転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#12 再会

 4月下旬、遅咲きの桜が全て散った頃、一年一組はISの実習授業を開始した。

「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦を実践して貰う。織斑、村雲、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 千冬さんの指示に従い、『フェンリル』を展開する。展開完了まで0.6秒。訓練の成果が出たな。

 セシリア(こう呼んでと頼まれた)も『ブルー・ティアーズ』の展開を終えている。あとは……。

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒とかからないぞ」

 千冬さんに急かされ、意識を集中する一夏。ちなみに一夏の『白式』の待機形態は、原作通りの右腕のガントレット。

 しかし、通常アクセサリーの形状になるはずのISの待機形態だが、一夏の『白式』は何故か防具。一体誰の趣味だ?兎博士か?それとも『白式』か?などと考えている間に、一夏が『白式』の展開を完了。

「よし、飛べ」

 指示を受けてからのセシリアの行動は早かった。急上昇し、私達の遥か頭上で停止。見事な操縦だな。

 私と一夏も後に続くが、その上昇速度はセシリアに比べれば遅いものだ。一夏に至ってはフラフラしながら上昇しているため、私よりも更に遅い。

「何をやっている。スペック上の出力は『白式』が一番上だぞ」

 早速お叱りを受ける一夏。急上昇、急下降の授業は昨日習ったばかりだ。教科書には『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』と書いてあったが、私にはどうも合わなかった。

「う~ん、どうもイメージが掴めないんだよなぁ」

 どうやら一夏も同じらしい。

「一夏さん、九十九さん、所詮イメージはイメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体まだあやふやなんだよ。何で浮いてるんだ?これ」

 ISは翼なしで飛べる。だけでなく、翼の向いている方向、角度など一切関係無く自在な飛行が可能だ。その仕組みを理解しようと思えば出来なくはないが……。

「説明しても構いませんが長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「極めて専門的な話になりそうだな。一夏」

「わかった。説明はしてくれなくていい」

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 一夏に楽しそうに微笑みを向けるセシリア。嫌味も皮肉もない、純粋に楽しいという笑みだ。

 クラス代表決定戦以降、セシリアは何かと理由をつけては一夏(と私)のコーチ役を買って出てくる。流石に代表候補生だけあってそのコーチングは優秀だ。……説明がいちいち専門的なのがあれだが。

 よほど一夏の気を引きたいのだろう。初対面の時のあの態度はなんだったのかと思うほどの豹変ぶりだ。

「一夏さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ。その時はふたりきりで……」

『一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りてこい!』

 通信回線から響く怒鳴り声。下を見ると、箒にインカムを奪われた山田先生がおたおたしていた。その様子はハイパーセンサーの望遠機能でこの距離から表情を含めはっきりと見える。

「すごいな、ISのハイパーセンサーって。この距離で箒の睫毛まで見えるぜ」

「悪用するなよ一夏。例えば覗きとか」

「しねえよ!俺を何だと思ってんだよ!」

「ち、ちなみにこれでも機能制限がかかっているんでしてよ。元々ISは宇宙空間での稼働を想定したもの。何万㎞も離れた星の光で自分の位置を把握するためですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ。ですが一夏さん、の、覗きに使うのは……」

「だからしねえよ!」

 私の言葉に顔を真っ赤しながら、それでもハイパーセンサーに関する説明をするセシリア。

 でも、自分なら覗かれてもいいかな。むしろ覗け!

〈と、思っていないかね?〉

 個人間秘匿回線(プライベートチャネル)を使い、一夏にわからないようにセシリアに声をかける。

〈思ってません!〉

 反論するセシリア。しかし、顔が真っ赤なので説得力がまるで無い。

 ちなみに個人間秘匿回線のイメージは『右後頭部で話をするイメージ』らしいが、私は『携帯電話で話をするイメージ』を使っている。その方がよほどイメージしやすかったのだ。

 

『織斑、村雲、オルコット。急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地上から10㎝だ』

 千冬さんから上空の私達に次の指示が来る。

「了解です。では一夏さん、九十九さん、お先に」

 言って、セシリアが急下降を開始。見る間に小さくなる姿を、一夏と共に感心しつつ眺める。

「うまいもんだなぁ」

「伊達や酔狂で代表候補生は名乗れんよ。先にいくぞ」

 セシリアの完全停止クリアを確認し、私も急下降を開始する。

 教科書では『ロケットファイアが噴出しているイメージを思い描き、それを下へ傾けて地面ギリギリで上へ戻す感覚で』となっていた。他にいいイメージが浮かばないので、教科書通りのイメージで行ってみる。

 急下降開始から1秒。地面まで残り50mになった辺りでロケットファイアを上へ傾けるイメージを強くする。いけるか!?

 

 結果として完全停止はできた。しかしその高さは……。

「……地上30㎝。まだまだだな、村雲」

「……精進します」

 初めてにしては上手くいったと思ったが、千冬さんのお気には召さなかったようだ。

 さて、最後に一夏だが……。

 

ギュンッ−−ズドォォンッ!!!

 

 確かに地上には到着した。もっともこれは、専門用語では『墜落』という。体はISがGや衝撃から守ったが、クラスメイトの含み笑いに一夏の心は多分瀕死の重傷だ。

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴をあけてどうする」

「……すみません」

 姿勢制御をして上昇し、地面から離れる一夏。シールドバリアの恩恵か『白式』には傷はおろか汚れひとつない。

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろ」

 腕を組み、目尻を吊り上げて一夏を待ち構える箒。確か、昨日の箒の教えた事といえば……。

『ぐっ、とする感じだ』

『どんっ、という感覚だ』

『ずかーん、という具合だ』

 ……うん、これで分かるなら誰も苦労しない。この説明で「なるほど」と言えるのは、箒と同じ世界の住人だけだ。例えば、とある野球チームの終身名誉監督とか。

 箒が一夏に小言を言おうとした所に、セシリアが遮るように一夏の心配をしながら近付く。

「ISを装備していて怪我などしない」と箒。「他人を気遣うのは当然だ」とセシリア。

 二人の視線がぶつかり、火花が散る。この二人、日増しに仲が悪くなるな。一夏は理由に気づかないだろうが。

 

 続いて武装展開訓練に移る。まず一夏が《雪片弐型》を展開する。時間は一秒とまずまずの出来だが……。

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 やはり千冬さんのお気に召さなかったようだ。まさか褒めないどころか貶しにかかるとは。

 弟に早く一人前になって欲しい姉心なのだろうが、これでは一夏に伝わらな−−

 

パァンッ!

 

「いっ!?お、おぉう……。織斑先生、急に何を……」

「貴様が失礼な事を考えていたからだ」

 この人はいつの間に私の心が読めるようになったのだろうか?それ以前に、ISを装備している私に出席簿でダメージを与えるとか、本当に人間なのか?

 

パァンッ!

 

「グガッ!……失礼しました」

「分かればいい。オルコット、武装を展開しろ」

「はい」

 千冬さんからの指示を受け、セシリアが左手を肩の高さまで挙げ、真横に手を突き出す。

 直後、一瞬の爆発的な光の奔流が目を焼く。光が消えると、その手には狙撃銃《スターライトmk−III》が握られていた。

 一夏に比べ圧倒的に速い。既にマガジンも接続済みで、セーフティを外せばすぐに射撃可能だ。ただ、その銃を突き出した方向というのが悪かった。

「流石だな、代表候補生。ただし、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開して味方でも撃つ気か」

「セシリア、私は君に何か恨まれるような事をしたかね?心当たりがないのだが……」

 そう、セシリアが展開した《スターライト》は、よりにもよって私の頭のすぐ横にその砲口を向けている。

「え?あっ!も、申し訳ありません!」

 慌てて私の頭から砲口を逸らすセシリア。原作ではさらりと流されたシーンだが、実際にやられるとたまった物ではないな。

「次からは、正面に展開できるようにしろ」

「で、ですがこれはわたくしのイメージを纏めるために必要な−−」

「直せ。いいな」

「−−、……はい」

 反論の余地は十分にあったが、千冬さんの一睨みで沈黙せざるをえなくなるセシリア。

 まあ、展開する度に隣の人に『私を撃つ気!?』という思いはさせるべきではないよな。

 

 その後、近接用武装の展開を指示されたセシリアだが、近接用武装の展開はやはり苦手な様でなかなか展開できなかった。

 結局、最後は武装名を口に出す『初心者用』の手段を使って展開。代表候補生のセシリアにとって、これはかなり屈辱的だろう。

 千冬さんに「実戦で相手に展開完了まで待って貰うのか?」といわれたセシリアが「実戦では間合いに入らせない」と反論。

 しかし「初心者の織斑に懐を許していたように見えたが?」と千冬さんに言われ、ごにょごにょと歯切れ悪く呟くセシリア。

 しばしその様子を眺めていると、セシリアが一夏を睨み付けた。

 〈あなたのせいですわよ!〉とか〈責任をとっていただきますわ!〉等と個人間秘匿回線で一夏に話しているのだろう。だがセシリア、それは八つ当たりだ。

 

「村雲、射撃武装を展開しろ」

「了解です」

 千冬さんの指示を受け、私は武装の展開準備に入る。

 右手を右腰に構え、ホルスターから引き抜くイメージで《狼牙》を展開。この間、0.8秒。

「まだ遅い。織斑同様0.5秒で展開できるようになれ」

 この人は本当に人を誉める事をしないな。展開時間1秒を切るのがどれだけ大変だったと……。

「その程度で満足していては、先はないぞ?村雲」

 またしても心を読まれた。本気で閉心術を身につけたくなってきたな。

「では村雲。近接用武装を展開しろ」

「了解」

 右手の《狼牙》を収納。ついで左腰から剣を抜き放つイメージで展開。すると、私の右手に刃渡り1m程の、ISから見れば短めの剣が現れる。

「あれ?九十九、その剣なんか変じゃないか?」

 一夏の疑問の言葉に、周りの女子達がざわついた。それもそうだろう。何故ならこの剣には、普通なら不要なはずの『引鉄』があるからだ。

「ああ、これか?これは、こう使うのさ」

 言いながら、私は剣の引鉄を引いた。

 

ガシュンッ!キュゥゥゥン……!

 

 すると、剣の刀身が一気に赤熱化し、刀身周辺の空気が熱されて蜃気楼が発生する。

「これは……刀身が高温になっていますの?」

「そうだ。これはラグナロク・コーポレーション製カートリッジ式高温溶断剣(ヒートソード)、《レーヴァテイン》だ」

 ISの武器の中には、刀身を赤熱化して対象の装甲を溶断する事でダメージを与える、高温溶断武装(ヒートウェポン)と呼ばれる物がある。

 これは、現役時代の千冬さんが使っていたIS『暮桜』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)である『零落白夜』を簡易的に再現しようとした物だ。

 だが『零落白夜』に比べるとどうしても瞬間的な攻撃力に劣り、しかも刀身の赤熱化状態を維持するため、武装展開中は常にシールドエネルギーを消耗するという欠点があった。

 それを解消するためにラグナロクが考えたのが、エネルギーをカートリッジに充填しそれを任意のタイミングで撃発。刀身を赤熱化するという物だった。

 それを形にしたのが、今私の手の中にある《レーヴァテイン》だ。

「まあ、欠点としてカートリッジ一発当たりの持続時間が10分しかない事と、間を開けずに連続して撃発すると刀身が融解してしまう危険がある事だな」

「なんとも使い勝手の悪い武器ですわね……」

「使い手を選ぶが、使いこなせれば強力な武器を作る。それがラグナロクだ」

 

キーンコーンカーンコーン

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 一夏に言い残し、教室棟に向かう千冬さん。一夏が箒の方を見るが、箒は顔をフンと逸らす。セシリアは既にアリーナにいない。

 点数稼ぎをする気はないのか君らは?仕方ない。

「私が手伝おう一夏。私が居れば少なくとも十人力だ」

「おお!助かるぜ九十九!でも十人力は言い過ぎ−−」

「《ヘカトンケイル》」

 

キィン、キィン、キィン!

 

 私の周りに十組20本の鋼鉄の腕が現れる。そして二組ずつペアになり、スコップと猫車を持ってくる。

「どうだ?十人力だろう?さあ、早く終わらせよう。お前も動け、一夏」

「お、おう。って言うかこんなこともできるんだな」

「伊達に『機動汎用腕』と銘打っていないんだよ」

 こうして二人(と十組)でグラウンドの穴を埋めた。私達がIS操縦をものにするには、まだ時間がかかりそうだ。

 

 

 時は過ぎ、現在の時間は20時。アリーナでの放課後特訓を終え、私と一夏と箒は寮への帰路についていた。

 私の隣では、一夏と箒が先程の訓練について活発な意見交換……もとい、言い争いをしている。

「だからくいって感じでだな……」

「だから、そのイメージがわからないんだよ」

 言い争いの原因は、訓練中の箒の説明の仕方(ほぼ擬音オンリー)にある。

「いち−−」

 不意に、裏返った誰かの声が耳に届く。この声は……。

「一夏、いつになったらイメージが掴めるのだ。先週からずっと同じ所でつまっているぞ」

「あのなあ、お前の説明が独特過ぎるんだよ。なんだよ『くいって感じ』って」

 声のした方向に目を向けると、見知った茶髪のツインテールが見えた。そうか。今日だったのか。あいつが来るのは。

「……くいって感じだ」

「だからそれがわからないって言って−−おい、待てって箒!」

 足を速めて行ってしまう箒を追いかける一夏。だが、私が足を止めた事を訝しんだのかその足を止める。

「どうしたんだよ?九十九」

「いや、忘れ物をした気がしてな。先に行け」

「おう、わかった。後でな」

 一夏が寮への道の角を曲がった所で、私は近くの茂みに向かっておもむろに口を開く。

「転校か?手続きがまだなら、総合事務受付はこのアリーナのすぐ後ろだ。IS学園にようこそ、凰鈴音(ファン・リンイン)

「なっ、あんた気付いて−−」

「ちなみに受付時間は20時半までだ。それ程時間はないぞ。急げよ」

 声を遮り、それだけ言って私も寮へと向かった。後ろから小さく「ありがと」と聞こえた。私はそれに手を振って返した。

 

 

 夕食後の自由時間に、寮の食堂の一角で『織斑一夏クラス代表就任パーティー』が行われた。

 一組のクラスメイトが集合し、めいめい飲物を手に盛り上がっている。何故か二組の生徒もいるが、まあどうでもいい事だ。

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君と村雲九十九君に特別インタビューをしに来ました~!」

「「「おーー!」」」

 盛り上がる一同。え?今盛り上がる所だったか?

「私は二年の黛薫子(まゆずみ かおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 差し出された名刺を受け取り、名前を見る。おそらく原作中最も画数の多い名だろう。

「一夏、お前今『名前書く時大変そうだな』と思ったろ」

「そ、そんなことねぇよ」

 あからさまに狼狽える一夏。バレバレだ。

「あはは、よく言われるよソレ。ではズバリ織斑君!クラス代表になった感想をどうぞ!」

 ボイスレコーダーを一夏に向け、無邪気な子供のように瞳を輝かせる黛先輩。

「えーと……まあ、なんと言うか、頑張ります」

 当たり障りのないコメントをする一夏。そもそもクラス代表に乗り気ではないが、期待は裏切れない。という感じか。

「えー。もっと良いコメントちょうだいよ~。『俺に触ると火傷するぜ!』とか」

 えらく前時代的な台詞だな。はて、誰の名言だったか?

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

 自分の先程の言葉をもう忘れたのか?この先輩。かの日本の名優を侮辱するとは、良い度胸ではないか。

「じゃあまあ、適当に捏造しておくからいいとして」

 良いのかそれで。インタビューの意味がまるでないな。

「続いて村雲君。コメントちょうだい」

「私ですか?さて、何を言えばいいやら。ああ『俺に触ると火傷するぜ!』とでも言いましょうか?前時代的に」

「いや、それはちょっと……」

「冗談です。そうだな……」

 頭の中で少し考えて、ふと思い浮かんだフレーズを口にする。

「『百本腕の魔人に捕まらない自信があるか?』と言っておきましょうか。ああ、あと『寄らば斬る。寄らずば寄って斬る』と一夏が言っていた事にしましょう」

「おい、九十九−−」

「いいねぇ。それいただき!」

「え、ちょっと−−」

「まともにコメントできないお前を、捏造報道の危機から救ったんだ。ありがたく思え」

「…………」

 私の言葉にぐうの音も出ない一夏。お前には語彙力(ボキャブラリー)が足りないな。

 この後、セシリアにもコメントを求めた黛先輩だが、クラス代表辞退の理由をセシリアが語ろうとした瞬間に「話が長そうだからいい」と切り捨てて写真撮影に入ろうとする。

 「最後まで聞きなさい!」と詰め寄るセシリアに「『織斑君に惚れたから』と捏造するからいい」と黛先輩。その言葉に顔を真っ赤にするセシリア。分かりやす……。

「何を馬鹿な」

 援護射撃のつもりだろう一夏の朴念仁発言にセシリアが怒る。気持ちはわかるが睨んでやるな。美人の怒り顔は結構怖いのだから。

 そして、写真撮影。私達三人で撮る事になったのだが……。

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

「えっと……2?」

「74.375だ。というか何です?その掛け声」

「正解〜。すごいね」

 

パシャッ!

 

 デジカメのシャッター音がして撮影完了。はいいが−−

「何で全員入ってるんだ?」

 そう。撮影の瞬間、一組メンバー全員が恐るべき行動力で私達三人の周りに集結。結局、一組の集合写真になっていた。

「あ、あなた達ねえっ!」

 不満を漏らすセシリアだったが「抜け駆けはないでしょ」とか「クラスの思い出になる」など、丸め込むような言葉を口々にかけられ、苦虫を噛み潰したような顔で何も言えなくなる。

 結局、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』はその後22時過ぎまで続いた。

 

 

「今日は楽しかったね~」

 部屋に戻り、ベッドに寝転がる私に本音さんが話しかけてくる。

「そうかね?私は少々疲れたよ。女子のエネルギーと言う奴を侮っていたな」

「そっか〜。あ、つくもん。着替えるから脱衣所使うね~」

「分かった。私もその間に着替えるとしよう」

 パジャマを持って脱衣所に行く本音さん。さて、出てくる前に私も着替えを済まさねばな。

「お待たせ〜」

 着替えを済ませて脱衣所から出てくる本音さん。

「いや、別に待っては……それは?」

「えへへ〜。かわいいでしょ~?お気に入りなんだ〜」

 本音さんが着て出てきたパジャマは、やはり着ぐるみだった。しかも、どこかで見た事があるシルエットだ。

 尖った耳、先端が不自然に角ばった尻尾、そして全体に黄色い体。間違いない。これは、最近突然鳴き声が人間的になったあの電気ネズミだ。そしてやはり袖が長かった。ポリシーなのだろうか?

「……どこで売っているんだね?それ」

「こういうのの専門店があるんだ〜」

「どこにあるのかは、あえて訊かない事にしよう。おやすみ、本音さん」

 ベッドに潜り込み、横になる。

「え~?もう寝ちゃうの〜?まだ22時半だよ~?」

「すまないね。疲れた時は寝るのが一番いい方法なのだよ」

「そっか〜。じゃ〜私も寝ちゃお〜。おやすみ〜つくもん」

「ああ、おやすみ」

 そう言って、やって来た眠気に身を任せる。夢は、見なかった。

 

 

「織斑くん、村雲くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 翌日、席に着くなりクラスメイトが話しかけてくる。

「転校生?今の時期に?」

 4月のこの時期に、入学ではなく転入。IS学園に転入しようとした場合、その条件は極めて厳しい。

 合格基準が入学試験より厳しくなるのはもちろん、国の推薦がなければそもそも転入自体不可能だ。つまり−−

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

「ふーん」

 代表候補生といえば。

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 一組所属のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。腰に手を当てたポーズが相変わらず様になっている。

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐほどの事でもあるまい」

 箒がいつの間にか一夏のそばにいた。一夏との会話に加わりたい乙女心か。

「どんなやつなんだろうな」

 ふと一夏がもらす。やはり気になるのだろう。安心していい、お前の知っている奴だ。とは言わない。

「クラス対抗戦もあるのに、女子を気にしている余裕があるのか」と箒。

「訓練相手は専用機持ちであるわたくしが」とセシリア。

 

 説明が遅れたが、クラス対抗戦とは読んで字の如く、クラス代表同士による対抗戦である。本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点における実力指標を作成するために実施される。

 また、クラス単位での交流及びクラスの団結のためのイベントという側面もある。

 モチベーションを上げるため、優勝クラスには賞品として学食デザートの半年フリーパスが与えられる。これに燃えない女子がいるだろうか?いや、いない。

 

 「やれるだけやってみる」という一夏の言葉に対し、いつの間にか集まっていたクラスの女子達が「やれるだけでは困りますわ!」「男たる者、そんな弱気でどうする!」「織斑くんが勝つとみんなが幸せなんだよ!?」と、好き勝手言っている。これが女子高生パワーか。

「織斑くん、頑張ってね!」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから余裕だよ」

 やいのやいのと楽しそうな女子一同。気概をそぐのもどうかと思ったのか、一言「おう」とだけ返す一夏。

「−−その情報、古いよ」

 突然、教室の入口から声がした。そちらを見て、その姿を確認。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたのは−−

「鈴……?お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 ふっと小さく笑みを漏らしてこちらに向き直る鈴。トレードマークのツインテールがフワリと揺れた。

 

 

 こうして、私と一夏、そして鈴は再会を果たした。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が、左腕を上下させながら『鈴ちゃん!鈴ちゃん!』とやっているのを見た気がした。

 あなた、セカン党だったの?




次回予告

それは、守ってこそ価値がある。
それは、憶えていてこそ意味がある。
ただし、解釈を間違えていなければ、ではあるが。

次回「転生者の打算的日常」
#13 約束

だから言ったんだ。それでは伝わらないと。

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