転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#10 学級代表決定戦(対策)

「うう………」

 オルコットとの決闘が決まったその日の放課後。私の目の前には、机の上でぐったりとする一夏がいた。

「い、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 一夏が愚痴をこぼすのも無理はない。IS学園の教科書はとにかく専門用語の羅列なのだ。辞書でもあれば話は別だが、世に出て10年しか経っていないISに、専門用語を分かりやすく解説できるだけの蓄積は無い。

 そのため、ISの辞書などという物は現状存在しない。つまり一夏は、今日一日ほとんど何もできていないのだ。

「まあ、事前に知識の蓄積を怠ったお前の責任だな」

「言わないでくれ……」

「それにしても……」

「ああ……」

 私達は教室の外に目を向ける。そこには、放課後だというのに休み時間と全く変わらない光景があった。

 一年一組教室の前には他学年・他クラスの女子が多数押しかけ、きゃいきゃいと小声で話し合っている。

「勘弁してくれ……」

「それには同意する。昼休みも大騒ぎだったからな」

 溜息をつきつつ、僅かに顔を俯ける。なにせ昼食にしようと私達が学食に移動すれば、集まっていた女子が全員後ろからゾロゾロとついて来るのだ。一夏はげんなりした様子で「大名行列かよ」と呟いていたが、女子ばかりだからむしろ江戸城大奥の御鈴廊下(おすずろうか)だろう。

 しかも学食ではモーセの海割りが再び発生。ちょっとしたガリバー状態に二人で顔を見合せてしまう。

 私達は完全に『日本初上陸の珍獣』状態だった。前世でウーパールーパーという両生類が流行した事があるが、これはそれと同じようなものなのだろうか?

 

「ああ、織斑くん、村雲くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

「「はい?」」

 呼ばれて顔を上げると、副担任の山田先生が書類片手に立っていた。

「何かご用ですか?山田先生」

「あ、はい。えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーをこちらに渡す山田先生。

 IS学園は全寮制であり、生徒は学生寮での生活を義務づけられている。これには、将来有望なIS操縦者を保護する目的もある。

 未来の国防が関係する以上、学生の頃からあの手この手で勧誘しようとする国があってもおかしくない。実際、どの国も優秀な操縦者の勧誘に必死だ。

「俺たちの部屋、決まってないんじゃなかったんですか?前に聞いた話だと一週間は自宅から通学して貰うって事でしたけど」

「私にも同じような話が来ていましたが?」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……二人とも、その辺りの事って政府から聞いてます?」

 最後は私達だけに聞こえるよう耳打ちする。

 政府とは当然日本政府だ。何せ今まで前例のない『男性IS操縦者』だ。国としては保護と監視の両方を付けたいのだろう。

 なにせあのニュースが世界中に流れて以降、マスコミの取材はもとより日本駐留の各国大使が「ぜひ我が国に国籍を移して欲しい」と言って来たり、企業の人事部所属の社員が「我が社に入りませんか?」と言って来たり、挙句の果てには遺伝子工学研究所の所員が「是非、生体調査をさせて欲しい」と言って来たりした。上二つはともかく、流石に研究所員の話には頷けない。

 

「そう言うわけで、政府特命もあってとにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一月もすれば個室が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

「……あの、山田先生、顔に息がかかってくすぐったいんですが……」

「というか、いつまで耳打ちするつもりですか?」

 教室内外の女子達が、興味津々と言った顔をしている。残念ながら、そんな甘酸っぱい話はしていないぞ諸君。

「あっ、いえっ、これはそのっ、別にわざととかではなくてですねっ……!」

 あからさまに慌てる山田先生。男に免疫がないのか、顔が真っ赤に染まっている。

「いや、わかってますけど……。それで、部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」

「あ、いえ、荷物なら−−」

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 後ろから千冬さんの声がした。今、一夏の脳内では間違いなく『ダースベイダーのテーマ』が流れているだろう。ちなみにもう一曲は『ターミネーターのテーマ』だそうだ。

 ちなみに、同じ状況になった時に私の脳内に流れるのは『ジョーズのテーマ』もしくはベートーベンの『運命』である。

「ど、どうもありがとうございます……」

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 なんとも千冬さんらしい大雑把な荷造りだった。その通りではあるけれど、日々の潤いは重要だと思いますよ?

「村雲の荷物はお前の母親が用意している。すでにお前の部屋に搬送されているので、後で確認するように」

「わかりました」

 母さんの事なので余計な物が含まれてないか心配になるが、一旦その思考を中断して山田先生の説明を聞く事に集中する。

「じゃあ、時間を見て部屋に行って下さい。夕食は18時から19時、寮の食堂でとって下さい。各部屋にはシャワーがありますけど、その他に学年寮ごとに大浴場があります。けど……えっと、その、織斑くんと村雲くんは今の所使えません」

 まあ、そうだろう。ここはそういう場所だからな。

「え、なんでですか?」

 だというのに、なんでまたそれを聞く?

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

「一夏、私は性犯罪者を友人に持ちたくないのだが?」

「あー……」

 言われてようやく気付く一夏。遅いわ……。

「おっ、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」

「い、いや、入りたくないです」

 その言い方は誤解を招くぞ一夏。

「ええっ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような……」

「一夏、どうやら私はお前との付き合い方を考えねばならないようだ。取り敢えず、私の後ろに立たないでくれ」

 さりげなく一夏から距離をとる。尻を押さえるのも当然忘れない。

「まてまて九十九!違うから!そんな趣味ないから!!」

 必死に否定する一夏の叫びときゃいきゃい騒ぐ山田先生の言葉が伝播したのか、廊下では俗に言う『腐女子談義』に花が咲く。

「織斑くん、男にしか興味がないのかしら……?」

「それはそれで……いいわね!」

「一夏×九十九?それとも九十九×一夏!?ああっ、どっちもいい!!」

 なにか不穏なかけ算が聞こえたが、今は無視。後で片っ端から潰しにかかるとしよう。

「えっと、それじゃあ私達は会議があるのでこれで。織斑くん、村雲くん、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」

 校舎から寮までは約50m。それでどうやって道草を食えと言うのだろうか、この人。

 確かに各種部活動、ISアリーナ、IS整備室にIS開発室と、およそISに関係するありとあらゆる施設・設備を擁するIS学園だが、今の所私達にそれらは関係ない。いずれは見て回るべきだが、今日はもう休みたかった。そろそろ女子の視線から解放されたいのだ。

「ふー……。行くか、九十九」

「はあ……。そうだな」

 先生二人が教室から出ていくのを見送って、私達はため息混じりに席を立つ

 またしても教室内外であれこれ騒いでいるが、今日は無視を決め、部屋に行く事にする。とりあえずここよりはましだろう。

 

 

「えーと、ここか。1025室だな」

「私は1033室だ。もう少し先だな」

「って、同じ部屋じゃないのかよ!」

 寮の部屋番号を確認しながら進むことしばし、私達は一夏の部屋の前にいた。

「山田先生の話を聞いていたか?無理矢理部屋割りを変更したと言っていただろう。私達が初めから同じ部屋になれるなら、そんな苦労はしていないぞ。まあ、一月少々の同居人だ。よろしくやれ」

「お、おう」

 私はそう言いながら、自分の部屋を目指した。

 

ガチャ

 

 ドアの開く音がしたので振り返ると、一夏が部屋の中へ入っていったのが見えた。そういえばあいつ、ノックしたか?

 

 『1033』のプレートを見つけたのは、一夏と別れて20mほど行った場所だった。

「ここだな。さて私のお相手は誰だろうね」

 

コンコンコンコン

 

 ドアを4回ノックする。豆知識だが、ノックの回数には意味があり、2回はトイレの個室の使用確認で、3回は親しい相手の場合、公の場や初対面の相手の場合は4回が正しいとされている。

「は~い、誰~?」

 やや間延びした、幼い印象を受ける声。この声は……。

「この部屋の同居人になる者だ。今大丈夫かね?」

「うん、大丈夫だよ~」

「では、失礼する」

 

ガチャ

 

 ドアの開けて中へ入る。そこには……。

「……きつね?」

 の着ぐるみのような部屋着を身につけた−−

「おお~、つくもんだ~。ど~したの~?」

 どこか小動物的な雰囲気の漂う女の子がいた。

「いや、つい先程『同居人になる者だ』と言ったはずだが?のほほん……失礼、布仏さん」

 いわずもがな、布仏本音その人だった。

「ほえ?そ~なの?」

 首を傾げてこちらを見てくる布仏さん。なんか和む。

「ああ。政府特命でやむを得ずらしい。なに、一月少々の事だ。辛抱してくれると有難い」

「うん、わかった~。じゃあ~よろしくね~つくもん」

 言いながらこちらに右手を差し出す布仏さん。

「ああ、よろしく頼むよ。のほほん……失礼、布仏さん」

「言いにくいなら名前で呼んでもいいよ~?」

「そうかね?では、改めてよろしく。本音さん」

「うん、よろし−−」

 

ズドンッ!!

 

 突如廊下全体に響く大音量。何が起きたのか知ってはいるのだが、やはり驚いた。

「ひゃあ!なになに〜!?」

「何か棒状の物で、木の板を貫いたような音だな。それが出来そうな人物を二人ほど知っているが……」

 

ドンドン!!ドンドンドン!!

 

 ドアがノックされたので開けると、そこにいたのは−−

「た、助けてくれ!九十九!!」

 顔面蒼白で息も絶え絶えの一夏だった。

「あ、おりむーだ~」

「一夏、単刀直入に訊くぞ。何をした?」

「俺が何かしたの確定なのかよ!?」

「当然だ。まあいい、入れ。ここでは目立つ」

「お、おう」

 一夏を部屋へ入れる。部屋の前では女子達が騒いでいて、落ち着いて話が出来そうにないからだ。

 

「さて、一夏。もう一度訊くぞ。何をした?」

「いや、ルームメイトが箒だったんだけど、シャワー中でさ……」

「皆まで言うな。大方お前がノックもせずに部屋に入って、箒が入ってきたお前を同性の同居人だと思ってバスタオル一枚の格好で出てきて鉢合わせ。箒が怒りと羞恥から木刀を持って襲ってきた。と言った所だろう?」

 私の言葉に、一夏が衝撃を受けたかのような顔をする。その顔は『自称神の雷男の顔芸』に似ていた。

「お前、エスパーか?」

「いや?だが、お前と箒の性格と行動パターンを考えればこの程度の予測はできるさ」

「つくもんすご~い。……おりむー、ノックは人類の偉大な発明なんだよ~?」

「グハッ……!」

 本音さんの一言にへこむ一夏。自業自得だがな。

「九十九、俺はどうしたら……」

「知らん。一夏、私は昔から言っているはずだ。お前達の夫婦喧嘩に巻き込むなとな。さっさと謝るなりなんなりして、部屋に入れて貰え。話はそれからだ」

「いや、俺たちは夫婦じゃ「いいから」アッ、ハイ。ワカリマシタ」

 すごすごと私の部屋を出ていく一夏。やれやれ。あの二人、本当に進歩がないな。

「さて、本音さん」

「な~に~?」

「まずは、色々取り決めなければならないが、何か要望はあるかね?」

 

 私達は、部屋の中での決め事について話し合った。ベッドの位置、シャワーの時間、着替えの方法と場所、冷蔵庫の使い方等を決め、夕食を取ろうと部屋を出ようとした時。

 

ズガンッ!!

 

 再びの大音量。ビックリした本音さんが飛び上がる。

「ひゃあ!今度はなに~!?」

「棒状の物で何か硬い物を叩いた音だな。一夏め、今度は何をした?」

 というか、あいつ生きてるよな?

 

 

 翌朝、一夏と箒、そして本音さんと食堂で朝食を摂る。箒はかなり不機嫌らしく、一夏の話しかけに応じる気は全く無さそうだ。

 私達の周りには、昨日から変わらず一定の距離を保ちつつ『興味津々ですよ。でもがっつきませんよ』というどうにもむず痒い気配を放つ女子達がいる。

 そんな中、三人の女子が私達に声をかけてきた。朝食を一緒にしたいらしい。

 一夏が「別にいい」というと、声をかけた一人が安堵のため息をつき、後ろの二人が小さくガッツポーズをとっている。周囲からは「出遅れた」「まだ2日目。焦る段階じゃない」「昨日部屋に押し掛けた子もいるらしい」「なん……だと……?」といったざわめきが聞こえてきた。

「織斑くんも村雲くんも、朝すっごい食べるんだ!」

「お、男の子だねっ」

「俺は夜少なめに取るタイプだから、朝たくさん取らないと色々きついんだよ」

「私は単純に燃費が悪くてね。これ位は取らないと昼まで保たんのだよ」

「へ~、そうなんだ~」

 この後、一夏が女子の食事量が少なめなのを見て「そんな量で平気なのか?」と聞き、三人がしどろもどろになりながら答えるというシーンがあった。ダイエットしているのだろうが、それを言えない乙女心。という奴だろう。

「織斑、村雲、私は先に行くぞ」

「ん?おう。また後でな」

「了解した。また後で」

 さっさと食事を済ませた箒は席を立って行った。ちなみにあいつの食事は全て和食だった。相変わらずのサムライぶりに感服するね、まったく。

「織斑くんと村雲くんって篠ノ之さんと仲がいいの?」

「織斑くんと同じ部屋だって聞いたけど......」

「ああ、まあ、俺たち幼なじみだし」

 別段意識せずに言った一夏だが、周囲のどよめきは大きかった。誰かの『え!?』という声が聞こえた。

「え、それじゃあ−−」

 一夏の隣の女子、谷本さんが質問をしようとした所で、食堂に手を叩く音が響く。

「いつまで食べている!食事は迅速に効率よく取れ!遅刻したらグラウンド10周させるぞ!」

 千冬さんの声は実によく通る。途端、食堂にいた全員が慌てて朝食の続きに戻る。

 IS学園のグラウンドは1周5㎞。つまり10周で50㎞となり、フルマラソンより長い距離を走る事になる。流石にそれは勘弁なので、私も急いで食べる事にする。

 ちなみに千冬さんは一年生寮の寮長も務めている。相変わらず、いつ休んでいるのかわからないお人だ。

 

 2時限目終了時、すでに一夏はグロッキーだった。多少の予習はしたのだろうが、その程度では間に合わなかったようだ。

 腕を組み、教科書と睨み合いを続ける一夏だが、そんな事はお構い無しに授業は進む。

 山田先生は時々詰まりながらも、生徒達にISの基礎知識を教えていく。

 ISの生体補助機能についての話で、ある生徒が『体の中を弄られているようで怖い』と言ったので、ブラを例えに出した時に一夏と目が合ったらしく、ごまかし笑いを浮かべて教室が微妙な雰囲気になったり、ISの学習能力の話で山田先生が『ISを道具ではなく、パートナーとして認識すること 』と言った所、生徒から『彼氏彼女のような感じですか?』と質問され、『経験がないのでわからない』と赤面し俯いたりしていた。そんな山田先生を尻目に、女子達は男女についての雑談を始める。

 私はこの状況に、女子校特有の空気の甘さのようなものを感じた。

 

 3時限目開始前、千冬さんによって一夏に専用機を用意する事が伝えられた。

 教室がざわつくが、一夏は相変わらず何の事だかわかっていないようだった。

 千冬さんがため息混じりに「教科書6ページ。音読しろ」と呟く。そこに書いてある事を要約すると、以下のようになる。

 

 1.ISは世界に467しか存在しない。

 2.ISコアは篠ノ之束博士以外に製作不可能で、博士はもうコアを製作していない。

 3.専用機は国家、ないし企業所属の人間のみに与えられるが、男性IS操縦者のデータ収集のために織斑一夏に専用機を用意する。

 

 要は一夏に「モルモットになれ」と言う事だ。

「あれ?じゃあ九十九は?」

 当然の疑問を一夏が口にする。

「ああ、村雲なら−−」

「私は既に専用機を持っている。テストパイロットとして父さんの会社に所属しているからな」

 言いながら襟元に手を入れて、ある物を取り出す。

「ドッグタグ?」

 それは、狼の横顔が彫られたドッグタグだ。

「これが私のIS『フェンリル』だ。今は待機形態だがな」

 私の言葉に一部の女子が食いつく。

「村雲くんって、どこの企業所属なの?」

「ラグナロク・コーポレーションだが……知っているかね?」

「えっ!?ラグナロクってあの!?」

「とんでも武器ばっかり作ってる変態企業!?」

 失礼だな。割とその通りだが。

 その後、箒が束博士の妹だと知れて大騒ぎになったが、箒の「あの人は関係ない!」という言葉に、皆困惑や不快を顔に表していた。やはり、箒と博士の間にある溝は深いようだった。

 

 

 休み時間に私達の前に現れたオルコット。腰に手を当てるポーズをとっている。様になっているが、今はどうでもいい。

 オルコットは私達に専用機がある事に安心したという。「勝負は見えているが、フェアではないから」が理由だそうだ。

 一夏の「何故フェアではないのか?」という質問に、オルコットは「自分も専用機を持っているから」と答えたが、一夏にはいまいち伝わっていなかった。

 馬鹿にされたと思ったのか、一夏の机を叩くオルコット。あ、ノートが落ちた。

 続くオルコットの「専用機持ちは全人類60億超の中でも、エリート中のエリートである」という言葉に「人類は60億超えてたのか」とずれた所で感心する一夏。

 やはり馬鹿にされたと思ったのか、また一夏の机を叩くオルコット。あ、教科書落ちた。

 さらに「博士の妹なんですってね」と矛先を箒に向けたが、自分に向けられたヤクザ顔負けの鋭い視線に気圧されたのか「クラス代表にふさわしいのはわたくしだということを忘れないように」と捨て台詞を吐いて、踵を返して立ち去った。

 オルコット、私には何も無しかね?ああ、そうかね。

「つくも~ん、お昼行こ~」

 オルコットに無視された事でささくれた心が、急速に癒されるのを感じるふんわりボイス。

「本音さん。私の味方は君だけのようだ」

「ほえ?」

 ああ、いいなあこの娘。和むわ。

 

 場所は変わり食堂。一夏と箒の動向に分割思考を向けつつ、本音さんと一緒に昼食を取る。

「ね~ね~、つくもん」

「何かね?本音さん」

 パスタを食べながら、本音さんが私に話しかける。

「せっしーに勝てるの~?代表候補生なんだよ~?」

「ふむ、まあ勝算が無いとは言わない。もっとも確実に勝てるとも言えんがね」

 特大マルゲリータピザを齧りつつ答える。む?このモッツァレラチーズ、水牛乳を使った本物だ。流石はIS学園。手抜かりがないな。

「えっと、それってどういうこと?あ、隣いいかな?」

 かけられた声にそちらを向くと、二人の女子がいた。

「構わんよ。確か、相川清香(あいかわ きよか)さんに谷本癒子(たにもと ゆこ)さん……だったかな?」

「う、うん。名前、覚えてくれたんだ」

「まあ、これくらいは出来ないとね」

 

ーーー

「そういやさあ」

 定食を食べながら、おもむろに口を開く一夏。

「……なんだ」

「ISのこと教えてくれないか?このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

 それは言わない約束だ、箒。

ーーー

 

 私の隣に相川さんが、斜向かいに谷本さんが座り、話の続きを促す。

「それで、さっきの話だけど……」

「ああ、『勝算は無いとは言わないが確実に勝てるとも言えない』の意味だったね」

「うん、それ」

「それは私の言う勝算が、オルコットの精神状態によるからだ」

 私の言葉に頭の上に『?』を浮かべる三人

「オルコットは私達を『ISに乗れるだけの男』だと思っている。そして自分を『エリート中のエリート』だと思っている。ここまではいいかね?」

 こくりと頷く三人。

 

ーーー

 三年生の女子が一夏と箒の所にやってきて「ISの事を教えてあげる」と言ったが、箒の「私が教える事になっている。私は篠ノ之束の妹だ」と言う言葉に軽く引いた感じで立ち去った。親切そうな人だったのに、残念だったな一夏。

ーーー

 

「要するに、オルコットは自分が勝って当然だと慢心し、油断している。恐らく、こちらの機体やその能力をろくに調べもせず、自分の腕を今より磨く事もしないだろう」

「えっと……つまり?」

「オルコットの慢心と油断。そして、対戦相手である私達に関する情報の不足。それが私の言う勝算だ」

 

ーーー

「今日の放課後、剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないかみてやる」

「いや、俺はISのことを−−」

「みてやる」

「……わかったよ」

 どうにも一夏の周りには強情で強引な女が多いな。そういう運命なのか?

ーーー

 

「もっとも、一夏が先に対戦して善戦した、あるいは何かの拍子に勝ったとなれば、彼女の慢心と油断は消え、私のアドバンテージはこちらの情報の不足のみになる。それが確実に勝てるとも言えない理由だ。出来れば先に戦いたいが、こればかりは運だな」

 と言っても、原作通りに事が進めば先に戦える可能性は高いが。

「そ、そうなんだ……」

「か、考えてるんだね……」

「つくもんはゲスいな~」

 失礼な。戦うとなればこれ位は当然だろうに。

「本音さん。この位でゲスいなんて、真のゲスに失礼だろう」

「え、そこなの~?」

「うむ、そこなのだよ。ああ、先ほど一夏と箒が剣道場で修練すると言っていたぞ。行ってみるといい」

「え、そうなの!?」

「て言うか、どうやって知ったの!?」

「ふっ、秘密だ」

 さて、これで一夏の錆び付いた腕が多少はましになるといいが。

 

 

 時間は放課後、場所は自室。本音さんは剣道場に行ったようで今はいない。

「さて、一夏の事は箒に任せるとして、私は情報収集に励むとしようか」

 持参したパソコンを立ち上げ、オルコットの機体の性能、本人の技量と得手不得手、得意な戦術、嫌う戦術など、調べられるおよそ全ての事を調べ尽くす。

 

 セシリア・オルコット。イギリス代表候補生。IS適性はA、BT適性はA。

 専用機はイギリス製第三世代機『ブルー・ティアーズ』。機体分類は遠距離射撃型。

 主な装備は以下の通り。

 BTエネルギーライフル《スターライトmk-Ⅲ》

 近接戦用ショートブレード《インターセプター》

 BT兵器《ブルー・ティアーズ》(内訳はレーザービット4機、ミサイルビット2機)

 BT兵器は、高稼働時にビームの偏光制御射撃(フレキシブル)が可能になるとされているが、現在オルコットに偏光制御射撃の成功事例はない。

 機動射撃も出来るが、静止状態での狙撃をより得意とする。中長距離戦に極めて強く、反面接近戦を非常に苦手としている。

 自機の機動中に《ブルー・ティアーズ》を稼働する事ができず、その逆も同様である。

 基本戦術は《ブルー・ティアーズ》による対象の足止めからの狙撃。対象の反応の最も遅くなる位置に《ブルー・ティアーズ》を配置する癖がある。

 

「なるほど、やはり原作と大きな違いは−−」

「ただいま~」

 ないな、と言おうとした所で、本音さんが帰ってきた。

「ああ、お帰り本音さん。一夏はどうだったね?」

「しののんにこてんぱんにされてたよ~」

「まあ仕方ない。あいつは中学時代、家計の足しにアルバイトをしていたからな。腕も落ちるだろう」

「しののんはおりむーを鍛えなおすってはりきってた~」

「まあ、一夏の感覚を取り戻させるには丁度いいだろう」

「つくもんは練習とかしないの~?」

 首を傾げて聞いてくる本音さん。うん、かわいい。

「練習をするのは早朝さ。それならオルコットに見られる事はないからね。情報とは自分の物は相手に渡さず、かつ自分は相手の物を持っているというのが、一番理想の状態なのだよ」

 パソコンを閉じながら、私は本音さんに持論を語る。

「お~、つくもんは策士だね~」

「誉めても何も出ないさ。さあ、夕食に行こうか」

「は~い」

 こうして、一日が終わりを告げた。

 私は明日の早朝訓練のためにアリーナの使用申請をした後、シャワーを浴びて眠りについた。

 

 

 翌早朝。私は第二アリーナにいた。

「さて、始めるか」

 入念なストレッチを終え、まずはISの着脱訓練から開始。目標は1秒以内だが、今の私の最短時間は約2秒。精進が必要だな。

 ついで、各種装備の展開(オープン)&収納(クローズ)訓練。二種の拳銃、片手剣、投擲槍を次々に取り出しては素早くしまう。目標は展開・収納共に0.5秒だが、現在の平均は共に1.3秒。こちらも要練習か。

 最後に『フェンリル』の第三世代兵装を展開して最大数稼働を10分間維持して今日の早朝訓練を終了する。

 

「はあ……はあ……やはり最大数稼働は負担が大きいか」

 頭痛をこらえて部屋に戻り、シャワーを浴びて汗を流した後、制服に着替える。

 ちなみに部屋に戻った時、本音さんはまだ寝ていた。時間は6時半。そろそろ起こさねば。

「本音さん、起きたまえ。もう時間だ」

 声をかけるが反応なし。

「本音さん、朝だ。起きたまえ」

 軽く肩を揺する。「ん……ふにゅ~」と、わずかに反応。

「本音さん、起きたまえ。遅刻したいのかね?」

 さらに強く肩を揺する。と、ようやく一言。

「ん~……あと5分……」

 

ピキッ!

 

「わかった、あと5分だな……。などと言うと思うか!!」

 

バサァッ!

 

 本音さんのベッドの掛け布団を一気に引き剥がす。

「ひゃあ!」

 驚きに意識が覚醒する本音さん。

「やあ、おはよう本音さん。いい朝だな」

「う~、ひどいよつくもん~」

 こちらを恨みがましげに見てくる本音さん。

「このような起こし方をされたくなければ、自分で起きる努力をしたまえ。ほら、身支度を整えたら朝食に行くぞ」

「うん、わかっ……く~」

「だから寝るな!起きんかコラ!」

 結局、本音さんが身支度を整えて部屋を出る事ができたのは7時過ぎ。朝食は軽くしか取れなかった。

 ついでに、毎朝本音さんを叩き起こすのが私の仕事になった。何故こうなった?

 

 これで私のクラス代表決定戦の対策は立った。

 あとは、訓練をしながらその日が来るのを待つだけだ。




次回予告

蒼の奏でる雫のワルツ。
純白の唄う剣のアリア。
灰銀の指揮するオーケストラ。
観客の支持を最も受けるのは……。

次回「転生者の打算的日常」
#11 学級代表決定戦(対決)

聴いていけ。私の奏でる交響曲を。

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