「なるほどね、これは紫を泣かせないと気がすまないわね」説明を終えると、博麗は拳をポキポキと鳴らした。
「でも、底だけじゃなく、アリスとレミリア、皆にも迷惑かけたわね。ごめんなさい」
各々反応を示すと、小さく息を吐く。
「こんな自由人達をここまでまとめるなんて、やっぱり底は凄いね、流石私の旦那様!」
「私とアリスもよ」
「ちょっと……!」
三人の変わらない会話を聞いていると、やっとここまで来たんだ、という実感がふつふつと沸き上がってくる。涙と一緒に。
「おい、見ろよ皆! 底が泣いちゃったぜ!」
笑い飛ばしたり、心配したり、おろおろしたり。
自分は果たして、皆の役に立てたのだろうか? こんな人間ともいえない人間が。
「ここまでよく頑張ったね、底。偉い偉い」
その一言を、なにより待っていたのかもしれない。
「最初から今まで、ずっと戦ってきたのよ。どんな過程があったかまではわからないけど――」
底の視線は一瞬、鈴仙へと向いた。鈴仙にも、随分助けられた。
「勿論、皆も凄く頑張ったけど、底は必ず戦わないと駄目だものね」
「ごめんな、皆。ちょっと、止まらない……」
「まぁ、こんなときくらい、泣いときなよ。良かったね、やっとだもんね」
鈴仙が言ってくれた。
「え、なに知らない内に兎も底を狙ってるの? 私と争う?」
「いやいや、底とは友達よ。どっちかっていうと、仲間ってのが強いかな」
苦笑する鈴仙に、博麗がそっぽを向いた。
「底はもう、分けてあげないんだから!」
次の日、変わらず底は食堂で話し合っていた。
「前回頑張った三人は休んでくれ。今回は、霊夢、伊吹、風見さん。良いだろうか?」
「底の為だもん。全力よ!」
「やっとかい? 存分に暴れてやるよ」
「……なんだか気にくわないけれど、いいわ。手伝ってあげる」
「助かります。三人は、間違いなく実力者だ。戦った中で、苦戦した記憶がある。まず四人で八意先生、蓬莱山輝夜、その二人を、対抗策を考えつつ倒す。建物は破壊されないから安心だ」
「要は、私達は敗北前提で付き合わされるって事かしら?」
風見幽香の眼光が、鋭利な刃物を彷彿とさせた。
「……ん、言い方を悪くしたらそうなるかな」
「わたしゃそれでも構わないけどね。だってこの子じゃないと解決出来ないだろうしね」
「気が変わった。私は嫌よ。それに、そこには花なんて無さそうじゃない。私は戦えないわ」
「花を使ってるのは手加減だと思ったが?」
「さぁね。嫌ったら嫌よ」
言ったきり、自室へと向かってしまった。嘆息し、底はもう一度思考する。
そこで、鈴仙が名乗りをあげた。
「私の恩人だから、私が行きたいんだけど」
「……本当は情報と作戦が決まったら頼もうと思ってたんだが、よろしく頼めるか?」
「まかせてよ!」
随分待たせてしまったなぁ、と思う。本人はなかなか張り切っているようで、拳を作って胸を叩いた。
一切の変化も見受けられない竹林に到着した。
「待たせてごめんな」
「いいって。確かに師匠と姫様は強いから。それより、別々なら良いのにね」
「そうだな。伊吹も、頼むぞ」
「あいよ。大船に乗った気でいなよ」
「霊夢も今回が――霊夢?」
呆けたように口をぽかん、と開けていた。とうしたのか問うと、「私が知ってる底って、私達以外いつも一人だったから、違う人と喋ってるのは……」
「新鮮?」
風が吹く。竹林が意思を持ったように人を迷路へと誘う。
「そうかも。でもそんな底も格好いい!」と言った。
「霊夢はぶれないな」
「こいついつもあんたの話なんだよ。酒飲んでもだよ? なんとかしとくれ」
うんざりだ、と顔に書いてある。しかし、底からすると、ここまで明確に好意を送ってくれるのは、心地よいものだ。
「すまん、止めたくない」
「なににやにやしてんだよ! もう飲まないとやってらんないよほんと!」
「見た所ずっと飲んでるみたいだけど」
「そっ、そうだけどさぁ……! 見なよこの憎たらしい顔」
「いいじゃん。私は底が嬉しそうな波長を感じられて、若干嬉しいけどね」
「え、どうして。やっぱり……」
鋭くなる博麗を背に、すたすたと竹林を進む。
「違うよ? 違うから。今まで底は、ずっと罪悪感を抱いてた。いや、今でもね。嫌でもわかっちゃうんだ」
えっ、と底は焦る。今更鈴仙に秘匿にする意味はないが、それを明言する理由がわからなかった。
「俺のせいだ、皆に謝っても許してもらえない、って、聞こえてくる」
「この兎が嘘つくとは思えないねぇ、本当かい?」
鈴仙には、隠し事も出来ない。
「そうだな」絞り出した声が沈んでいた。
「俺が原因で異変が起こった。皆時が止まって、操られて、幻想郷がここまで変化した。主に皆がな」
「その理由さ、師匠達を助けたら、協力してくれてる人達だけにでも話してみない?」
一瞬、自分の時が止まった。身体が重い。心臓がうるさい。
「皆ならさ、底のせいじゃないって言ってくれるよ。きっと誰も責めない。だって、底はこんなに苦悩して、辛くて、誰よりも皆の為に動いたんだよ。私は信じてるから、底がしたくてなったんじゃないって」
竹林は、揺れていた。底の心と視界のように。
永遠亭には、四肢を持った複数の兎が、一つの行動を揃わせていた。
「餅つき?」
「まだやってたんだ……。あれね、里の人に配る餅を作らせてたの。ちょっと待っててね」
そう言うと、鈴仙はその兎の元へ赴く。
「もういいよ。今は異変だから、永遠亭の奥で隠れてて」
兎が跳ねるように飛んで、永遠亭の部屋に入っていった。最後の一体が、名残惜しそうに月を眺めたあと、こちらを一瞥して姿を消す。
「へー、あんな兎でも何か作る事って出来るんだね」
「だめ」
「まだ何も言ってないけど?」
「酒のつまみを作らせよう、とか、一体貸して、でしょ」
「ばれてたか。じゃ諦めるよ」
「全く、萃香と来たら……。ね、鈴仙――」
「だめだって。どうせ境内の掃除とか、餅が食べたいとかでしょ」
「別に何も言ってないけど?」
「鬼さんと一緒じゃん。ここの兎はてゐの指揮下だからね」
「なるほど、ならてゐに交渉すれば」
「呆れた……。早く戻しに行くよ」
憮然とした顔の後、鈴仙は先導して歩き出す。底はついさっきのやり取りに、静かに笑っていた。
これだけ緊張感が無いのも、実力があるからこそ、だろうと思う。最初の頃は、ただがむしゃらに、弱い者同士で手を組み、より強者を伸した。強者と強者がぶつかる。こちらに勝ち目は多分にある。何も、あの二人に恐れる事はない。
底達は、重苦しくなった屋敷の空気に負けない、明るい雰囲気で足を進めた。
奥の襖を開けると、裏庭に着いた。二人が居る。
「いらっしゃい。ここまで待たされるなんて、初めてよ?」
「――師匠! 姫様! 無事だったんですね!」
喜びからか、駆け寄ろうとするが、何故か、進まない。まるでエスカレーターを反対に歩いてるかのように。
「今の貴女は私達の敵よ」
冷めた表情の八意永琳が、無慈悲に言い放つ。
「そ、そんな……」
意識がないならまだ戦えた。例えば十六夜咲夜らしく、二人を取り戻す一心だっただろう。しかし、意識があるなら話は別なのだ。底には、痛いほど理解出来た。
――三人から、敵だと言われれば、どうなってしまうだろう。戦意喪失、意志消沈もいいところだ。
「鈴仙、下がってろ」
「だ、駄目だよ……今まで頑張ったんだから、今更……」
「いい。いいんだ。俺が戦わない時は、お前が必死になってくれた。今度は俺の番だ」
「た、戦えるよ。私は戦える」
気丈に立ち上がる姿を目に、底は心が重くなった。
「無理はするな。遠慮なく下がっていいから」
「……ありがと」
「私達がいるから、安心しなよ。兎の分も戦ってやるさ」
「そうね。でもね萃香、あの二人は幻想郷屈指の実力者よ。心してかかりなさい」
「あいよ」
「よし、皆いいな? いくぞ!」
蓬莱山輝夜の鉄扇と、底の刀がぶつかる。
そうして、火蓋は切られた。