♢
さて、
「情報だ」
そう。情報だ。それも、亡国機業に関する特一級の最深部情報が全くと言っていい程足らない。昔から『彼を知り、我を知れば、則ち百戦危うからず』と言うではないか。よって、奴らに関する情報の獲得と共有は最優先事項なのである。
「九十九君ならそう言うと思って、既にここに資料があるよ」
そう言いながら、シレッと分厚いプリントの束を取り出す社長。準備いいなあ、おい!
「うわ、分厚っ!」
「あれ全部、ラグナロクが調べ上げた連中の情報ってわけ?」
「社長さんの執念深さが伺えますわね」
「一体、どれだけの時間をかければあれ程の量の情報が手に入るんだ……?」
ザワつく一夏&ラヴァーズ。言ってしまえば『日本の中でそこそこ名の知れた企業』でしかないラグナロクが何をどうすればこれ程の質と量の情報を手に入れられるんだ。と、思っているのだろう。
「そこはまあ……ラグナロクだから?」
「「うんうん」」
首を傾げつつ私が言うと、それに追従して頷くシャルと本音。他のメンバーも「あ~……なんか納得」といったような、どこか諦念の混じった表情をしていた。
「さて、時間もそれ程ある訳じゃあない。まずは各員、資料に目を通してくれ」
社長の音頭に促され、私達は渡された資料『亡国機業に関する最深度調査報告書』を読む事にした。
そこに書かれていたのは、最高精度かつ膨大な量の亡国機業に関する情報の数々だった。主要施設の詳細な位置情報、各施設の警戒網の強度と直近のタイムシフト、その施設で何が行われているかの詳細情報、研究責任者の名前と経歴、更には各部門の幹部級職員の詳細情報と直近1週間の行動記録まで網羅している。そして、ここが最大の肝。今まで影すら踏めなかった、亡国機業最高幹部の12人に関する情報だ。
「分かってはいたが、やはりそうそうたるメンバーだな……」
ジャニュアリーことアリー・アル・サーシェス。
表の顔はアメリカ最大級のPMC『ピースキーパー』のCEOだが、裏の顔は世界各地の紛争・内乱を操って戦の火種を燻らせ続け、それによって利益を得る死の商人であると同時に、当人も何よりも戦争……殺し合いを好む生粋の性格破綻者だ。
フェブラリーこと
表向きは中国最大の貿易会社『王貿易商会』の若き女性社長。その実は裏社会の情報屋であり、亡国機業暗殺部門の長でもある烈女だ。見た目こそ淑女然としているが、その性格は傲慢で苛烈。気に入らない事があれば、たとえ最古参の幹部であっても首を斬る(物理)程だという。
マーチことマキリ・ゾルケイン3世。
ロシアでも有数の製薬会社『ゾルケイン』の創業者、初代マキリ・ゾルケインの孫で現CEO。正体は、第二次世界大戦中に戦争に巻き込まれる形で滅んだ北方の小国『シャクラ』の王族、ゾルケイン家の末裔である。現在も初代の悲願である国土奪還、そしてゾルケイン王朝の復古のために、違法薬物の生産・密輸で莫大な資産を得ている。
エイプリルことアイリーン・アドラー。
イギリスが生んだ今は亡き大女優、ジャクリーン・アドラーの娘で本人も舞台女優である。その一方、アドラー家は女優業の傍ら、自身の美貌と恵まれた肢体を駆使したいわゆるハニートラップを用いての諜報・暗殺に長けた一族でもある。様々な組織の間を転々としながら情報を集め、用がなくなればアッサリと他の組織に鞍替え、ついでに今までいた組織を潰してしまうそのやり方から、裏社会では『裏切りの魔女』として有名。
メイこと
日本の闇に潜む犯罪集団『鬼』の現頭領。『鬼』は、現在日本各地で発生している失踪事件の80%以上に関わっているとされる組織であり、多くの被害者はその場で陵辱の限りを尽くされて殺されるか、心が折れる程の徹底的な『躾け』の末に海外に売られるか、もしくは洗脳されて『鬼』の一員になるかだという。四分辻が亡国機業にいるのはいざという時に盾にして逃げるためであり、亡国機業に対する忠誠心は欠片もない。
ジューンことフリッツ・フォン・エリック。
ドイツに拠点を持つ大手電力会社『エリック・エレクトロニクス』の代表取締役社長。祖父が東欧にかつて存在した国家『エリック公王国』の王であり、3代続く亡国機業最高幹部の1人。祖父の代から自分達の故郷を滅ぼした者への復讐を誓っているが、最近『もう100年以上の時が流れてるし、今いる侵略者の子孫はもう関係なくね?』と思い始めている。
ジュライことブラスト・ミューゼル。
亡国機業の前身『ウォーゲームマスター』創設者、クラウド・ミューゼルの孫でスコールの父。特殊工作部隊『モノクローム・アバター』の直接の上司で指揮官だが、殆どお飾りである。亡国機業の暗躍を止める役割を担う一族であるはずだったが、既に全てを諦めている。
オーガストことツェツィーリエ・フォン・シュッツバルト3世。
亡国機業のトップ。第二次世界大戦中に再興して、その後に滅んだ小国『シュッツバルト公国』の女王、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトの孫。『先祖の恨みを忘れぬように』という理由から女性名を名乗っているが、れっきとした男性である。幼少期から徹底的に祖国を滅ぼした者達への憎悪を叩き込まれ、結果として思考が世界への復讐のみに凝り固まってしまった。亡国機業の作戦の方向性を決めるのは彼の役目。
セプテンバーことセルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァ。
亡国機業の資金源の一つにして南米最大の麻薬カルテルである『エル・ビアンコ』のドン。権力欲と野心の塊のような男であり、亡国機業に取り入ったのも販路拡大の為でしかない。四分辻同様忠誠心は無いも同然だが、一方で亡国機業が壊滅すれば己の首も締まるため、四分辻に比べればいくらか協力的。
オクトーバーことマクギリス・ファリド。
ノヴェンバーことニコライ・テスラJr。
北欧三州協商連合出身のロボット工学博士で発明家。業界の表裏を問わず有名だが、その理由は『発明品が素晴らしいから』ではなく、『自身の発明品を発表しようとすると、それより先に別の誰かが同じコンセプトの発明品を発表するため、結局二番煎じ扱いになってしまう絶望的な運と間の悪さ』にあり、それ故に付いた渾名が『不遇の天才』である。ただし、天才である事に間違いはなく、亡国機業に身を寄せたのも『好きに研究開発できる環境を求めて』という利己的な理由からである。
ディセンバーことアリー・アヴァブア。
UAEの若きプリンス。石油採掘で財を成したアヴァブア家の次期当主。アヴァブア家自体が亡国機業と深い関係にあるため最高幹部の席に座っているが、本人に現当主程の帰属意識はなく、むしろ「こんな組織、さっさと潰れりゃいいのに」と思っている。
……何と言うか、最高幹部のクセが凄い。というか最後のディセンバーが内通してる企業ってひょっとして……
「以上が、亡国機業最高幹部、通称『カレンダー』の大まかな情報だ。詳細に関しては後述してあるので、興味のある奴だけ読んでくれ。では次に、彼等『カレンダー』の主な拠点に関する情報だ。次のページを見てくれ」
最高幹部の話をサラッと流して次を促す社長。確かに今は最高幹部それぞれのバックボーンはどうでもいい話だが、それにしてもアッサリし過ぎじゃないか?とりあえず、煽りのネタを探すために後で読み込んでおくとするか。
そう思いながらページを捲ると、そこには彼等の拠点に関する情報がズラズラと書かれている。ラグナロクの諜報部員が調べ上げ、こうして書類に列記している以上、その確度は95%を超える確定情報であると言える。
「かなり多いな。最優先破壊対象拠点だけでも12ヶ所。要破壊対象拠点が20もある」
「他にも世界各地のセーフハウスの位置から出入りの裏業者の拠点まで完全網羅。よくぞここまでって感じですね……」
あまりにも緻密なその情報に唖然とする千冬さんと山田先生。ラグナロクの、というより仁藤社長の執念深さに言葉も無いようだ。
取り敢えず二人の反応は横に置いて、私は自分の考えを述べた。
「破壊対象拠点だけで32ヶ所もあるとなると、各個撃破は時間がかかる。全拠点を同時に叩こうにも、動員できる戦力的に不可能。と、なれば、取る策は−−」
♢
「1月後の定例会のタイミングを狙っての本部急襲。彼奴らの取り得る策はこれしかあるまい」
某国某所、オーガストの執務室。そこで、オーガストは各国に散らばる最高幹部達とリモート会議を行っていた。
『ラグナロクの保有戦力と仁藤藍作が声をかければ動くであろうIS学園専用機持ち、あとは最近になって慌ただしい動きを見せている国連の『プリベンター』。全て合わせても、私達の重要拠点を同時に叩くには兵力が足りない。となれば……』
『少数精鋭での斬首戦法……一息に幹部全員の頸を取りに来るってか。まあ、それが普通だわな』
オーガストのラグナロクが取る策の予想を聞いたオクトーバーとジャニュアリーが肯定的に返す。
『ならば、それを見越して本部周辺に兵力を集中しますか?』
『いや、集中させ過ぎるのも良くないだろう。他の守り……特に我等それぞれの拠点の防衛戦力は残しておくべきだ』
『そうね。本部強襲と同時に拠点襲撃を狙わないとは言い切れないものね』
マーチが他のメンバーに尋ねると、ジューンとエイプリルが兵力を集中し過ぎる事に慎重論を述べる。
『そう言えばジュライ。アンタの娘の……スコールだったか?IS学園に寝返った訳だが、思う事は?』
『ない。全て娘の自由意志に任せている。アレがこちらを裏切ったのは、そういう運命だったのだろうよ』
セプテンバーがジュライに訊くが、ジュライの返事はすげないものだった。
『それに、アレの持つ情報は私達にとっては共通認識程度の浅いもの。漏れた所でどうなるという事など無い』
『確かに……な。ならば、気にする程の事もないか』
セプテンバーが納得して頷いたのを確認して、オーガストがノヴェンバーに話を振った。
「ノヴェンバー、ISの整備・改修の進捗はどうか?」
『強化改修作業は95%を終了。あと3週間……いえ、半月で完璧に仕上げてみせましょう』
「メイ、場合によっては『鬼』を動かして貰うかも知れん。備えておけ」
『良いだろう。そんな時が来なければ良いがな』
「ジャニュアリー、ジューン、ディセンバー」
『派兵の準備は出来てるぜ。
『IS用外部バッテリーの在庫は十分だ。いつでも吐き出せる』
『追加の資金提供だろう?分かっている。1億ドル程でいいか?』
「結構。では、これより亡国機業の最終作戦『オペレーション・ワールドリベンジ』の開始を宣言する。各員、抜かりの無いよう励め」
『『『委細承知』』』
♢
「−−って感じで話が進むと思うんだよね、束さんは」
「どうでもいい。それより『黒騎士』の強化改修は終わったのか?」
太平洋某所、水深1500m付近。篠ノ之束謹製移動研究室『
亡国機業の取る手を嬉々として語る束を、マドカは心底鬱陶しそうにしながら、愛機『黒騎士』の強化改修の進捗状況について問うた。
「ああ、それならもう終わってるよ。マドっちの希望は全部叶えといたから、あとは乗って感覚を確かめといてね」
「そうか。ならばさっさと浮上しろ。私はもう行く」
そう言うと、マドカは椅子から立ち上がってそのまま談話室から出て行った。
「ん〜、相変わらずつれないなぁ、マドっちは。クーちゃん、一旦浮上して」
『はい、束様』
操舵室にいるクロエにそう命じ、束は頬杖を突きながら思考を巡らせる。
(亡国機業の読み通り、ラグナロクが本部強襲を主軸にした作戦を立てるなら、村雲九十九は強襲部隊の中核を担うはず。なら、そこに『
「孤立無援になった所を、私が殺す。うん、完璧!」
♢
「−−などという風に考えているでしょうね。今の、私への復讐心に凝り固まった篠ノ之束なら」
「「「あ~……」」」
九十九の束の動向予想を聞いて、妙に納得したような声を上げたのは、一夏と箒、そして千冬だった。
実の妹であり、束の人となりを嫌という程理解している箒は、彼女の『自分の認めたものに執着する』性状を考えれば、大敵と認めた(であろう)九十九を何としてでも自分の手で討とうとするだろうと得心したし、それを箒から『姉への愚痴』として散々聞かされてきた一夏も同様だ。
また千冬も、束が『一度こうと決めたらどこまでも突っ走る』女だという事をうんざりする程分かっているため、束ならそうすると確信していた。
「なんと言うか……家の姉がすまない、九十九」
「箒、謝らなくていい。お前に落ち度は無い」
頭を下げようとする箒を九十九は手で制し、気にする事はない旨を告げた。
「さて、そうなると九十九くんの配置を変更すべきかな……?」
九十九を本部強襲部隊に据えるつもりだった藍作だったが、九十九の予測通りになった場合、束の乱入によって場が−−少なくとも亡国機業側は−−混乱するのが目に見えているからだ。
「いえ、向こうから顔を出しに来ると言うならむしろ好都合。さっさとケリを付けたいのはこちらも同じ事ですから」
首を横に振り、そう言う九十九。その顔には、どこか好戦的な笑みが浮かんでいた。
「……そうか。では、予定通り九十九くんは本部強襲部隊に編入。シャルロットくんと本音くんには、九十九くんとのチームアップをお願いしよう」
「「はい!」」
「そして万が一……いや、むしろ『必ず来る』と想定して動こう。篠ノ之束博士が戦場に飛び込んできたら……」
「私が相手をします。と言うより、アレが他をガン無視する確率の方が高いですけどね」
九十九がそう言うと、千冬と箒が大きく頷いて賛同の意を示した。
「さて、他にも襲撃をかける場所は多いからね。サクサク行こう。……っと、その前に、今回合同で作戦に当たる国連直属IS特務部隊『
藍作が作戦室の扉に向かって声をかけると、どこか妖艶な響きのアルトで「失礼いたします」と聞こえたあと扉が開き、作戦室に7人の女性達が入って来た。彼女達は壇上に整列すると、右拳を左胸に添える国連軍式敬礼−−世界平和に命を捧げる覚悟を表すポーズ−−をした。
「まずは自己紹介を。私は、国連直属IS特務部隊『プリベンター』総隊長、コードネーム・ウィンド。以後、よろしく」
敬礼を解き、一番左の女性……くすんだ金髪を肩口で切り揃えた、色気のある美しさを湛えた20代後半の女性が名乗った。続いて、他の隊員達も名乗りを上げる。
「同じく、コードネーム・ファイヤ」
「コードネーム・ウォーターよ。よろしく!」
「コードネーム・サンドです。どうぞよしなに」
「コードネーム・クロス。足は引っ張ってくれるなよ、小僧共」
「コードネーム・パウダーと申します。よろしくお願いいたします」
「コードネーム・バブルだ。まあ、気楽に行こうや」
黒髪ショートのぶっきらぼうな女性、赤茶ロングをみつ編みにした快活な女性、灰色ウェーブをセミロングポニーにした物腰穏やかな女性、青みがかった黒髪をドレッドにした気難しそうな女性、黄色に近い金髪をボブカットにしたおとなしそうな女性、暗褐色の髪を刈り上げた豪快な雰囲気の女性。それぞれに特徴的だが、やはりと言うか何と言うか、総じて美女だった。
「彼女達には、君達のチームリーダーとして作戦に当たって貰う」
「そういう事。編成は、私達のISとの相性を考えてこちらで決めてあるわ。貴方達には作戦開始までの2週間、チームでの連携戦闘訓練を受けて貰います。国連軍式だから死ぬ程キツイけど……くれぐれも、死なないように」
ウィンド隊長がとてもイイ笑顔でそう言った。
(あ、これマジのやつだ……)
この後自分達が見るだろう地獄を想像して、九十九達は揃って引きつった笑みを浮かべた。
♢
そして、時はあっと言う間に過ぎ去り、2週間後。IS学園、第6アリーナ。
壇上に立った藍作が、居並ぶ専用機持ち達を前に最後の激を飛ばすべくマイクを取った。
「諸君、いよいよだ」
同時刻、某国某所。亡国機業本部会議室。
オーガストが議席から立ち上がり、他の『カレンダー』メンバーにゆっくりと語り掛けた。
「諸君、いよいよだ」
同時刻、大西洋沖水深500m地点。篠ノ之束謹製移動研究室『吾輩は猫である』艦橋。
傷だらけの顔を喜悦に歪めながら、束は唯一の忠臣にして娘、クロエに向けて呟いた。
「クーちゃん、いよいよだよ」
「この2週間、我々、そして君達は、出来うる限りの準備を重ねてきた」
「全ては、今まさにこの瞬間の為に」
「この一戦で、全ての因縁に決着をつけよう。ねえ、村雲九十九……!」
「これより『オペレーション・ゴーストバスター』を開始する!各員、抜かりなく任務を遂行し、必ず生きて帰ってこい!」
「これより『オペレーション・ワールドリベンジ』を実行に移す!たとえ死んででも、作戦を成功させよ!」
「じゃあ『オペレーション・ウルフハント』を始めよう!『吾輩は猫である』浮上開始!」
全く同じ時間の、全く違う場所で、黄昏の長と亡霊の長、そして狂った兎の放った台詞は、奇しくも一言一句同じだった。
「「「さあ、復讐を始めようか……!」」」
次回予告
亡国機業の本部に向かう九十九達とウィンド。
だが、その途上で双子の鷹の襲撃を受ける。
意外な形で訪れた再戦の時。九十九は勝利を上げる事が出来るのか。
次回「転生者の打算的日常」
#101 再戦、双子鷹
私はこんな所で、立ち止まっていられないんだ!