猛攻の舞。無数の青い矢。
対抗する紅い槍。赤色の光線。岩石。幾つもの札。
相殺しては被弾する。戦況は、五分五分であった。
「そんなものかしら? いつまでも続くようじゃ、貴方達の負けよ」
一度に、驚異の五本の霊力矢を放つ八意永琳は、嘲笑した。
合戦は一度止む。
「そうですね。先生と輝夜姫の強さは知ってます。俺達が束になって、勝てるかもわからない相手だ」
「……ねぇ、愚直に立ち向かうか、潔く諦めるか。貴方達に委ねられる選択肢は、その二つだと思わない?」
「急に何を……。愚直に立ち向かう? 馬鹿言わないでください」
「では蛮勇かしら?」
「違う――」
肉薄して袈裟斬り。弓の刃で防がれた。
「立ち向かうか、逃げるかじゃない。鈴仙と幻想郷の為に、あと俺の罪滅ぼしの為の過程でしかない!」
後退する。
蓬莱山輝夜は、馬鹿みたいと笑った。八意永琳は、眉を釣り上げ、獰猛に笑う。
「面白いじゃない。私達相手に過程だなんて。これでも、私と輝夜は何億と生きてるのよ?」
「あら、珍しい。安い挑発に乗るのね、永琳? わかったわ」
弓の弦に手を掛ける。引いた弦から、青い矢が精製される。キリキリと、音がなる。
構わず足を前にやる。刀を上げる。
受けてみろ。あわよくば、躱してみせろ、という顔をされた。じゃあ躱してみせようじゃないか。
後ろの声さえ掻き消える緊張感のなか、底の集中は最大限に達する。八意永琳しか視界に映らない。ゆっくり、ゆっくりと。身体が遅く感じるほど、不思議だな、と思えるほど、今までにない上質な集中を、底は経験する。
瞳孔が、開いた。
「――やるわね」
渾身の一撃が、体力ゲージを大幅に削った。
「鈴仙のお陰だよ」
「それもあるわね」
実は、これほどまでに集中出来たのは、鈴仙の『国士無双の薬』による効果だ。機転を利かせ、使ってくれていなければ間違いなく敗北していただろう。
「条件は、私を倒す事。永琳は?」
「そうね……、特に無いわ」
「えー? ないの?」
「私はもう十分なの」
「あらそう。じゃあ、私だけ楽しませてもらおうかしら?」
好戦的な笑みにも、気品が滲み出る。一つ一つの動作が、簡単に言えば美しい。レミリアとは違う、和の上品さを持っているのだ。通常では決して袖から出さない手、口元を隠す仕草、どれもが洗練されていて、無駄がない。
「……ぶっ飛ばす」
唐突に博麗が前へ出る。何故かは知らないが怒り心頭な様子で、蓬莱山輝夜に猛攻を仕掛け始めた。
「いきなり派手におっ始めるじゃないのさ! あたしもまぜとくれよ!」
猛然と後を追う。
「鈴仙、さっきはありがとう」
「うん。今回はまともに戦えそうに無いから、お願いね」
見るだけで胸を塞ぐような作り笑顔を見せた。
こんなときに『気にするな』なんて言葉を吐けたなら、どんなに楽なんだろうか。底は今の鈴仙の立場を何度も経験した。後ろで眺めて、矢も盾も堪らないはずなのに、どうすることも出来ない。前に出ても攻撃出来ないし、肉壁にだってなりやしない。
鈴仙達はその時気にするなと言ったが、今回自分が戦う側になって初めて理解出来た事だった。
気にするな、まかせろ、という言葉の重さを。
「輝夜には攻撃が効かないわ。時を止めるのと遜色ない能力を持つもの。これをどう対処するか見物ね」
視界の端で呟く。周りのうるささと相まって聞き逃すほどの声だが、妙に注目してしまい、耳に残った。
底が視線を戻すと激戦を繰り広げていた。瞬間移動にも似た動きで二人を翻弄している。
加勢すると、博麗は頬を緩めた。
「ね、私との技はないの?」
「霊夢の技か。あるぞ」
「本当!? やった……!」
更に頬が緩んだ。喜びを抑えきれない様子で、地団駄を踏む。
「ほら、そんな場合じゃないぞ」
「あ、うん! さて、底が見てるし、本気だしちゃうんだから!」
出るか、夢想天生――と息を呑んだのも束の間。そのまま戦闘を続ける博麗に、余裕が出来てから問い掛ける。するとこんな言葉が返ってきた。
「あれね、なんか制限があるみたいなの。出せれば勝てるけど」
やはり、楽はさせてくれないらしい。少しがっかりしたが、気を取り直して刀を振る。
蓬莱山輝夜には、攻撃が通用しなかった。その理由は、能力だろうと考える。この異変の中で能力は使えないと推測していた。だが、それも例外があるらしい。
伊吹萃香の萃める力、風見幽香の花を操る力、そして件の二人の能力。きっと、操られていない者は能力の使用が可能なのだ。きっと、西行寺幽々子も使用出来るだろう。しかし悲しいかな。西行寺幽々子の能力は二人に通用しない。
簡潔にするならば、蓬莱山輝夜の能力で、攻撃が当てられないのだ。
四季映姫には頼れない。レミリアの奇襲も奴には見られている。一体どうやって――底は飲み物を前にして、そればかり考えていた。
結果は惨敗。一度も体力を減らす事なくやられた。仲間は揃っている。技だって沢山ある。どんな作戦を立てればいい?
「何悩んでんのー?」
「ん? ああ……チルノか」
青い雪の結晶柄パジャマから、氷柱のような羽が飛び出している。寝る前だったらしく、髪をおろしていて、一瞬チルノだとはわからなかった。
話すか迷う。チルノに話して、睡眠を妨害してしまうのは忍びなかった。だから、「いや、もう寝ろ。遅い時間だぞ」と突っぱねる。
「やだ。それに寝れないもん」
拒否されるのは想定内であったが、よくよく思い返せばチルノは何億と生きている。それこそ、あの二人よりも世界を観察してきた事だろう。なにかいい案を教えてくれるのではないか、と考えつく。
「ならちょっと相談があるんだ」
「教えてみなさい。あたい、昔は相談の妖精って呼ばれてたの!」
法螺をふくチルノを軽くあしらい、説明する。すると、チルノは腕を組み、どこか厳かな雰囲気をまとってこたえた。
「あたいなら、凍らせる」
ガックリ、と底は項垂れる。やっぱり、妖精に相談事は無理だったか。
「お前な……」
「なにさ?」
「いや、待てよ……そうか!」
「なにさ!?」
「ありがとう! 明日食堂な!」
作戦が思い付いた底は、飲み物片手に部屋へ帰る。食堂を出るときに「なんなのさー!?」という声がしたが、明日の事しか考えてなかった底には、耳に入っても抜け落ちるだけであった。
「今日の編成は決まった。チルノ、ルーミアとルナチャイルドだ」
全員が想像してもいない編成だったに違いない。今回は完全に運任せ、一か八かの戦闘になる。
騒然としてきた。何故あの強敵に――といった具合だろう。
「あなたなら勝機は薄くても、その中に勝てる確信があるのよね?」
レミリアの問いに、力強い頷きで肯定した。
「なら私はなにも聞かないわ」
「ありがとう、レミリア」
「頑張って! 勝ったらキスしてあげる! 負けたら抱き締めてよしよししてあげるね!」
「怪我だけはしないで! ――私部屋に戻る」
「二人もありがとうな。頑張るよ」
二人が見送ってくれるようだが、アリスは帰った。恥ずかしかったんだろうとは思っても、少しだけ寂しい気もした。
永遠亭の庭に着くまでに、遊ぶ数体の妖怪兎に出会った。底の事を覚えていたようで、軽く会釈をしてきた。こちらも頭を浅く下げると、にこりとする。
なるべく人間や他種の妖怪と仲良くするのをよしとしていない、と鈴仙から聞いた事があった。なんでも、昔にてゐとの約束で、永遠亭に人間を寄せない代わりに、兎達に智慧を与えろ、という話を持ちかけてきたらしいのだ。
――智慧を与えられても、仲良くなれば連れてくる可能性は否めないから、と言っていた。
『智慧』というのがどういう意味なのかは理解出来ないが、ただ賢くなるというものではないらしい。
「いいな、作戦通りだぞ」
「あい! あたいに任せろ」
どん、と胸を叩くチルノの横で、ルーミアとルナチャイルドが頷く。
「私はこの子のあとに技を使えばいいの?」
ほぼ初対面でもあるルーミアに向けて指をさした。多少の無礼を働いたルナチャイルドに、ルーミアの眉間は険しくなり、唇が尖る。
「ねぇ、やめてよ指さすの」
「あ、ごめんなさい。ルナチャイルドよ。あなたは?」
「……ルーミア」
印象が悪くなったみたいだ。声が低くなり、睨みをきかせている。
「本当にごめんね。私、サニーとスター以外とはあまり遊んだ事がなくて、接し方がわからなかったの」
妖精は純粋である。ルナチャイルドの後ろで目を右往左往させるチルノも含めて。
「……もういいよ。私も大人気なかったかも。ごめんね」
「よ、よーし。喧嘩は駄目だからね! 早く倒しに行こう、えいえい!」
チルノの唐突な呼び掛けに、各々小さく応じる。
「ほら大きな声で!」屋敷の長い廊下に響き渡った。