♢
今年の正月は、この辺りでは珍しくうっすらと雪が積もった。そのせいか、TVのニュースでは『都市部でスリップ事故多発』だとか『鉄道に20分の遅れ』といった少々暗い話をしている。
「新年一発目からこれか。明るい話の一つも聞きたいものだな」
溜息をつきつつ雑煮をひと啜り。今年の雑煮として「昔一回だけ食べたお雑煮を作ってみたわ」と母さんが用意したのは、昆布といりこで出汁を取った醤油味の汁に餅を入れて煮込み、たっぷりの磯海苔を入れただけの何ともシンプルな雑煮だった。
「見た目はホラーだが、美味い」
柔らかく煮えた餅と海苔の歯応え、ぷんと香る磯の香りがまた良い。
「母さん、お代わり」
「はいはい。お餅は?」
「二個で」
あまりの美味さについお代わりをした私はきっと悪くない。
ちなみに、雑煮に入っていた海苔が実は島根県産の最高級磯海苔『
♢
ピンポーン
「あ、はーい」
チャイムの音に反応して母さんが玄関へ向かう。この時間に来る予定になっているのは、一緒に初詣に行く約束をしたシャルと本音だ。何か嫌な予感がして居間から顔だけ出すと、予想通りの展開になっていた。
「「明けましておめでとうござい「きゃーっ!シャルロットちゃん、本音ちゃん、いらっしゃーい!」むぎゅう……」」
扉を開けて新年の挨拶をしようとしたシャルと本音を母さんが思い切り抱き締めて頬ずりしている。
「あら、振袖!ヤダも~すっごく似合ってる!ほら九十九いらっしゃい!可愛い恋人のご登場……(スパーンッ!)痛いっ!」
「二人を離せ、母さん。見たくても母さんが邪魔で見えん。あと、二人が苦しそうだ」
ハリセンで母さんの頭を叩くと、母さんの腕の力が緩んだのか二人は慌てて母さんから離れる。
「母さんがいつもすまないな、二人とも」
「ううん、大丈夫。明けましておめでとう、九十九」
「そんなに嫌じゃないしね~。あ、つくもん、あけおめ〜」
「ああ、明けましておめでとう。シャル、本音」
少しだけ乱れた振袖を整えつつ、シャルと本音が新年の挨拶をしてきたのでそれに返す。
今年の二人の振袖は、シャルが白を基調に紅梅と紅椿、本音は赤を基調に白梅と白椿を刺繍した、色違いのお揃いだった。
「今年はお揃いか。二人共良く似合ってる。外は寒かったろう?一旦上がって、温まるといい。初詣はそれからだ」
「うん。じゃあつくもん、ギューってして〜」
「じゃあ、僕はギューってさせてね」
言うが早いか、二人は私を前後から挟むように抱き着いてきた。
「あ~、あったか〜い」
「うん、あったか〜い」
「お褒め頂いて光栄だがな二人共。動けないから一旦離れてくれ」
「「えー?」」
「その反応に私が『えー?』だよ。ほら、組み付くなら腕にしろ。行くぞ」
「「うん」」
そんな私達を母さんは「あらあら、うふふ」と言いながら生温かく見守っていた。
♢
シャルと本音が十分温まった後、二人と連れ立って初詣へ。場所はいつもの篠ノ之神社。鳥居に近づいた時、その下に見知った顔がいた。
「あ、九十九。あけおめ」
「明けましておめでとうございます、皆さん」
「明けましておめでとうだ、お前たち」
「……明けましておめでとう」
そこにいたのは、色とりどりの振袖を身に纏った一夏ラヴァーズだった。タイプの違う美少女が並んでいるその光景に、道行く男達が思わず足を止めて見入ってしまっている。
結果として鳥居前は大混雑となっていて、雇われ警備員がこちらをチラチラ見ながら「止まらないでください」と言っているが、大した効果は無いようだ。
「明けましておめでとう。誰を待っているのかは……聞くまでもないな」
「悪い!遅れた!」
そう言いながら慌てた様子でやってきたのはこの四人の想い人、超絶鈍感男こと織斑一夏だ。
「「「遅い!」」」
「だから悪いって。ほら、行こうぜ。箒を待たせんのも悪いし」
「仕方ないわね……ほら、とっとと行くわよ」
言うが早いか、鈴が一夏の腕に組み付く。と、それを見たセシリアがならばとばかりに反対の腕に組み付いた。
「お、おい。動きづらいって」
「気にしない、気にしない」
「女性をエスコートするのは男の務めでしてよ」
一夏が苦情を漏らすが、鈴とセシリアは全く取り合わない。さらに。
「では私は前から抱き着こう」
「じゃあ……私は後ろから」
「って、ラウラ!簪!う、動けねえよ!」
前からラウラが、後ろから簪さんが抱き着き、一夏は完全に身動きが取れなくなって困ったように私に目を向ける。
「九十九、明けましておめでとう。あと、助けてくれ」
「ああ、明けましておめでとう、一夏。あと、助けてくれとは何からだ?お前に張り付くその四人からか?それとも、周囲の男達の怨嗟の視線からか?」
「できれば両方「無理」ですよねー……」
一夏の頼みをバッサリ切り捨てると、一夏は諦めたかのように溜息をついた。実際、周囲からは独り身と思われる男達の「憎しみで人が殺せたら……!」と言わんばかりの視線が一夏に突き刺さっている。
ちなみに、私達にもその視線は来ているが誠心誠意を込めた笑顔を向けると「スンマセンでした!」と言わんばかりの平身低頭の後皆逃げて行った。何故だ?
「じゃあ、一夏。私達はこれで。行こうか、シャル、本音」
「「うん」」
そのまま一夏達を放置して本殿へ。直後、聞き慣れた声で「何をしてるんだお前たちはー!」という絶叫が響いた。
賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らし二礼二拍手一礼。願ったのは『これからもこの二人とずっと居られますように』だ。
(お主らホント仲いいのな。隣の二人も同じ願いだぞ)
突然脳内に響いた自称
と、脳内でツッコミを入れたのが顔に出ていたようで、シャルが不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
「どうしたの、九十九?百面相なんかして」
「いや、何でもない。さ、おみくじを引きに行こうか、二人共」
「「うん!」」
本殿を後にして、その隣の社務所でおみくじを買う。「せーの」でお互いのおみくじを見せ合うと、そこには奇跡があった。
「全員大吉、とはな」
「今年はいいことあるかも~」
「うん、本当に」
そう言って三人で笑い合い、大吉のおみくじを財布に入れて持ち帰るのだった。
なお、私のおみくじの『恋愛』の所には「大丈夫!この我が保証する!」と書いてあった。あんたに保証されても嬉しくないよ悪戯の神!
♢
シャルと本音が着付けをして貰った美容室に寄って二人の着替えを済ませて帰宅。昼は母さんが腕によりをかけて作った特製お節料理だ。
「伊達巻きふわふわ〜。栗きんとんもシットリしてておいし〜」
「ゴボウって見た目は完全に木の根っこだけど、食べてみると結構おいしいね」
「プチプチ食感の数の子に、シワ一つない黒豆甘露煮……最高……おせち、最っ高……!」
おせち料理のド定番である伊達巻き、栗金団、数の子、黒豆甘露煮の他、しっかりと火が入っていながら中心に赤さを残したローストビーフ。噛み締めるほどに味が染み出す松前漬け。適度な酸味が箸休めに丁度いい紅白なます等、どれも下手な店より余程美味いと言える物ばかりだ。結果−−
「しまった、食いすぎた……」
「うっぷ……」
「もう食べられないよ〜」
「大丈夫かい?」
「あらあら」
三人揃って胃の容量以上に食べてしまい、テーブルに突っ伏してぐったりするのだった。
この後、私の部屋で三人で正月番組を見たり○天堂のパーティゲームをやったりしながら過ごした。
途中本音が「ミニゲームで一位になった人とビリになった人がキスする」事を提案。賛成二、消極的賛成一で可決した。で、どうなったかと言うと。
「女の子同士のキスって、意外と気持ちいいね」
「ね~」
「ね、本音。もう一回、いいかな?」
「うん、いいよ~」
「本音……」
「しゃるるん……」
「おーい、戻ってこい二人共!私を捨てないでくれ!」
「「はっ!?」」
危うく二人が禁断の世界へ旅立つ所でした……全然嬉しくないわ!
「おっと、もうこんな時間か」
「あ、ホントだ〜」
ふと時計を見ると、既に日の落ち始める時間だった。楽しい時間というのは、本当にあっと言う間に過ぎるものだな。
「そろそろお暇しようか、本音」
「そうだね~」
「じゃあ、駅まで送ろう」
二人が帰り支度を整え、二階の私の部屋から玄関へ降りると、居間から夕食の準備中だったのか、エプロンをつけたままの母さんが出てきた。
「あ、シャルロットちゃん、本音ちゃん、もう少し待っててね。今お夕飯作ってるから、一緒に食べましょうね」
「いや、母さん。二人の恰好を見れば分かるだろう?これから帰る所だぞ」
呆れながらそう言うと、母さんはとんでもない爆弾を投下した。
「まあまあ九十九、そう言わずに。あ、何だったら泊まっていく?」
「「えっ!?」」
「母さん、無茶を言うなよ。二人共、泊まりの準備なんてして来てないんだぞ」
「フッフッフ……こんな事もあろうかと……あ、槍真さーん。油の火、一旦切ってくださいなー」
『分かったー』
何かしたり顔の母さんは、父さんに油の火を切るように言った後(多分揚げ物の最中だった)、二階に上がると私達を手招きする。
訝しげに思いながらも後を追うと、母さんがいたのは私の部屋の隣。ここは確か倉庫部屋の筈だが……?
「こんな事もあろうかと!」
ガチャリ、バンッ!
勢い良く開けられたその部屋の内装は思い切り様変わりしていた。
「何という事でしょう!」
何も無いガランとした場所だった倉庫部屋が、女性二人が寝泊りするのに最適な寛ぎ空間に劇的大変身。更に−−
「伊達や酔狂で二人に抱き着いていた訳じゃないわ!二人が着られるサイズの下着とパジャマもご用意しております!」
「「なんということでしょう!」」
タンスの中には可愛らしいデザインのパジャマと、飾り気のないシンプルな物から用途の限られる際どいデザインの物まで、ズラリと取り揃えられたランジェリーが入っていた。一体いつの間に用意したんだか。
「ん?九十九が『この二人と結婚します』って言いに来た次の日くらいからコツコツとよ?」
「ああそう」
いっそ清々しい程の根回しの良さに、溜息をつく以外に何も出来ない私だった。そんな私を置いて、母さんが二人に問い掛ける。
「それで、どうする?二人とも。泊まって行ってくれると、私とっても嬉しいんだけどなー」
その問い掛けに、二人は僅かな逡巡の後「お世話になります」と頭を下げるのだった。
で、その夜。
「九十九、お風呂空いたよ」
「ああ。母さんが用意した服の具合はどうだ?二人共」
「ピッタリだよ~。あ、でもブラがちょっとだけキツイかな」
「そう言えば本音、この間「また少し大きくなった」って言ってたっけ?」
どこがどのくらいだ?と訊いてみたかったがそこはぐっと堪える。あんまり突っ込んで訊いて「九十九のエッチ……」とか「つくもんはエロいな~」とか言われた日には私はへこむ。きっとへこむ。
「じゃあ、風呂に入って来る」
「「ごゆっくり〜」」
替えの下着と寝間着を持って風呂へ向かう。脱衣所に入り、服を脱いで洗濯かごに入れて風呂場に入ると、シャルと本音の香りがまだ残っていた。
「ヤバイな、これ」
その香りに心臓が高鳴ってしまい、あまりゆっくり風呂に入っていられなかった。
「ふう」
風呂から上がって、部屋に戻る途中でニヤニヤ顔の母さんが現れた。
「……何?」
「二人のパジャマ姿、よかったでしょ?……襲っちゃだめよ?」
「襲うか!お休み!」
「はーい、お休みなさーい」
ツッコミを入れてもどこ吹く風。母さんはニヤニヤ顔のまま、自分の寝室に入って行った。
「まったく、あの人はまったく……ん?」
呆れ混じりに階段を上がったその先には、シャルと本音が何やら期待を込めた目で私を見ながら訊いてきた。
「「襲わないの?」」
コテンと首を傾げる二人に思わず突撃しそうになるが、理性を総動員してそれを押さえ込む。
「正直に言えば襲いたい。が、そうもいかない」
「なんで~?」
「君達の部屋の真下は、両親の寝室だ。……聞かれるぞ」
「「あ~……」」
それを聞いた二人は顔を見合わせた後、頷いて私に近付いた。
「じゃあ、お休みのキス。くらいは良いよね」
「つくもん、お休みのキスしよ〜?」
「唇は駄目だぞ。止まれなくなりそうで怖い」
「「うん」」
そう言って、二人は私の頬に、私は二人の額に、それぞれ『お休みのキス』をして別れ、床に就いた。
疲れていたのだろうか。床に就いたその瞬間、私の意識は闇に落ちた。
♢
その目覚めは唐突だった。
「おい、九十九。起きろ」
ボスンッ
「…んがっ!?んお?」
突然顔面に何やら柔らかくてフワフワした物を乗せられた私は、何が起きたか理解出来ずにベッドから飛び起きる。
「よし、起きたか。ほら、お前たちも集まれ」
「え?何?何だ!?」
何事かと辺りを見回すと、何時の間にかいつか見た縁起物+牧羊犬と羊が私を取り囲んでいた。
「お前たち、カメラを見ろ。
パシャッ!
「何だ?このカオス」
呆然としながらカメラのフラッシュを浴びる。何なんだ?この状況は?
「よし、OKだ。この写真は今年の年賀状に使うので楽しみにな」
「打ち上げパーティーの用意が出来ている。お前たちはそちらへ行け。一夏、案内を頼む」
「おう」
「私は食事の用意があるので、また後でな」
突然起こされた事で寝ぼけたままの頭が上手く働かずその場でぼーっとしていると、一夏がこちらに向かって声をかけてきた。
「じゃあ行くぞー。付いて来てくれー」
「おい、九十九。寝ぼけてないでお前も行け」
「っ!?あ、ああ」
こうして、何が何だかわからぬまま私は縁起物達の打ち上げパーティーに参加する事になった。
だが、この時九十九は気付いていなかった。ラウラが
♢
「はっ!?私は何を……?」
ようやくハッキリと目が覚めた私は辺りを見回して愕然とする。一面の草原、雲一つ無い空、遠くに見える高い山。そう、ここはあの夢世界だ。
(今年もかーっ!でも今年はこいつらかー!)
去年と違うのは、シャルと本音が私の近くで寝ていなかった事。よって今年は縁起物達の登場となったのだろう。
まず牧羊犬のラウラ、富士山(ただの山)の一夏、鷹(ホウ○ウ)の鈴、そして茄子の簪さ……ん?
縁起物達を見回したその時、私は強烈な違和感を感じた。何故なら−−
「茄子の中がシャルになってる!?と言うかどデカくなってる!?何があった茄子!?」
「あ、うん。実はね……」
−−九十九が夢世界にやってくる一時間前−−
「……選手交代」
「うん。後は任せて」
簪の言葉に応えてシャルロットがナストラップに触れた瞬間、茄子が等身大まで巨大化し、シャルロットに被さるのだった。
「って事があったの」
「いや、デカくなった理由ふんわりし過ぎだろ!と言うか、縁起物って選手交代とかあるのか!?」
色々ツッコミ所はあるが、今はそれよりももっと気になる事があった。それは……。
(一匹居ない!
それが気になると、目の前で温まっている物が俄然意味合いを変えてくる。
七輪の上に乗っているのは放射状に溝の入った兜型の鉄鍋。明らかに
(まさか、この牧羊犬、羊をやりやがったのか!?)
もしそうだとするなら、私は今直ぐにでもこの牧羊犬を叩きのめさねば気が済まないぞ。
「うむ、温まったな。では、早速材料を乗せていこう」
(くるか!)
身構えた私に対して牧羊犬が取り出したのは、カゴ一杯に入った−−
「まずは椎茸から行くぞ」
(椎茸かよっ!)
肩透かしを食らった気分だった。いや、待て。まずは前菜という事か!?と言うか、作り方分かっているのか!?
そう思いながら見ていると、牧羊犬が鉄鍋に乗せた椎茸は鍋の曲線に沿ってコロコロと転がり落ちて行く。それを牧羊犬がもう一度鉄鍋の上に乗せるが、やはり椎茸は鍋の曲線に沿ってコロコロと−−
「えーい!コロコロと鬱陶しい!なんだこの鍋は!」
その様子に牧羊犬があっさりキレて鉄鍋をひっくり返した。
(ええーっ!?)
「見た目が面白いから選んだが全然ダメだな!椎茸一つ満足に焼けんとは!」
そもそもジンギスカン鍋は椎茸を焼くための物ではないしな。と言うか、見た目で選んでいたのか……。
「一夏!次の鍋を出せ!」
「おう!わかった!」
言うなり富士山の顔が中に消えた。って、何ぃっ!?
するとその直後、富士山がガタガタという音と共に左右に揺れる。中で鍋を探している!?中があるのか、中が……。
しばらくして振動が収まった富士山が取り出したのは立派な大きさの土鍋だった。
「土鍋なんてどうだ?」
「おおう!焼こうとしていたのに土鍋を出す勇気!流石だ一夏!良かろう!それで行くぞ!それに、よく考えてみれば冬と言えば鍋だしな」
(なんか作る料理が変わったぞ!)
ついさっきまで蒙古風焼肉をやろうとしていたのに、ここに来て180度の方針転換をする牧羊犬。
(そうか!煮込むのか!煮込むんだな!?)
「しかしそうなると野菜が足りないな……」
そう呟いた牧羊犬が森の方を向いて大声を上げた。
「おーい、本音!野菜を追加してくれー!」
「は~い!」
それに応えて出てきたのは、背中に野菜の入った籠を乗せた羊だった。
(っておおい!)
「らうらう、はいどうぞ~」
「ナイスだ本音。手際がいいな」
そう言われた羊はビシッと綺麗な敬礼を返した。
この牧羊犬、話の流れを読んでくれないものだろうか?ここまで引っ張ったというのに……。羊が生きていてくれたのは素直に嬉しいが、出すなら出すでオチだろうに。
「ラウラ、鍋なら鳥肉は欠かせないわよ」
そう言ってホウ○ウが籠盛りの鳥肉を取り出してきた。っておい!?
「おお、確かにな。スマンな鈴」
「ナスならあるんだけど……」
そう言うと、茄子が籠盛りのナスを牧羊犬に差し出す。こっちもか!?
「む?ナスは鍋に合うのか?一夏」
「いや、ナスは鍋には使えねえなぁ」
「だよね……」
富士山に言われて残念そうにナスを下げる茄子。この一連の流れで気づいたのは、こいつらが共食いを全く気にしていない事。つまり、こいつらは全員着ぐるみだと言う事だ。
「お、そうだ。俺、水を常備してるから、これ鍋に使ってくれ」
「おお」
そう言う富士山に目を向けると、山頂部分に水の入ったペットボトルが乗っていた。
(富士山に限ってはもはや家だな……。それもそこそこの一軒家だと見たぞ)
富士山が土鍋に水を入れ火にかける。それを受けて牧羊犬が音頭を取った。
「よし、では改めて鍋を作るぞ」
「「「わー」」」
盛り上がる一同を見て、私は深く考えるのが馬鹿らしくなった。普通に鍋を食べてさっさとこの世界からおさらばしよう。
「ほら、本音もこっち来て座れ」
そう言って牧羊犬が羊を持ち上げて自分の隣に置こうとした瞬間、牧羊犬が手を滑らせて羊を落としてしまう。落とした先は−−
「あ」
ぽちゃん
火にかかった鍋の中だった。
「そ……」
♢
ガバアッ!
「そう来たかー!」
叫びながら飛び起きると、そこは自分の部屋だった。
「……はあああ……」
またしてもあんな夢を見た事に、深い、それは深い溜息をつく。
「「九十九(つくもん)!?」」
すると、慌てた様子でシャルと本音が部屋に飛び込んできた。多分だが、私の叫びが部屋まで届いたのだろう。
「ん?ああ、君達か。おはよう」
「う、うん。おはよう。何かあったの?」
「すごい声だったけど〜」
「いや、なんでもないよ。……本当に、なんでも……」
二人にはそう言う私だったが、この日はどうにも本音と目が合わせ辛かった。
「あの……つくもん?わたし、つくもんを怒らせるようなことしちゃった?」
「いいや、君は何も悪くない。悪いのは、むしろ私の方なんだ……」
「???」
私の言葉の意味が分からずに首を傾げる本音を見て、私は酷く申し訳ない気持ちになるのだった。
更に翌日、私に届いた差出人不明の年賀状に、夢世界で撮ったあの写真が使われていた。それを見た私は新年早々重苦しい気分になるのだった。
−−その後の夢世界にて−−
「スピ〜……」
「出てこないな、あの土鍋から」
「気に入ったのか?」
富士山と牧羊犬が見つめるその先で、土鍋に入った状態で熟睡する羊。この後、この『猫鍋』ならぬ『羊鍋』は、夢世界でしばしば見られるようになるが、それは九十九の預かり知らない事だった。