転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#105 亡霊退治(肆)

 各地で激戦が繰り広げられている亡国機業(ファントムタスク)撃滅作戦『オペレーション・ゴーストバスター』。それはここ、オーストラリア空軍IS配備特務部隊『ギャラルホルン』駐屯基地も例外ではない。

「前線を死守しろ!ここで押し留めるんだ!」

 国連軍陸戦隊隊長の激を背に受けながら隊員達は奮戦するが、『ギャラルホルン』陸戦隊の士気の高さは異常だった。

「『ギャラルホルン』陸戦隊!進めーっ!」

「死を恐れるな!全ては我等が父祖の地奪還のために!」

「マクギリス・ファリド隊長!万歳!」

 マクギリス・ファリドの主導で編成された『ギャラルホルン』は、表向きは『ISと旧兵器との連携戦術の構築を目的とした一種の教導部隊』とされているが実際は違う。『ギャラルホルン』は、その父祖に第二次世界大戦期に滅んだオセアニアの小国『ベイエル』の亡命者がいる者達のみによって構成された、事実上のマクギリスの私兵だ。

『絶対の力でもって我等が父祖の地を取り戻し『ベイエル』最後の王、アグニカ・カイエルの無念を晴らす。私の元へ集え、父祖を同じくする我が同士達よ』

 自らをアグニカ・カイエルの子孫にして意志の継承者と謳う男、マクギリス・ファリドの激に応えた彼らの士気と練度は一様に高く、国連軍陸戦隊は苦戦を強いられていた。

「マクギリス・ファリド……!ファイルで見た限りはただの優男にしか見えなかったが、カリスマ性の高さは想像以上か!」

 盲信に近い忠誠。それを彼等に植え付けた手腕、そして『彼に付いて行けば間違い無い』と思わせるだけのカリスマ。マクギリス・ファリドは、正に『人の上に立つ者』の素質を持ち合わせている。にも関わらず、彼が選んだのは軍人の道。陸戦隊長は彼が政治の道を進まなかった事に疑問を持った。

(それだけの手腕とカリスマがあれば、政治の世界で即座に頭角を現しただろうに、何故そうしなかった?)

 大戦が絶えて久しいこの世界で、軍人として大成するにはあまりに時間が掛かり過ぎる。政治家ならば、国勢を強くする献策や、弁舌による人心掌握で賛同者を集めての新政党の樹立。そこから与党第一党への躍進、いずれはオーストラリアの大統領となって、政治的手段で亡国復興を成す事もマクギリスには可能だったはず。何故そうしないのか?その答えは、目の前で吠える一人の『ギャラルホルン』兵士の言葉が物語っていた。

「圧倒的な暴力は、時に全ての理屈を凌駕する!力なき者の言葉に誰が耳を貸す⁉力こそが、唯一絶対の真理なのだ!」

 敵隊員の言葉に、隊長は理解した。マクギリス・ファリドという男は、『圧倒的カリスマ性を持った弁舌家』であると同時に『力こそが全てと考える暴力家』なのだと。そんな男が率いるこの部隊は、極論すれば−−

「目的が『周辺地域最強になる(テッペンに立つ)事』でなく亡国再興で、武装の質も兵の練度も桁違いだが、やってる事自体はその辺のヤンキーとそう変わらんではないか!」

 という事だ。オーストラリア軍上層部がこんな男に一軍の長を任せている理由が分からない。実力があっても危険思想の持ち主ならばすぐに分かるはず。となれば、マクギリスが己の思想と性状を余程上手く隠していたか、あるいは上層部にマクギリスのシンパがいるかでもない限り、『暴力の信奉者』が上に行くなどできる訳が無い。軍とはそういう所だ。

「『ギャラルホルン』陸戦隊、総員突撃!この戦いを『ベイエル』再興の狼煙とするのだ!」

「「「うおおおっ!」」」

 気勢を上げながら突撃して来る『ギャラルホルン』陸戦隊。死をも厭わぬその行動は、もはや狂気の沙汰としか言えない。

「各機各員、奮闘せよ!巫山戯た思想の連中に調子づかせるな!」

「「「はっ!」」」

 陸戦隊長の激に応えて、隊員達は向かって来る『ギャラルホルン』隊員を押し留めるべく奮闘する。陸の戦いは、一進一退を繰り返しつつ膠着状態となっていく。

 

 

 陸での戦いと時を同じくして、『ギャラルホルン』基地上空ではISと音速戦闘機が入り乱れる混戦が展開されていた。

「『ギャラルホルン』に、マクギリス・ファリド隊長に栄光あれーっ!」

 叫びながら機銃掃射する『ギャラルホルン』の戦闘機パイロット。その目は盲信と狂気に彩られている。迫る弾幕を回避する中でキャノピー越しにパイロットと目が合った箒は、その様に戦慄した。 

「な、何なんだコイツ等は!?何が奴等をここまで駆り立てているんだ⁉」

「篠ノ之さん、動きを止めないで!的になりますよ!」

「は、はいっ!」

 衝撃と恐怖感から思わず脚を止めた箒に、真耶から叱責が飛ぶ。ここは戦場。僅かな油断が致命的になる、流血と硝煙の巷なのだ。

 殺到する戦闘機が隊列を組んで機銃掃射を行うのを乱数機動で回避しながら、すれ違いざまに主翼に僅かに斬撃を当てる。音速で飛ぶ戦闘機にとって、翼へのダメージは僅かでも致命傷足りうる。箒が翼に傷を付けた戦闘機は、音速の壁に耐えきれずに翼が折れ、そのまま錐揉み回転しながら落ちて行く。幸い、パイロットは直前で緊急脱出できたようだ。箒は胸をなでおろす。

「パイロットが無事で安心するのも分かるが、ここは戦場だ。気を緩めれば、死ぬのはお前だぞ小娘!」

「す、すみません!」

 クロスの叱責に気を引き締め直す箒。何度も言うがここは戦場。気を抜けば、次は自分が死神に連れて行かれる番になるかも知れないのだ。

「我等の目的の邪魔をするならば、誰であろうと容赦はしない!」

「『ベイエル』再興の為ならば、この命惜しくはないわ!覚悟なさい!国連軍!」

「ガキ共が!吠えるより先に攻めてこい!」

 戦闘機の後ろから迫っていたIS『南十字星(サザンクロス)・ギャラルホルンカスタム』(以下サザンクロスGC)2機に対し、クロスが両手に構えた大口径マシンガンで牽制射撃を行う。2機の『サザンクロスGC』は堪らずクロスから距離を取った。

 

 クロスのIS『戦女神(ベローナ)』は、高機動中距離射撃戦型のISだ。背部非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に搭載された4基の高出力マルチスラスターと脚部大推力スラスターによる、他のプリベンター所属ISと比べても頭一つ抜けたスピードと、多種多様な射撃武器による撹乱・一撃離脱戦法を得意とする。

 

「奴等の足は私が止めてやろう。確実に仕留めてみせろよ!小娘!」

「はい!」

 クロスの檄を背に受け、箒が長刀《大蛇薙(おろちなぎ)》を腰だめに構えて『サザンクロスGC』に肉薄する。

 

 箒のIS『打鉄・暁』は、かつての彼女の愛機『紅椿』に似たコンセプトのISだ。ラグナロクIS開発部が持てる限りの技術でもって強化改修を施した第2.5世代IS『打鉄ラグナロクカスタム』に、箒の戦闘データを元に更なる改修を重ね、『紅椿』には及ばないが、『紅椿』と同じ感覚で操縦可能な謂わば『限り無く『紅椿』に近い偽物』としてロールアウトされたIS。それが『打鉄・暁』である。慣熟訓練の際、箒が「『紅椿』の時と全く同じ操作感に、ラグナロクの恐ろしさの片鱗を味わった」と少し青ざめていたのは皆の記憶に新しい。

 

「はああっ!」

 クロスの精密射撃によって動きの鈍った『サザンクロスGC』の胴に箒の斬撃が綺麗に入った。が、それは相手の誘いだった。

「っ⁉大蛇薙を機体で挟んで⁉」

「篠ノ之さん!剣を離して!攻撃が来ます!」

 以前の箒なら、刀を手放すなど武士の恥。と言って頑なに拒んだだろう。だが、今の箒は違う。

「九十九は『そういう時は迷わずこうする』と言っていた!でえいっ!」

「なっ⁉あがっ!」

 なんと、箒は『サザンクロスGC』に止められた《大蛇薙》から即座に手を離し、相手の鼻面目掛けて頭突きをカマしたのだ。

 IS同士の戦闘において、極近接距離(クローズドレンジ)での格闘戦の中ですら誰も選択肢に入れない方法を取った箒に面食らった『サザンクロスGC』のパイロットは、顔面にまともに箒の一撃を受けて痛みと驚きで《大蛇薙》を離してしまう。箒は取り落とされた《大蛇薙》を掴むと、眼前の『サザンクロスGC』に逆袈裟で斬りつけた。

「ぐあっ!……くっ、卑怯な!ISパイロットの誇りはないのか⁉」

 斬撃を受けて後退した『サザンクロスGC』のパイロットは、箒に怨嗟のこもった視線を飛ばす。だが、箒はどこ吹く風といった風情で鼻を鳴らす。

「我らが軍師、村雲九十九曰く『誇りのために格好良く負けるくらいなら、誇りを捨てて格好悪く勝て』『卑怯卑劣は褒め言葉だ。相手が思いつかなかったという意味だから』『命のかかった戦いにルールも反則もない。どんな手段を使おうと、最終的に勝てば良かろうなのだ』『どうせやるなら完璧、且つ徹底的に』だそうだ。これを是とできるようになった辺り、私もシャルロット言う所の『九十九イズム』にいくらか染まっていたということなのだろう」

 「以前の私なら、ふざけるなと怒鳴っていただろうな」と言う箒の後ろで、真耶とクロスが苦笑いを浮かべていた。

 確かに九十九の言っている事は概ね正しい。どれだけ志が高かろうと、どんな崇高な理想を持っていようと、負けて死ねば何も残せない。何をしてでも勝ち、生き残った者が歴史を作ってきたのは、これまでの人類史を見れば分かる事だ。

「さあ来い!ギャラルホルン!我が理想『一夏との幸せな結婚生活』の実現のためには、亡国機業(お前達)が邪魔だ!故に、ここで斬る!」

「「ふっざけんじゃないわよ!小娘!」」

 箒の(無自覚な)煽りに激昂する『サザンクロスGC』のパイロット2名。チームクロスとギャラルホルンIS部隊の戦いは、更に白熱していく。

 

 

 一方その頃、オーストラリア軍上層部は、『ギャラルホルン』の正体と目的の露見により、上を下への大騒ぎとなっていた。

「ファリド!あの若造めが!」

「すぐにでも『ギャラルホルン』討滅のための部隊を送るべきだ!」

「いや、奴をここへ呼びつけて真意を問うのが……」

「何を悠長な事を言っている⁉奴らは既に行動を開始したのだぞ!」

 オーストラリア軍参謀本部第一議会場では、参謀官達が喧々諤々の言い合いを行っていた。それもそのはずで、マクギリスの『ISと旧兵器の連携運用実験部隊の有用性に関する考察』という題の論文を受けて『ギャラルホルン』設立を認めたのは、誰あろう参謀本部作戦参謀総長、ディバン・モーナイヨー中将なのだから。

「モーナイヨー中将!『ギャラルホルン』設立に関わったのは中将でしたな!今回の件、如何お考えか⁉」

「……私があの男の内心、本性を見誤った事は確か。責任は私にある……故に!」

 ダンッ!、と机を殴って立ち上がり、モーナイヨー中将は高らかに宣言した。

「今すぐ動ける部隊を結集し、ギャラルホルン討滅作戦を開始する!作戦立案は私が、現場指揮は我が息子、モーナイヨー准将が取る!異論ある者は立って示せ!」

 中将の言葉に、数名の参謀将校が立ち上がろうとした。が……。

「但し!ここで異議を唱え、時間を無駄に使わせようとする者は、全て『ギャラルホルン』肯定派の者として即時捕縛する!覚悟を持って立つように!」

 腰を浮かせかけた将校達は、中将の言葉に腰を落とす。オーストラリア軍が敵に回れば、いかに『ギャラルホルン』が精鋭部隊といえども敗北、全滅は必至。泥舟と分かっていて乗るような愚か者は、ここには居なかった。

(すまん、ファリド大佐)

(君の理想は立派だった)

(それを為すだけの力も有った)

(だが惜しむらくは……)

(((やり方が時代に合わなかった)))

 元『ギャラルホルン』肯定派の将校達は内心でマクギリスに謝罪しながら、着々と内容が固まっていく『ギャラルホルン』討滅作戦会議をただ黙って眺めていた。

 

 

 オーストラリア軍が威信をかけた『ギャラルホルン』討滅作戦を考えている頃、『ギャラルホルン』隊長、マクギリス・ファリドは己に宛行われた執務室で次々送られてくる戦況報告に目を通していた。

「戦況は膠着状態。但し我が方の不利……か。だが問題無い。直に私の理想に共感した者達が援軍を送って来る。そうなれば、私の勝ちだ」

 笑みを浮かべて戦況の推移を見るマクギリス。だが、その目論見はノック無しで部屋に飛び込んできた部下の報告で瓦解する事になる。

「大佐!」

「何だ、少尉。ノックくらいしたらどうだ?」

「それについては失礼を!ですが、非常に緊急性の高い報告でして!」

「どうした?」

「オーストラリア軍参謀本部作戦参謀総長ディバン・モーナイヨー中将が、我々の討伐作戦を発令!現場指揮官は、デルコト・モーナイヨー准将!既にこちらに向けて即応可能な部隊を結集しつつ進軍中!」

「なん……だと……⁉」

 少尉の報告に愕然とするマクギリス。モーナイヨー中将は『ギャラルホルン』設立にゴーサインを出した男。つまり……。

(私の理念に最も早く共感してくれたお方。そう思っていたのに……!)

 執務机の下でギリリと拳を握るマクギリス。しかし、そのマクギリスの考えは大いに間違っていると言えた。

 そもそも、モーナイヨー中将がマクギリスの『ギャラルホルン』構想にゴーサインを出したのは『ISと旧兵器の連携運用の有用性に価値を見出したから』であり、彼が論文の中で言葉巧みに説いた己の理念『力こそが絶対の真理』には目を向けていなかったのだから。

 とはいえ、そんな実情を知らないマクギリスからすれば、モーナイヨー中将の今回の行動は裏切りに映った。マクギリスはすぐさま他に自分の理念に共感していた者達に片端から援軍要請を送るも、その返事は悉く『その援軍要請には応えられない』だった。マクギリスは悟った。彼らも結局、いざとなったら自己保身に走る俗物でしか無かったのだ、と。

「おのれ!」

 

ダンッ!

 

 怒りに任せて机に拳を叩きつけるマクギリスだったが、そんな事をした所で状況が好転しないのは本人がよく分かっていた。

「大佐、いかが致しますか⁉」

「……私が出る。『アグニカ』の起動を急げ」

「『アグニカ』をですか⁉大佐、あれはまだ実験段階の機体です!危険すぎます!」

「承知の上だ。戦局を覆すには、あれを出す以外に無い」

「……了解、しました。技術部に『アグニカ』の起動を命じます」

 マクギリスのどこか苦渋を含んだ言葉に、少尉は僅かに逡巡した後、命に応えた。執務室を出て行った少尉を見送った後、マクギリスは滅多に吸わない葉巻を取り出して火を着け、ゆっくりと紫煙を燻らせる。昂りがいくらか治まったマクギリスが窓の外に目をやると、遠くで自軍の『ラファールGC』が『打鉄』に似たシルエットのISに斬り伏せられ、ゴテゴテとシールドを装備した『ラファール』によってシールド主の内側に囚われた上で零距離射撃を受けて落とされていた。『ギャラルホルン』に配備されているISはあの2機で全部。それが落ちたとなれば、制空権は国連軍が持って行ったと言っていい。

(陸戦隊の損耗もこれ以上は限界……。もはや私が……俺がやるしかない。俺が全てを力でねじ伏せ、世界に分からせてやる。結局は力、力こそが全てを解決するのだと!)

 全てに決着を着けるため、マクギリスは『アグニカ』のある地下格納庫へと歩を進めるのだった。

 

 

「よしっ!敵ISは落とした!」

「これで制空権はこちらが取ったようなもの。少しは楽になりますね!」

「油断するなよ小娘共。肝心の『ギャラルホルン』の頭がまだ出て来ていない」

 敵の『ラファールGC』を撃墜した事で制空権を獲得した箒達は、警戒をしつつも一息ついていた。地上で奮戦する陸戦隊から『敵陸戦隊を壊滅せり。当方、損耗1割5分』の報告も届き、おおよその趨勢は決したと言えるだろう。

 

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

「っ!?警報⁉何が……!」

「地下に巨大な熱源反応!上がってきています!」

「この局面での投入……。奴等が切り札を切ったのだろう。だが、今更何が来た……として……も」

 基地全域に鳴り響くサイレンと、真下から聞こえる何かが開く音。下を見た箒達は、滑走路上に大きく開いた穴から徐々にせり上がるそれを目にし、絶句した。

「な、何だ……あれは……⁉」

 そこに居たのは、右手に突撃槍、左手に大盾を構え、馬の部分の背中に大型ロケットランチャーを載せた、全高15mはあろうかという巨大な半人半馬(ケンタウロス)。その威容に、箒達はここが戦場である事を忘れて呆然としてしまう。

『刮目せよ、国連軍。これが我が力、巨大機動兵器『アグニカ』だ!』

 『アグニカ』と称された兵器から、外部スピーカー越しに男の声が響く。

 迫力に満ちていながら、どこか甘い響きを持つ美声だ。この声で耳元で愛を囁かれたら、初心な女なら一発で墜ちてしまうだろう。そういう、蜂蜜のような甘い声の持ち主、それこそが−−

『我が名はマクギリス・ファリド!『ギャラルホルン』隊長にして、『ベイエル』最後の王、アグニカ・カイエルの意思を継ぐ者!見るがいい!我が絶対の力を!』

 馬の威嚇のように前脚を持ち上げて一瞬立ち上がり、地に足が着くと同時に駆け出す『ベイエル』。向かう先は、国連軍陸戦隊と『ギャラルホルン』陸戦隊が戦闘を繰り広げる最前線。クロスはマクギリスが何をしようとしているのかを瞬時に理解。陸戦隊に指示を出す。

「陸戦隊!戦闘を放棄して逃げろ!奴はお前達を踏み潰すつもりだ!」

 クロスの叫びに、陸戦隊はすぐさま撤退しようとして……出来なかった。

「は、速…『遅い』」

 

グシャッ

 

 マクギリスの駆る『アグニカ』は、殆ど一瞬と言っていい程の速さで陸戦隊に肉薄すると、一切の躊躇なくその足で陸戦隊員数人を纏めて踏み潰した。その足元に、鮮血の池が出来上がる。

「ひっ……!」

「篠ノ之さん!見てはいけません!」

「あの男、やりやがった……!」

 惨劇の巷を目にした箒の顔がみるみる青くなる。真耶が咄嗟に自分の盾で目隠しをするが、『アグニカ』の足元に広がった赤は箒の目に焼き付いてしまった。目の前で起きた殺戮劇に、箒は自分の意識が遠のいて行くのを感じた。その間にも、マクギリスによる蹂躙は続く。

「畜生め!ただで死んでやるかよ!」

 仲間の死に憤った陸戦隊員が『アグニカ』に向けてアサルトライフルを斉射するが、『アグニカ』は小揺るぎもしない。

『無駄だ』

 無慈悲に振るわれた槍により、アサルトライフルを撃った隊員は一撃でバラバラ死体と成り果てた。これには歴戦の勇士たる国連軍陸戦隊も、恐怖を感じざるを得ず。

「「「う……うわあああっ!!」」」

 伝染した恐怖は恐慌へと変わり、皆がてんでバラバラな方向へと逃げ始める。隊長が「落ち着け!態勢を崩すな!」と叫ぶが効果はなく、国連軍陸戦隊は戦力に数えられない程に瓦解してしまった。

『他愛もない。この程度か、国連軍』

 逃げ惑う国連軍を鼻で嗤うマクギリス。そこへ、さざ波を割って進む艦隊の船音が近づいてきた。

「あれは……!」

『オーストラリア軍艦隊……率いているのは恐らく、モーナイヨー准将か』

『マクギリス・ファリド!貴様には国家反逆罪をはじめとした25件の罪状で、軍法裁判にかかって貰う!大人しく縛に着き、法の裁きを受けろ!さもなくば、こちらは貴様の乗る機動兵器に対し艦砲射撃も辞さない!』

 旗艦『オールウェイズ』のスピーカーから響くのは、艦隊長官モーナイヨー准将の濁声。声音から相当お冠なのが分かる。

『ならばやって見るがいい!我が『アグニカ』はその程度の攻撃では倒れない!』

 マクギリスからのあからさまな挑発に、モーナイヨー准将の元々短い堪忍袋の緒が切れた。「あの激しやすい性格さえなければ儂より上に行けているだろうに……」とは、父であるモーナイヨー中将の弁である。

「抜かしおって若造がぁ!目にもの見せてくれるわ!砲撃手!主砲発射用意!目標、敵巨大兵器!外すなよ!」

「了解!主砲1番、2番、発射用意。弾頭は?」

「徹甲炸裂弾だ!あのいけ好かん若造に一泡吹かせてくれる!」

 口角泡を飛ばす勢いで叫ぶ准将に苦笑いしながら、砲撃手は『アグニカ』に狙いを定める。

「測距データ入力、仰角修正……よし。主砲1番、2番、徹甲炸裂弾装填完了。発射準備、全てよし。准将!」

「主砲、てーっ!!」

 

ズドンッ!

 

 重々しい音と共に撃ち出された徹甲炸裂弾は、放物線を描きつつ『アグニカ』に迫る。それに対してマクギリスが取ったのは『アグニカ』の盾を正面に構える。ただそれだけだった。直後、着弾、炸裂。紅蓮の炎と漆黒の煙が『アグニカ』を包み込む。

「フハハハッ!ザマを見ろ若造が!大口を叩いても所詮は「じゅ、准将!前を!」……なん……だと……⁉」

 煙が晴れたその先には、盾がヘコみ、機体全体に煤こそ付いているものの、全くダメージを受けた様子のない『アグニカ』が堂々たる立ち姿を披露していた。

『やはり、この程度か』

 溜息混じりのマクギリスの言葉に、モーナイヨー准将の怒りは更にヒートアップする。

「おのれマクギリス・ファリド!各艦、主砲用意!基地ごと奴を吹き飛ばしてしまえ!」

「し、しかし准将!基地には国連軍陸戦隊がまだ!」

「構わん!彼奴らとて死を覚悟してここに来たはずだ!もう一度言うぞ!各艦、主砲用(ズンッ!)いっ⁉」

 唐突に『オールウェイズ』を襲った衝撃にたたらを踏む准将。何が起きた?と正面を見やって……巨大な男と目が合った。

「ば、馬鹿な……。一体、どうやって……?」

 『アグニカ』から『オールウェイズ』まで、直線距離で1kmは離れていたはず。それがどうして、今『オールウェイズ』の甲板上に居るのか?その答えは、マクギリスから語られた。

『いつから、我が『アグニカ』が空を飛べないと思っていた?』

 そう。なんと『アグニカ』は、ごく短時間ながら空を飛ぶ事ができるように造られている。機体剛性と空力抵抗の問題で速度

も高度も飛行距離もISから見れば稚拙だが、それでも全高15mの巨体が飛んでくる姿はインパクト抜群だ。そして『アグニカ』が、マクギリスが『オールウェイズ』の甲板に降り立った理由は、振り上げられた馬上槍がハッキリと告げていた。

「そ、総員退か『判断が遅い』んっ⁉」

 

ガシャン!

 

 艦橋目掛けて振り下ろされた『アグニカ』の槍は、強化アクリルガラスの窓を容易く打ち砕き、艦長席のモーナイヨー准将を含む艦橋勤務兵の全てを物言わぬ肉塊へと変えた。更にマクギリスは、八艘跳びのように戦艦から戦艦へと乗り移り、次々に艦橋を叩き潰していく。惨劇の中心で、マクギリスは高々と笑い、高揚のままに謳う。

『世界よ、見るがいい!これが力だ!全てを覆し従える、絶対の真理だ!』

 

カンッ

 

『む?』

 『アグニカ』に何かが当たったのに気づいたマクギリスがそちらに機体を向けると、何かを投げた姿勢のままの箒が怒りの表情でこちらに目を向けていた。

「篠ノ之さん、無理は……」

「してません。確かにあいつの事は恐ろしいです。正直に言えば今すぐここを逃げ出して、一夏に泣きつきたい。けど……!」

 開いていた手を拳に変え、箒は吠えた。

「力だけで全てを解決する事を是とするような奴を、このままのさばらせる訳にはいかないっ!」

『そう思うなら、私を屈服させてみろ!いつの時代も理想を、信念を通す事が出来るのは強者のみ!』

 槍を構える『アグニカ』に、箒は《大蛇薙》を構えて突貫。それを見た真耶とクロスも援護のために動く。オーストラリア戦線は、佳境を迎えようとしている。

 

 

『どうした、先程までの威勢はどこへ行った?篠ノ之束の妹』

「くっ……!」

 果敢に攻め込む箒だったが、圧倒的サイズ差は如何ともし難く、真耶共々ジリ貧の状態へと押し込まれていた。マクギリスの余裕綽々な声に僅かな苛立ちを感じつつも、今はただ愚直に攻め込むしかないと己を叱咤し、『切り札を切る』とプライベート・チャネルで告げて何処かへ消えたクロスを信じて戦うのみだ。

『国連軍の女は逃げたようだな。正しい判断だ。絶対の力の前には、誰もが等しく膝を折るもの。さあ、お前達も無駄な抵抗を止め、大人しく我が軍門に「降ると思うか?若僧」』

 朗々と語るマクギリスの言葉を遮って、女性にしてはやや太いアルトボイスがその場の全員の耳に届く。直後−−

 

ガゴンッ!

 

『なにっ⁉』

 『アグニカ』の下半身、馬の胴体部分から轟音が響き、右後脚の付け根に数mはあろうかという鉄杭が突き刺さった。しかもその鉄杭が向いているのは真上。つまり、攻撃が飛んできたのは『アグニカ』の直上、かつ高高度からという事になる。

『おのれ、何者⁉』

「何者とは酷いな、マクギリス・ファリド。さっきお前が『逃げた』と宣った、国連軍の女だよ」

 声は届けど姿は見えず。この事から、クロスが現在相当の上空に位置取っているが分かる。更に、『アグニカ』に突き刺さった鉄杭のサイズから、クロスの切り札がとんでもなくデカイだろうという事も同様だ。

「本来はこういう使い方をする物ではないんだ。なんせ()()()は、対艦兵器だからな」

 対艦用電磁加速式徹甲杭投射砲(リニアレールバンカー)《ダインスレイヴ》。超超硬合金製の巨大徹甲杭を、これまた巨大な電磁投射砲で撃ち出す、IS用の兵器としてはラグナロクの《アポロン》の砲身並のサイズを誇る超兵器である。

「お前の乗る機体は四脚獣型。その歩き方は、人間でいう所の『同じ方の手足を出す歩き方』だろう?なら、どれか一本でも脚の機能を奪えば、その機動力は格段に落ちる。違うか?」

『ちぃっ!小癪な真似を……!』

「そら、もう一発だ!」

 

ガゴンッ!

 

『ぐうっ!』

 再び放たれた巨大鉄杭は、『アグニカ』の左前脚の付け根に突き刺さる。2本の脚の機能を奪われた『アグニカ』は立っているのがやっとの状態だ。加えて、『アグニカ』の腕ではどう体を捻っても手が届かない位置に刺さっているため、引き抜きたくても引き抜けない。尤も、引き抜けたとしてもその損害は甚大であり、結果が変わる事はないのだが。

「やれ、小娘!コクピットハッチをこじ開けて、奴を引きずり出してやれ!」

「はい!マクギリス・ファリド、覚悟!」

 クロスの激に応え、箒が『アグニカ』に肉薄するべく一直線に飛ぶ。狙うは人間部分の腹部、コクピットハッチがあると思しき複数枚の装甲板が重なっている部分だ。

『やらせん!』

 マクギリスが左手の盾を構えて箒の進撃を防ごうとした所で−−

 

ガゴンッ!

 

「左肩を撃ち抜いた。その腕、もう満足に動くまい」

 《ダインスレイヴ》から放たれた杭が『アグニカ』の左肩−−人間で言えば肩関節の真上−−に突き刺さり、『アグニカ』の左腕は完全に動きを止める。もしこれを引き抜こうとすればその隙に箒の接近を許し、その一撃をまともに受けてしまう。マクギリスの決断は早かった。右手の槍を捨て、拳を握り、箒に叩きつけ……ようとして視界が塞がれた。

「外見が人と同じなら、()()()()()()()()()()()?行きます!銃鏖矛塵(キリング・シールド)!」

 『ショー・マスト・ゴー・オン』の有線接続操作式物理盾(ワイヤード・シールド)が『アグニカ』の頭部を覆い隠したと同時、サブマシンガンから放たれた弾丸が盾の内側と『アグニカ』の頭部にぶつかって、激しい火花が散り轟音が響く。数秒後、盾の覆いの中から出てきたのは、機械の眼(デュアルアイセンサー)を完全に抉り抜かれた『アグニカ』の無残な頭部。コクピットのマクギリスには、外の様子を窺い知る事が出来なくなった。

『ちいっ!だが、コクピットハッチに来ると分かっているなら!』

 右腕を動かしてコクピットハッチ前方に翳すマクギリス。だがそれは、《大蛇薙》の真の力を知る箒からすれば−−

「それは悪手だ、マクギリス・ファリド!」

 箒が《大蛇薙》を振り上げたと同時に刀身が展開し、そこから青白いプラズマ炎が迸る。そう、《大蛇薙》は展開装甲理論を武装に取り込んだ、物理剣にしてビームソードだったのだ。

「はああっ!」

 

ザンッ!

 

 《大蛇薙》の一撃を受けた『アグニカ』の腕は、まるで常温のバターをナイフで切るかのように一切の抵抗無く切れた。更に、その鋒が触れたコクピットハッチがその熱量に耐え切れずに融解。縦に裂けたハッチの向こうで唖然とした顔をするマクギリスを、箒の瞳が捉えた。

「……馬鹿な……」

「ようやく会えたな、マクギリス・ファリド」

 《大蛇薙》を収納(クローズ)し、裂けたハッチに手を掛けて強引に押し広げる箒。そして、体が半分入る程裂け目が広がった所で身を捻って裂け目に入り、マクギリスの胸倉を掴んで強引に引きずり出し、死にも怪我をしもしない程度の高さから地上に放り落とした。

「ぐっ……!なかなか酷い事をする……」

 受け身こそとったが、割と高い位置から落とされて背を強かに打ったマクギリス。直後、真耶の操るシールドに囲まれた上、いつの間にか戻ってきていたクロスに真上数mから大口径ライフルを構えられた事で、自身の、ひいては『ギャラルホルン』の敗北を悟った。

 パイロットスーツに仕込んだ銃とナイフを捨て、両手を挙げるマクギリス。抵抗の意思なしと判断したクロスは、マクギリスに向けていた銃口を一旦外す。シールドを回収した真耶がマクギリスの腕を縛り上げる間も、彼は一切抵抗しなかった。逃亡の意思すらないようだ。そんなマクギリスに、箒が近づいた。

「やあ、姫武者君。敗戦の将に何の用かな?」

 敗北を受け入れてなお、何処か余裕のある態度を見せるマクギリスに一瞬惹き込まれそうになった己を叱咤し、箒は問いかけた。

「マクギリス・ファリド。貴様は言ったな。『全てを覆し従えるのは、絶対の力のみだ』と」

「ああ、言った。そして、その思いは今も変わらない。力無き者は力ある者に従う。力さえあれば全てが許される。それが真理だ」

「そうか……。マクギリス・ファリド!」

 その言葉に箒は一瞬俯いてから顔を上げて叫ぶと同時に『打鉄・暁』を解除すると、マクギリスに走り寄り、全体重を込めた拳をその顔面に叩き込んだ!

「ごっ……!」

 突然の出来事に躱す事も防ぐ事もできなかったマクギリスは。殴り飛ばされて地面を転がる。仰向けになったマクギリスに馬乗りになった箒がその顔に拳を叩き込みながらなおも叫ぶように言い募る。

「こんなものが!お前の言う真理か⁉力さえあれば何をしても良い⁉そんな事……あって良い訳があるかぁっ!」

「篠ノ之さん!もう止めてください!」

 箒が渾身の一発を放とうとしたのを、真耶が腕を掴んで止める。

「山田先生、止めないでください!こいつは、こいつだけは!」

「止めろ、篠ノ之。それ以上は、お前もそいつと同じになる」

「っ!」

 クロスの言葉にビクッと肩を震わせる箒。その体から力が抜けたのを確かめて、真耶が腕を引いて箒をマクギリスから引き離す。なお、マクギリスは鼻血を流しながら痙攣していた。不意打ち気味の一撃を受けた上に間髪を入れず乱打を受けた事で、完全に意識を失ってしまったようだ。

 こうして、一人の軍人によって引き起こされた戦いはその幕を静かに下ろしたのだった。

 

 

「クロスさん、この後奴はどうなりますか?」

 拘束具を着けられた状態で軍の護送車に乗せられて行くマクギリスを見ながら、箒はクロスに問いかけた。クロスは顎に手を当てながら答えた。

「まあ、普通に考えれば軍事裁判にかけられて、最低でも銃殺刑になるだろうな」

「……そうですか」

 顔を俯けて呟く箒の肩をポンと叩くクロス。

「気に病むな。あれも覚悟はあっただろうよ。でなければ、こんな大事を起こさない」

「はい……」

 小さく、だがしっかりと返事をした箒に「うむ」と頷き、クロスは続けた。

「後の事はオーストラリア軍に任せて、我々は次の戦場へ赴くぞ。真耶、準備は?」

「はい!ここから100km離れたミサイル発射基地から入電。いつでも発射可能だと!」

「よし。では行こうか、箒。我々の次なる戦場……アメリカ、フェニックスの亡国機業本部ビルへ」

「は……?」

 箒はポカンとした。今、この人達は何と言った?

「亡国機業の本部ビルに?」

「うむ」

「ここから?」

「ああ」

「どうやって?」

「大陸間弾道ミサイルの弾頭に乗って」

「……山田先生?」

「ごめんなさい、篠ノ之さん!ここからフェニックスに行こうとした時、一番速い方法がそれしか無くて……」

(あ、これマジのやつだ)

「さ、急ぐぞ。ISを再度展開しろ。目的地はオーストラリア軍弾道ミサイル発射基地だ」

「ま、待ってください!せめて心の準備をしてか「待たん、ほら行くぞ」らああああっ⁉」

 『打鉄・暁』の展開すら待って貰えず、クロスに抱えられて箒はミサイル発射基地へと飛んだ。

 後年、織斑(旧姓・篠ノ之)箒は当時の事を述懐してこう語っている。「あれに比べたら、その辺の遊園地の絶叫マシンなど何と言う程の事もない」と。




次回予告
魔都上海にて、二人の姫が激突する。
闇社会の姫と黄昏の国の姫の戦いは、上海の空を紅く焦がす。
しかして、闇の姫は気づかない。その背に、仄暗い刃が迫っている事を

次回「転生者の打算的日常」
#106 亡霊退治(伍)

お主……寂しい奴じゃの。

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