東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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博麗の奥義

 

 

 

「おい、勝てねぇって! 逃げようぜ!」

「まだだ……もう少しで」

 底は、なにかを掴もうとしていた。無敵の博麗に呆気なく気絶させられる仲間を眺めつつ。

「私達はなんの為に来たんだ!? 霊夢にやられる為に来たんじゃ無いんだぞ!?」

「悪いと思ってる。だからいま霊夢を倒す方法を探しながら、戦ってるんだ」

「だからって――」忙しなく飛び回る霧雨に、博麗の針と札が、幾つも追ってくる。それらを躱してから、続けた。

「結果的には無意味に仲間が倒れただけだろ!」

 底自身、百も承知であった。幾人の仲間を倒れ伏す光景は、沈痛であり、憂愁とさせられた。レミリア、アリス、紅美鈴が倒れるのに、霧雨や妖精がまともに戦えるとは、思えない。

「わかってる! でもなにか、霊夢と対等に戦う方法を、俺は忘れてる筈なんだ……!」

「くそっ! なら絶対思い出せよな!」

 何度も心で頷く。

 なにか、なにかなかったか。主力は一通り出したものの、収穫はおろか、一度たりとも触れる事は出来なかった。せめて、夢想天生を打ち破る事が出来れば――。

「魔理沙、逃げるぞ!」

「よし、逃げるぜ! サニーを背負ってくれよ」

 膨大な弾幕を避けて、サニーミルクを抱き上げる。そして二人は背を見せた。博麗は追走しては来ず、少なくとも底には、多大な成果を得る事が出来たと確信していた。

「で、なにを思い出したんだ?」

「前に三途の川で、小野塚小町って死神に会ったんだ。その人が、なにかどうしようもなく困った時は言えってな」

「それが解決方か? なんでそんなこと忘れてたんだよ」

「いや、些細というか、頭の片隅に置いてただけだから……よし、じゃあ皆が起きたら出発だ!」

 場を取りなおすと、霧雨はジトーっと見つめてきた。

「やれやれだぜ」

 三途の川に着くと、赤い髪で長身な女性が居た。肩には大鎌の柄を乗せ、彼岸花を咥えている。

「来たか。四季様を呼ぶかい?」

「よろしく頼む」

「あいよ、しゃあここで待ってな」

「その必要はありません」

 急に、一人の女性が小野塚小町の背後に現れた。可笑しな帽子をかぶり、左右非対称の長さを持った緑髪が特徴だった。

「あれ、四季様……?」

「なにを驚いてるのです。貴女の様子を見にきたんですよ」と言ってから、こちらに視線を移した。身長は低くも高くもない、底と同じである。

「ちょうどよかった。その様子だと、攻撃すらも届かない相手がいるようですね」

「そう……そうです」この女性から発せられる威厳に、底は気が付くと言葉を改めていた。

「博麗霊夢の夢想天生……あれがどうしても破る事が出来ず、小野塚さんの言葉を思い出しました」

「なるほど、あの子の力は絶大ですからね。そう、彼女は少し――」

「四季様」

「…………あー、こほん。では、博麗霊夢の場所へ行きましょう。私が破ります」

「感謝します」

「いえ、貴方には是非とも八雲紫を懲らしめてもらわないと。小町、変わらず仕事をしていなさい。すぐ戻ります」

「はい、四季様。あんたらも頑張んなよ」

 小野塚小町に軽く一礼して、神社へと赴いた。

 大幣の紙垂が一回転し、空間から浮く。

「あれですか。本当に反則的な能力ですね。《ギルティ・オワ・ノットギルティ》」

 何らかの棒を掲げると、光輝いた。

 ガラスにヒビが入るような音が辺りに響くと、間もなくして割れた。こだまするように二度聞こえた。

「私が手を貸せるのはここまでです。あとはよろしくお願いします。あと、八雲紫を懲らしめた後、私が呼んでいた事を伝えておいてもらえますか?」

 一片の曇りもない綺麗な――いや、どこか威圧感が潜んでいる――笑顔を目にすると、既に首が肯定を表していた。もう一度、今度は慈しむような笑みを見せる。

「ありがとうございます。部外者の私が言うのもなんですが、そんなに気に病まないでください。繰鍛底、貴方にまだ大きな罪はありませんよ。罪作りな男の子ですけど」クスリと笑う。

 ドキリ、とした。それは笑顔や優しい事への胸の高鳴りなどではない。

 四季映姫は、底のほぼ全てを知っている。

 直感だが、そう思えてならなかった。異変に対してではなく、八雲の玩具として能力を強制されていることや、今までどんな人生を送ったことか、四季映姫には筒抜けなのだ。

「ありがとうございます。では、霊夢の目を覚まさせないといけないので」

 なるべく自然に喋り、動揺していない風に装う。飛んで、小さくなるまでは、糸を張ったままだった。

「話は終わったかしら?」

 振り向くと、レミリアが背を向けていた。既に戦闘が始まっていたが、緊張で気づいていなかった所を、レミリアが守ってくれていたらしい。

「ありがとう。よし、霊夢を戻そう」

「そうね」

 二つの紅槍が肉薄する。だがしかし、鈴仙とアリスの連携を掻い潜り、更に紅槍を大幣の紙垂で絡めとって、もうひとつを紙一重で躱してから、お返しとばかりに絡んだ紅槍を投擲してきた。レミリアが弾く。

「あの鬼より苦戦しそうね」

 ぽつりと呟くレミリアに、底は首を縦に振った。

 夢想天生が解除されたからと言って、博麗の戦闘センスが損なわれはしない。生身の体で何度も修羅場を掻い潜った経験、生まれ持った――底のような紛い物ではない――天性の才能、完成されつつある技術。

 仲間とではあっても、初めて博麗と対峙し、どれもが厚い壁のように思えた。あるいは、遥か遠くにも感じた。天と地なんだとも窺い知った。伊吹萃香とも、風見幽香とも違う、強者。

「なかなか弱らないね。そろそろ辛くなってきたなぁ」

 愚痴を溢すのも無理はない。長く動きっぱなしだ。

「そうね。まさかこんな戦いにくいなんて」

 純粋な人間である底は、体力も身体も限界に近い。足は震えるし、走れば倒れ込んでしまうかもしれない。元々速くないレミリア以外の三人は、博麗の虚をついた攻撃に、対処仕切れずにいる。

「もうもたないな。体力もレミリア以外は赤に近い」

「あの子本当に反則的だわ。可笑しい表現だけれど、まるで落葉や堅牢な壁、水に攻撃してるみたいね」

 言葉にどこか違和感がしつつも、しかし的を射るような発言に、底は同意した。

 落葉のようにひらひらと躱しては、壁みたいにレミリアの攻撃すらも受け止め、さながら我は水、といった風に勢いを殺しては、反撃をくらう。どうすればいいんだろう。

「一度畳み掛けてみない? 負けてもデメリットは無いわ」

「そうだな。やってみよう」

「《ダブル・グングニル》!」

 紅槍が空気を裂いて棒立ちの博麗に襲い掛かる。博麗は、向かってくる二つの紅槍を札を貼り付けて消滅させた。

「《リピートリターン・イナニメトネス》」

 続いて、人形が素早く博麗に接触して、一度爆音を響かせた後、遅い弾が更に二度の追撃をする。

 一度の爆風に耐えていたが、二度の爆風を受けて、流石に吹き飛んだ。初めて一撃という一撃を与えられたことに、笑みが溢れる。

「やった!」

「……《夢想封印・集》」

 ――だがその一撃は、『たかが一撃』の範囲を抜けなかった。

 視界が光に包まれると、次には玄関に立っていた。後ろには三人が呆然としている。

「ごめん……俺が反応出来てれば」

「駄目で元々だったでしょ?」

「そうよ。気を落とさないで」

「霊夢の夢想天生を無効化出来ただけ、大きな前進よ。次頑張りましょ」

「そうだな」

 とは言うものの、やはり責任を感じてしまう。人付き合いをしてこなかった底には、こういうとき、気にしないと言われて――たとえ本当に気にしてないと理解していても――そうか、次頑張ろう、と終わらせられる図太さを、底は持ち合わせていない。

「……ごめんな」

「なんて?」

「いや、なんでもない」

 三人の遠く見える背中に、何度目であろう決意を強くした。

「着いていける位には強くなろう」と。

 

 その日は晴天だった。鳥も人間も動きを停止している中、五人は別だった。

「妖夢、分身! アリスは人形で撹乱してくれ!」

 数体の人形と二人になった魂魄妖夢が博麗の視界と処理能力をかき回す。十分に撹乱させたら、底はレミリアに合図を送る。すると、瞬く間に無数の蝙蝠が博麗を包んだ。

「《スピア・ザ・グングニル》!」

 投擲。貫通。

「《業風神閃斬》」

 高速。斬撃。

「《レミングスパレード》」

 行進。爆破。

 レミリアの蝙蝠すら躊躇せず苛烈な攻撃を実行する事に、皆の覚悟、切迫感が漂っていた。やはり、底は胸の奥がチクリとしたが、「一応私ではないから安心しなさい」との言葉を、必死に言い聞かせていた。

 レミングスパレードの煙幕で博麗の姿を認識出来ない。

「手応えあり! やったの!?」

 女の子らしい淑やかなアリスが、凛々しい表情を見せながら、確認の声を出すと同時に、バサバサと蝙蝠が姿を作り始めた。

「そう言う時は十中八九まだだ! 追い撃ち!《ビギナースパーク》」

「霊夢!《デヴィリーライトレイ》」

「これで、《桜花閃々》」

「目を覚ましなさい!《ハートブレイク》」

 二つの光線が交わり、煙幕に一筋の道が出来た。魂魄妖夢とレミリアは、その道に遠距離攻撃を叩き込む。道の先には、博麗。

 その時だった。あと一撃で倒れるところで――再び浮いた。

「《夢想天生》」

「え……?」

 一様に動揺する。何故、閻魔が夢想天生を砕いた筈なのに。

 ここに来て、絶望感がひょっこりと顔を出した。

「――負けるな! あの状態からなんとしても避けて生き残れ!」

 底は激励する。絶望に、夢想天生に負けてたまるか、と。

「攻撃はやめて、回避に専念ね!」

「皆、弾幕ごっこの夢想天生を思い出すのよ! 時間制限があったはず!」

「私は回避が得意ではないので、危ない時はよろしくお願いします!」

 力がある者は、士気をあげる事が可能である。三人がそれぞれ声を出しあい、フォローすれば、自ずと士気が上昇するのだ。

 弾幕は時間と共に密度が増す。境内という、限られた範囲が、地獄と化す。博麗の周りは弾でおおい尽くされている。四人分の弾幕が、経過する毎に増量していくのだ。 

 レミリアは持ち前の身体能力でまだまだ余裕、アリスは動きにくい服も破って膝まで短くしたことで、大分楽にはなった様子。問題は、底自身と魂魄妖夢である。刀で弾幕を斬りつつ、なんとか避けてはいるが、底には弾幕を斬るなどの芸も出来ず、飛んでも遅いため、必然的に足に頼ってしまう。

 どうしても、辛いのだ。

「しま――」

 眼前に迫った弾。

 思わず目を閉じそうになるが、すんでの所で止めた。守ってくれたのだ。

「止まらないで!」

 レミリアの蝙蝠が、盾になってくれた。

 礼の一つすらさせてくれない弾幕に、重い身体に鞭を打つ。やがて、弾幕は消えた。

「……終わった?」

 全員の瞳に、懇望が映る。全員が向けた事だろう、それほどまでに長かったのだ。

 顔に陰りを作りながら、博麗が空中から降りて来る。

「お願い、終わってください……!」

 夢想天生は砕けた。そして、博麗が倒れる。

「やった――!」

「やりましたね!」

 四人から喝采が沸いた。いつも冷静で決して取り乱さないレミリアまでもが、今、満面の笑みで抱き付いている。それが底にとって、博麗が戻ってきた事の次に、幸せな事だった。    


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