転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#107 亡霊退治(陸)

 世界各地で亡国機業の戦端が開かれてしばらく経った頃、北アフリカ・サハラ砂漠のだいたい中央辺りでも、IS同士の激しい戦いが繰り広げられていた。

「こんだけ何にもないトコなら、いくらぶっ放しても誰も文句無いわよねえっ!」

 普段ラグナロクの新人ISパイロット(九十九と本音)に見せる知的なクールビューティーの姿は何処へやら。ルイズ・ヴァリエール・平賀は実にイイ笑顔でグレネードランチャーを撃ちまくる。そこかしこで咲き乱れる紅蓮の華に飲まれて、亡国機業が強奪の上改造を施した『打鉄』が一機、また一機と墜ちていく。

「おーおー、ルイズったら張り切っちゃって。ま、それはアタシもだけ……どっ!」

 気合一閃、キュルケの放った高温溶断大剣(ヒート・ブレード)《レーヴァテイン・タイプK》の一撃は敵ISが咄嗟に構えた大盾を両断。勢いそのままにISまで斬り伏せる。

専用機化(パーソナルカスタム)を施してあるとはいえ、第2世代機であそこまで……。ラグナロク・コーポレーション、やっぱ侮れねえな」

 バブルも自身の電子戦型IS『弁才天(サラスヴァティ)』の特殊兵装《弁才琵琶(ヴィーナ)》をかき鳴らして近付いてくる敵ISのOSをジャミングして行動を阻害、もう一組の腕に構えた2丁のサブマシンガンを浴びせて撃ち落としながら、ラグナロク技術者陣の超技術に感嘆していた。

「総員撤退!これ以上の損害は許容できないわ!」

「「了解!」」

 敵ISグループの一人が声を張る。それを受けた他の者達は、チーム・バブルに背を向けて逃げの一手を打ち出した。それに対して、バブルが二人に出した指示は「付かず離れずの距離を維持しつつ追跡」だった。

「なんでよ⁉ここで連中を一気にぶっ飛ばしちゃえばいいじゃない!」

「いいや、アイツ等のの動きを見な。徐々に高度を下げつつ、ある一点に向けて移動してるだろ?」

「ああ、そこに連中の拠点……多分地下研究所があるって見たのね。博士、聞こえた?あと、ちゃんとついてきてる?」

『はい、どちらも問題ありません。皆さんの姿はちゃんと捉えています。行きましょう』

 戦場のやや後方、チーム・バブルの後ろをラグナロク謹製の超大型装甲車《竜宮》が無限軌道(キャタピラ)を軋ませながら追いかけている。それに乗るのは、今回「どうしても彼に会って言わねばならないことがある」と参戦を熱望した、ラグナロク技術者陣の頭目格絵地村登夢(えじむら とむ)だ。

「それにしても珍しいわね、博士。超インドア派の博士が自分から外に出るなんて。なんか理由でもあんの?」

 単純に疑問に思ったのか、ルイズが絵地村に訊ねた。すると彼は小さく溜息をついて答えた。

『彼……ノヴェンバーことニコライ・テスラJrは、私と師を同じくした……いわば同門なのです』

「そのお師匠様の名前は?」

『マイユール・ブラックソイル……存命当時『最高峰にして最狂』と謳われた、ロボット工学博士です』

 

 

 時間を僅かに遡って−−

 サハラ砂漠某所、亡国機業の地下IS研究室、所長室。そこでニコライは、眼前のモニターを見つめながら呆然と呟いた。

「何故だ……」

『プロフェッサー、こちらα1。敵ISグループを発見、これより迎撃(ズドォンッ!)−−ザーッ……』

 自分が完璧なチューンアップを施した筈の『ラファール』が、たった一発のグレネードで粉砕された。

「何故だ……っ」

『そんな大振りな剣が何の役に「せいやーっ!」−−えっ⁉早……(ザシュッ!)あああーっ!』

 近距離戦に極限まで特化させた『打鉄』が、無骨すぎる大剣の一撃で手も足も出せぬままに斬り捨てられた。

「何故だ……っ!」

『(ベンッ!)えっ⁉何これ⁉機体の動きが鈍く!?どうなって(パララララ!)−−きゃああっ!』

 十分な対電子戦装備を施した『南十字星(サザンクロス)』が、その防御を突破され為す術なく無力化された。

「何故だ!」

『プロフェッサー、これ以上の戦闘はこちらに不利です!撤退許可を!プロフェッサー!』

「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だっ!!」

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

 怒りと苛立ちから拳を何度も机に叩きつけるニコライ。だが、怒り一色に染まっていたはずのその顔をスンと真顔に戻すと、通信を寄越してきたISチームの暫定リーダーに指示を出す。

「撤退を許可する。お前達のような役立たず共に任せたのが、そもそものミスだ……っ!」

『プロフェッサー?』

 モニターの前で暫し俯いた後、顔を上げたニコライ。その表情には狂気と狂喜が浮かんでいた。

「……アレを出す。これで俺の勝ちだ。お前達はもういらん。どこへなりと失せろ。……いや、いっそここで死ね」

『プロフェッサー⁉何を言って−−(プツッ)ザーッ……』

 困惑する暫定リーダーからの通信を絶ち、ニコライは部屋の隅の暗がりに目をやる。そこには虚ろな目をし、一切の感情が抜け落ちた表情で三角座りをする少女が居た。

「PS−15(ワンファイブ)、奴等を殺して来い。出来なければお前も他の()()と同じ目に会うと思え」

「…………(コクリ)」

 言葉を発さず、小さく頷いた少女はノロノロと立ち上がると所長室を出てIS格納庫へと向かう。その後姿を見ながら、ニコライは勝利を確信したかのような笑みを浮かべ、喉を鳴らして嗤う。

「ククク……。これで勝てる、やはり俺は完璧……っ!世界が俺を認める時がついに来たんだ!ハハハハハッ‼」

 狂笑を上げるニコライの背後のモニターで、一機のISが砂塵を上げながら飛び立って行った。

 

 

「前方からISのエネルギー反応だ!ルイズ、キュルケ!」

「新手が出て来たって訳ね。上等っ!」

「なら、先手必勝!これでも喰らいなさい!」

 ルイズが肩にマウントした180㎜口径グレネードランチャー《アマテラス》を新手に向けて撃ち放つ。放物線を描いて飛んだ特大サイズのグレネードは、新手を捉える……筈だった。

『PS−15、コード・クリムゾンの発動を許可する』

「…………(コクリ)」

 開放回線(オープン・チャネル)で聞こえてきた男の声に小さく頷いた少女が両腕を開いた次の瞬間、異変は起こった。

「えっ⁉なに⁉」

「機体が勝手に動く⁉」

「どうなってるのよ⁉」

 チーム・バブルの前を付かず離れずの位置で飛んでいた敵ISチームが突然進路変更、ルイズが発射したグレネードの射線上に飛び込んだのだ。

「ちょっと⁉アンタ達何して−−」

 敵ISチームの突然の奇行にルイズが驚愕の声を上げかけたその瞬間、範囲内の全てを飲み込み焦がす、紅蓮の大華が開いた。

 

ズドーン!

 

 大気を揺るがす轟音と、離れていてもなお肌を焼く熱量の爆炎。もうもうと立ち込める黒煙がその威力を物語る。その煙が、砂漠を渡る一陣の風によって払われる。そこには、無傷の新手と装甲が大きく破損した3機のIS。

「あいつ、味方を自分の盾にしたっての……⁉」

「でもどうやって?あいつら、直前まで射線とは全然違う所にいたのに……」

 敵ISの突然の行動を訝しむルイズとキュルケ。そこに、割り込み回線(インターセプト・チャネル)越しに嗄れた男の声が響く。

『いいぞ、PS−15。コード・クリムゾンは正常に作動しているようだな』

「…………」

 男の声に、しかし少女は特に何の反応も返さない。虚無を湛えた光のない目で、此方をただじっと見つめてくるのみだ。

『一応はじめましてだな、ラグナロク・コーポレーションのIS使い諸君。俺が、ニコライ・テスラだ』

 そんな戦場の空気を知ってか知らずか、わざわざ空間ディスプレイを展開して顔出ししてきたのは、白髪混じりの薄い髪を撫で付け、草臥れた白衣を着た40代後半の痩せぎすの男。

『そのISは俺が手ずから完璧な強化改修を施した。元のISが分かるか?……教えてやる、『天空神(アルテラ)』だよ』

 画面の向こうで大きく手を広げながら自慢げに語るニコライ。その舌は、更に回る。

『元々、高機動・重装甲・高火力の同時実現の為に外付けの追加装甲を用いていたが、テスラ・ドライブの……ああ、テスラ・ドライブとは何かから語る必要があるか。……貴様らのような凡人でも分かるように言えば、新機軸の重力制御装置だと思っておけばいい』

 問わず語りを続けるニコライは、チーム・バブルの3人が『どうでもいいわそんな事』と言わんばかりの冷めた目をしている事に気づかぬまま、なおも気分良さげに語る。

『テスラ・ドライブの搭載によって瞬時加速(イグニッション・ブースト)以上の速度を維持したまま急角度での旋回を可能とした俺の『アルテラ・パーフェクトカスタム(PC)』に、過剰な装甲は枷でしかない。故に排除した。その結果……PS−15、やれ』

 

ギャンッ!!

 

「「「っ!?」」」

 

 ニコライの手短な指示に応えるように、超高速でチーム・バブルに接近する少女。それに対してルイズは手持ちのグレネードの中で最も連射性能の高いリボルバーグレネード《ヘスティア》で対抗。敢えてしっかり狙わずに撃って爆炎の弾幕を張る。

 それに対して少女は、最高速度を維持したまま連続して直角に曲がるという、本来ISでは不可能なはずの動きで爆炎を回避。ルイズの度肝を抜いた。

「ウソッ!?そんな躱し方……っ!」

 直後、再度急角度での方向転換からルイズ目掛けて飛び込んでくる少女。その手にはショートダガーが握られており、その視線は真っ直ぐにルイズの致命部位(バイタルポイント)の一つである喉元に向けられている。度肝を抜かれた事で反応の遅れたルイズに、この一撃を躱せるだけの時間的余裕は最早無い。

「しまっ……!」

「ルイズ!」

 そこに待ったをかけたのはキュルケだ。ルイズの眼前に大剣を突き出す事で致命の一撃を辛うじて受け止める。その状態から少女を押しのけるように大剣を振るう。少女も体勢を整えたかったのか、それに逆らう事なく後退した。

「ボーッとしない!」

「ごめん!助かった!……ったく、やってくれんじゃない……!」

 キュルケの叱責に短い謝罪で返しつつ、少女を睨みつけるルイズ。九十九をして『それだけで背筋に冷たいものが走る』と言わしめるルイズの睨みを、しかし少女はどこまでも静かな目で見つめ返している。

『ほう?あのスピードに対処するか。やるではないか、ラグナロクのパイロット共。では次は『アルテラ・PC』の火力を見せてやろう。PS−15』

 名ではなく識別番号で呼ばれたその少女は、虚ろを宿した目のまま両手に何かを持つ姿勢を取る。瞬間、彼女の手の中に大型の荷電粒子砲が現れる。更に両腕と両脚にマイクロミサイルポッド、肩に大口径電磁投射砲も展開。元のシルエットから大きく変わったその姿は、一種異様だ。

「高機動型のISに載せるには重すぎると思うんだけど、あれじゃ機動性が死ぬんじゃない?」

 呆れたように呟くルイズの声が届いたのか、ニコライは鼻を鳴らし、嘲りの籠もった声音で語る。

『フン、これだから凡人は困る。テスラ・ドライブの重力制御と慣性質量制御を持ってすれば、どんな重装備だろうと機動性は死なんのだ!やれ!PS−15!』

「…………(コクリ)」

 ニコライの端的で曖昧な指示に首肯で返した少女は、再び『アルテラ・PC』を振り回す。その速度は、重装備で身を固める前と殆ど変わらない。

「うわ、ホントにスピード落ちてないんですけど」

「無茶苦茶ね、テスラ・ドライブ……博士なら再現できるかしら?」

「余裕だな二人共。来るぞ!」

 高速で接近しながら武装の照準をルイズ達に向ける少女。瞬間、少女の装備したミサイルポッドが火を吹いた。大量のミサイルが、ルイズ達を食い破らんと迫りくる。

「ここは私に任せろ!」

 

ベンッ!

 

 バブルが《ヴィーナ》をかき鳴らし、ミサイルの支配権を奪って同士討ちを誘う。しかしそれは不発に終わる。

「何っ!?」

『甘いな!国連のISパイロット!我が『アルテラ・PC』はECM対策も完璧だ!さっきの雑魚共ならいざ知らず、その程度のジャミングで『アルテラ・PC』のマルチロックシステムを掌握できると思うなよ!』

「ちいっ!回避行動!」

 バブルの号令一下、各々がミサイルの追尾を引き剥がそうと乱数機動回避をとる。だが、少女の放ったミサイルは狡猾で粘着質な蛇のようにルイズ達を追いかけ回す。

「このっ、しつこいわねぇ!なら、撃ち落とす!」

 ルイズが6連装リボルバーグレネードを呼び出し(コール)て、自分の尻に着いたミサイルに連続で撃ち込む。直後、爆発したグレネードの爆炎と鉄片に曝されたミサイル群が誘爆を起こして次々に脱落。誘爆しなかったミサイルも、グレネードや他のミサイルの鉄片が推進器に刺さって推力を維持できずに力無く落ちて行ったり、あるいは誘導システムの基幹装置を損傷して目標を見失い、明後日の方へと飛んでいく。

「よっし、上手く行ったわ!」

「ナイスよルイズ!ついでにこっちも助けてくんない!?」

「わーかってるわよ!精々巻き込まれないように注意しなさい!」

 ミサイルに追いかけられながらサムズアップするキュルケの救援要請に即座に応えたルイズが、今度は携行型グレネードランチャーでは最大口径の《メギド》を構えた。

「ちょっと!そんなデカブツ使うとかやめてよ!ああ、もう!」

 慌てたキュルケが瞬時加速(イグニッション・ブースト)でミサイルとの距離を一気に離した瞬間、それを待っていたとばかりにルイズが《メギド》を発射。砂漠の空に紅蓮の花が咲き、花弁に触れたミサイルが一斉に爆発した。その爆煙に呑まれて、キュルケの姿が消えた。

「おーい、キュルケー!生きてるー?」

「死ぬかと思ったわよ!」

 ルイズからの生存確認に、煙から抜け出しながら若干キレ気味に叫ぶキュルケ。所々煤が付いてはいるが、目立ったダメージは無さそうだ。

「鉄火場にありながらこの余裕……。本当に、ラグナロクのパイロット陣はとんでもないな……!」

 自分を追うミサイルをマシンガンで迎撃しながら呟かれたバブルの声は、爆散するミサイルの轟音に掻き消されて、二人に届く事はなかった。

 

 

 戦場をモニターで観戦していたニコライは、再び苛立ちに震えていた。

「何をしているPS−15……!たかが第2世代IS2機と電子戦用IS1機落とすのに時間をかけ過ぎだろう!」

 自分が強化改修を施した『アルテラ−PC』の性能を考えれば、とうの昔に3機を撃墜していても……いや、撃墜していない方がおかしい。だが実際はどうだ?ミサイルはルイズのグレネードに迎撃されてまともに届かず、レールガンはキュルケの大剣によって叩き切られてノーダメージ。荷電粒子砲も発射の瞬間を見切られてあっさり躱される。そして、冷却時間(クールタイム)の隙を突いての苛烈な攻め。鳴り物入りで出て行った自慢の機体は、まるでいいとこなしだ(ニコライの主観です)。

「ええい、こうなったら……!PS−15!コード・クリムゾンを発動し……なん、だと……!?」

 コード・クリムゾンの発動を指示しようとしたニコライが、『アルテラ−PC』のステータスモニターを見て驚愕に顔を歪める。モニターに表示されていたのは『アルテラ−PC』がコード・クリムゾンを発動中である事を示す、紫がかった深紅。

「どうなっている……!?コード・クリムゾンは発動しているんだぞ!何故、奴等が自由に動けている!?」

『君の作ったコード・クリムゾンは、対象に特殊な電波を送り込んで相手を自分の思う通りに操作する、一種の電波ジャック。波長さえ解析できれば、逆位相の波長の電波を展開して中和するくらいの事は出来ますよ。ニコラ』

「……っ!?割込回線(インターセプト・チャネル)だと!?それにその声……貴様、エジソンか!?」

『やめてください。私をそう呼ぶのは、かの偉大な発明王に失礼だ』

 少しだけ不機嫌な声音でニコライにそう言ったのは、この時のためにチーム・バブルに同行した絵地村だ。

「あり得ん!あり得んぞ!俺がPS−15にコード・クリムゾンの発動を指示したのは最初の一回きりだぞ!」

『ええ。その通りです……が、その僅かな時間でも私には十分です。お忘れですか?ニコラ。私の一等の特技は−−』

「分析と対策……。……ちっ!いいだろう、システム面での負けは認めてやるさエジソン。だが、ハード面で負ける気はない!俺の『アルテラ−PC』は最強!完璧!たとえ貴様自慢の『フェンリル』ですら勝ち目は……『その割に後が無さそうですが?』なにっ!?」

 絵地村が何でも無いように言った一言に、ニコライはモニターに目を向けて、ギョッとした。

『そんだけの大物、近づききっちゃえばただの棒でしょうが!』

『……!』

 モニターには、鼻先が付きそうな程の距離までPS−15に接近しているキュルケと、そこまで近づかれた事に僅かに驚愕の表情を浮かべるPS−15の姿が映し出されていた。

「バカな!?『アルテラ−PC』の機動力は『打鉄』を大きく上回る!PS−15の技量も奴等より上の筈だぞ!それがどうして詰め寄られる!?」

『たとえ優れた機体に優れたパイロットが乗っていても、たった一人で出来る事などたかが知れているでしょう、ニコラ。彼女達がやった事自体は単純です。ルイズさんがグレネードの爆炎で回避ルートを限定、予想される回避地点の中で最も可能性の高い所でキュルケさんが待機し、飛び出してきた所に強襲を仕掛けた。それだけですよ。そしてこの戦術は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()雑な戦術なのです』

「ちいっ……!」

 ここに来て、PS−15に自軍の機体を始末させた事を悔やむニコライ。だが、時計の針は何をどうしようと戻らない。

「だがまだだ!まだ終わらん!PS−15!格闘戦に移行しろ!」

『…………』

 反応こそ無いが、PS−15はニコライの指示を即座に実行。火器を収納したと同時に、実体剣と盾を組み合わせた複合兵装を右腕に展開。キュルケに斬りかかる。だが、そこはキュルケの最も得意とする距離。何の工夫もないただの斬撃が通用するなどという事はない。

『確かにあんたは強いわ。けどね、この距離は私の領域。好き勝手できると思わない事ね!』

 右手に大剣を提げたまま、左手に呼び出したフランベルジュでPS−15の繰り出す斬撃をことごとく捌くキュルケ。PS−15の顔が、分かりやすく焦りに歪んだ。

「ば、馬鹿なっ!?相手はカスタム機とはいえ『打鉄』だぞっ!?反応速度も機動速度もこちらが上のはず!それが何故……!?」

『キュルケさん曰く「動きの起こりを見ればどこにどう攻撃してくるか分かるから、後はそれに合わせて動くだけ。ね、簡単でしょ?」だそうですよ』

「はあっ……!?」

 何でも無いように言う絵地村の言葉にニコライは唖然とする。確かにキュルケの言う通りかも知れないが、それが出来るのは本当に一部の天才だけであるのは言うまでもない。それを事も無げに『簡単』と言ってのけるキュルケはまさしく『接近戦の超天才』なのだとニコライが気づいた時には、PS−15はキュルケの一撃を受けて苦悶の表情を浮かべながら距離を取っていた。

『あら、いいの?そんな雑に距離を取って。そこは−−』

『私の間合いよ!くらいなさい!』

『……!』

 PS−15が攻撃の勢いに合わせて後退(今の一手)が悪手である事に気づいたのは、ルイズの放ったグレネードの爆煙に呑まれた時だった。煙が晴れた時、そこには全身にダメージの入った息も絶え絶えのPS−15が、元より虚ろな目を更に虚ろにして浮いていた。ニコライにとってその様は到底許容できるものではなく、彼女に対して口汚い罵倒を飛ばす事に躊躇いは無かった。

「俺の最高傑作を与えられておいて何だそのザマは!?いいかPS−15!お前が乗っている『アルテラ−PC』は、この天才ニコライ・テスラが完璧な改造を施した、第4世代ISにも届く程の性能を誇るISなんだぞ!それが、たかが第2世代機のパーソナルカスタム機如きにいいようにやられるなどあるはずがない!あっていい筈がない!もっと死にものぐるいでやれPS−15!出なければ貴様も用済みとして処分するぞ!」

『っ!?』

 ニコライの恫喝にビクッと肩を震わせたPS−15。その顔には恐怖感が滲んでおり、ニコライと彼女乗っている関係性が健全なものではない事をルイズ達に如実に語る。

『……っ!』

 ()()()()()恐怖から、遮二無二攻撃を仕掛けてくるPS−15。だが、焦燥と不安に駆られたまま繰り出された彼女の攻撃は、歴戦の勇士たるルイズにもキュルケにも、バブルにも届かない。またたく間に自分の攻撃を意に介さなくなった相手が3人も目の前に居る。それを知覚した瞬間、絶望と諦念が彼女を支配した。もう、彼女は動く気すら起こせない。

『ごめんなさいね、お嬢さん。そっちにも事情はあるのだろうけれど……』

『だからって「はい、そうですか。じゃあ、負けてあげる」って訳にもいかないのよ!』

『そういう事だ。すまねえが、ここで倒れてくれ』

『…………』

 自分に向かって放たれた爆撃と射撃、一瞬遅れてやってきた大剣の斬撃。それら全てを無防備に受けたPS−15は、どこか安堵したかのような微笑みを浮かべながら、砂の海に沈んだ。

 

 

「何故だ……。何故だ何故だ何故だ何故だ何故だっ!?」

 

ダンダンダンダンッ!!

 

「『アルテラ−PC』は究極!完璧!最強のISなんだぞ!それが何故たかが第2世代機のパーソナルカスタムに遅れを取る!?あり得ん!絶対にあり得ん!」

 目の前で起きた事が信じられないニコライの怒号が研究所内に響き渡る。怒りが収まらず、辺りの机に置かれた資料をぶちまけ、ゴミ箱を蹴飛ばし、ボサボサに伸びきった髪が指に絡むのを気にも留めずに頭を掻きむしる。その様子を空間ディスプレイ越しに見ながら、絵地村は冷静に持論を語り出した。

『完璧……ですか。ニコラ、世界には完璧な物など存在しません。陳腐な言い回しになりますが、それは事実です。だからこそ人々は完璧に憧れ、それを求めます。ですが、完璧に何の意味があるんです?何もありません。何も、何一つです。……ニコラ、私は完璧を嫌悪します。完璧であれば、それ以上は無い。そこに創造の余地は無く、それは知恵も才能も立ち入る隙がないと言う事です。解りますか?ニコラ。我々技術者にとって、完璧とは絶望なのです。『今まで存在した何物よりも素晴しくあれ。だが、けして完璧であるなかれ。技術者とは常にその二律背反に苦しみ続け、更にそこに快楽を見出す生物でなければならない。完璧などという頓狂な言葉を口にした時点で、その者は技術者として敗北を受け入れた、憐れな負け犬だヨ』我等が師、マイユール・ブラックソイルの教えを、貴方は忘れてしまったのですね。ニコラ』

 そう言う絵地村の眼は、まるで自ら屈した敗北者を憐れんでいるかのように、ニコライの眼には映った。

「エジソン……何だその眼は!?やめろ!俺を憐れむな!俺を蔑むな!師の教えなど知った事か!俺はただお前に−−」

 

−−勝ちたかっただけなんだ!

 

『……ニコラ?』

 喉まで出かかったその叫びをなけなしの誇りで抑え込んだニコライは、僅かに俯いたあと、ディスプレイの向こうの絵地村の目を見て、高らかに宣言した。

「エジソン、今回は俺の負けだ。認めてやるさ。ああ、認めるとも!だが、次は負けん!次こそは貴様のISを凌駕する完璧なISを創ってみせようではないか!」

『ニコラ……』

「その時まで、首を洗って待って『あの、ニコラ』……何だ!?人が喋ってる最中だぞ!最後まで−−」

 

ドカアアアンッ!!

 

「……へ?」

『うちのISチームが貴方のラボに突入したので、捨て台詞を吐く暇があるなら逃げた方がいい。と言おうとしたんですが……遅かったようですね』

 蹴破られたドアの向こう、粉塵の晴れた先にいたのは、ISを纏った3人の女性。チーム・バブルである。ここから逃げようにも、出入口は蹴破られたドア1つ。窓は地下のためそもそも無し。戦力差は……歴然。端的に言えば『詰み』だった。

「……なあ、エジソン」

『なんです?ニコラ』

「今から逃走可能な手段(入れる保険)とか『無いと思いますよ』……だよな」

 最早逆転の芽を完全に失ったと悟ったニコライは、乾いた笑い声を上げるしか出来なかった。

 

 こうして、エジプト・サハラ砂漠での戦いは、終わってみればチーム・バブルの快勝で幕を閉じた。ニコライは違法な生体実験や数々の人道に対する罪により、350年の超長期懲役刑に処され、出身地であるアメリカの国営超長期刑務所『アルカトラズ』にて残りの人生を過ごす事となった。

 余談だが、PS−15と呼ばれていた少女はルイズ達に保護された。彼女によると『自分は元は戦災孤児で、路地裏で死にかけていた所をニコライに救われ、恩返しの為に人体強化実験の被験体になった。他にも何人かそういう娘がいた。でも、生き残ってるのはもう私だけ』らしい。ニコライの罪状に未成年者略取誘拐、監禁と大量殺人が追加されたのは言うまでもない。

 なお、この戦いから数年後、ラグナロク・コーポレーション企業代表候補生に『アンリエッタ・ヴァリエール・平賀』の名が刻まれるのだが……それはここで語る事ではないだろう。

 

 

 ニコライ・テスラとその一党を捕縛、保護し、絵地村の待つ《竜宮》へと向かいながら、ルイズは絵地村に今後の行動指針を訊いた。

「で、博士。あたし達はこの後どうすんの?」

『はい。フェニックスの亡国機業本拠地に向かいます。そのための用意もこの《竜宮》にあります』

「あ~、あれね。博士の事は信じてるけど……本当に大丈夫?」

「と言っても、他に取れる手段も、そのための時間もねえんだろ?博士を信じるしかねえよ」

『ご安心ください、皆さん。シュミレーション上は問題なく現地到着が可能です。ただ、加速Gが半端ではないので、気を失わないようにお気をつけて』

「ぐぬぬ……はあ。仕方ないわ、女は度胸!行くわよ、アンタ達!」

「ま、やるっきゃないわよね!」

「よし、やるか!」

『既に装着準備は完了しています。到着次第すぐにでも出せますよ。この極超音速浸透戦術パッケージ《ヴァンガード・オーバード・ブースト》の速度なら、ここからフェニックスまであっという間です』

 このやり取りから十数分後、エジプトの空に超大推力スラスターの爆音と音速の壁を破る音、そして妙齢の女性の絹を裂くような悲鳴が響いたが、それに気づいた現地住民はいなかったという。




次回予告

光と闇の天王山、戦いの場はフェニックス。
因縁の兄妹は刃を交え、始まりの男の末裔は全ての精算に動く。
そして、灰銀の魔法使いの因縁もまた、終焉の時が近付いていた!

次回『転生者の打算的日常』
#108 亡霊退治(漆)

ここで終わらせるぞ、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルト。
私が死んでも、我が一族の意志は死なんよ……仁藤藍作。

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