転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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遅れに遅れて申し訳ありません。

ぶっちゃけ、モンスターファーム沼にハマってました。育成ゲームはハマると長い……!



#102 亡霊退治(壱)

 九十九達が双子の暗殺者を降し、亡国機業(ファントム・タスク)本部へと再び歩みを始めた、丁度その頃−−

 

 アメリカ・アラスカ州アンカレッジ近郊。PMC『ピースキーパー』本社ビル最上階、社長室。

 高級感溢れるマホガニーの机に足を乗せ、大きく背を反らしながら煙草を燻らせるのは、『ピースキーパー』社長であり、同時に『亡国機業(ファントム・タスク)』最高幹部『カレンダー』のジャニュアリーでもある男、アリー・アル・サーシェスその人であった。サーシェスは燻らせていた煙草を吸い込み、ゆっくりと煙を味わってから吐き出して、退屈そうに呟く。

「あ~……戦争してぇ」

 そう、この男は自らを『戦争が好きで好きでたまらない、人間のプリミティブな衝動に準じて生きる最低最悪の人間』と称する生粋の戦争狂であり、戦争をやる為なら子飼いの工作員を火種の燻ぶる地域に送り込み、裏から火を着けておいて、それをさも『義憤に駆られてやって来ました。この戦争を終わらせましょう』と言わんばかりに戦地に赴いて戦争に介入。両勢力に戦力供与を行って戦況を泥沼にしつつ、利益と欲求の双方を満たす。という事も平然と行う外道の輩なのだ。

「ここん所、殺しも壊しもやってねえ。退屈過ぎて死んじまいそうだ」

 「つまんねぇな」と、一人ゴチて机から足を下ろし、大きく伸びをする。自分にとって『平和』や『平穏』とは、己を腐らせる毒でしかない。サーシェスはそう思っている。生と死の間に身を置き、一瞬の油断が死神を招くスリルを楽しむ事こそが、自分の生きる糧であり、何よりの楽しみなのだ。と、サーシェスは誰に憚る事もなく宣うのだ。

 あまりの退屈に欠伸が出てしまいそうな所へ、社員の一人が社長室の扉をノックした。

「社長!ご在室ですか⁉」

「おーう、入んな」

 サーシェスの軽い返事に対し、「失礼します!」と焦りと喜色を滲ませた声と顔で男は扉を開けて入室して来た。

「どうしたよ、そんなに慌てて。なんだ?誰かがカチコミにでも来たかよ?」

「はい!相手は国連の火消し屋と、IS学園の専用機乗りの3機!あとは陸戦隊が1個大隊!我社を包囲しつつあります!」

「ほーう……。いいね!最高だ!」

 口角を上げるニヒルな……というより好戦的な笑みを浮かべてサーシェスが叫ぶ。そして机の上の電話を手に取ると、全館放送で部下達に告げた。

「第1格納庫に全員集合!戦争だ!準備しな!」

 

 

「間もなく予想戦闘空域だ。織斑、ボーデヴィッヒ、第一種戦闘態勢を維持。警戒は厳に」

「「了解」」

 『ピースキーパー』本社ビルを視界に捉えたファイヤが、一夏とラウラに注意を促す。ここは敵の膝元、いつ武装した兵隊が出て来てもおかしくない。まして、連中は民間軍事会社の名を借りた戦争狂(ウォーモンガー)集団。この状況に対して、恐々どころか嬉々としているに違いないのだから。

「ファイヤ隊長、陸戦隊から通信。『ピースキーパー』本社ビルの包囲を完了したと」

 ラウラの報告に小さく頷き、ファイヤは目の前のビルを指差した。

「織斑、吶喊。ボーデヴィッヒは織斑のフォロー。私は最後尾から援護狙撃を行う」

 

「「了解!」」

 ファイヤのIS『光輝(ウル)』は、冠された神の名の通りの超長距離狙撃を得手とするISである。携える水平ニ連装超高出力レーザー狙撃砲《神罰劫火(メギド)》の射程は最大5km。最大出力で放てば、たとえ最も遠い位置から放ったとしても、5階建てのビルを一射で破壊する事ができる程の威力を誇る。だが、それ故に使う場所と時を選ぶピーキーな武器でもあった。結果として、ファイヤの戦闘スタイルは戦場の最後方から高火力砲撃を叩き込む一択となってしまっている。

「行くぜ!ラウラ!」

「ああ、後ろは任せろ一夏!」

 二人が見据える視線の先、ビルの屋上から2機の戦闘ヘリ(ガンシップ)が離陸。自分達に向かって来るのを確認した二人は一夏を前衛、ラウラを後衛とした一列縦隊で戦闘ヘリに仕掛ける。

 二人に気づいた戦闘ヘリが、機体左右に取り付けたガトリング砲を斉射する。が、二人は余裕を持って回避する。戦闘機以上の速度と戦闘ヘリ以上の小回りの良さを持つISにとって、戦闘ヘリなど物の数ではない。

「せいやあ!」

「堕ちろ!」

 一夏が《雪片弐型》の斬撃でメインローターを斬り飛ばしたヘリは、揚力を維持出来ずに墜落。ラウラがレールカノンでテイルローターを吹き飛ばしたヘリは、メインローターの回転の反作用で本体が回転。操縦不能に陥ってこれも墜落。

 慌てて飛び出すヘリのパイロットと砲手。その内の一人の背中に、無ければいけない物−−パラシュート−−がない事に気づいた一夏が、泡を食ってこれを助ける。

「大丈夫か⁉」

「ああ、ありがとう。……引っ掛かってくれてよ!」

「⁉」

「一夏!そいつから離れろ!」

 パイロットが浮かべた狂気的な笑みに、一夏の身体が思わず強張る。ラウラの忠告は、ほんの僅かに遅かった。

「アリー・アル・サーシェス、万歳!」

 

ドオオンッ‼

 

「一夏!」

 なんと、パイロットは一夏を巻き込んで自爆したのだ。零距離での爆破を受けた一夏だが、ISの絶対防御によりそれほど大きなダメージではないものの、一夏が心に受けたダメージは非常に大きかった。

「嘘……だろ?何で、こんな事出来んだよ……⁉自分から死ぬなんて、そんな……!」

「しっかりしろ、一夏!ここは戦場だ!まるきり人死にが出ないなどという事はない!」

『その通りだぜ、一人目(ザ・ファースト)!こいつは戦争!人同士の殺し合いだ!そいつは死ぬのも仕事だった、そんだけだ!』

「「⁉」」

 自分達の会話に割り込んで来た、聞き慣れない男の濁声。直後、音速戦闘機の甲高いエキゾーストノートと共に、鮮血に塗れたようなカラーリングの戦闘機が二人に向かって飛んで来る。

『はっはーっ!』

 愉悦と狂気に満ちた笑い声を上げながら、二人に向かってバルカン砲を撃ちかけるサーシェス。ショックから立ち直り切れていない一夏を抱え、ラウラが攻撃を回避する。同時に、ファイヤがサーシェスの乗る戦闘機に火力を絞った連続狙撃を加えるが、サーシェスはまるでそう来るのが分かっていたかのように機体をバレルロールさせて回避する。

「悪い、ラウラ」

「謝らなくていい!今は気を落ちつけろ!幸い相手は戦闘機。あの速さなら旋回して戻って来るまでに相当時間が−−」

『ところがぎっちょん!』

 

ガシャンッ!

 

「なっ……⁉」

「なん……だと……⁉」

「バカな……!」

 三人は揃って面食らった。誰も想像すらしなかっただろう。まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()8()0()()()()()()などと。

『驚いて貰えたかい?これがウチの最新式航空兵装、半人型可変機構搭載戦闘機『ベルセルク』だ!』

 自慢げに謳うサーシェス。その表情はキャノピーとヘルメットのバイザーで見えないが、間違い無くドヤ顔……しかも狂気に歪んだそれだろう。

 戦闘機の弱点。それは、旋回性能……小回りの悪さである。無論、技術の進歩によってそれは解消されてきてはいたが、それでもUターンをしようとしたら、そのための移動距離はどうしても長大になってしまう。それを近年になって開発された超高出力熱核タービンエンジンの大推力を利用して『テールスラスターを脚部に変形して、ホバリングからのスピンターンを行う』事で解決したのが−−

『『ベルセルク(コイツ)』って訳だよ!』

 半人型形態のまま、主翼に懸架されていたバルカン砲を手に取って撃ち掛けながら接近してくるサーシェス。だが、その速度はISの戦闘速度から見れば『遅い』と言ってよいものだった。

「そんな隙だらけの動きで!」

『って思うよなあっ!』

 

ガシャンッ!

 

 ラウラがレールカノンを構えた瞬間、『ベルセルク』は再度変形。戦闘機形態に戻ると一気に加速。ラウラの射線上から一瞬で離脱する。そして、離れた所でもう一度半人型形態に変形。一夏にバルカン砲を放つ。

『テメエから殺してやるよ!ファースト!』

「くっそ……!」

 自分に殺到する大口径弾を身を捻って躱しながら悪態をつく一夏。近接格闘オンリーの自分の機体では、兎に角近づかない事には話にならない。だが、こちらがチラとでも接近する素振りを見せれば、すぐに気づいて戦闘機形態に変形して急速離脱。しかる後に半人型形態に戻ると、一夏の射程外から射撃を仕掛けてくる。ラウラの援護射撃も、直前で意を感じ取ってでもいるのか、射線上に一夏が来るように誘導してそれを躊躇わせるという、九十九が居れば『私でもそうする』と言うだろう方法で潰して来る。

 天性の戦闘勘と戦術眼、そして膨大な戦闘経験に基づく行動予測の正確さ。それこそがサーシェスが今まで戦場を生き抜いて来られた理由なのだ。もし、彼が軍人であれば、その軍は百戦百勝の精鋭部隊となっていただろう。ただそれは−−

『はっはーっ!楽しいなあ、おい!ISとの戦いってのはよお!おら、どうした⁉もっとかかって来いよ!』

 『生死の間に立つスリル』を何よりも好む、彼の性状が無ければ、の話だが。

 

 

 一方、『ピースキーパー』本社ビルに突入した国連軍第508陸戦大隊は、『ピースキーパー』側の陸戦隊との激しい銃撃戦を展開していた。絶え間なく銃声が響く中、508陸戦大隊長コレダー・ケデバーン大佐は眼前の異常な光景に戦慄を覚えていた。

「何なんだ……何なんだ、コイツラは⁉」

 歯を剥き出しにした狂気的な笑みで「ヒャッハー!」と叫びながら、フレンドリーファイアを一切気にせずにマシンガンを連射する者がいる。能面のような無表情で「アリー・アル・サーシェス万歳……」と繰り返し、死をも恐れぬ前進を続ける者がいる。被弾して動けなくなった途端、自爆して周囲の味方諸共こちらを吹き飛ばそうとしてくる者がいる。だが、何より恐ろしいのはそれを彼等彼女等が『そうするのが当たり前』だとでも言うかのように受け入れている事だった。 

「どいつもこいつも……正気じゃない!」

「当たり前だぜ、そっちの隊長さんよ!『正気で戦争ができる奴なんていねえ』!ウチの社長の口癖だ!」

「っ!」

 こちらの叫びが聴こえたのか、『ピースキーパー』陸戦隊の隊長と思しき男が声を張る。

「俺達は戦争屋だ!戦争が好きで好きで堪らねえ、プリミティブな衝動に従って生きる最低最悪の人間の群れなんだよ!」

 何処か自慢げに謳う陸戦隊長の男。そこに籠もった本気と狂気に、ケデバーンは薄ら寒いものを感じた。

 この男達は自分……自分達と徹底的に相容れない。こんな連中が野放しになっていてはいけない。ケデバーンはその思いから、後に戦犯と後ろ指を指される覚悟で隊員にこう命じた。

「総員()()()()()()()!誰一人生かして逃がすな!」

「大佐殿!しかし!」

 ケデバーンの命令に副長が待ったをかける。彼等は戦争狂とはいえ、民間軍事会社の社員。つまり『(武装した)民間人』なのだ。それに対する殺人行為は、国連軍規に違反する。だが、ケデバーンの意思は堅かった。

「責任は俺が取る!副長、復唱!」

「……了解。総員、対人殲滅戦用意!敵兵を完璧、かつ徹底的に叩け!」

「「「……はっ!」」」

 ケデバーンが殲滅を指示して1時間後、形勢不利を見て取った『ピースキーパー』の兵達は撤退を開始。しかし、ケデバーン隊は逃走兵を誰一人逃す事無く徹底的に討伐、追補した。

 後に『民間人に対する殺人』という国連軍規に違反した事で軍を追放され、『血塗れ(ブラッディ)』『皆殺しのケデバーン』として世間の冷たい視線に晒される事になる男、コレダー・ケデバーン。彼は後年、当時を述懐して「あの時、私が彼等を逃していれば、何処かで第2、第3のアリー・アル・サーシェス(戦争狂いの糞野郎)を生み出していたかも知れない。それを思えば、私のした事に間違いはなかったと、胸を張って言える」と語っている。

 

 

 ケデバーン大佐が部下に殲滅指令を出したのと時を同じくして。アンカレッジ近郊、『ピースキーパー』本社ビル上空では、チームファイヤとアリー・アル・サーシェスとの激しい空中戦が今も行われていた。

「くっ……!」

「チクショウ、あいつ……強い!」

「それに、あれだけスラスターを全開にしておきながら、燃料補給に戻る素振りも見せん。どうなっている……⁉」

『教えてやるよ、ガキ共。『ベルセルク』の熱核タービンエンジンの燃料はなぁ……空気なんだよ!』

 実際には噴進剤(プロペラント)を核融合炉の膨大な熱エネルギーでもって高温プラズマ流とする際に大気を取り込んで圧縮する事で噴進剤の消費を極限まで抑え込み、それにより大気圏内であれば事実上無限の航続距離を誇る。という物なのだが、サーシェスはイマイチ理解しきれていなかったようだ。

 だが、熱核タービンエンジンの存在そのものをたった今知った一夏とラウラからすれば、サーシェスの言葉が真実である事に変わりはない。その驚愕は推して知るべしである。

「なんだと……⁉」

「じゃあ、スタミナ無限って事かよ……!」

『ま、そういうこった。死ぬ気で掛かって来な、ガキ共。こっちも……殺す気で行くからよぉ!』

 戦闘機形態で一夏、ラウラ両名の射程から外れ半人型形態に変形、射撃。一夏達が弾幕を掻い潜って近づき、一撃を入れられる位置まで届いても、また戦闘機形態に変形して射程圏外へ。サーシェスは徹底した一撃離脱戦法を取り続ける。

 しかし、航続距離は事実上無限でも、武器弾薬の積載量までは無限とはいかない。サーシェスのバルカン砲にも、遂にその時が訪れる。

 

カチッカチッ

 

『ちっ、全弾使い切っちまったか!しゃーねぇな。こっからは接近戦だ!』

 バルカン砲を撃ち尽くしたサーシェスが右腕に収納されていた高周波振動ナイフを取り出して構える。周囲に高周波特有の耳障りな高音が鳴り響く。

「一夏、間違ってもあれと斬り合いをしようなどと思うなよ」

「分かってる。サイズ差で押し切られるのは目に見えてるし、そうなったら一瞬で真っ二つ。だからな」

 ISの平均的なサイズが全高3m、全幅2mなのに対し、『ベルセルク』のサイズは全長15m、全幅10m。ちょっとぶつかっただけで簡単に吹き飛ばされるのは目に見えている。加えて相手は百戦錬磨の傭兵、油断も隙も見せてはくれないだろう。

「行くぞ、オラァ!」

 ナイフを構えて突進して来るサーシェス。手にしているナイフは刀身だけでISとほぼ同じだけの長さがある。正面から受け止めるなど、無謀以外の何でもない。となれば−−

「すれ違いざまに攻撃をするしかない!」

 サーシェスの突進をやや大袈裟に躱しながら、ラウラが一夏にそう言う。

「けどどこをだ?相手がデカ過ぎてちょっと斬ったくらいじゃ掠り傷にも−−」

「主翼だ。どちらかの主翼に少しでも傷を付ける事が出来れば、揚力のバランスが崩れて動きが鈍るはずだ。出来るか?」

 ラウラの言い方に、一夏は「ズルい言い方だなぁ」と一人ごちた。『やれ』でも『出来るな』でもなく、『出来るか?』と訊かれれば、剣腕に多少とはいえ自信のある一夏に『出来ません』と答える選択肢は消える。

「出来るさ、やってやるよ!」

「良い返事だ。行くぞ!」

『作戦会議は終わったかい、ガキ共。んじゃあ、もっぺん行くぞ!』

 話し合いが終わるのをわざわざ待っている辺りにサーシェスの余裕が伺えて、一夏は少しだけ腹立たしく感じた。

絶対(ぜってー)一発入れてやる、あの野郎」

「気負うなよ、一夏。一筋縄で行く相手ではないぞ」

 《雪片弐型》を正眼に構え、無言で小さく頷く一夏に若干の不安を感じながら、サーシェスの操る『ベルセルク』へ向き直るラウラ。と、キャノピー越しにラウラとサーシェスの眼が合った。

 歯を剥き出しにして嗤うその顔は、かつて−−一夏を千冬の経歴に泥を塗った忌むべき存在だと思っていた頃−−の自分を想起させ、ラウラの気分を悪くする。それが一瞬の反応の遅れを招く。

『気抜いてっと死ぬぜ、嬢ちゃん‼』

「っ⁉ちいっ!」

 寸前でサーシェスが声をかけてきた事で、辛うじて斬撃を回避するラウラ。わざわざ忠告する辺りに、『ただ戦いを愉しみたいだけ』『できるだけ長く戦争の中に居たいだけ』のサーシェスの性状が垣間見えて、ラウラの気分を益々悪くする。

『おいおい、そんな目ぇすんなよ。俺とお前は同じ穴の貉だろ?ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんよぅ!』

「貴様のような下衆と一緒にするな!」

『いいや、同じだね!ドイツの遺伝子強化兵(アドヴァンスド)!戦争のために生み出された存在だろうが、お前はよ!』

 サーシェスの言う通り、ドイツのアドヴァンスド計画は本来『戦場においてより高い戦果を挙げられる兵士の開発』を主眼に置いていた。その大元は『人造超人開発計画(プロジェクト・モザイコ)』における遺伝子操作技術のお下がりであり、もの凄く曲解をすれば、一夏とラウラは『計画()違いの兄妹』とも言えるのだ。尤も、そう言って来た九十九に二人は揃って「いや、そのりくつはおかしい」とツッコんだのだが。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

『知ってんだぜぇ、お前の遺伝子の中には『戦いを楽しむ』遺伝子が組み込まれてるってよ!お前もホントは好きなんだろ⁉殺しが、壊しが、戦争が!』

「違う!」

『違わないね!軍人も傭兵も、戦いが飯の種だ!楽しくなけりゃ続けらんねぇだろ!』

「黙れ!私は自分の楽しみのために無意味に戦火を広げる貴様を……貴様らを心底嫌悪する!」

『だったら俺を殺ってみろよ!できるもんならなあ!』

 サーシェスの繰り出す斬撃を回避しながら、彼への嫌悪を口にする。それに対し、サーシェスは狂気的な笑みを更に深めて、なお一層激しい攻撃を仕掛けてくる。

「俺を忘れて−−「ねえんだなぁ、これが!」うわっ!」

 サーシェスの背後から、一夏が《雪片弐型》を上段に構えて主翼を斬ろうと迫るが、その直前にサーシェスが一夏に向けて脚部スラスターを翳す。超高熱のプラズマ流が一夏を襲う。あまりにも強烈な熱波に、一夏は本能的に後退していた。

「くそっ!隙がねぇ!」

「体勢を立て直せ、一夏。もう一度……いや、何度でも行くぞ!」

「おう!」

『そう来なくっちゃなぁ!さあ!もっと楽しもうぜぇ!』

 そう宣うサーシェスの喜悦に満ち満ちた声音に、ラウラの柳眉はますます逆立つのだった。

 

 

「ちっ……射線が通らん……!」

 一夏とラウラがサーシェスとの戦いを繰り広げている場所から少し離れた位置で、ファイヤは忌々しげに舌打ちをした。サーシェスがそう誘導しているのか、常に一夏かラウラのどちらか、あるいはどちらともがファイヤの待機位置から攻撃可能な射線上にいるのだ。お蔭で撃ちたくても撃てない状態が続いている。

 子供が戦場に立つ事を良しとはしたくないファイヤにとって、子供達に奮闘させている今の状況はすぐにでも終了させたい。ぶっきらぼうな態度とは裏腹に、彼女は子供好きで優しい人なのである。

「なあラウラ!コイツ、AICで止めらんねえか⁉このままじゃジリ貧だぜ!」

「無理だ!機体サイズが違いすぎる!フルパワーでやっても()()()1()()()()()()()()()()()!」

「マジかよ⁉くっそぅ……!」

『ハハハハ!頼みの綱が役立たずで残念だったなあ!オラオラ、もっと頑張んねえと俺はやれねえぜ⁉ガキ共!』

 聞こえて来る会話に歯噛みするファイヤ。ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』の第3世代兵装《AIC》は、あくまでも対ISを想定したものであり、例えば極超音速で飛来するICBM(大陸間弾道弾)だとか、墜落寸前の大型旅客機を止めるなどという事は出来ない。質量差があり過ぎて、停止させるためのエネルギーが絶対的に足りないからだ。

(……ん?いや待て。今、ボーデヴィッヒ少佐はなんと言った?)

 ファイヤはさっきのラウラの発言を思い返す。一夏にAICでサーシェスの機体を止められないかと訊かれたラウラは、確かにこう言った。「停止させられるのはどこか1ヶ所、かつ数秒」と。

〈ボーデヴィッヒ少佐、確認したい〉

〈はっ!なんでありましょうか?ファイヤ隊長殿〉

 個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)をラウラに繋ぐファイヤ。そこから先は矢継ぎ早だった。

〈貴官は先程、アリー・アル・サーシェスが駆る『ベルセルク』をAICで止められるのはどこか1ヶ所、かつ数秒である。と言ったな?〉

〈はっ!確かにそう発言いたしました。しかし、その程度では……〉

〈上等。その数秒が欲しいんだ〉

 

ニヤリ……

 

 そんな擬音語がピッタリな笑みを浮かべて、ファイヤは続けた。

〈その数秒で、終わらせる〉

〈……はっ。では、行きます!〉

 自信に満ちたファイヤの言葉に、ラウラは『この人ならやってくれる』と確信した。ならば、後は行動に移すだけだ。

「一夏!合わせろ!」

「おう!……って言ったけど、どうすんだ?」

「奴の右腕をAICで止める。そうしたら一夏、お前は左側、主翼の上から斬り掛かれ」

「分かった!」

 深く聞かずに頷く一夏。その態度が自分に対する無条件の信頼に思えて、ラウラはここが戦場でなければ羞恥に身悶えしただろう。なお、実際には『俺が戦術を考えても無駄だ。ラウラの言う通りにしよう』と、ある種の思考停止を起こしているだけなのだが。

 

 

『あん?』

 先程まで、自分の攻撃から身を躱す事しかして来なかった一夏とラウラが突然反転攻勢を仕掛けてきた事に、サーシェスはその眉根を寄せた。

(なーんか企んでやがんな?いいぜ、やって見せろよ!)

 何を仕掛けてくるつもりかは知らないが、所詮はガキの浅知恵。真正面から食い破って、奴等が絶望する面を嗤いながら拝んでやろう。サーシェスはそう考え、黒い笑みを浮かべた。

「アリー・アル・サーシェス!覚悟!」

 腕部プラズマブレードを展開しながら、吶喊を仕掛けるラウラ。視線の向きから狙いが高周波振動ナイフの破壊にあると見抜いたサーシェスは、敢えて誘いに乗る……と見せかけてナイフを収納。マニピュレータで拳を作り、直接ラウラを殴りに行く。

(っ⁉やべえっ!)

 拳を突き出したその瞬間、サーシェスの野生の勘が『これは誘いだ!乗るな!』と訴える。しかし、既に拳は突き出した後。拳を無理矢理止め、強引に後退すれば大きな隙を晒してしまう。かと言って、このまま殴りに行った所でラウラがダメージ覚悟でこちらの動きを止め、本命は別の奴−−一夏かファイヤ−−だったなら、組付かれればアウトだ。

(なら、このメスガキの頭を殴り砕いてやるしかねえ!)

 サーシェスは数瞬前までラウラ腕に向けていた拳の軌道を顔面へと修正。その質量差でISの絶対防御を「知った事か」と突き破る、サーシェスの絶死の一撃がラウラを襲う……が。

「そう来て欲しかった!」

『⁉』

 ラウラがそう叫んだと同時、サーシェスは『ベルセルク』の拳の動きが止まったのをハッキリと感じ取った。だが同時に、そこ以外は動かせる事に気づき、ラウラが無駄な足掻きをしているに違いないと、その顔に狂的な笑顔を浮かべる。

『そんなモンで俺が止まると−−「うおおおっ!」ちいっ!』

 思ってんのか。と言おうとして、左翼の上から裂帛の気合と共に得物を大上段に構えた一夏が迫るのを見たサーシェスは舌打ちする。『ベルセルク』はその構造上、肩より上に腕が挙がらない。どうしても主翼が邪魔になるからだ。

(やべえ。メスガキにかまえばファーストの攻撃を捌けねえ。かと言って、ファーストをかまおうとすりゃあメスガキが邪魔だ。ああクソ!なんで緊急時にパーツをパージできる仕組みになってねえんだよ!)

 その理由は『ベルセルク』を手掛けた主任技術者が「機能美に欠ける」の一言でバッサリカットしたからなのだが、サーシェスの知り得る所ではなかった。

『クソが!こうなりゃ損傷覚悟で……!』

 止まった右腕を力業で外し、返す刀で一夏を葬ってやる。そう決めて行動に移そうとした瞬間−−

「ターゲット、アリー・アル・サーシェス。攻撃開始……!」

 

ズバアアアッッ‼

 

『ぐおおおっ⁉』

 『ベルセルク』のほぼ真上。コックピットと熱核タービンエンジンの収まっている区画の間を、針の穴を通すような正確さで高出力レーザービームが射抜いた。

『クッソがぁっ!』

 『ベルセルク』は機体ほぼ中央に穴が開いた事に装甲材が耐え切れずに空中分解。サーシェスも堪らずコックピットから緊急離脱(ベイルアウト)する。

「逃がすか!」

 飛び出した瞬間を逃さず、一夏がシートを掴んでサーシェスを捕える。分解した『ベルセルク』は、機体前部はそのまま落下、後部はしばらくスラスターから高温プラズマ流を吹かしていたが、安全装置が働いたのかエンジンが停止して急速落下。共に海中に没した。後に国連軍によって引き揚げられ、常温核融合炉搭載型戦闘機の開発モデルとして扱われる事となる。

 

「国連軍IS配備特務部隊『プリベンター』ファイヤだ。アリー・アル・サーシェス、貴様を戦時国際法並びにハーグ陸戦条約に対する抵触及び違反。殺人及びその教唆。暴行傷害及びその教唆。未成年者略取誘拐及びその教唆等、1250件の確定罪並びに3580件の犯罪容疑で逮捕する」

 パイロットシートごと一夏に捕まっているサーシェスに、ファイヤが厳しい口調で告げる。だが事ここに至ってもなお、サーシェスは余裕じみた笑みを浮かべていた。

「助けなら期待するな。貴様の子飼い連中は既に壊滅した。神妙にして縛につけ」

「……そうかい。じゃあ、しゃあねえな!」

 サーシェスが吠えながらパイロットスーツに仕込んでいたコンバットナイフを取り出す。まだ抵抗を続ける気か?そう思ったファイヤが《メギド》を最小威力で放とうとした瞬間、サーシェスはナイフを逆手に持ち、それを自らの心臓に突き刺した。

「……ぐふっ」

「なっ⁉」

「お、おい!お前、何して……!」

 目の前で自刃したサーシェスに、一夏は驚きを隠せない。そんな一夏に、苦しげでありながらどこか楽しげな笑みでサーシェスは言葉を紡ぐ。

「俺は……戦争屋だ。……戦争が好きで好きで堪らねえ……人間のプリミティブな衝動に逆らえねえ……そういう生き物なんだよ……。……そんな俺が……ムショで戦争と無縁の生活?はっ……ゴメンだね」

「…………」

「……さーて……そんじゃあ先に行った奴らと一緒に……地獄で戦争……しよう……かね……。……楽しみだなあ……地獄の鬼や悪魔ってのは……どんだけ……強え……の……か……」

 こうして、稀代の戦争狂、『亡国機業』のジャニュアリーことアリー・アル・サーシェスは、その人生に自ら幕を下ろした。

 

 

 人間として最低な存在だったとはいえ、今日だけで2度も人の死を見る事になった一夏は、やりきれない気持ちでサーシェスの遺体が乗ったパイロットシートを地面に降ろした。

 陸戦隊の方も戦闘は終了したらしいが、陸戦隊長曰く「未成年には見せられない惨状。トラウマになるから来ない方が良い」との事で、一夏とラウラは陸戦隊が事後処理に奔走するのを遠くから眺める事しかできなかった。そんな状況の中、一夏は隣に立つラウラにふと心に湧いた疑問を投げかけた。

「なあ、ラウラ。ラウラは、戦いが楽しいって……」

「思った事がないと言ったら嘘になる。だが楽しむ為に戦った事は無い」

「そっか……」

 小さく零して俯き、そのまま黙り込む一夏。ラウラはどう声を掛けていいか分からず、沈黙が場を支配する。そこにファイヤが現れ、一夏に声を掛けてきた。

「織斑。割り切れとも忘れろとも言わん。だが、引きずるな。その感情は躊躇いを生み、躊躇いはお前を殺すだろう」

「ファイヤ隊長……」

「アリー・アル・サーシェス。アレは生粋の精神破綻者だ。お前がその死を気に病む必要は無い」

「……はい」

「それに、戦いはまだ終わっていない。我々は急ぎ、亡国機業本部へと増援として赴く」

「え?」

 唐突すぎるファイヤの宣言に、一夏は呆けた顔で彼女を見上げた。ラウラがおずおずと挙手をして、ファイヤに質問を行う。

「ファイヤ隊長、ここから亡国機業本部のフェニックスまでは相当距離がありますが……?」

 今一夏達がいるアラスカ州アンカレッジから、亡国機業本部のあるアリゾナ州フェニックスまでは約4100km。この中で最も足の遅いラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』の全速力に合わせれば、5時間以上はかかる距離だ。今から行っても、到着する頃には戦いはとうに終わっているだろう。

「うむ、確かに普通に行けば到底間に合わんだろう。普通に行けば……な」

「つまり、普通じゃない方法があると……?」

 ラウラの再度の質問に、鷹揚に頷いたファイヤは「あれを見ろ」と言って自身の真横を指差した。釣られて一夏とラウラが視線を移したその先には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ご丁寧に弾頭部分にハッチがあって、中に人が入れそうな造りになっている。それを見て、一夏は気づいた。気づいてしまった。

「え、待って。ちょっと待って?まさか……あれで?」

「あれで」

「フェニックスまで?」

「ああ、飛ぶ」

「発射時のGとか衝撃は……?」

「PICと絶対防御があるだろう。ほら、四の五の言っていないでさっさと乗り込め」

「他に方法とか……」

「無い。覚悟を決めろ、織斑。ボーデヴィッヒは既に乗り込みを完了したぞ」

「えっ⁉いつの間に⁉」

 一夏が横を見ると、そこに既にラウラの姿は無く。ミサイルの方に目をやれば、いそいそとハッチを閉めようとしているラウラがいた。

「何をしている!早くしろ、一夏!」

(え、待って。何であいつあんな乗り気なの?ひょっとしてこういうの好きなの?)

 戦いが終わったら皆で遊園地にでも行こうかな……。などと益体も無い事を考えながら、一夏もまたフェニックス行きの弾道ミサイルへと乗り込むのだった。

 後に当時の事を述懐して、一夏は「二度とミサイルには乗りたくねぇ……」と子供に零したという。




次回予告

続々と切られていく戦端、激化する戦い。
そんな中、深く静かに進行する戦いもまたあった。
冥府の王と死神の出会いは、すぐそこに……。

次回「転生者の打算的日常」
#103 亡霊退治(弐)

貴女に絶対の死をあげましょう……。

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