では、どうぞ
EP-01 二つ名
『二つ名』
この世界で単にこう言った時、それはIS国家代表操縦者と代表候補生の中でも最上位にいる者達に与えられる『称号』の事を指す。
その人が在籍している国や軍、あるいは企業によって、その人の性格や戦闘スタイルから取った『二つ名』が与えられる。
例えば、『
例えば、元日本代表候補生序列一位、山田麻耶。彼女の二つ名は『
「その他にも、今年の学園には『
「へ~、そうなのか」
私の解説に大きく頷く一夏。周りで聞いていた一夏ラヴァーズも感心しているかのような表情をしている。
事の起こりは数分前。一夏が私にこう訊いてきた事に由来する。
「なあ、お前が時折口にする代表候補生の序列の後の奴って何なんだ?」
こう訊かれて解説をしたのが上述のそれだ。
「ん?って事は、セシリア達も『二つ名』を持ってるってことだよな?」
そう話を振られたセシリアが胸を張る。
「ええ、当然ですわ!なにせわたくしは−−」
「イギリス代表候補生序列一位、『
「ぷっ……『御嬢様』って、あんたそんなガラじゃないでしょ、セシリア」
「な、なんですってぇ!?そう言う鈴さんはどうなのですか!?」
「あたし?あたしは−−」
「中国代表候補生序列三位、二つ名は『
「プリンセス?鈴さんのどこが?」
「んなっ!?あ、あんたねぇ!」
私が二人の二つ名を紹介すると、それを互いに批判しあうセシリアと鈴。悪くなりそうな空気を変えたのは、やはりこの男。
「そうか?どっちもなんかピッタリって気がするけどな」
「「一夏(さん)……」」
一夏がこういった途端、さっきまでの一触即発ムードが何処かへ消えてしまうのだから恐ろしい。
ちなみに前述の二人だが、ゲスな男共が勝手に付けた二つ名も存在する。セシリアが『
「じゃあ、ラウラは?」
「私は……九十九、お前が言え。自分で言うのは気恥ずかしい」
「君が『気恥ずかしい』という感情を持っていた事に驚いたよ」
「う、うるさい!いいからさっさと言え!」
「わかったわかった。ラウラはドイツ代表候補生序列一位。二つ名は『
「なんか合ってるな。こう、綺麗なんだけどどこか冷たい感じとか」
「き、綺麗!?私が!?」
一夏に褒められたラウラの顔は「大丈夫か」と言いたくなるくらい赤くなっている。
「綺麗……私が……綺麗」
「ラウラ?おーい、ラウラってば」
ラウラは口の中で何かブツブツと繰り返していて、一夏の呼びかけに全く応じない。彼女が帰ってきたのはそれからしばらくしての事だった。
余談だが、ラウラにも『
「で、シャルが『
「あー、なるほど。あの戦い方から来てるのか」
一夏の言うシャルの戦い方とは、
離れたと見て追いすがれば剣が、ならばと離れれば銃が既にその手の中にある。求める程に遠く、しかし手を伸ばせば届くのではないかと思わせるその戦術は、シャルの卓越した戦術眼あってこそ輝くものだ。
「えへへ、何だか恥ずかしいね」
そう言うと、照れくさそうに頬を指でかくシャル。あ、なんか可愛い。
なお、非常に腹立たしい事に、シャルにも『
「ところであんた達さ、まだ国籍が決まってないんだって?」
「そうなんだよ」
「どうもあちこちから『ぜひ我が国に』と声が上がっていて、あちらを立てればこちらが立たずらしい。困ったものだ」
「国籍が決まれば、その国の代表候補生になるのでしょうから、そうなるのもわかりますわ」
そうなのだ。何せ世界で二人の男性操縦者。自国に来てくれたとなればそれはもう諸手を上げての大歓迎だろう。
国によっては代表候補生を飛び越して、男子国家代表に据えようとしかねない。そんな連中が多いせいで、現状私と一夏の国籍は未だに宙に浮いた状態だ。
「九十九と一夏が代表候補生になったら、どんな二つ名になるのかな?」
「そうね……」
「一夏はこれしか思い浮かばんな『
「あ、それあたしも賛成!」
「おいおい、なんだよそれ。俺のどこが猪だってんだ?」
私の言った二つ名に不満そうに口を尖らせる一夏。
「ぴったりだろう。一に突撃、二に突撃。三四も突撃、五も突撃。のお前には」
「うぐっ……何も言えねえ……」
「九十九、いくらなんでもそれはあんまりだろう」
「ほう?では他に良い案でもあるというのか?箒」
「う……そ、そうだな……」
私に『案を出せ』と言われた箒がウンウン唸ってたどり着いた答えは――
「け、『剣豪』などはどうだ?」
「ありきたり過ぎる。次、セシリア」
「そうですわね……『
「篠ノ之博士が怒ら……ないか。とはいえ、普通だな。続いてラウラ、行ってみよう」
「ふむ、では『
「「「却下!!」」」
ラウラの提案にラヴァーズ全員がツッコんだ。うん、だろうな、だろうよ。
「む?なぜだ?」
「君しかそう呼ばんからだ。そもそも、一夏は君の嫁ではない。却下は当然だ。さて、ではシャル。君が最後だ」
「うーん、そうだね……。あ、『
「悪くないが……それだとフォースと共にありそうだな」
「あ……」
私のツッコミにしまった、という顔をするシャル。うん、可愛い。
結局、色々と案は出たものの最終的に『まあ、国が決める事だよね』という結論に至ったのだった。
「では、私が代表候補生になったら、その二つ名はどうなるかね?」
九十九がこう訊いて、返ってきた答えは以下の通りだ。
「『腹黒』だろう」
「『腹黒』でしょ」
「『腹黒』ですわね」
「『腹黒』しかないな」
「こういう時だけ息ピッタリか!シャル!君だけは違うと信じるぞ!」
「え、えっと……そうだ!『
「おお!マトモだ!ありがとう、シャル!君を信じてよかった!」
「う、うん。どういたしまして」
シャルロットの手を握り上下に振って喜びを表す九十九。だが、この時シャルロットは内心でこう思っていた。
(い、言えない。本当は真っ先に『腹黒』が思い浮かんだなんて……)
自分の本心を知らずに喜ぶ九十九に、罪悪感を感じるシャルロットなのだった。
EP-02 IS学園生徒会役員共
私達がIS学園生徒会に入って数日が経過した。今日も生徒会室には生徒会メンバーが集合している……のだが。
「すみません!遅れました!」
「遅い!大事な会議があるって言ったでしょ?一夏くん」
予定時刻を大幅に遅れて一夏が生徒会室にやって来る。楯無さんはお冠だ。
「何をしていたんだ?一夏」
「いや、道に迷っちまってよ」
一夏がこう言うのも無理はない。IS学園は、テロリストに容易く制圧されないように非常に複雑な造りになっている。
私も本音の案内がなければすんなりここに来る事が出来るかどうか怪しい。
「まあ、一年生がこの辺に来るなんてそんなに無いしね……。よしっ、今日は私が学園を案内してあげましょう!」
「大事な会議は?」
「こうなったら楯無さんは止まらん。諦めろ」
という訳で、楯無さんによる学園案内が始まった。何か嫌な予感がするのは私だけか?
「ここが保健室よ」
まず楯無さんが私達を連れて来たのは保健室。何故ここなんだ?
「ここが女子更衣室よ」
続いて女子更衣室。いや、だから何故ここ?
「ここが普段使われていない無人の教室よ」
さらに無人の教室。……この人まさか……。
「で、ここが体育倉庫。……男子が聞くとドキッとする場所を優先して紹介してるんだけど……ご不満?」
「うん」
「じゃないかとは思いましたが、何考えてんですか、アンタ」
私の中の楯無株はもうすぐストップ安だよ?いや、ホント。
楯無さんと校舎内を歩いていると、他の女子生徒とすれ違った。
「あ、楯無会長。お疲れ様ですー」
「はーい」
その光景を見て、一夏が感心したかのように楯無さんに話しかけた。
「挨拶されるなんて、さすが会長ですね」
「まあ、慕われないと人の上になんて立てないからね。一夏くんも副会長として尊敬されるように頑張りなさい。九十九くんもね」
微笑みを浮かべてそう言う楯無さん。一夏は照れくさそうに頬をかいた。
「いやぁ……俺そういうの苦手で……」
「え?じゃあ蔑まれた方がいいの?一夏くんって……M?」
「発想が極端なんだよ」
思わず敬語を忘れてツッコむ一夏。気持ちは分かるぞ、一夏。
「今日はこれくらいにして、そろそろ戻りましょうか」
「はい」
「大事な会議がありますしね。虚さんも待ってるでしょうし」
「だな。……あれ?のほほんさんは?付いてくると思ってたけど」
「寝てた。起こすのも忍びないからそのままにした」
「そっか」
校内案内を終え、生徒会室に戻る途中、ふと気になったのか一夏が楯無さんに訊いた。
「そう言えば、大事な会議って何を話し合う予定なんです?」
その質問に楯無さんはくるりと振り向き、高らかに会議内容を口にした。
「それはもちろん、九十九くんと本音ちゃんとシャルロットちゃんがどこまでシたのか根掘り葉掘り……」
「俺、帰っていいですか?」
「私、アンタを叩きたいんですけどいいですよね?答えは聞いてません」
一夏が心底げんなりした顔をし、私は笑顔を浮かべて
それを見た楯無さんは、両手を前で振りながら慌てて弁明を開始する。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。冗談、冗談に決まって(スパーンッ!)いったーい!」
放課後の校舎に、快音と生徒会長の悲鳴が響き渡った。
なお、会議内容を知った虚さんから厳しいお叱りを受けた楯無さんが、それ以降私達の仲の進展について何も訊かなくなった事は余談である。
ふと気づくと、目の前に一人の同年代男子が立っていた。
私とほぼ同じくらいの背丈で、それなりに整った顔立ちをしている。その身をカーキ色のブレザーとブラウンのスラックスで覆い、左腕に『生徒会』と書かれたオレンジの腕章を付けている。
その男子が私に近づき、ポンと肩に手を置いて一言。
「君の所の生徒会長はまだマシだよ。うちの生徒会、ほぼ全員あんな感じだし」
「そ……」
ガバアッ!
「そんな生徒会があってたまるか‼」
「「うわひゃあっ!?」」
ツッコミながら飛び起きると、シャルと本音が驚いた顔を浮かべてこちらを見ていた。
「あ……。夢か。また変な夢を見た」
どうやら、生徒会の仕事が終わってすぐ、疲れから眠ってしまったようだ。シャルと本音は、おそらく私が寝ている間にやって来たのだろう。
「大丈夫?九十九」
「ああ、大丈夫。ある意味いつもの事だ」
「わたしと同じ部屋の時にもあったよね~」
「そうなんだ。その時のこと、詳しく聞かせて欲しいな」
「ああ、いいよ。その前に着替えさせてくれ」
「うん。着替えそこに用意しといたから。あ、制服にアイロン掛けするから脱いだら渡してね」
シャルがそう言うので制服を見てみると、そのまま寝てしまったせいかあちこちしわだらけになっていた。
「世話をかけるな、シャル」
「ううん、全然。あ、そうだ。お夕飯何がいい?」
「君の作る物なら何でも……と言いたい所だが、今日はシチューがいいな。今夜は9月にしては冷えると予報で言っていたし」
「オッケー。腕によりをかけて作るね」
「わたしも手伝うよ~」
そう言ってキャイキャイとキッチンへ向かう二人。今日の夕飯も楽しみだ。
EP-03 暗躍者たち
某国某所、とある高層ビルの一室。そこで、11人の老若男女が角を突き合せていた。
「そうか、ノヴェンバーは死んだか」
「はい。その直後、ドルト・カンパニーは彼女の弟のジョージとマイケルの間で跡目争いが勃発。その隙を突かれる形で−−」
「ラグナロクに株の80%を買い占められてラグナロクの子会社と化した……か。……まったく、愚か者共め」
ドルト・カンパニーは彼らの重要な資金源の一つだった。そこをよりにもよって
「まあ、終わった事をいつまでも言っても仕方ないわ。次を考えましょう?」
「む……そうだな。ミスト、次の報告を」
「は。フランスのデュノア社で、第三世代機が間もなく完成しそうだとの情報が上がっています」
「ほう、それは面白い」
「エレオノール一派の排斥以降、徐々に業績を伸ばしていたのは確かだが……」
「まさかこの短期間で第三世代機を開発するなんて、一体どんなトリックかしら?」
「それなのですが、デュノア社に潜入させた工作員が掴んだ情報によると、どうもラグナロクが一枚噛んでいる。と」
ミストの言葉に男女の眉がぴくりと上がる。
「また奴等か……」
「何かというとあの会社がちらつくわね……鬱陶しいったらないわ。いい加減ご退場願ったら?」
「そうだな……。ではエイプリル、何か策はあるか?」
「そうねぇ……ここは一石二鳥を狙いましょうか」
「と言うと?」
「デュノア社で第三世代機が完成したとなれば、大々的に宣伝するわ。そこには当然、協力したラグナロクの社長、仁藤藍作もやって来るはず。そこで……」
「なるほど、第三世代機と仁藤藍作の命。両方奪おうと言う訳か。だが、駒はどうする?」
男の問いに、エイプリルと呼ばれた女はニヤリと笑みを浮かべて、こう言った。
「私の表の顔をお忘れ?」
「……そうだったな。フランスの女性権利団体過激派組織『世界から男の居場所を奪う会』主宰、ケティ・ド・ラ・ロッタ」
「まあ、任せなさいな。私が動くのだもの。万に一つの失敗もないわ」
「ふむ。では、デュノア社製第三世代機奪取、並びにラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作の抹殺は、エイプリルに一任する。という事でよいか?」
「「「異議なし」」」
全員の唱和が室内に響く。深く暗い闇の底から、醸造された悪意が噴き出す時を待っていた。
『こちらからの報告は以上です』
「ありがとう。引き続き頼むよ、ラタトスク」
『はい。失礼します』
プツッ、という小さな音とともに、通信画面が消える。一息つこうと、藍作は机の引き出しから葉巻を取り出し、先を切り落として火をつけ、大きく吸い込んでじっくりと味と香りを堪能した後、ゆっくりと吐き出した。室内に紫煙が広がり、やがて消えていく。
「ラ・ロッタが動くか……厄介な」
ポツリと呟いて葉巻をもうひと吸い。煙を吐き出すとそれを灰皿に置き、携帯を取り出して電話を掛ける。
『もしもし?』
「フランシス、私だ」
『藍作か。珍しいね、君から掛けてくるなんて』
「ふ、たまにはな。第三世代機の進捗はどうだ?」
『極めて順調さ。後は最終調整を待つだけだよ。……それで?何を掴んだ?』
「話が早くて助かる。……ラ・ロッタが動くぞ」
『……あの自称策士の暴走中年女か。狙いは……新型と君の命、かな?』
「だろうな。だが、新型機発表会に私が行かないというのは、我が社の沽券に関わる。さて、どうするか……」
そう言う藍作の顔は、困っているというよりはどこか楽しそうな表情が浮かんでいる。
『どうするか、と言う割にはずいぶん楽しそうな声じゃないか?藍作』
「そうか?」
『そうさ。まるで何をして遊ぶか悩んでいる子供の様に、明るく弾んだ声だ』
「ふっ……。かも知れんな」
『何して遊んでもいいが、
「善処しよう。では、新型機発表会で」
『ああ、また』
ピッ!
フランシスとの通話を終え、次に電話を掛けたのは自分のお気に入りの少年。
『はい、もしもし?』
「九十九君、私だ」
『ああ、社長。お久しぶりです』
「うん、久し振りだね。今、いいかい?」
『はい、問題ありません。ご用件をどうぞ』
「単刀直入に言う。デュノア社の新型機発表会に、私と同行して欲しい」
『……はい?』
電話の向こうで九十九がぽかんとした顔をしているのを思い浮かべ、藍作はニヤリと笑った。
亡霊の使いと終末の送り手。両者が巡り合う日が、間近に迫っていた。