転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#EX 100回記念短短編集 日常こぼれ話

♢九十九と千冬、早朝のIS学園にて

 

「あ」

「む」

 九十九が日課である早朝ジョギングをしていると、時折千冬と遭遇する事がある。

 そういう時、二人はどちらからともなく並走し、雑談を始めるのが常だった。

「どうだ?ここでの生活には慣れたか?」

「ええ。周りが女子しかいないという環境にも、多少は耐性が着いたかと」

「そうか」

「千冬さんの方こそどうです?この所」

「特に何も無いな。強いて言えば、山田くんの書類仕事が増えたくらいか」

「そうですか。山田先生も大変ですね。あ、そうだ。昨日のグルメ番組で白金台駅近くに『ゴンボ』って店が開店したとか。タンシチューとオムライスを紹介していましたが、画面上で見る限り『当たり』かと。山田先生を誘って行ってみては?」

「ほう、お前がそう言うなら行く価値は有りそうだな。白金台の『ゴンボ』だな。覚えておこう。所で話は変わるが……例の件また頼めるか?」

「またですか?そんな事、私を介さずに直接一夏に言えばいいじゃないですか?」

「いや、流石にそれは気が引けてな……『私の部屋の掃除をしてくれ』などと」

「毎度の事じゃないですか。何を今更乙女ぶってるんで……「ふんっ!(ゴッ!)」スカリエッティ!」

「それ以上言えば、次は容赦せん」

「はい……すみません。あ、掃除といえば先日床の掃除をしようとしたのですが、床用ウェットシートを用意した後でそれを着けるモップが無い事に気づいて慌てて購買に走った。という事がありまして」

「ははは、なんだそれは。随分と間抜けな話だな」

「いや全く。盗人を捕らえて縄をなうとは、正にこの事だな。と自分に呆れました」

 こんな他愛のない話をしながら、二人は1時間ほど一緒に汗を流すのだった。

 ちなみに、この二人のジョギングのスピードは、100kmマラソンに出場したら10時間前後でゴールできる程の速さがある。その為−−

「ま、また……追い付け……なかった……。はあ、はあ。あの二人、走るの、速すぎ……!」

 二人に突撃取材を敢行しようとした新聞部副部長、黛薫子が振り切られるのも常だった。

 

 

♢九十九と本音、放課後の教室にて

 

「きのこだろ」

「たけのこだよ〜」

 放課後の教室で九十九と本音が静かにだが言い争いをしていた。尤もその内容はいわゆる『きのこたけのこ論争』であるが。

「クラッカー生地のポキッとした食感がいいんじゃないか。何より手が汚れにくいのがポイント高い」

「クッキー生地とチョコレートっていう鉄板の組み合わせが至高なんだよ〜」

「ならアルフォートを食べてもそう変わらんではないか」

「それとこれとは話が別なんだよ〜。あ、そうだ。しゃるるんはどっち〜?たけのこ?」

「きのこだよ。なあ、シャル」

「えっ、僕!?……どっちっていうか、これかな」

 水を向けられたシャルロットが言いながら机の上に置いたのは。

「パイの実……だと!?」

「まさかの第三勢力登場〜!?」

 きのこたけのこの話をしていた所に、掟破りの『別種のチョコレート菓子投入』をして来たシャルロットに戦慄する九十九と本音。

 この後、きのこたけのこも併せて食べ比べをした結果、『みんな違ってみんな良い』という結論に落ち着いた。

「じゃあ、何でそんな論争してたのって聞いていい?」

「「これは永久に議論されるべき問題なんだ(よ〜)」」

 そういう事だった。

 

 以下、専用機持ちメンバーの好きなチョコレート菓子がこちら。

 一夏「やっぱポッキーだろ」

 箒「洋菓子はあまり好かん。強いて言えば猫屋のチョコレート羊羹だな」

 鈴「紗々ね。でもあれ、一体どうやって作ってんのかしら?」

 セシリア「そうですわね……テリーズの『チョレートオレンジ』は昔から好きでしたわ」

 ラウラ「ブラックサンダーだ。理由?値段が手頃で腹持ちも良いからだ」

 簪「……チョコあーんぱん。しっとり食感が、好き」

 楯無「ロッ○のチョコパイかしらね。初めて食べたときは『この味でこの値段!?』って驚いたわ」

 

 

♢九十九、昼休憩の自販機コーナーにて

 

 IS学園本校舎には自販機コーナーが数か所存在するのだが、その中でも1階購買前の自販機コーナーには『尖った』商品がラインナップされていると言う。

「という訳で、怖い物見たさで件の自販機コーナーへやって来たが……予想以上にとんでもないな」

 自販機に入っていたのは全て紙パック飲料。だが、そのラベルに書いてある商品名が凄まじい物だらけなのだ。

 下段はコーヒー牛乳、イチゴ牛乳、バナナ牛乳、抹茶牛乳、紅茶牛乳と普通のアイテムが揃っているが、問題なのはそこから上の段。

 トマト牛乳、緑茶牛乳、カボチャ牛乳辺りはまだマシな方で、キムチ牛乳、納豆牛乳、梅干し牛乳なんて何処の誰が飲むんだと言いたくなる物があったり、ポーション、やくそう、キズぐすりなどのタイトルから味が想像出来ない物もある。

 そんな中、最も異彩を放っているのが……。

「『俺の男汁』……いやいやいやそんなまさか。……ねえ?」

 名前から味が想像出来ない……というかしたくない!が、しかし気になる。(ほぼ)女子校であるIS学園にここまで堂々と売られているという事は、名前に反して至極真っ当な商品……のはずだ。

(いやしかし……だがしかし!)

「あの~」

「は、はいっ!?」

 ウンウン唸っていると後ろから声を掛けられた。ビックリしつつ返事を返すと、黒髪ロングの小柄な女子生徒がそこにいた。確か、2年の綾瀬先輩……だったかな?

「買う気が無いなら、順番を譲って欲しいです」

「あ、すみません。どうぞ」

「どうもです」

 軽く頭を下げた綾瀬先輩は、硬貨を自販機に投入すると、何の躊躇もなく『俺の男汁』を購入した。

(な、なんだと……!?)

「じゃ、私はこれで失礼するです」

 踵を返して去ろうとする綾瀬先輩。私は思わず彼女を呼び止めていた。

「ちょ、ちょっと待ってください綾瀬先輩!」

「なんです?」

「あの、その……それ……」

「……?ああ、これですか?心配はないですよ。名前はアレですけど、中身は只の濃い目の飲むヨーグルトですから」

「……は?」

「じゃ」

 呆然とする私を置いて、綾瀬先輩は廊下の向こうに消えていった。

「ま……紛らわしい名前付けてんじゃねえよ!」

 私の絶叫に、近くにいた何人かが深く頷いた。口に出さずとも、皆そう思っていた。という事だろう。

 後に綾瀬先輩があの自販機の飲料を完全制覇(コンプリート)したと聞いた。飲んだんか!?あの不気味飲料全部!?猛者かあの人!

 

 

♢九十九とセシリア、午後の射撃練習場にて

 

ガオンッ!ガオンッ!ガオンッ!

 

 射撃練習場に、大口径銃特有の鈍い発射音が響く。構えていた銃を下ろし、手元のスイッチを押すと、練習場奥に設置されていたターゲットシートが目の前に近付いてくる。

 眉間、鼻先、喉元、心臓、肝臓、金的。そこに当たれば確実に人が死ぬ、という場所に寸分違わず穴の空いたそれを見て、九十九はその笑みを深めた。

「ふ……上々」

 一言そう零した九十九は、ターゲットシートを剥ぎ取るとそれを丸めてゴミ箱に捨て、銃に弾を込めなおし、ターゲットに向けて構え、愉悦に満ちた声音でこう言った。

「さあ、次はどう死にたい?どんな絶望を私に見せてくれる?なあ……一夏」

「お止めなさい!」

 

スカーンッ!

 

「こめかみが痛い!」

 突然飛んできた空薬莢にこめかみを叩かれ、さっきまでの『愉悦マーボー』っぽい空気が一瞬で霧散する。

「さっきから見ていれば何ですの!?その『愉悦マーボー』キャラは!?似合いすぎていて逆に引きますわ!」

「セシリア……人に空薬莢を投げつけるな。集中が切れたではないか」

「どやかましいですわ!だいたい、一夏さんに一体なんの恨みがあるとおっしゃいますの!?」

「……山程あるわ。何なら一から十まで語ってやろうか?ん?」

 九十九に睨みつけられたセシリアは「ごめんなさい」と目を背けた。

 一夏関係で九十九が苦労をしているのは、セシリアもこの数ヶ月で痛い程理解していたからだ。というか、自分も彼に迷惑を掛けた自覚が有るし。

「まあいい。正直あのキャラは続けていると不意に呑まれそうになるからな」

「じゃあやらなければよろしいのに……」

「偶にはストレス解消をしておかないと、暴発してシャルと本音に当たってしまいそうでな。それだけは避けたい」

「暴発……まさか!?」

 九十九の言葉に少しだけ青褪めるセシリア。九十九の体は細く見えるが、その実1gの無駄も無く絞り込まれた、鋼線を縒り集めたかのような筋肉の持ち主だ。

 以前、本音のリクエストに応えて、専用機持ち達の目の前で林檎を握り潰す所を見せてくれたが、その林檎は九十九が手に力を込めた次の瞬間に粉々になった。

(林檎を握り潰すのに必要とされる握力は、確か80kg以上……。そんな握力の持ち主に殴られでもしたら……!!)

 そんな力がシャルロットに、或いは本音に向けばどうなるかなど、簡単に想像がつく。ついてしまう。

 が、九十九の回答はセシリアの予想の斜め上を遥かにかっ飛んだものだった。

「うむ。もし暴発すれば、私は彼女達に窒息するほど口づけして、背骨が悲鳴を上げるほど抱き締めて、胸元が火傷しかけるほど顔を擦り付けるだろう」

「そんな暴発のしかたですの!?」

 そんな暴発のしかたなら、あの二人ならむしろウェルカムなのではなかろうか。とセシリアは思うのだった。

 

 ちなみに、射撃訓練終了後にセシリアが九十九の暴発について「こんな風に仰っていましたが」と訊いてみると、答えはやはり「むしろウェルカムだよ」だった、とだけ付け加えておく。

 

 

♢九十九と一夏と鈴、あの日の動物園にて

 

 これは、九十九と一夏、そして鈴がまだ小学生だった頃の話である。

 その日、九十九達は秋の遠足で動物園にやって来ていた。

「あ~、遠足で動物園とか訳分かんないんだけど。他に何かなかったワケ?」

「だよなぁ。今時動物園とか俺ら以下のガキぐらいしか喜ばねえって」

「そう言うなよ鈴、弾。いいじゃん、動物園。なあ、九十九」

「うむ。しかし、ここに来たのが秋で良かった。これがもし真夏だったら、園内に漂う凄まじい獣臭の中、グッタリとして動かない動物達を眺めるという、一種の苦行になっていただろうからな」

「うえ……想像しちまった。止めてくれよ九十九」

 九十九の言葉を受けて顔を顰める一夏。鈴も同様に嫌そうな顔をしている。

「アンタさあ、タダでさえ低いあたしのやる気をそがないでよ」

「すまん、失言だったな。後でジュースでも奢ろう。ああ、そうだ鈴」

「ん?なによ」

「これからお前の目前で起こる事、その主原因は……私だと思え」

「はあ?アンタ急になに言ってんの?」

 訳が分からない、という顔の鈴に対し、一夏と弾は「あ~……」と理解と呆れが半々の声を漏らす。

「『アレ』な。確かにちょっと信じらんねえよな」

「俺も初めて見た時は、思わず「マジかよ!?」って叫んだし」

「なに!?なにが起きるってのよ!?」

「「見てのお楽しみだぜ、鈴」」

 慌てる鈴に対して、二人はサムズアップで返すに留めた。

「……そんなに楽しいものではないんだがな。主に私が」

 ポツリと呟いた九十九の言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 

「……ナニこれ?……ヤダこれ……」

 鈴は呆然としていた。何故なら、自分の目の前で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 草食動物というのは総じて警戒心が強く、滅多な事では地面に体を横たえるという事はない。それは、動物園の草食動物達も同じ事のはず、なのだが……。

「……いい、いいんだタロウ。立ってくれ。私は君に服従を求めていない」

「わはははは!すげー!あんなデカイ象が九十九と目ぇあった途端に降参ポーズ取ったぜ!」

「相変わらずとんでもないな、九十九の『動物従え』」

 辟易する九十九、大笑いする弾、呆れ気味に言う一夏。その三人に、鈴が噛み付いた。

「ちょっとアンタたち!これどういうコトよ!?」

「いや、私にもよく分からんのだが、私と目の合った動物は、何故か私に対して服従姿勢を取るんだ」

「何回かの実験を経て、哺乳類は確実に、鳥類以下の動物は脳の発達度に応じてどうなるか変わるって事が解ったんだよな」

「象の前のMAXは確か……安達さんとこの権造(土佐犬・オス5歳)だったか?あん時は安達さん、マジびっくりしてたぜ」

 三人の解説に「はあああっ!?」と叫ぶ鈴。「なにかの偶然とかじゃないの!?」と信じようとしない鈴に対し、一夏と弾はさらなる証拠を突きつけるべく、九十九と鈴を連れて動物園を駆け回る。

「なあ九兵衛、君は何時何処で土下座なんて覚えたんだ?他の皆も、いいから顔を上げてくれ」

 猿山に行けば、ボス猿を始めとした全ての猿が土下座をかまし。

「あ~……カツヒロ、ジモン、リュウヘイ。無理して頭を下げなくていいから」

 キリンの所に行けば、全頭が九十九に対して可能な限り頭を下げようとし。

「マサキ、ジュン、カズナリ、サトシ、ショウ。死んだふりとかしないでくれ。泣けてくるから」

 インコの檻に行けば、5羽兄弟のインコが一斉にコテンと死んだふりをした。事ここに至って、鈴も九十九の特殊能力が本物だと信じるに至った。

「けど!流石にコイツは無理でしょ!?」

 と、鈴が最後に九十九を連れてきたのは、『百獣の王』ライオンの檻の前。

「フフン。いくら九十九でも、ライオンを一睨みで降参させるなんてそんな事……「してるぞ、降参ポーズ」なあっ!?」

 鈴が驚きの声と共に振り返ったその先では、この動物園のライオンキング、シンバ(オス・15歳)が、九十九に対してゴロリと腹を見せ、赦しを乞うているかのような目で九十九を見ていた。

「シンバ、シンバ。奥さん見てるから。そろそろやめよう、な?」

「ちょっとアンタ!なにしてんのよ!アンタにプライドはないのか!?」

 慌ててシンバを宥める九十九と、シンバにツッコミを入れる鈴。その後ろで、一夏と弾は大笑い。この日以降、この動物園で村雲九十九の名は伝説となるのだった。

 

 その日の夜、ライオン舎、バックヤードにて。

『あんた!昼のあれは何だい!?たかが人間のガキ1匹にペコペコと!情けないったらない!』

 シンバの妻のナラ(13歳)がシンバに怒りを込めて吠える。

『ナラ、俺にもよく分からないんだ。ただ、あの子供の目を見た瞬間、俺の中の野生が「逆らうな、死ぬぞ」と言ってきて、気づけばあの子供に腹を見せていたんだ』

『なんだいそりゃ!言い訳するならもっとマシなのにしな!』

『いや、本当にそうとしか言いようが……』

 吠えるナラ。何とか宥めようとするシンバ。二人の言い合いは深夜まで続いた。

 ただ、飼育員が聞いたのはガウガウグルグルという2頭の声だけなので、何と言っていたかは欠片も理解できていないのだが。

 

 

♢九十九とシャルロットと本音、休日の自室にて

 

 今日は休日なのだが、特に外へ出る用事も無かった為部屋でのんびり過ごしていると、唐突に本音が提案をしてきた。

「ね〜ね〜、つくもん。対義語ゲームしよ〜」

「対義語ゲーム?何だそれは?」

「お題の言葉と反対の意味になる言葉を答えるってゲームだよ〜」

「へー、楽しそうだね。やろやろ」

「ふむ、まあ暇潰しにはなるか」

 という訳で、対義語ゲーム開始である。

「じゃーいくよ〜、あついの対義語は~?」

「えっと、寒い?」

「いや、『暑い』なら寒いだが、『熱い』なら冷たい、『厚い』なら薄いだ」

「お〜。つくもんすごーい。ちなみにどれでも正解〜」

 ニコニコ笑顔で言う本音。このゲーム、意外とルール緩いな。

「じゃ〜、次ね〜。白の対義語は~?」

「「黒」」

 これは簡単だ。

「ん〜、今のは簡単すぎたかな〜。じゃ〜、ちょっとムズイのいくよ〜。コアラのマーチの対義語は~?」

「え?何それ?商品名に対義語ってあるの?」

「なんとな〜く、みんなが納得できればオーケーなんだよ〜」

 急な本音の無茶振りにシャルが慌てる。一方の私は、コアラのマーチの対義語について思案を巡らせる。

(コアラとマーチをそれぞれ別に対義語にすればどうにかなるか……となると)

「うーん、ダメだ。思いつかないや。ギブアップ」

「つくもんは~?」

「……ゴリラのレクイエム」

「なにそれ!?でもなんか納得!」

「お〜。やるね〜、つくもん。どんどんいくよ〜。パイの実!」

「タルトの花」

「カントリーマアム!」

「メトロポリスダディ」

「僕のヒーローアカデミア!」

「貴方のヴィラン小学校」

「あしたのジョー!」

「きのうの力石」

「進撃の巨人!」

「撤退の阪神」

「魔法少女リリカルなのは!」

「科学少年ケミカル千空」

「ちびまる子ちゃん!」

「でかしかくくん」

 本音が次々お題を出し、それに対して即座に回答する私。この時点で、シャルは付いて来るのを諦めていた。

「まだまだ〜。次は昔話の題名でいくよ〜!鶴の恩返し!」

「亀の逆ギレ」

「花咲か爺さん!」

「草刈り婆さん」

「笠地蔵!」

「雨合羽如来」

「人魚姫!」

「魚人王子」

「長靴をはいた猫!」

「草履を脱いだ犬」

「うわ〜、ホントにスゴイねつくもん。じゃ〜次はね〜……」

 こんな感じで対義語ゲームに熱中した私達。ゲームが終わったのは、シャルが呆れ顔で「お昼ご飯の用意出来てるんだけど」と声をかけてきた時で、ゲーム開始から2時間近くも経過していた事に二人で大笑いしたのだった。

 後日、我が1年1組で対義語ゲームがブームとなり、私が『対義語王』の称号を得るのだが……まあ、これは余談だろう。

 

 

♢九十九と一夏、五反田食堂にて

 

 10月のある日、無性に業火野菜炒めが食べたくなった私は、一夏を誘って我が友人五反田弾の実家にして私の地元でも随一の定食屋『五反田食堂』にやって来ていた。

 店に入ってすぐに注文。しばらくして、店の二枚看板の一人で弾の母の蓮さんが注文品を持ってやって来た。

「お待ちどうさま。九十九くんが『村雲スペシャル』。一夏くんが『業火野菜炒め定食』ね」

「「いただきます」」

 合わせる手もそこそに、箸に手を伸ばし、業火野菜炒めを口に運ぶ。

 シャキシャキした食感が歯に心地良い。滲み出す野菜の甘みと豚バラ肉の脂の旨味が、豆板醤を効かせたピリ辛味噌ダレとベストマッチで、白飯との相性が抜群過ぎる。

「相変わらず美味い。厳さん、腕は落ちてないようですね」

「あったりめぇよ。俺をナメんな、クソガキ」

 厨房から厳さんが顔を出してそう言って来た。五反田厳、御年80歳。『老いてなお盛ん』とはまさにこの人の事だ。

 炎の熱波に炙られ続け、浅黒く焼けた肌。服の上からでも分かる程に隆起した筋肉は、『魅せる』事を目的としたボディビルダーのそれと違い、徹底的に『料理をする』事に特化した作りをしていて、見ていて惚れ惚れする程に美しい。

 病気や怪我とはおよそ無縁で、五反田食堂が臨時休業したという話は一切聞いた事がないほどの頑健さを誇る。この人はきっと、本人の宣言通り蘭の花嫁姿を見るまでは世を去らないだろう。

 私が理想とする年の取り方の体現者、それが厳さんだ。ただ、流石にあそこまでムキムキになろうとは思わんが。

「そういえば厳さん。弾と蘭は?今日が休日なのは我々と変わらないはずですが」

 気になったので訊いてみると弾はテストで赤点を取って補習授業中。蘭は生徒会の仕事でそれぞれ学校に行っているとの事。

「もう少しすりゃあ帰って……「ただいま。あ~、腹減ったー」っと、噂をすりゃだな。おい弾!おめえに客だ!」

「は?客?……おー!一夏、九十九!久しぶりじゃねえか!」

 食堂の引き戸を開けて入って来たのは、我等が友人五反田弾だ。さっきまでの仏頂面を喜色に染めて、私達の座る席の空いた椅子に腰掛けた。

「今日はどうしたんだよ?」

「なに、無性に『業火野菜炒め』が食べたくなってな」

「俺は九十九に誘われて。まあ、俺も食いたかったし、いいかと思ってさ」

「そっか。ちょっと待っててな、着替えてくっから」

 そう言うと、弾は2階の自室へと戻って行った。なお、弾が着替えている間に私は食事を終えていた。弾が「早えよ!どういうスピードだよ!」とツッコミを入れたのは、まあ当然だろう。

 

 弾も昼食を終え、「折角だし近況報告でもしながら遊ぼうぜ」という事で、弾の部屋に上がった私と一夏。

 「さてと」と前置いて弾が訊いてきたのは、ある種予想できた質問だった。

「九十九、お前あの二人とどうなんだ?」

「あの二人?……ああ、シャルと本音か。()()()()()()させて貰っているよ」

「ど、どこまで行ったんだ?」

「一緒のベッドで寝た事がある」

「おい、それってまさか……!?」

「昼寝の時にだがな」

「んだよ、びっくりさせんなよ」

「その際、本音に頭を抱え込まれて胸で窒息死しかけた。天国と地獄を一度に味わう気持ちとは、ああいうのを言うと思うな」

「なんだその羨まイベント!結局良い思いしてんじゃねえかチクショウ!」

 羨ましさ全開の声音で吠える弾。と、そこへ乱暴に扉を開ける音がして一人の少女が飛び込んで来る。

「お兄ぃ、うっさい!なに一人で叫んで……って、一夏さん!?九十九さんも!」

 部屋に入って来た姿勢のまま驚いた顔をしているのは、弾の妹の五反田蘭。

 弾同様、母親譲りの燃えるような赤い髪、将来は可愛い系の美人になる事請け合いの整った顔立ちと明朗快活な性格。文武両道に長け、在校している中学校で生徒会長をする程、生徒達からの信任厚い『できた』女の子だ。

 ただし、自宅では下着同然の薄着で一日中過ごしたり、兄相手にドツキ漫才をしたりと、意外にガサツで大雑把な所もあるのだが。

「よ、蘭。邪魔してるぜ」

「お帰り、蘭。ところで、スカートを履いた状態でドアを蹴り開けるのは止めた方が良いな。一夏に『乙女の包装紙』を魅せたいなら別だが」

「え?……きゃあっ!」

 自分が何をしていたかに気付き、慌ててスカートを押さえる蘭。その顔は真っ赤だ。

「あ、あの、一夏さん……見ました?」

「え?何をだ?」

「安心していい。一夏には角度的に見えなかったと思うから」

「じゃあ、九十九さんは……?」

「見てないし、見えてない」

 私の言葉にホッとする蘭。蘭は私の『女性相手に嘘をつかない』という信条(ポリシー)をよく知っている。だからこそ、私の言葉に嘘はないと理解して安堵したのだ。

「良かった……。じゃあ、ちょっと着替えてきますね」

 そそくさと部屋を出て行って数分後、私服に着替えた蘭が戻って来た。久しぶりに一夏に会ったのだ。積もる話や、聞きたい事の一つ二つもあろう。弾は渋い顔をしたが、そこは敢えて無視させて貰った。

 

「ええっ!?九十九さんに恋人が!?それも二人も!?」

「な!?驚くよな!?蘭!しかもどっちも美人だぜ!ほれ、九十九。写真見せてやれ」

「ああ、ほら」

 差し出されたスマホには、九十九とその両隣で九十九と腕を絡める二人の美少女が、揃って笑みを浮かべる写真が表示されていた。

「わ、ホントに可愛い」

「だろ!?しかもだぜ?IS学園の女子ってみんな基本可愛いんだと!くっそー!俺にもIS適性があればなー!」

 悔しそうに唸る弾に、九十九が溜息混じりに言った。

「一応言っておくが、下手に手を出せば死ぬのはこっちだぞ。物理的にか社会的にかは相手次第だが」

「……マジで?」

「……今から5年前、IS学園には英語担当の男性教諭が存在していた。彼は、当時アメリカ代表候補生だった女子生徒に強引なアプローチをした結果、現在()()()()()()()()()()()()事が確認されている。以来、学園は男性教諭は元より、特殊な趣味の女性教諭も採用しないようにしている。と、千冬さんから聞いた」

 九十九が重々しくそう言うと、弾が顔を青くして震えた。自分がそうなる可能性を考えてしまったのだ。

「そういう意味では……弾、お前に適性が無くて本当に良かったと思っている」

「オウ、オレモイマソウオモッテル」

「急に片言!?ビビりすぎだろ弾!」

「あの……話戻しませんか?九十九さんと彼女さんの馴れ初めとか、聞いていいですか?」

「ああ、そうだな。薄紅色の髪の娘……本音と会ったのは、私達が入学してすぐの事だった。ハニーブロンドの娘……シャルと会ったのは、6月。彼女が転校生としてやってきた時だ」

 

ーー九十九、惚気中ーー

 

「告白は相手から。それも二人同時にだった。当時の私は、それはもう面食らったものさ」

 

ーー九十九、引き続き惚気中ーー

 

「三人で様々な事をしている内に、いつの間にか二人が私の中に住み着いていた。それを自覚した瞬間、二人が愛おしくて堪らなくなってな。どちらを切る事も、どちらとも取る事もできず悶々としていた所に例の法案の可決成立だ。その法律によってどちらとも取っていいとなった事でようやく腹を括る事の出来た私は……」

「学食で二人にプロポーズ紛いの告白したんだよな。周りに大勢居るのをすっかり忘れて」

「あれは、我ながら恥ずかしかったな」

「「うわぁ……」」

 九十九の述懐に、五反田兄妹が揃って息を漏らす。弾の方には呆れと若干の妬みが、蘭の方には羨望が混じっていた。

「まさかお前から惚気話聞かされるとは思わなかったぜ……蘭、コーヒー淹れてくれ。濃い目のブラックな」

「自分で淹れてきたら?それで九十九さん、二人のどこが好きなんですか?」

「どこ、と言われると困ってしまうな。なにせ『丸ごと全部好き』としか言えん」

「わ〜、男前なセリフ!」

「……弾、俺にもコーヒーくれ。急に口ん中が滅茶苦茶甘えんだ」

「心配すんな、俺もだ」

 そう言うと、弾は自宅のキッチンに向かって行った。弾からコーヒーを淹れて持ってくるまでの間、一夏は蘭が訊いて九十九がノロけ、それを聞いた蘭がキュンキュンする。という激甘空間に置いてけぼりにされたのだった。

「チクショウ、俺も弾と一緒に行きゃよかったぜ……。うう、もう駄目だ。グラニュー糖吐きそう」

 

「すっかり長居してしまったな。すまない」

「いえいえ、いいんですよ九十九さん。良いお話が聞けて大満足です!」

「そうか?一夏と弾は割と死にそうな顔をしているが……」

「恋バナは女子の栄養です!男にはそれが分からんのですよ!」

「そ、そうか……」

 拳を握り、鼻息荒く言い放つ蘭にやや気圧される私。実際、蘭の顔はどこかツヤツヤしており、会った時より遥かに活力に溢れているように見えた。

「それじゃあ、また来てくださいね!次はぜひ彼女さんたちを連れて!」

「ああ、また近い内に」

 満面の笑みで手を振る蘭と、胸焼けでもしたかのような顔で「さっさと行け」とばかりに雑に手を振る弾に別れを告げ、私達は学園へと戻った。

 なお、弾同様胸焼け顔をしていた一夏は、学園に帰り着くなりその顔色の悪さをラヴァーズに見咎められ、渋々理由を説明すると今度は「大変だったね」とばかりに肩を叩かれる。という、当人にとっては意味不明な同情を受ける事になったのだが……まあ、この話は特にしなくていいだろう。




まだネタを捻り出そうと思えばできますが、後で書く事が無くなっても何なのでこの辺で。
次回は本編投稿します。

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