転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#11 学級代表決定戦(対決)

 時は過ぎ、月曜日。セシリア・オルコットとのクラス代表決定戦当日。私達は第三アリーナ、Aピットに来ていたのだが……。

「−−−なあ、箒」

「なんだ、一夏」

「どうした?何か問題か?」

「気のせいかもしれないんだが」

「そうか。気のせいだろう」

「何があったかは何となくわかるが……どうした?」

「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」

「…………」

 ふいっ、とそっぽを向く箒。

「目 を そ ら す な」

「まさかとは思うが……この6日間、剣道の稽古しかしていないなどとは言うまいな?箒」

「し、仕方がないだろう。一夏のISがなかったのだから」

「まあ、そうだけど−−じゃない!」

「とは言え、知識や基本的な事くらいは教えられたはずだろう?」

「…………」

 ふいっ、と目をそらす箒。

「「目 を そ ら す な っ!」」

 一夏のISはごたつきがあったようで、結局来ていない。今日の今日、今の今もまだ来ていないのである。

「「「…………」」」

 沈黙が、場を支配していた。

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 山田先生が慌ててこちらに駆けてくる。相変わらず転ばないか心配になる足取りだな。

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」

「は、はいっ。す〜は〜、す〜は〜」

「はい、そこで息を「止めさせるな」イテッ!」

 一夏の頭にチョップを入れる。この人はノリを本気にするだろうからな。もしあそこで突っ込みを入れなければ、山田先生は間違いなく息を止める。そして顔を真っ赤にしながら息を止め続けようとする。この人は変な所で真面目なのだ。

「よく止めた、村雲。織斑、目上の人間には敬意を払え」

 

パァンッ!

 

 いつも通りの弾ける様な打撃音。これで威力はヘビー級だと言うのだから、まったくもって笑えない。

「千冬姉……」

 

パァンッ!

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 教育者とは思えない暴力発言。美人なのに浮いた話がないのは、ひとえにこの性格が原因ではなかろうか。

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもできるさ」

 一夏も同じ事を考えていたらしい。心を読まれた。と言った顔をしている。

「それでですねっ!来ました!織斑くんの専用IS!」

「−−え?」

 まるで図ったかのようなタイミング。誰だ仕組んだのは?兎博士か?

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

「−−はい?」

「先に私が出ればいいのでは−−」

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ。一夏」

「−−え?え?なん……」

「いや、だから私が先に−−」

「「「早く!」」」

 山田先生、千冬さん、箒の声が重なる。私と一夏の周りには、こんな異性しかいないのか?

 

ゴゴンッ!

 

 ピット搬入口の防護壁が重々しい音を立ててゆっくりと開く。そこにいたのは『白』だった。一切の飾り気のない、眩しい程の純白の機体。その名は……。

「これが……」

「はい!織斑くんの専用IS『白式』です!」

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないから「織斑先生!」……なんだ、村雲」

 少し強めに呼んでようやくこちらを向いてくれる千冬さん。やっと話を聞いてくれるようだ。

「私の機体は既に初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を終えています。私が先に出てオルコットと対戦し、一夏が初期化と最適化を終えた上で、一夏とオルコットで対戦。ではいかがでしょう?」

「ふむ……いいだろう。では、第一試合は村雲対オルコット、第二試合が織斑対オルコット、第三試合を村雲対織斑で行う」

「了解しま……あの?」

「なんだ、村雲」

「私と一夏も対戦するので?」

「三人なんだ。当然だろう」

「はあ……。了解しました」

 言いながらピット・ゲートへ進む。だが、ひとまずはこちらの思惑通りに進んでいる。今の慢心しきったオルコットならば、やり方次第で十分勝機はある。

 私は首に下げたドッグタグを軽く指で弾く。私にとって、これが最も装着のイメージをしやすい動きだったからだ。

「始めるぞ。フェンリル」

 瞬間、私の体を光が包む。全ての感覚がクリアになり、今なら何でもできそうだと言う全能感が体を包み込む。

 次の瞬間、現れたのは一機のIS。

 全体に灰銀の装甲に所々アイスブルーのラインが入った、流線形でシャープなシルエット。

 非固定浮遊部位(アンロックユニット)はウィングスラスターになっていて、機動性を重視しているようだ。

 狼の頭部を象ったバイザーが、孤高の狼王をイメージさせる。

「それが……」

「ああ、これが私のIS『フェンリル』だ」

 さあ、始めようか。カタパルトに機体を固定する。ゲート開放を確認。

「村雲九十九。『フェンリル』出る!」

 

 

「あら、まずはあなたですのね」

 オルコットがふん、と鼻を鳴らす。腰に手を当てたポーズが実に決まっているが、私の関心はそこにはない。

 鮮やかな蒼のIS『ブルー・ティアーズ』

 4枚のフィン・アーマーを背に従えたその姿は、さながら王国騎士のごとき気高さがある。

 手にはBTレーザーライフル《スターライトmk-Ⅲ》が握られている。彼女の腕なら照準から発射まで最速で0.4秒ほど。試合開始の鐘は鳴っているため、いつ撃ってきてもおかしくない状況だ。

「最後のチャンスをあげますわ」

 こちらに人差し指を伸ばした右手を向けてくるオルコット。左手のライフルは余裕の表れか、未だ砲口は下がったままだ。

「ほう。チャンスかね?」

 言いながら、右手に銃を呼び出し(コール)していつでも撃てるようにしておく。

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから−−」

「惨めな姿を晒したくなくば、今ここで謝れ。そうすれば許す……かね?」

「……っ!?」

 自分の言葉の続きを言われた事に驚愕するオルコット。

「君ならそう言うと思っていたよ。そしてその答えは……こうだ」

 右手に持った銃を素早く構え、撃つ。

 

ガオンッ!

 

 大口径銃特有の低く鈍い発射音がアリーナに響く。

「きゃあっ!?」

 いきなりの射撃にオルコットは反応しきれず、弾丸は吸い込まれるように『ブルーティアーズ』の右肩に直撃する。

「残念ながら、君の提案はチャンスとは言わない。あと、君に噛みついたのは一夏であって私ではない」

 硝煙を上げる銃を構えたまま、私はオルコットにそう告げた。

「やってくれますわね……」

「そうかね?君が私と会話していたあの時、既に試合開始の鐘は鳴っていた。余裕ぶって砲口を下げていた君のミスだろう。私の返答が言葉のみだと思っていたのと合わせてね」

「言ってくれますわね……。では、こちらからも返礼をいたしましょう!」

 ーーー敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、エネルギー装填。

 

キュインッ!

 

 レーザー兵器特有の甲高い発射音。閃光が私に迫る。

「ふっ!」

 その場から大きく動いて回避する。続いて第二射、第三射が迫る。第三射が装甲表面を掠めていった。

「くうっ!」

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと『ブルー・ティアーズ』の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 射撃、射撃、射撃。

 降りしきる光弾の雨をなんとか躱しながら、私はオルコットを観察する。やはり、静止状態での狙撃に徹底している。

 狙いは正確。実際、直撃こそないものの、躱しきれずに装甲を数ヵ所えぐられている。このままではじり貧か。ならば……。

 左手にもう一丁銃を呼び出し(コール)。オルコットに対し照準、発砲。

 

ガガガガンッ!

 

 短い間隔で連発する発射音。左手の銃は機関拳銃(マシンピストル)なのだ。

「っ……!?」

 飛んでくる弾丸を回避するオルコット。彼女の射撃が途切れた瞬間を狙って急速接近。両手の銃を照準、発砲。

 

ガオンッ!ガオンッ!ガガガガンッ!

 

「くっ、あぐっ!?」

 流石は代表候補生。体勢の崩れたあの状態からさらに躱して見せるとは。全弾発射して、直撃は右手の銃の一発と左手の銃の二発だけとはね。

「今のを躱すとは流石だな、オルコット。私は全弾当てに行ったのだが。……ところで、もしや機動射撃は不得手かね?私が全弾発射した後の隙を、君ほどの操縦者が見逃すとは思えないのだが?」

 両手の銃に弾をリロードしながら挑発する。

「本当に言ってくれますわね。いいですわ、これを見てもその余裕が保てるかしら!」

 『ブルーティアーズ』の肩部ユニットから機動兵装が分離する。ようやく本気になったか。

「お行きなさい!《ブルー・ティアーズ》!」

 オルコットの呼びかけに応えるように《ブルー・ティアーズ》(以下ビット)が飛来。こちらを包囲するように陣取る。

「ふむ、まいったね」

 この状態から《ビット》で牽制射。相手が回避、防御するその隙にオルコットが狙撃。これがオルコットの必勝パターンだ。

 だが、彼女の《ビット》の運用には、分かりやすい癖と決定的な弱点がある。あとは、そこを何時突くかだ。

 

 

「思いの外やりますわね。誉めて差し上げますわ」

「そうかね?素直に受け取っておくとしよう」

 SE(シールドエネルギー)残量217。実体ダメージは中破に近い小破。武器も問題なし。

「この『ブルー・ティアーズ』を前にして、初見でこうまで耐えたのはあなたが初めてですわね」

 そう言って、セシリアは自分の周りに浮遊する四機の自律機動兵器を撫でる。

「イメージ・インターフェース兵器《ブルー・ティアーズ》……思った以上に厄介だな」

「あら、誉めてもなにも「だが」っ!?」

 オルコットに顔を向け、一言。

「調べた以上の動きではなかった。攻略は可能だ」

「少々わたくしと『ブルー・ティアーズ』の事を調べたからといって、どうなるものでもありませんわ!さあ!閉幕(フィナーレ)です!」

 オルコットの右腕が横に動く。指令を受けた《ビット》が二機、多角的直線機動で接近。

「ふむ……」

 私の上下に回った《ビット》がレーザーを発射。これを防御、あるいは回避するとその隙をオルコットのライフルが突く。事前調査通りの動き。これならば……。

「左足、いただきますわ! 」

「やらせんよ!」

 

ガオンッ!ガオンッ! ガギンッ!ガンッ!

 

 発砲音の後に派手な衝突音と飛び散る火花。

 オルコットがこちらをロックオンしトリガーを引く直前、私の銃から放たれた弾が彼女のライフルを打ち上げる。結果、オルコットの放ったレーザーはあらぬ方向へ飛んでいく。

「そ、そんな!?けれど無駄なあがき!」

 オルコットはさらに距離をとり、左手を横に振る。すると、周囲で待機していた《ビット》が私に向かって飛来。

「やはりな。調べた通りだ」

 右手の銃を収納(クローズ)、ついで投擲槍を呼び出し(コール)。襲い来るレーザーを躱しつつ投擲する。槍に貫かれた《ビット》は穴から火を吹いて、直後に爆散。まずは一つ。

「なんですって!?」

 投げた槍を呼び戻し、驚愕するオルコットに向けて投擲。

「くっ……!」

 右方向に回避するオルコット。そしてまたその右手を振ろうとするが。

「オルコット、後方注意だ」

「え?きゃあっ!」

 私の言葉に後ろを向くオルコット。その視線の先で、戻ってきた槍がその切っ先をオルコットに向けていた。直前で躱したオルコットだが、私が投げた槍はなおも執拗にオルコットに襲いかかる。

「なんなのです!?この槍は!」

自動追尾式投擲槍(ホーミングジャベリン)《グングニル》。ラグナロクの最新式槍型武装だ」

 必死に《グングニル》を躱しながら訊いてくるオルコットに丁寧に回答してやる。

「オルコット。君の《ビット》は、毎回君が指令を送らねば動かない。そしてその時、君は《ビット》以外での攻撃が不可能になる。その逆に、君自身が攻撃したりあるいは機体の機動に専念すると、《ビット》による攻撃が不可能になる。全て調べた通りだ」

 私の言葉を《グングニル》を躱しながら聞いていたオルコットの右目尻がひきつる。ここまで調べられているとは思っていなかったのだろう。

「よって、《ビット》を封じようと思えば、君が自機の機動に専念せざるを得ない状況にすればいい」

 左手の銃を収納(クローズ)。両手を腰だめに構え、もう一つ武装を呼び出し(コール)

 

ヒィィィン……。

 

 甲高い音をたて、逆三角形に配置された三本の砲身が高速で回転する。

「そ、それは……!?」

 私の構えた武装の正体に気づいたか、オルコットの顔が焦りで歪む。

「30㎜口径3×3連装回転式機関砲(ガトリングガン)《ケルベロス》。ラグナロクの中では、比較的マシな部類に入る武装だ」

 

ドルルルルッ!

 

 毎分3600発の弾丸の嵐がオルコットを襲う。

「くっ……!」

 ケルベロスの射線から逃れようと上空へ向かうオルコット。だがそこには……。

「オルコット、左に注意だ」

「なっ!?まさか……!」

 私の言葉に自分の左側を見るオルコット。しかし、そこには何もない。

「えっ!?(ズガッ!!)きゃあっ!」

 そこにオルコットを狙っていた《グングニル》が襲いかかる。ただし、彼女の右側から。

「ああ失礼。私から見て左だったよ」

 言いながら、戻ってきた《グングニル》を掴み、収納(クローズ)

「馬鹿にしてっ!ティアーズ!」

 腕を振り、《ビット》を呼び寄せるオルコット。そしてもう一度私に向かって飛来する《ビット》達。

「ついでだ。これも教えておこう」

 左手に大口径銃を、右手に片刃の片手剣を呼び出し(コール)

「君は《ビット》で攻撃する時、必ず対戦相手の反応の最も遅くなる角度を狙ってくる。それは、裏を返せば『飛んでくる位置の誘導が可能』という事だ。その証拠に隙を自分で作れば……」

 瞬間、私のわざと作った隙に反応する《ビット》。

 遠い《ビット》を銃で撃ち抜き、近くの《ビット》は片手剣で切り落とす。さらに残った《ビット》を剣を振った勢いを利用して地面に蹴り落とす。

「この通りだ。ああ、そう言えばもう2機、ミサイルビットがあったな。使ってみるかね?」

「くっ……!」

 自分の事を完全に調べられている事に悔しげに唇を噛むオルコット。

「さて、ではそろそろ私もいわゆる第三世代兵装をお見せしよう」

「なっ……!?あの槍がそうではありませんの!?」

「あれが第三世代兵装なら、今頃第三世代ISは完成をみているよ。では聴いていけ。私、村雲九十九と『フェンリル』の指揮する交響曲(シンフォニー)を」

 

キィィン……

 

 高周波音と共に、私の背後に光の粒子が放出される。

 粒子が形を持って光が収まると、そこに現れたのは数十の腕だった。その手には私の使っていた武装が握られている。

「これが私のIS『フェンリル』の第三世代兵装。思念誘導式機動汎用腕(マニピュレータービット)、《ヘカトンケイル》だ」

 私が振るう右手に合わせて、一糸乱れぬ動きを見せる《ヘカトンケイル》。

「あり得ません!あり得ませんわ!量子反応があったということは、拡張領域(バススロット)量子変換(インストール)していたということ!それだけの数の武装を一体どうやって……!」

 オルコットの疑問はもっともなので、答える事にする。

「その秘密は、ラグナロクの新技術である超超大容量拡張領域『世界樹(ユグドラシル)』だ。『ラファール・リヴァイブ』20機分の武装と弾薬を量子変換できる」

「なっ……!?」

「解説終了。さてオルコット、君に質問だ。君は嵐の中を、雨具なしで濡れずに家に帰る事ができるかね?」

「は?……っ!」

 オルコットが私の言葉に何かを感じたのか、自分の周りを見回す。だがもう遅い。オルコットは既に周囲を《ヘカトンケイル》に囲まれている。

「君の負けだ、オルコット」

 全ての《ヘカトンケイル》が一斉に発射体勢に入る。私はゆっくりと右手を上に挙げ、そして一気に振り下ろす。

「銀狼交響曲第1番『嵐』」

 

ガガガガンッ!ガオンッ!ガオンッ!ガオンッ!ドルルルルッ!

 

「ひっ……!きゃあぁぁぁぁっ!」

 大口径銃、機関拳銃、回転式機関砲による全弾一斉射。『ブルー・ティアーズ』のSEは一瞬で0になった。

 オルコットは着弾の衝撃で気絶したのか、地面に落下していく。墜落死されてはたまらないので、《ヘカトンケイル》を使って助けておいた。

 

ビーーーッ!

 

『試合終了。勝者、村雲九十九』

 無機質なアナウンスが私の勝利を告げる。

「しまった。やり過ぎたな」

 

 

 私とオルコットの対決は、私の勝利に終わった。

 本来なら一夏とオルコットの対決が先なのだが、オルコットの治療と『ブルー・ティアーズ』の修理、補給があるため、先に私と一夏が戦う事になった。

 

 『フェンリル』の修理、補給を済ませ、アリーナで相対する私と一夏。

 一夏の『白式』は一次移行(ファーストシフト)を済ませたらしく、最初に見たときの工業的凹凸が消え、滑らかでシャープな装甲の中世の騎士鎧をイメージさせる外観へと姿を変えていた。

「それがお前のIS『白式』か」

「ああ。っていうか九十九、お前大丈夫か?何か顔色少し悪いぜ?」

「心配ない。《ヘカトンケイル》を使った後は大体こうだ。なにせ腕の一本一本に思考を割いて動かしているからな。一度に使う数が増えるほど、割く思考の数も増える。結果、脳の処理能力を一時的に超えて頭が痛くなるのさ」

「マジかよ。すげぇな「だから」へ?」

「試合を長引かせたくない。一瞬で終わらせる」

 言いながら、《ヘカトンケイル》を最大数展開。

「なっ、なんだこりゃぁぁぁ!?」

 空間を埋め尽くす鉄腕の群れ。その数、実に百本。

「伊達にヘカトンケイル(百腕魔人)を名乗っていないんだよ。では行くぞ、一夏」

 両手を広げて構え、一夏に《ヘカトンケイル》を向ける。ちなみに今回、《ヘカトンケイル》は何も手にしていない。百の拳が鈍く光る。

「ちょ、ちょっと待っ−−」

「銀狼交響曲第2番『星の白金』」

 両手を伸ばしたまま胸の前でクロス。拳を握った百本の腕が一斉に一夏に襲いかかる。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

 

ビーーーッ!

 

『試合終了。勝者、村雲九十九』

 地面に落下し、ピクピクと痙攣する一夏。私は襲ってくる頭痛を堪えつつ、ため息混じりに呟いた。

「やれやれだな」

 

 ちなみに、一夏対オルコットの対決は大体原作通りだった。

 違ったのは、一夏が既に一次移行を終えていた事。オルコットに慢心が無かった事くらいだろう。

 オルコットの正確な射撃とビット攻撃に耐えながらオルコットのビット操作の弱点を見抜いて、ビットを切り裂きオルコットに肉薄。唯一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)『零落白夜』を使用して勝負に出る。

 オルコットがミサイルビットを発射。ギリギリでかわした一夏が『零落白夜』の一撃を加えようとした瞬間。

 

ビーーーッ!

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

「えっ?」

「あれ……?」

 一夏とオルコットが二人して『なんで?』という顔で向き合っている。

 結論から言えば、一夏はオルコットに負けた。という事だ。一夏は何が起きたか分かっていないだろうが。

 

 その後、ピットに戻って来た一夏は姉にお叱りを受けたり、山田先生に渡された『ISの起動におけるルールブック』の分厚さにげんなりしたり、箒に「負け犬」と言われてへこんだり、帰り道で箒にISの事を教えてもらう事を決めて箒が上機嫌になったが、箒がそわそわしていたのをどう勘違いしたのか「トイレに行きたいのか?」と聞いて、箒に竹刀で叩かれたりしていた。

この二人、やはり見ていてあきないな。

 

 その日の夜、私はオルコットの部屋の前にいた。

 

コンコンコンコン

 

「どなたですの?」

「私だ。村雲九十九だ」

 ガチャリ。と音を立てて開いた扉の陰から、憮然とした顔のオルコットが現れた。

「何のご用かしら?まさか、無様に負けたわたくしを笑いに来たのかしら?」

「それこそまさかだ。私は君にある提案をしに来たのだよ」

「提案?」

「ああ。実はな−−」

 

 これが、クラス代表決定戦の結果である。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『一夏戦、あっさりしすぎじゃね?』と言った気がした。

 アンタの言い分なんて知った事ではないよ。

 

 

 翌日、朝のSHRにて。

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでイイ感じですね!」

 嬉々として話す山田先生。盛り上がるクラスの女子。暗い顔をしているのは一夏だけだ。

「先生、質問です」

「はい、織斑くん」

「俺は昨日の試合に全敗したんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それは−−」

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 がたんと立ち上がり、腰に手を当てるいつものポーズ。様になっているが、取り敢えずそれはいい。

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、考えてみればそれも当然の事。このセシリア・オルコットが相手だったのですから、仕方のないことですわ」

「あれ?じゃあ九十九は?っていうか、お前も九十九に負けてるじゃねぇか」

「そ、それは−−」

「それは私も辞退したからだよ。一夏」

 話が私におよんだので、私も理由を話す。

「いいか?一夏。昨日の試合の時にも言ったが、私のIS『フェンリル』の第三世代兵装《ヘカトンケイル》は、使用するとアフターリスクとして程度の差はあれ必ず頭痛に見舞われる。私は試合終了の度に保健室送りになりたくないのだよ。それに−−」

「それに、なんだよ?」

「いや、これは個人的理由だ。一夏には関係ない」

「なんだよ、気になるな」

 一夏(お前)がクラス代表にならなければ、原作の流れが変わるから。とは言えなかった。

「そ、それでまあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして。"九十九さん"と相談して"一夏さん"にクラス代表を譲る事にしましたわ。やはりIS操縦には実戦がなによりの糧。クラス代表になれば戦いには事欠きませんもの」

 一夏にとってはありがた迷惑だろうがまあ頑張って……はて、彼女は今私を名前で呼んだか?

 

 その後、クラスの女子が一夏と私の情報を売ろうと発言したり(後で「一夏の情報は私が売ろう」と言っておいた)、オルコットが一夏にコーチ役を申し出て箒と火花を散らし、ISランクの話になって千冬さんから「尻に殻くっ付けたひよっこが優劣を語るな。揉め事は結構だが私の前でやるな(要約)」というありがたいお言葉と出席簿の一撃を二人してもらったりしていた。

 ちなみに私のISランクはSである。おおかた、あの悪戯好きの神がかましてくれたのだろう。勘弁して欲しかった。

 千冬さんが言葉をしめた後、いきなり一夏に出席簿アタックをした。

 

バシンッ!

 

 なんとも軽い音がするが、そのダメージは計り知れない。

「……お前、今なにか無礼な事を考えていただろう」

「そんなことはまったくありません」

 いや、あの顔はおそらく職場での千冬さんが意外としっかりしていた事に対する驚きと、それとは裏腹の千冬さんの生活力のなさについて考えていた顔だ。

 具体的には『洗濯の時、せめて下着は自分でネットにいれてほしい』とか『それくらいは自主的にやってくれよ24歳社会人』とか。

「ほう」

 

バシンバシン!

 

 出席簿の連撃が一夏の頭を再度襲う。この瞬間、一夏の心はちょっとだけ折れた。

「すみませんでした」

「わかればいい」

 

バシン!

 

「ガハァッ!?何故、私まで……!?」

「お前も、織斑と似たような事を考えていただろう」

 読心術は弟限定ではないらしい。

「ははは、まさ(バシン!)かばっ!?……すみませんでした」

「わかればいい」

 善良な市民はこうして力に屈するのだな。これが理不尽というやつか。

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

「「「はーい!」」」

 クラスが一丸になって返事をする。団結はいいことだ。

 もっとも、一夏は「俺にとってもいいことであれば良かった」と心から思っているだろうが。

 

 

 時は遡り、九十九対セシリアの試合終了直後のアリーナ観客席。そこである女生徒が好戦的な笑みを浮かべて九十九に目を向けていた。

「あたしと同じ二丁拳銃使い(トゥーハンド)か……。村雲九十九、面白えじゃねえか」

 ポツリと呟き、笑みを深めた女生徒は、席を立って踵を返すと「もう用はない」とばかりにアリーナから去って行った。

 彼女と九十九が出会うその日は、すぐ近くまで迫っていた。




次回予告

訪れたしばしの平穏。
しかし、平穏というのは意外と簡単に崩れる。
例えば、懐かしい旧友の登場なんかで。

次回「転生者の打算的日常」
#12  再会
さて、どう弄ってやろうかね。

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