ以上の長居は返ってご迷惑でしょうから」

「でも……」

 言いながら楯無さんがすっと障子を開ける。すると−−

「うわっ、大雪じゃない!」

「これ積もってるんじゃないか?」

「いまネットニュースで見たが、公共交通機関は軒並み全滅だそうだぞ」

「どうしましょう。これでは帰るに帰れませんわ」

「むう……」

 外は真っ白な雪が降っていて、庭に数㎝積もっていた。この様子だと、市街地の交通は完全に麻痺しているだろう。

「どうする?九十九」

「是非も無い。ここは世話になるしかなさそうだ」

「わ~い、みんなでお泊り会だ~」

 皆が愕然とする中、本音だけが嬉しそうに飛び跳ねていた。

 なお、何故か全員にピッタリの下着と寝間着が用意されていた。いつ調べて用意してたんだろう?謎だ。

 

 

「すやすや〜……」

 皆が更識邸に泊まる事になったのを誰よりも喜び、誰よりもはしゃいでいた本音だったが、布団を敷かれた広めの客間で全員で雑談をしている中、まるで電池切れを起こしたかのように突然眠りについた。私の膝を枕にして。

「寝ちゃったね」

「起こすのも偲びない。シャル、そっとだぞ」

「うん」

 シャルと協力して本音を起こさないように布団に入れる。軽く頭を撫でると、本音は幸せそうな笑顔を浮かべた。

「「「じー……」」」

 そんな私達の事を心底羨ましそうに見ているラヴァーズ達。

「……なんだ?」

「いや~、相変わらず熱いな~って、ね」

「一挙手一投足から愛を感じますわ」

「一夏にはまだ無理な領域だな、これは」

「うっ。お、俺だってあれくらいは……」

「では私にやってみろ!さあ!」

「いやいや~、ここは私にでしょ。ね、一夏くん?」

「私が、先……」

 鈴が口を開いたのを皮切りに、一気に騒がしくなる客間。

「……おい」

「「「!?」」」

「静かにしろ。本音が起きてしまうではないか」

「「「す、すみません」」」

 私が少し強めに言うと、騒いでいたラヴァーズ達が一斉に頭を下げて黙り込んだ。

「もういい時間だ。そろそろ寝よう。一夏、出るぞ」

「おう」

 隣の部屋に移動すべく立ち上がろうとした私だったが、誰かに寝間着の裾を引かれたような感覚を覚えてそこを見る。すると、本音が私の寝間着をぎゅっと掴んでいた。

「これは、離してくれそうにないな……仕方ない。一夏、私の布団をここへ」

「え、なんで?」

「アホかお前は。ここで寝るからだ。幸いスペースはあるからな」

 この客間は全部で15畳。10人が布団を並べて寝ても充分に余裕がある。

「いや、でも女だらけの部屋に男一人とか……居心地悪くねえか?」

「なら、お前もここで寝ればいい」

「「「えっ!?」」」

 私の提案に、一斉に一夏の方を見るラヴァーズ。その目には困惑と期待が半々の光が宿っている。

「なあ、九十九。みんなの目が怖えんだけど……」

「全員それがお望みって事さ。ただし、自分の身の安全は自分で確保しろよ。例え誰かに、あるいは全員に『襲撃』されても、私は助けんぞ」

「そこは助けてくれよ!?でもまあ、分かった。俺もここで寝るよ。ちょっと待ってろ、お前と俺の分の布団、持ってくるから」

「頼むぞ」

 こうして、一夏と一夏ラヴァーズ、私達三人は、一つの客間で雑魚寝をする事になった。皆余程疲れていたのか、床についた途端、一斉に寝息を立て始めた。

(皆寝付くの早いな。まあ、それは私も……同じ……だ……が……)

 皆の寝付きの良さに少し呆れながら、私も意識が遠退くのに身を任せた。

 

 

「おい、おい九十九。起きてくれ!」

「……ん?」

 一夏の切羽詰まったような声と激しい揺さぶりに、私は目を覚ました。

「どうした一夏?便所くらい一人で行けるだろ?餓鬼じゃないんだし」

「ちげぇよ!周りを見ろって!」

「周り?……ああ(察し)」

 言われて周囲を見ると、そこは一面の草原だった。遠くには山が聳え、上空は雲一つない青空。つまり−−

「今年もか……もういい加減に良くね?このネタ」

「?……どういうことだよ?」

「いいか、一夏。よく聞け。ここは−−」

 

 ーー村雲九十九説明中ーー

 

「という訳で、初夢の縁起物を探し出し、最後に今年の干支を見つければ、この夢から覚める。そういうシステムだ」

「どういうシステムだよ……ってあれ?ってことはひょっとして、他のみんなもここにいるのか!?」

「可能性が高い。思うに、縁起物のネタに巻き込まれているのかも知れん」

「マジかよ!?じゃあ早く探しに行かねえと!」

「っておい待て!闇雲に走るな!」

 焦りを顔に浮かべて走る一夏を追いかけて、私も縁起物探しに走る。……きっとまたネタ塗れの縁起物なんだろうなあ……。

 

 

「なあ、九十九。どこにも富士山なんて見当たらねえぞ?」

「恐らくだが……あれだ」

「は?あれって……あれ?」

「あれ……だと思う」

 困惑する私達の前では、二人の男性が将棋盤を挟んで対峙していた。

 一方は、私達と同年代と思しき少年。もう一方は70代後半から80代前半に見える、すきっ歯が特徴的な老年男性。この二人どこかで見た事あるよな……?

「後手、三8步」

「……10秒……20秒……」

「先手、一3金」

 ちなみに、記録係と計時係は箒と鈴だった。やはり巻き込まれてたか。

「どうすればいいんだ?これ」

「対局が決着するまで待つしかないだろうな。幸い、もう最終盤。あと五手で後手が詰む。多分後手の棋士も気づいてる」

 私が言ったと同時に、後手の老年男性が「まいりました」と頭を下げた。

「まで、89手で、藤井四段の勝利です」

「……ん?藤井?」

「一夏、ツッコめ。それで多分二人は正気に戻る」

「お、おう。えっと……」

 一夏はどう突っ込むか暫く考えた後、裏手ツッコミをしつつ叫んだ。

「それじゃ『富士山』っつうか『藤井さん』じゃねえか!」

 

 九十九、一夏、第一の縁起物『富士山(将棋棋士)』発見。

 

 

「なるほど、それでか……」

「九十九、あんたこういうところでも規格外なわけ?」

「一応言っておくが、私のせいでは無い。さ、次に行くぞ。次は『鷹』だ」

 正気に戻った箒と鈴を連れて『鷹』を探すべく歩く事しばし。そこには、椅子に座って項垂れるヤンチャな雰囲気の残る中年男性二人組と、どこか悲しげな表情の本音がいた。

「ほ、本音?どうした?なぜそんなに悲しげなんだ?」

「だって〜……もう終わっちゃうんだよ?この人たちの番組!」

 「好きだったのに〜」と目の幅涙を流す本音。ん?待て。この二人組、ひょっとして……?

「『全落』と『細かすぎる』で少しは持ち直したと思ったんだけどなー……」

「まあ30年やらせて貰ったし、もう潮時だったんじゃね?」

 あ、やっぱりだ。

「今年はそっちの『タカ』かい!?あと、お疲れ様でした!」

 私のツッコミが、青く高い空に吸い込まれていった。

 

 九十九、一夏、第二の縁起物『鷹(と○ねるず)』発見。

 

 

「すまん。また巻き込んだ」

「ううん、いいよ~。結構楽しいし〜」

 私の初夢に巻き込んだ事を本音に詫びると、本音は意外な程あっさり許してくれた。

「次は『茄子』か。一体どんなネタが来るやら……よし、行くぞ」

「お〜!」

「「「お、お〜」」」

 元気よく返事する本音と躊躇いがちに返事するその他のメンバー。テンションにちょっと差があるな。

 

「はあ、一体どこにいるんだ『茄子』は?もう大分歩いたぞ」

「流石に、疲れたわね」

「うん〜。HPが半分くらいになったっぽいよ~」

 歩き始めて一時間。未だ影も形も現さない『茄子』に、女子メンバーが呟いた。

「九十九、そろそろ休憩にしようぜ」

「その必要は無い」

「は?なんでだよ」

「今の女子メンバーの呟きが呼び水になったようだ。前を見ろ」

「前?……誰?あの人達。ってか一人セシリアじゃん!」

 私達の目の前に現れたのは、『あのゲーム会社』のRPGシリーズが生み出したヒロイン達だ。そんな中で唯一違いがあるとすれば、『生まれた意味を知るRPG』のヒロインが、その格好をしたセシリアに変わっている事だろう。

 すると、ヒロイン達は一様に得物を構え、何やら口の中で呟き始める。足下からは淡い光が立ち昇り、幻想的な雰囲気を醸し出している。

「な、何だ?何が起こるんだ?」

 困惑する一夏。と、次の瞬間、ヒロイン達が一斉に口にしたのは。

「「「全体中回復術(ナース)!」」」

 同時に一瞬空が暗くなり、看護師の格好をした天使達が乱舞する。すると。

「ん?こ、これは!」

「え、ウソ!?体力が回復してく!?」

「お〜、効く〜っ!」

 歩き通しで失われた体力(HP)が急速に回復する感覚に全員が驚愕する。いや、体力回復は有り難いんだが−−

「『茄子』だから『ナース』というのはお約束だけどさ……そっちの『ナース』かよ!捻りすぎだろ!」

 分かる人にしか分からないネタに、思わず普段の口調を放り捨ててツッコミを入れてしまう私だった。

 

 九十九、一夏、第三の縁起物『茄子(回復術)』発見。(というより体験)

 

 

 正気に戻ったセシリアは、自分が『生まれた意味を知るRPG』のヒロインのコスプレをして、ノリノリで呪文詠唱していた事を思い出して、羞恥に身悶えしていた。

「うう……こんな恰好であんなこと……恥ずかしいですわ……」

「ほら、一夏。セシリアに何か言ってやれ」

「お、おう。えっと、その……なんだ。似合ってるぞ、セシリア」

「一夏さん……♡」

 一夏に恰好を褒められただけで、セシリアの顔が羞恥以外の理由で赤くなる。チョロい、流石セシリア、チョロい。

「九十九、縁起物はこれで全部か?」

「だったらもうみんな集まってるはずでしょ?ねえ、九十九」

「鈴の言う通りだ。縁起物はあと三つある。末広がりで縁起の良い『扇』、煙が上に昇る事から運気上昇の意味を持つ『煙草』、そして毛が無い事から転じて無病息災の意味を持つ『座頭(坊主)』の三つだ。その内、扇はもう見つかったがな。あれを見ろ」

「「「あれ?……何あれ」」」

 私が指差した方向を見た一同は、揃って唖然とした。

 そこでは、ワンレングスにボディコンシャス、太い眉に濃いメイクという、『日本が最も馬鹿だった時代』の恰好をした女性達が、大音量のディスコミュージックに合わせて舞台上で派手な扇子と腰を振って踊り狂っていた。その中には−−

「ほら、簪ちゃん!もっと腰を振って!」

「お、お姉ちゃん……恥ずかしいよ……」

「あ、簪。楯無さんも」

 踊っている女性達と同じ格好とメイクをした簪さんと楯無さんが踊っていた。ただし、二人の間には大分温度差があるようだが。

「えーっと、これは『扇』を見つけたってことでいいのか?」

「良いと思うぞ。思った以上に真っ当なせいでツッコみづらいが……な」

 結局、更識姉妹が正気に戻ったのは、こちらが彼女達を発見してすぐに楯無さんが一夏に気づいて動きを止めた時だった。

 

 九十九、一夏、第四の縁起物『扇(ディスコ風)』発見。

 

 

「見ないで!お願い、見ないで!」

 『泡沫好景気』全開の恰好をした体を精一杯縮め、羞恥に染まった顔で懇願する楯無さん。何か可哀想になってきたな。

「ほら、一夏。上着を貸してやれ」

「悪い、もう簪に貸しちまった」

 見ると、確かに一夏は上着を着ておらず、替わりに簪さんが一夏の上着を実に嬉しそうに着ている。

「仕方ないな。楯無さん、私の上着でよければ……」

「九十九くん、上着借りるけど良いわよね?答えは聞いてないわ!」

「問答無用!?あ、ちょっ、コラ!無理矢理剥ごうとしない!貸します!貸しますから落ち着いて!」

 相当テンパっているのか、楯無さんは必死の形相で私から上着を奪おうとする。怖いよ!

 

「……落ち着きましたか?」

「うん。ごめんね、無理矢理上着取っちゃって。で、ここどこ?何が起きてるの?」

「えっとですね……」

 更識姉妹にここまでの経緯を話して聞かせると、二人はなんとも言い難い表情で私を見た。

「自分の夢に他人を巻き込むとか……」

「……村雲くん、本当に人間?」

「何気に失礼だな。生まれも育ちも地球だよ、私は。……さて、次は『煙草』だな。行くぞ、皆」

「「「はーい」」」

 皆を連れて歩く事しばし、私は正面からこちらに向かってやってくる大きな人影に気づいた。その人影は、こちらに気づくと歩調を早めた。よく見ると、その肩にはシャルとラウラが乗っている。

「あ、九十九、本音。みんなも。よかった、やっと会えたよ」

「うむ、大分歩き回ったからな。お前にも苦労をかけた。すまんな」

「−−」

 二人を連れて来たその人(?)はシャルとラウラを肩から降ろし、『気にするな』という風に低く唸る。

「なあ、九十九。俺、この人に見覚えがあるんだけど……」

「奇遇だな、私もだ」

「「「私(あたし、わたくし)も」」」

 その人の風貌は、およそ『人間』とは言い難い。身長3m弱の、全身に長い毛を生やしたその姿は『直立する獣』と言って差し支えない。

 そして、そんな『直立する獣』を、私は見た事がある。具体的には『遠い昔、遥か彼方の銀河系で起きた話』の中で。

「「ありがとう、チュー○ッカ」」

「−−‼」

「「「やっぱりだ‼」」」

 もはや語感すら合ってない『煙草』の縁起物。いいのか?そんなので!?

 

 九十九、一夏、第五の縁起物『煙草(世界一有名な獣人)』発見。

 

 

 巨体を揺らして去って行く○ューバッカを見送って、最後の縁起物『座頭』を探して歩いていた私達は、突然目の前に現れた巨大建築物に目を奪われる事になった。

「これは、城……か?」

「城……だろうな」

 それは、途轍もなく巨大な白亜の城。お伽話にでも出てきそうな、美しく輝く西洋風の城だ。

「でもなんでお城なんだろ〜?」

「ふむ……」

 本音の疑問ももっともなので、何故ここに突然城が現れたのか考えを巡らせる。

 私達が探していたのは『座頭』だ。だが、目の前にあるのは城。いきなり出てきた事から察するに、これが『座頭』のネタ縁起物なのだろう。

 だとすると、城を『しろ』と読まず、かつ『座頭(ざとう)』に近い読み方をしろ。という事か。

 城……日本語なら『しろ』『じょう』『き(ぎ)』……どれも違う。となると外国語読みか?

「鈴。城を中国語で言うとどうなる?簡体でだ」

「え?ああ一座城堡(イーズオチェンバオ)よ」

「セシリア、英語では?」

castle(キャッスル)ですわ」

「ラウラ」

「ドイツ語ではEine Burg(アイネブーア)だ」

「楯無さん」

「ロシア語だとЗамок(ザモーク)ね」

 ここまで聞いてどれも違う。となると残るは−−

「シャル、フランス語で城は?」

「あ、うん。château(シャトー)だよ」

「「「それか!?回りくど過ぎる!」」」

 シャルが言った途端、全員が一言一句同じにツッコんだ。

 『座頭』が何をどうしたら『(シャトー)』になるのか。謎が多過ぎだろ、私の夢世界。

 

 九十九、一夏、最後の縁起物『座頭(仏語で城)』発見。

 

「え~……というわけで、全ての縁起物が出揃った訳ですが……」

「あれは『縁起物』って言っていいの?九十九くん」

「いいっこなしでお願いします」

 毎度『縁起物』には程遠い人や物が出てくるのが、この初夢最大の特徴だ。今更ツッコんだ所で無意味だろう。

「あとは今年の干支である『戌』を探し出せば、この初夢から覚めるはずだ。行こう、皆」

「「「了解」」」

 皆を伴って暫く『戌』を探し回っていると、やはりというか何というか、あまりにも唐突にそれは現れた。

 それは、『ある共通点を持った芸人を集めたトーク番組』のセット。ひな壇には既に人がスタンバイしていて、あとは司会者が司会席に立つだけの状態になっている。ただ、そのスタンバイしている人達というのが−−

「ねえ、あそこにいる人達、どっかで見たことない?」

「ああ、あるな。主に漫画とアニメで」

 私達が見つめる先でひな壇に座っているのは、長い金髪をうなじで束ね、派手な赤いロングコートを着た同年代と思しき少年。その後ろには鈍く輝く鎧が立っている。

 隣にいるのは、髪をアップに纏めた凛とした美女を背後に従えた軽薄そうな男。だが、その目には野心の炎が燃えている。二人が着ているのは、ライトブルーを基調にした制服。胸に徽章が輝いている事から、それが軍服だと分かる。

 その隣では、先の男女と同じ軍服を着た筋骨隆々の中年男性が、上半身を顕にして筋肉美を披露している。その両手には意味有りげな紋様が刻まれたナックルを着けている。あれで殴られたら痛いでは済みそうにない。

 更にその横には、長い黒髪をうなじで括り、酷薄な笑みを浮かべるスーツ姿の男。両掌にはそれぞれ月と太陽をモチーフにしたと思われる入れ墨を入れていて、その雰囲気と相まって危険人物感が凄い。

「九十九」

「ああ、行くしか無いだろうな」

 正直言って行きたくないが、行かねば始まらない。私は意を決して番組セットの司会席に立ち、ひな壇にいる人達に問うた。

「皆さんは、何の括りですか?」

 すると、金髪の少年が代表して「俺達は」と言った後、全員が声を揃えて言い放った。

「「「国家錬金術師です!」」」

 そう、あの『錬金術が当たり前にある世界のダークファンタジー』における彼らの蔑称は−−『軍の狗』

 確かに犬だ。犬なんだが……。

「そ……」

 

 

 

ガバアッ!

 

「「「そっちかーい!」」」

 

 ツッコみながら飛び起きる私。周りでも同様の反応で全員が飛び起きていた。

「「「…………」」」

 直後、互いに顔を見合わせて、深い溜息をついた。

「九十九、アンタさぁ……」

「折角の初夢が色々台無しではないか」

「わたくし、こんなに寝覚めの悪い夢は初めて見ましたわ……」

「よく分からんがこれだけは言える。あれは無い」

「あれだけツッコミどころ満載の夢は中々無いわよ?」

「……やっぱり、規格外」

「あの……何か、スミマセンでした

 一夏ラヴァーズからの軽めの非難に何故か居た堪れなくなって、私は皆に頭を下げた。

 なお、この日以降『まともな初夢が見たいなら、九十九と一緒の部屋で寝るな』が、全員の暗黙の了解となったのだった。

 

 ちなみに虚さんが出て来なかった理由だが、私達と入れ違いで弾の家に新年の挨拶に行って、雪で足止めを食らってそのまま泊まって……あとはお察し頂きたい。私の口からこれ以上言うのは憚りがあるというものだから。

 

 一方その頃、九十九の夢世界内では−−

「今年は出番無し、か……」

「仕方ねえよ、『本体』が来ちまったんだし」

「あたしたちが出て行ったら、ますます変なことになるしね」

「来年に期待しようよ、皆」

「やるかどうかはこの世界の観察者さん(作者さん)の来年のやる気次第だけどね〜」

 こんな会話が有ったとか無かったとか。

 来年の九十九の初夢。内容は−−現在未定。


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