東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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終了

 

 

「くっ……、卑怯よ! もっかい戦ってよ!」

 無敵にも思われた蓬莱山輝夜は、しかしあっさりと負けた。盲目をかけられ、音を遮断し、足を凍らされて。保護者、八意永琳も苦笑まじりに何度か頷き、説得していた。

「いやよ!」

「いやよじゃないの。貴女が油断して、一発だけもらってあげるわ、とか言ったからでしょ」

「だってそんなの聞いてないもん! 予測出来ないでしょ!?」

 必死の弁解もむなしく響くだけで、「それが闘いでしょ?」の一言、蓬莱山輝夜の言葉は真っ二つにされた。

「う……むむ……わかったわよ! 協力すりゃあいいんでしょ!」

「た、助かる……」

 とんだじゃじゃ馬だ、と思った。あとほんの少しだが、それでも制御出来るとは到底思えない。後ろでも蓬莱山輝夜への悪態がうかがえた。

「なによ! 文句あんの!?」

 ……同レベルだ、とも思った。同時に、憂鬱な気分が高まった。このあと、大層な演説もどきが待っているのだ。

「帰ろうか」

 声が沈鬱としてるのを自覚した。

 

「さて、適当に説明していこうか。まず、俺には能力が二つある。天才になれるのと死んだら少し前に巻き戻る能力。例えば、異変を解決に出る、誰かと戦う、死ぬ、すると戦う直前に戻るんだ。その際記憶はある。質問は?」

 半ば自棄と、口早に言った。最初に口出ししたのは、やはりというか、先ほどの戦闘に納得していない蓬莱山輝夜だった。

「さっきの戦いもきっと何回と戦ったまぐれなのね!」

「それは多分ないわ。貴女、一回この子達を倒したじゃない」

「あー……さっきのは無かったことに」

 まだ冷静にはなれていないようだ。しかし、これで少しでも頭が冷えただろう。続きを促す視線に気付き、底は続けた。

「簡単に言うと、能力は紫から渡されたらしい」

 ガタリと、一番勢いが強かったのはレミリアである。次点で博麗。

「不運? も紫からだ。俺の今までは殆どが紫の仕業だったらしいんだ」

 なるべく辛くないといった風に、無機質で淡々と。

「なにそれ」

「『楽しみたい』だそうだ。俺が選ばれたのは名前なんだと」

 どれだけ心が砕けそうになったか。その度になんとか心を形成させようと奮起していたのかもしれない。「俺の死に様や戦い、逐一監視していた、とも言ってたな」

「なによそれ……!」

 一番悲しいのは、復讐したいのは誰なんだろう、と考える。底は確かに紫に軽くでもいいから復讐したい。せめて、紫の謝罪が聞きたい。だが、この空虚な、してもいいししなくてもいい復讐心は、果たして本当に自分の事であると分かってるのだろうか?

「なんなんだろうなぁ。俺も聞いたときわからなかった。なにもかも、全部な。俺の一生が壊れたんだよ。その瞬間に」

 震える口から出てくるのはちぐはぐな言葉だった。

「ちょっと待てよ、じゃあなにか? お前は紫に目をつけられたが為に、今まで何百回も死んだのか? 私ら、流石に紫がそこまでするとは……思えねぇよ」

「正直、思いたくない。私はもう何十年も紫様の側においてもらってる。あの方は、優しい」

「知らん。本当か嘘かなんて正直どうでもいい」

「でも、底は紫に能力をもらってないと、私達とは会えなかった」

 アリスが腕を組んで言う。「感謝すればいいのか、恨めばいいのかわからないわね」

「いきなりこんな話聞かされて、知らないけどさ、こんなの、正解なんてないんでしょ。今まで楽しませたんだから、ちょっとくらいの我儘は許されるんじゃない?」と蓬莱山輝夜。

「まぁ、だからなに? って私は思うけど。私達は妖怪よ。人間の事なんてどうでもいいの」

「幽香さんが言うのももっともだ。だからこれからは無理強いなしの協力してくれる奴だけでいい。個人的に謝罪が聞ければいいんだ。もうそれだけ望む事にする」

「じゃあ私は嫌よ。面倒だもの」

「戦闘じゃなければ私と輝夜は協力するわ。うどんげ、自分で決めなさい」

「ありがとうございます、師匠! 出来る限りの協力をするからね、底」

「ありがとう。協力してくれる奴は残ってくれ。嫌なら自室に戻ってくれ」

 席を立ったのは風見幽香を筆頭に、リグル、ミスティア、犬走椛が退出した。元々そこまでの集まりではないが、よく戦闘に出てくれていた者は大方残る意思を見せてくれた。

「妖夢も役に立つわ。私、紫に刃を向けたくないから行方を見守るってことでよろしくね」

「それでも助かります。じゃあ皆、明日の昼また集まってくれないか? 今日はなんだか疲れた」

 八雲は、どうする気なのだろう。戦いの場所、どれもが謎であると同時に、あいつに勝てるのだろうか、とこれからの事が不安になってくる。きっと、勝てない。

 あのときの八雲の口元は、どう動いていたのか、なにを言っていたのか。

「寝ようかな」

 誰もいない。なのに、慣れ始めた見られている気配もあった。

 電気を消したその時、ドアが叩かれた。返事をして電気もつけ、扉を開けると、レミリアがいた。何時もの洋服ではない、寝間着姿で立っていた。

「いい?」

「どうぞ。水くらいならだす」

「お構い無く」

 それとなく会話をすると、底の横、ベッドにちょこん、と座った。

「どうした?」

「ちょっとね。本当に明日で終わるのかしらね」

「……どういうことだ?」

「いえ、色んなのと戦って漸くここまで来たけど、案外簡単じゃなかった?」

 オウム返しを余儀無くされた。

「そう。考えてみたら意外とスムーズだったってね。ついさっきこれから先の運命が見えたの。私達と何の憂いもなく笑顔で歩いてるのが」

 言葉を切った。

「明日なにかしらあるだろう。全部明日にしよう」

「そうね、疲れてるのにごめんなさい、おやすみ」

 レミリアは立ち上がって部屋の外に出る。

「ごめんな。おやすみ」

 作り笑いを浮かべているうちに、扉を閉めた。

 ……きっと戦う事にはならないだろう。

 

 翌日、枕元に紙が置かれていた。それを持って食堂に赴き、協力者達が来るのを待った。正午ともなると、わらわらとやって来る。そのなかで塊があり、先頭の霧雨に向かって手招きして食堂の角に移動した。

「なんでわざわざ角に?」

「聞かれずに済むだろ。これがあった」

 霧雨がひょいと紙を目の前まであげると、博麗や鈴仙に覗かれつつも読み上げた。

「えー、『全員を倒したわね、一先ずおめでとうと言っておくわ。玄関の外に出てみなさい、スキマを用意したわ。そこから私の所に来て、以上。あ、あと戦いはしない予定だから』だってさ。なんだこれ」

「戦いはしない予定って……?」

「話し合いで終わらすんじゃないか? 勝てる気しないしな、そっちのが俺としては嬉しい」

「拍子抜けだね。なんか罠みたい。あいつ胡散臭いし」

「霊夢、そんなこと言ってる場合じゃないわ。どっちみち行かなきゃいけない」

「……俺、一人で行ってくる」

 全員がこちらを向く。皆の顔が語る。「お前、なに言ってるんだ?」

「戦いはしない。なら、一人で行く」

「ここまで来て自分一人で……そうかよ! 勝手に行ってこい! もう知らん!」

 霧雨が憤怒する。それもそうだ。協力してくれ、なんて言ったのに裏切ったのだ。皆も腸が煮えくり返る思いに違いない。

「なんと言われてもひとりで行く。誰かが居ると、選択出来ないんだ」

 底には、決心があった。八雲は、必ず問い掛けるだろう。「行ってくる」

 そもそも、八雲と戦うと思っていたのが間違いだったのかもしれない。いくらこんな滑稽な戦い方に変わったとしても、八雲に勝てるはずがない。何度か聞かれた事があった。

 誰も見送りは居ない。鈴仙も、アリスも、博麗も。――レミリアも。

 どうするかは決まっていない。神にも底さえもまだわからない。

 背後に誰もいないというのが、ここまで寂しいとは思わなかった。思ったことがなかった。今まで一人だったのに急に仲間が出来て、友達、恋人も出来て、永らく忘れていたようだ。いや、知らなかった。

 眼前に端がリボンで装飾された異空間がある。これを潜れば、最期なのかもしれない。はたまた、始まりになるか。

 もう一度振り返る。――扉が開いた。

「底ーっ! 愛してるからねー!」

「霊夢……」

「死なないで帰って来て……、底と一緒に生きていたいの……!」

「アリス」

「運命を現実にするのよ!」

「レミリア!」

 よく見ると、三人の後ろで皆が手を振っていた。狭い玄関の扉ではよく見えないのに、滲んだ視界が更に邪魔をした。

「皆ごめんな! 行ってくる。帰ったら、また謝るから」

 振り切るようにスキマに入り、駆け抜ける。間もなく人影が現れた。

「久しぶりかしらね」

 答えが決まった今、八雲にはもう、なにに対する感情も沸いてこない。

「ああ」

「このまま能力を持って生きたいなら踵を返しなさい。もしただの人間として生きたいなら、私を斬りなさい」

「わかった」

 これからの始まりか終わりかの選択を、底は――――。

 

「底!」

「どうした、霊夢」

「ずーっと一緒に居てよね!」

「当たり前だろ。もうお前らに守られるだけの人間じゃないんだ。守っていかないとな」

 霊夢のぽっこりとしたお腹を撫でる。レミリアも、アリスも幸せに微笑んでいる。

「私達は間違いなく幸せよ。何時もありがとう」

「俺こそこんな幸せをありがとう、レミリア。アリスもな」

「当然よ!」

 この愛は八雲との永年に渡る唯一の戦利品。今までの人生を天秤にかけても余るほどの勝利。誰にも負けない自信がある。

「底、依頼を受けてくれないかしら?」

「なんのだ、紫」

「人里からの討伐依頼よ」

「わかった。行ってこよう。三人……四人とも、行ってくるよ」

 しかし三人の声が返ってくる。

 外は、今まで見たどんな空よりも、晴れ渡っていて、澄んでいた。






 九一話という大大長編を見てくださった方はありがとうございました。心より感謝致します。
 漸くの完結です。初めは勢いのまま筆を進めましたが、後編になるにつれて失速しました。まず、ながったらしいですね。力量も考えず書きたい事を書いたのが何にも勝る反省点でした。その結果、長すぎて私自身も混乱して、筆が進まなくなりました。終盤なんかは「そろそろ終わるのか……」という考えなんかなく、急に終わったような印象をもったでしょう。どれも力不足のせいです。
 伏線も考えず、最初は「東方でループものってあまりないな、書くぞ!」と意気揚々でした。勿論中盤終わりも楽しく執筆していました。終盤は執筆に対して、中途半端な知識を身につけたおかげで、今までのを見返して軽いスランプのようなものに陥りました。
 なんとか筆を走らせました。多分、それがなければまだまだだらだらと続けていたことでしょう。
 しかしまぁ、これからは時々出来上がった短編を投稿していきたいと思います。少しでも考えて時間をかけた執筆した……ね。
 作者の皆は行き当たりばったりで長編を書くのはやめましょう。
 では、また短編でお会いしましょう。
 ありがとうございました。      

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