転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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 亡国機業戦線のIF話を短編で描いてみました。ちょいちょい小出しにするつもりなので、続きは気長にお待ちください。
 それでは、どうぞ。



#EX 短編集 あるいはあり得たかも知れない結末 PART1

Scene.1 もしも九十九が対『ピースキーパー』戦にいたら

 

 アリー・アル・サーシェスの駆る可変戦闘機『ベルセルク』が熱核タービンエンジン特有のエキゾーストノートを響かせながら、私達に迫ってくる。キャノピーとバイザーではっきりとは見えないが、奴の顔は喜悦に歪んでいる事だろう。

『さあ、ガキ共!俺に勝てるってんならやってみやがれ!』

「では、遠慮なく……《世界(ディ・ヴェルト)》」

 

ビタッ!

 

『は?……はあっ⁉んだこりゃあ⁉機体が……いや、俺自身も……動けねえっ!』

「あ、そうか。九十九の《ディ・ヴェルト》は広域慣性停止結界だったっけ」

「最大半径は確か20m、だと言っていたな」

「なるほど。それだけ範囲が広ければ、戦闘機一機分くらいは余裕で収まるか」

「考察の前にサーシェスを捕縛してくれません⁉流石に質量が大きすぎて、あと15秒でエネルギーが切れる!」

 私の叫びに、慌ててファイヤ隊長がキャノピーをこじ開け、サーシェスをコックピットから引きずり出した。ついでに自決防止のためにワイヤーロープで簀巻きにしたのはグッジョブと言えるだろう。

 この後、アリー・アル・サーシェスは武装の完全解除を施された上で、刑罰の確定している罪状がある事を受けてアメリカ国営超長期刑務所『アルカトラズ』に収監された。懲役期間は過去最長の15000年。とはいえ、人心掌握術に長けたこの男を他の囚人と同じ所で労務に就ければ、甘言に乗せられた者達が一斉脱獄を図りかねない。ならどうするか?その答えは、ある少年によって齎された。曰く「『これ等』を鑑賞させて、毎日感想文を400字原稿用紙1枚分書く事を労務にしてはいかがでしょう?退屈を嫌うあの男にとって、この刑罰は最大級の苦役でしょうから」との事。その刑罰とは−−

 

「じゃあ、今日はこれだ。しっかり見て感想を書けよ」

「チッ……わかってんよ」

 サーシェスは渡されたDVDをノロノロと部屋に備え付けられたポータブルプレーヤーに入れると、心底嫌そうな顔で再生ボタンを押した。しばらくしてプレーヤーから流れ出すあのテーマ曲。そう、サーシェスが見るように言われたのは『世界名作劇場・フランダースの犬』である。

「畜生が……なんで俺がこんなしょうもねえモン見なきゃなんねえんだよ……!」

 『人の生き死にを間近で見ていたい』サーシェスにとって2次元の、しかも人死にのほぼ出ない作品を観る事を半ば強要され、オマケに観た話について感想を書く事まで求められる。この刑罰を考えたというあの糞ガキ(村雲九十九)は、自分の性格を完全に理解した上で提案したとしか思えなかった。

「あのガキ……地獄(向こう)で会う事があったら絶対殺してやる……!」

 死後の復讐を誓いながら、今日もサーシェスは(本人的に)クソつまらないアニメを延々見続けるのだった。

 

 

Scene.2 もしも九十九が対『エル・ビアンコ』戦にいたら

 

「いましたわ!セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァです!」

「オッケー。見たとこ気ぃ失ってるみたいだし、一旦縛っときましょ!」

「ああ、下手に逃げられれば面倒だからな」

 本部の後始末を陸戦隊の人達に任せて、爆発音がした方へ向かった私と鈴とセシリアは、道端で気を失っているセルジオを発見。捕縛しておこうと接近した所で、セルジオから名状しがたい異臭が漂っている事に気づいた。

(((コイツ(この方)漏らして(いらっしゃ)る⁉)))

 気絶直前に余程恐ろしい思いをしたのだろう。顔は引きつり、冷汗と涙、鼻水と涎でグチャグチャだ。仕立ての良い高級白スーツは泥に塗れて汚れ、特にスラックスは黄色と茶色が混ざり合った形容し難い色に染まっている。全身から人間が出せる物を出し切って気を失うその姿は、とても南米最大の麻薬カルテルのボスには見えない酷いものだった。

「もう!きったないわねえ!……どうしよっか?」

「正直に言わせていただけば、触ることはおろか近づきたくすらないですわね……」

「よし、九十九。アンタ《ヘカトンケイル》使ってアイツ縛んなさい」

「お断りだ。誰が使った手の洗浄をすると思ってる?」

 《ヘカトンケイル》はあれでかなり繊細だ。糞尿に塗れたとなったらオーバーホールが必要になる。そうなったら技術者の皆さんに申し訳ないではないか。

「とはいえ、縛り上げない訳にはいかん。嫌だけど、すっごく嫌だけど!」

 心底からの言葉を叫びながら捕縛用ワイヤーロープを呼び出(コール)して、セルジオに近づく私。

 そういえば、さっきから金属のぶつかりあう音がそこかしこで響いているのだが、ウォーターさんが誰かとステルスバトルでもしてるのか?そうでもないと、姿が見えない理由が見つからんしな。

「う、うう……」

 セルジオに近づきながらワイヤーロープを解していると、セルジオが呻きを上げた。いかん、目を覚ます!

「う……俺は(ガキンッ!ギャンッ!)ひっ⁉」

 目を覚ましたセルジオは、響き渡った金属音に恐慌状態に陥ったのか、こちらに目もくれずに走り出した。

「ひいいいいっ!!」

「あっ!こら、待ちなさい!逃げんな!」

「九十九さん!」

「四の五の言っていられんか……!《ヘカトンケイル》!」

「ぐえっ⁉」

 逃げ出そうとしたセルジオを《ヘカトンケイル》で頭を掴んで地面に押さえ込んだのと同時に、私達の横を薄ら寒い風が駆け抜けた。

「っ⁉」

 咄嗟の判断でセルジオの背中にもう一本《ヘカトンケイル》を配置する。直後、《ヘカトンケイル》の甲から金属音と共に火花が散った。

「ひええええっ⁉」

「……危ない所だった。判断が遅れていれば、あいつは心臓を一突きにされて死んでたな」

「貴方も、邪魔する……?」

 セルジオの数十m先に、死神のようなフォルムのISを纏った少女が姿を現す。感情を伺えない顔と声音がどこか空恐ろしい。

「ああ、そいつは重要参考人なのでね。ここでくたばられてはこちらが困る」

「……貴方、あの村雲九十九?」

「君の言う『あの』が少々気になるが……多分、その村雲九十九だ」

「…………」

 少女の誰何に私が是の返事をすると、少女はカクンカクンと何度も首を傾げながら何かを考え込む様子を見せる。なお、セルジオは少女が考え込んでいる隙にこちらに引き寄せておいた。「痛い!削れる削れる!あああっ!」という彼の叫びはガン無視させて貰った。

「……うん、無理」

 考え込む少女が何らかの結論に至ったのか、小さく呟いて首を横に振った。

「無理、とはどういう意味かな?」

「そのまま。村雲九十九のIS『フェンリル』には広域慣性停止結界がある。迂闊に飛び込めば、次の瞬間アウト。任務遂行不可能と判断して、撤退する。……じゃあ」

 そう言って、彼女はその場から文字通り姿を消した。恐らく、アクティブステルスを発動させたのだろう。センサーアイにすら引っかからないとは、亡国機業側にも優秀な技術者が多くいるようだな。

「あ!ちょっ、コラ!待ちなさい!」

「鈴、無駄だ。センサーにも反応がない以上、どう足掻いても見つけ出せん。諦めろ」

「ぐぬぬ……っ!」

 どうあれ敵を見逃す以外に選択肢が無い、という現実に鈴が歯噛みするのをセシリアが「まぁまぁ、今回ばかりは仕方無いですわ」と宥める。と、そこに遠慮がちにこちらを伺う声がした。

「あの~、俺も見逃して貰う訳には……」

「「「いかん(ないわよ)(いきませんわ)!」」」

「セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァ。貴方には武器・麻薬の密造・密輸及び密売、並びにその教唆と強要、傷害及びその教唆、殺人及びその教唆等、計130件の容疑で国際指名手配が掛かってるわ」

「既に貴様に安息の地などない。あるとすれば、塀の向こう側だけだ」

「……だよな。畜生……」

 現実を突きつけられ、ガックリと項垂れたセルジオは、そのまま抵抗する事なく到着した地元警察に連行された。なおその際、色々出し尽くしたみっともない姿のセルジオを不憫に思ったのか、警察から身を清める時間と着替えが与えられた。セルジオはその温かさに泣いた。

 その後、セルジオは370年の超長期懲役刑に処され、現在はブラジル国営超長期刑務所『ミクトラン』にて贖罪の日々を過ごしている。

「もしあの日、あの場に彼がいてくれなかったら俺は死んでいた。その恩に報いるためにも、俺は真面目に刑務に励むのさ!」

 そう言うセルジオの表情は、まるで憑物が落ちたかのように穏やかなものだったという。


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