転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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明けましておめでとうございます。
新年一発目は外伝を投稿します。小生の作品が初笑いになったのならば幸いです。
それでは、どうぞ!


#EX 短編集 日常7

EP−01 《ヘカトンケイル》の弊害

 

「うう……腹が減った」

 放課後のIS訓練で《ヘカトンケイル》を全力使用した事で、私は現在猛烈な頭痛と倦怠感と空腹に襲われていた。

 思念誘導兵器は複数の機動兵器を頭で考えて動かす為、その消費カロリーは実は尋常でなく多い。事前に出来る限り糖分を摂取していても、時間一杯(第三形態移行(サード・シフト)によって持続時間が全開使用時1時間に延長)まで《ヘカトンケイル》を使えば、肝臓のグリコーゲンすら底をつきかける程なのだ。

(くっ、目の前が霞んできた。すぐに何か口にしないと、空腹で倒れてしまいそうだ……)

 朦朧とする意識の中、それでもなんとか着替えを済ませて更衣室を出る。途切れそうな意識をどうにか繋ぎ止めながら、縺れそうになる足を動かす。ふと前を見ると、霞む目に写ったのはそれはそれは大きくて美味そうな()()が『食え!』とばかりに浮いている姿。食欲の赴くまま、私は()()の名を叫び一息に飛びついた。

 

 それは、あまりにも突然の出来事だった。

「チョココロネ!」

「えっ……?き、きゃああっ⁉つ、九十九さん⁉何をなさいますの⁉」

 模擬戦を終え、更衣室の前で反省会をしていたセシリアの金髪縦ロールに、いきなり九十九が食いついたのだ。その場にいた鈴と箒も、九十九の突然の奇行に驚きながらもセシリアから九十九を引き剥がしにかかる。

「ちょ、アンタ何してんの⁉ほら、ペッしなさい、ペッ!」

「セシリアの髪は食べ物じゃないぞ!あ、こら!モグモグするな!」

「痛たたたた!お二人共無理に引っ張らないでくださいまし!抜けてしまいますわ!」

 だが、セシリアの髪に食いついた九十九の力はびっくりするほど強く、箒と鈴だけでは引き剥がす事は出来そうにない。そこに着替えに手間取って遅れた一夏と、反対側の更衣室を使っていて合流しに来たラウラと簪が現れた。

「悪い、着替えに手間取って……って、何してんだ九十九⁉」

「これはどういう状況だ?九十九がセシリアの髪を食おうとしていて、それを箒と鈴で引き剥がそうとしている……のか?」

「状況が、謎……」

 目の前の意味不明な状況に唖然とするラウラと簪。一夏は箒と鈴と協力してセシリアと九十九を引き離そうとするが、九十九はセシリアの髪を離そうとしない。一体九十九はどうしてしまったというのか?その場の全員が困惑していると−−

 

グギュルルルウウウ

 

「「「へ?」」」

 九十九の腹が雄叫びを上げたのを聞いた一夏&ラヴァーズは、一瞬呆けた後すぐに九十九暴走の原因を悟った。

「こいつ、腹減ってるだけかよ!」

「人騒がせな!おい、誰か何か食べ物を持ってないか⁉」

「んな都合良く持ってる訳無いでしょ⁉セシリアは!?」

「右に同じくですわ!って、ああっ!髪から悲鳴が上がり始めてますわ!」

「レーションはさっき食べてしまって手持ちが無い。簪はどうだ?」

「……(ふるふる)」

 全員手持ちの食料が無いという絶望的状況。セシリアの髪から擦り切れるようなプチプチという音がし始めている。猶予は一刻もなさそうだ。

「っていうか、旦那が暴走してるってのにシャルロットと本音はどこ行ったのよ⁉」

「食堂に走って行った。『頼んでおいた物が出来てるはずだから』と言ってな」

「という事は、こうなると分かった上で対応策を用意しておいたという事か」

「それまで耐えろという事ですの⁉わたくし、そろそろ色々限界なのですが⁉」

「……一夏、村雲くんの口を開けさせられない?」

「ダメだ!顎を押してもビクともしねえ!って、ん?」

 九十九の顎を押して無理矢理口を開けさせようと奮闘していた一夏だったが、ふと九十九の視線が箒に−−正確にはその胸元に−−向いている事に気づいた。

(おい、まさか……!)

 箒の胸は今ここにいるメンバーの中では最大だ。セシリアの縦ロールがチョココロネに見える程思考力が低下した九十九に箒の胸がどう映るのか。その答えは……。

いうあん(肉まん)!」

「させるか!」

 箒の胸を肉まんと勘違いして手を伸ばして来た九十九を一夏が腕を掴んで止める。結果としてセシリアの救出は遅れるが、一夏的にそれだけはさせるわけには行かない。

いうあん(肉まん)うあえお(食わせろ)!」

「いくら九十九でもそれだけはやらせねえ!これは……俺のだ!」

「いいい一夏!?その言葉は嬉しいが、今言うことじゃないぞ⁉」

「えっ⁉俺、今なんつった⁉」

 どうやら一夏の「箒は俺のだ」発言は無意識に出たものだったようだ。九十九が正気なら「ほう、お前の口からそんな言葉が出るとはなあ」くらいは言いそうだが、今の九十九には無理である。

「やべぇ、九十九の力が強くて止めきれねえ!箒、もっと下がれ!掴まれるぞ!」

 九十九の手がじりじりと箒に迫る。箒は一夏の指示に従って九十九から距離を取る。なおも手を伸ばそうとする九十九によってセシリアの髪が更に引っ張られ、セシリアの涙混じりの悲鳴が上がる。

「ああーっ!痛い、痛いですわ!箒さん、離れ過ぎないでくださいまし!」

「もっと離れろ箒!今の九十九に捕まったらやばい!」

「ま、待て!私はどうすればいいんだ⁉」

 一夏とセシリアからそれぞれ真逆の指示が来た箒は、どちらの指示を聞くべきなのか分からず軽く混乱する。なお、その間も他のメンバーがどうにか九十九をセシリアから離すために奮闘中だ。

「シャルロットと本音はまだなの⁉そろそろ限界なんだけど!」

「踏ん張れ、鈴。きっともうすぐ……来たぞ!」

 体力が限界に達しようとしていた鈴達小柄女子組の目に、(食堂)からの助けが来た。

「九十九、お待たせ!って、うわあっ⁉なんかすごい事になってる!」

「急いで準備しよ〜よ、しゃるるん!せっしーが涙目だから〜」

 大きな風呂敷と紙袋を携えたシャルロットと本音は、すぐさま中身を取り出した。風呂敷に入っていたのはタッパー一杯のおじやと梅干し。紙袋には丼とレンゲ、そしてコーラが入っていた。

「ちなみに炭酸抜きだよ〜。準備完了、しゃるるん!」

「うん!オープン!」

 シャルロットがタッパーを開けると同時に、辺りに和風出汁の芳醇な香りと味噌のコクのある芳香が立ち上る。途端、九十九が動きを止めて鼻をクンクンさせる。そして、見つけた。

「味噌おじや!」

 九十九はあっさりとセシリアの髪を離し、さっきまで箒の胸に伸ばしていた手すら引っ込めて、一目散におじやの入ったタッパーに走りよる。

「味噌おじや!食わせろ!」

「はい、どうぞ〜」

 叫びながら走って来る九十九に欠片も驚いた様子を見せる事なく、本音はおじやをレンゲにすくって差し出した。

「はむっ!モクモク……ゴクン」

 それに勢いよく食いついた九十九。口に入ったおじや殆ど噛む事なく飲み込んだと思ったら、おもむろに座り込んで丼を手に取ると、一気にかきこみだした。

「ンガッ、ガツガツ、グァフグァフ、ングング、ゴックン!」

「お〜、凄い食べっぷり〜」

「よほどお腹空いてたんだね。ほら、九十九。梅干しも食べなきゃだよ」

「ン!(コク)ハム……チュッパ!モシャモシャ、アグアグ!」

 見る間に消えていくおじや。一夏&ラヴァーズはその様子を呆気にとられながら見ていた。

「なあ、一夏。あのおじや、タッパーの蓋に届くか届かないかくらい詰まってなかったか?」

「あ、ああ。サイズ的に米だけで5、6合は入ってるはずだ。出汁と卵まで合わせたら8合分くらいにはなると思う」

「それが10分経たない内に半分以上減ってんだけど⁉どういうスピードよ!?」

「それでいて食べこぼしも液垂れで服を汚す事もしていない。親の教育が本能レベルに染み込んでいる。という事か」

「……がっついてるのに、その姿が妙に美しいという矛盾。お姉ちゃんにも見て欲しい」

 それぞれが九十九の食いっぷりに一種の感動を覚える中、一人その輪に入らない者がいた。セシリアだ。

「うう……。やはりちょっと食べられてますわ……。美容室の予約をしませんと……」

 九十九に齧られた髪は毛先がバラバラになった上涎でベトベトになっており、髪に自信のあるセシリアにとって結構なショックであった。それこそ、九十九の異次元の食いっぷりを気にする事も出来ないくらいに。

 そうして、九十九がタッパー一杯のおじやを食い尽くし、炭酸抜きコーラを一気飲みするのをただただ眺める時間が過ぎた後、九十九がクルリと一夏達に向き直った。そしてその場で全力土下座を敢行した。

「ご迷惑おかけして、どうもすみませんでした!特にセシリアと箒!」

「「「いや、覚えてんのかい!」」」

 九十九の謝罪の言葉に思わずツッコむ一夏達。その後の九十九の弁曰く「ああなると、目の前の物が全て食い物に見える程思考力が落ちる。ただし、記憶力は落ちないので何をしでかしたかしっかり覚えている」との事である。

 その後、実害は無かった箒は九十九の謝罪を受け入れた。セシリアは食いちぎられた髪を整える為の費用を九十九が全負担する事を条件に彼を許した。

 そして、一連の騒動は1年1組全員の知る所となり、『九十九に模擬戦を挑む時は、必ず何か食べ物を持って行く事』が暗黙の掟となるのだった。

 

 

EP−02 専用機持ちを例えてみよう

 

 放課後の1年1組教室。残って他愛のない会話をしていた女子達は、何の気無しに『専用機持ちを動物に例えると何?』という話をし始めた。

「織斑くんはあれよね、シベリアンハスキー」

「あー、何か分かるわー。あの人懐っこい所とか」

「あと、ちょっとアホの子な感じとかね」

 彼女達には、どうやら一夏がシベリアンハスキーに見えるらしい。

「じゃあ、篠ノ之さんは?」

「んー……。黒柴?」

「納得。ちょっと前まで典型的なツンデレだったもんね」

 箒は黒毛の柴犬のようだ。あの人に懐きにくい一方で懐けばとことん懐くあの感じは確かに箒っぽい。

「鈴ちゃんは?」

「そうねえ……。アメリカンショートヘア、かしら」

「なるほどねえ。構おうとすると逃げるくせに、ほっとかれると甘えてくる。みたいな感じ?」

「そうそう」

 鈴はアメリカンショートヘアとの事。意外と寂しがり屋な彼女を端的に示していると言えよう。

「ならセシリアは?」

「ズバリ、チワワね」

「キャンキャンうるさいって事?流石に失礼じゃない?」

 セシリアはチワワ。これは正直声質から来るイメージでしかない。本人が聞けば「不当評価ですわ!」と怒るだろう。

「シャルロットさんはどう?」

「プードル。それもトイプーね」

「うわ、ピッタリだわ」

 賢く、明るく社交的な性格のトイプードルはシャルロットにピッタリだ。

「ラウラさんはどう?」

「ウサギ……って言いたいとこだけど、やっぱりシェパードよね」

 いつも自信に満ち、特定の人物に従順で忠実。一方で警戒心が強く、容易に心を許さない所はラウラとよく似ている。

「簪さんは?」

「むしろこっちがウサギなのよね。臆病で内気で、ネガティブで。そのくせ寂しがり」

「うわー、言うねえ……」

 結構辛辣な事を言う女子。とはいえ、彼女を的確に評しているとは言える。

「本音はあれよね、ハムスター」

「そうね、ジャンガリアンハムスターね」

「分かり味が深い」

 人懐っこく、温和で大人しいが、意外と好奇心旺盛な彼女は、なるほどジャンガリアンだ。

「楯無会長は?」

「これはもう猫一択。それもチェシャ猫ね」

「アリスの?フィクションじゃん。いや、納得なんだけどさ」

 悪戯好きで、その行動は予測不可能。まさに楯無そのものだ。

「じゃあ最後、村雲くんは?」

「それはもう……」

「ねえ……?」

「やっぱり、あれでしょ」

「「「レッサーパンダ!」」」

「それは奴等の腹(の毛)が黒いから。とでも言うつもりかね?」

「「「村雲くん⁉いつから⁉」」」

 実は最初からいた九十九。面白そうだったので黙って聞いていたのだが、流石に自分がレッサーパンダに例えられたとなっては黙っていられなかった。

「私をあんな可愛らしい生物に例えないでほしいな。しかも腹(の毛)が黒いの一点だけでなど、失礼極まりないではないか」

「えー、じゃあ村雲くんは自分を動物に例えたらなんだと思うの?」

「狼だ。身内()を第一に考える所とか、私とそっくりに感じる」

「でも、オオカミって野生動物には珍しく一夫一妻制だったと思うけど?」

「リアルハーレム野郎な村雲くんが言っても、説得力低いよ?」

「ぬぐ……」

 畳みかけられて何も言えなくなる九十九に、女子達は一本取ったぞとばかりのいい笑みを浮かべるのだった。

 ちなみに、アイリスとジブリルは「付き合いが短いため、例えられる動物が浮かばない」という事でカットされた。ので、本人に九十九が訊いてみた所、アイリスは「ロシアンブルーじゃな」ジブリルは「鷹だと思う」との事である。

 

 

EP−03 気づいてはいけなかった事

 

 冬も近づいてきたある日、一人の休日を過ごす事になった私は、久々に業火野菜炒めが食いたくなって『五反田食堂』を訪れた。

「こんにちは、蓮さん。いつものを」

「いらっしゃい、お久しぶり九十九くん。村スペ一丁入りまーす!」

「おーう!」

 蓮さんが注文を告げると、厳さんの矍鑠とした大声が厨房から返ってくる。これもいつもの光景だ。相変わらず、厳さんは元気に厨房に立っているようだ。

「お久しぶりです、厳さん。お変わり無いようで何よりです」

「おう。お前もな。おら、さっさと座って待ってろ!もう少ししたら弾と蘭も下りて来るだろうぜ」

「はい」

「っと、そういやもう一人いたっけか」

「もう一人?」

 厳さんの言う『もう一人』とは誰の事か気になって訊こうとした時、外の階段から誰か下りて来る音がした。

「虚さんの口に合うか分かんないっすけど、食べて行ってください」

「い、いいんでしょうか?ご馳走になってしまって……」

「いいんすよ、どうせ爺さんもそのつもりで用意してるだろうし。だろ?爺さん」

「おう。遠慮はいらねえぞ、嬢ちゃん」

「そうですか?……では、ご厚意に甘えます」

 弾と蘭と一緒に店に現れたのは虚さんだった。弾との清い交際は順調のようだ。口調の固さは本人の性格ゆえ仕方ないとは思うが、もう少し砕けてもいいと思う。

「ん?よっ、九十九。来てたのか。あれ、他の二人はどした?」

「お久しぶりです、九十九さん」

「えっ⁉村雲くん⁉ど、どうしてここに⁉」

 私に気づいた三人が三者三様の反応を見せた。虚さんの動揺顔とか『本音と恋人やってます』宣言以来だな。

「弾、蘭も久々だな。シャルと本音ならそれぞれの友人との付き合いに行ったよ。お蔭で腕が寂しくてな。虚さんの質問には『業火野菜炒めが無性に食べたくなったからここにいます』とお答えします。お邪魔なようであれば、席を離しますが?」

 とは言っているが、昼食時の五反田食堂は現在満員御礼。空いている席は私の座る4人席しかない。そうなったら、虚さんには『いえ、お気遣いなく』以外に言える筈もなく。

「いえ、お気遣いなく」

「では、遠慮なく」

 と、こういう流れになるのであった。

 

「いや、しかし弾が女性を自宅に招く日が来るとは。この李白……もとい、村雲九十九の目を持ってしても見抜けなんだわ」

「ええ、本当に。それも年上美人とか、ますます予想できませんよ」

 キャノンボール・ファストの直後に両者から「改めて紹介して欲しい」と言われて引き合わせたのが10月頭の事。それから一月しない内に自宅に招く程の仲になっているとは思わなんだ。蘭も蘭で『付き合ってる人がいるとは聞いたけど、こんな美人さんとは思わなかった』らしく、今日初めて顔合わせをした時は−−

「『え⁉ウソ⁉お兄騙されてない⁉』って口に出ちゃいましたもん」

「気持ちは分かる」

「お前らなぁ……。俺を何だと思ってん……(スコーン!!)っだいって⁉」

「うるせえぞ弾!飯時は静かにしろってなんべん言わせんだ!」

 思わず声の大きくなった弾の側頭部に厳さんの投げた中華お玉がクリーンヒット。重力に負けて床に落ちる前に蓮さんがキャッチして厨房へ投げ返し、それを厳さんがキャッチ。何事も無かったかのように調理に戻る。一切無駄のない、洗練された弾への制裁ルーティンである。初見の虚さんは突然の事態にポカン顔だ。

「ってえ……。何すんだよ爺さ「あ?」……すみません静かにします」

 弾が文句を言おうとするも、厳さんに凄まれてすぐさま大人しくなる、までがワンセット。虚さんが蘭に「いつもの事なので気にしないでください」と教えていた。虚さんは苦笑いしていた。

 

 しばらくして、料理が届けられたのでそれを食べながら互いの近況報告を行った。

「ほー。相変わらずあの二人とは仲良くやってる訳だ」

「まあな。羨ましいか?」

「いや?今の俺には虚さんが居るし」

「だ、弾くん⁉えっと、その……嬉しいです」

 しれっと惚気る弾と、その言葉を頬を染めながら受け止める虚さん。甘酸っぱい青春ラブコメがそこにあった。

「お兄がそんな事を言う日が来るなんて……。明日は世界が滅ぶの!?私まだ一夏さんに『好きです』って言えてない!」

「落ち着け、蘭。明日世界が滅ぶなんて事はない。私が保証する」

「ってか、お前の中で俺はどういう評価なんだ?妹よ」

 そして、兄の予想の埒外の言動に蘭が若干壊れた。というか、本当に君は自分の兄を何だと思ってるんだ?

 

「そういえば、本音ちゃんって虚さんの妹さんなんですよね?で、九十九と婚約してる」

「ええ、そうですよ。それがどうしたんですか?」

「って事は、九十九は将来虚さんの義弟(おとうと)になるって事っすよね。それについてどうなんです?」

「いえ、特に思う所は。妹……本音が見初めて、両親が認めた人ですし。私も頼もしい義弟が出来そうでありがたいです」

「好意的な評価をいただけているようで恐縮です。……ん?……はっ!?」

 

ピシャアアアンッ!!

 

 唐突に、私は気づいてしまった。同時に、これが『今気づいてはいけない事だった』事にも気づいてしまう。

「ど、どうした九十九?」

「なんか、いきなり雷に打たれたみたいな顔してましたけど……?」

 私が驚愕の表情を浮かべた事に、訝しげに声をかけてくる弾と蘭。私は驚愕の表情を浮かべたまま弾の方へ向いた。その首の動きは錆びたブリキ人形のようだったと思う。

「なあ、弾。お前は将来、虚さんと結婚すると思うか?」

「なんだよヤブから棒に。……まあ、するんじゃないか?なんかよほどの事が原因で破局しない限りは、だけど」

「そうか……。さっきお前が言ったように、私の交際相手……未来の妻の一人である本音は、虚さんの妹だ。よって、私が近い将来虚さんと義姉弟になる。ここまではいいな?」

「おう」

「となるとだ、将来お前が虚さんと結婚した場合お前は本音と義兄妹になる。ここまでもいいか?」

「さっきから回りくどいな、九十九。それがなんだって……ん?あれ?……って事は……!」

 私の敢えての回りくどい説明に、弾がなにかに気づいた顔をする。少し遅れて蘭も同じ顔になった。

「気づいたな?つまり、将来私とお前は布仏姉妹を通じて義兄弟になる。かも知れんのだ。ちなみに、お前が兄な」

「……マジか」

「なあ、弾」

「なんだよ?」

「……今からでも『義兄(にい)さん』と呼んだ方がいいか?」

「やめろ!!鳥肌立ったじゃねえか!!」

 思わず席を蹴って立ち上がり、大声を上げる弾。直後、厨房から中華お玉が再び飛来して弾に直撃。弾は沈黙した。

 その一月後、今度は二人を連れて五反田食堂に行った際、本音が弾に「これからは『お義兄ちゃん』って呼んでいい〜?」と訊いた所、「そうなってからにしてくんね?」と苦笑いで返していた。私の時と反応が違いすぎんか?……解せぬ。


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