戦闘を終えた底は一人、部屋で思考の海を漂う。
八雲に操られている者は、そう多くない。残りは伊吹萃香、西行寺幽々子、永遠亭の二人、風見幽香、そして博麗の強者揃いである。これらにどう勝利するか。時間は既に十時を過ぎていた。
「この中でも、風見幽香、西行寺幽々子って奴は未知数。こっちは四人居るし、多少の力押しは大丈夫か?」
口に出してしまうも、返事は来ないのを思い出して噤む。部屋の防音性は定かではないし、黙っておこう。
扉が叩かれる。すぐに、レミリアの声が外から聞こえてくる。
「朝よ、朝食行きましょ」
気付いたら朝だった。座って寝ていたからか、身体中が固くなっていた。一先ず「すぐに行く」とレミリアに声をかけ、身体を伸ばし、髪を手で軽く撫で、寝癖がないのを確認して扉を開いた。
「おはよう」アリスとレミリアが居た。
「あなた、ちゃんと寝たの?」
レミリアの問いにぎくり、とする。
「寝たぞ?」
「嘘ね。右頬に腕のあとがあるわ。あなたの事だもの、遅くまで考えてたんでしょう?」
レミリアの予想に肯定して、切り出す。
「残りは少ないだろ? 次は誰の所へ行くか、と作戦やシミュレーションをな」
「呼んでくれたらよかったのに。ねー」
アリスがレミリアに同意を求めるので、底は弁解した。
「十時過ぎだったし、明日も早いからさ。寝てると思ったんだよ」
「貴方は一人で抱えすぎなの。私達に遠慮なんていらないのよ?」クスりと笑う。
「すまん。お前達には戦闘で頑張ってほしいんだ。そのためには、体調を万全にしてもらわないと」
「私も底の恋人なんだもん、それくらいわかってるわよ」
食堂に着くと、大勢が食事していた。誰も彼も映画や娯楽の話ばかりで、底が挨拶してもおざなりな返事しか来なかった。
――そろそろ映画も飽きたね。そろそろ元の生活に戻りたいな。
誰かが言った気がした。そういえば、この異変が起きて、もう一ヶ月が経とうとしている。そろそろ、皆も退屈に思う頃かもしれない。
料理をとって席につくと、霧雨が肩を叩いてきた。アリスの目が細くなった。
「おはようさん。朝っぱらから仲良さそうで」
「おはよう。昼、食堂な」
「おう、皆にも伝えとくぜ」
この短い会話も、慣れつつあった。もう、戦闘組と待機組で別れていて、戦闘組は昼に食堂で選出している。その頃は、待機組は娯楽に入り浸っていて都合が良いのだ。
「やっぱり、気持ち悪いわね」
「魔理沙がか?」
「いいえ。ここの事よ。まるで別世界みたい。こんなの幻想郷じゃないわ」
「…………そうだな。あまり刺激しないほうがいい。いつ不満が爆発するかわからないからな」
「皆偽者みたい」
「偽者のほうがまだましだ」
「八雲紫は、どう処理するのかな?」
「――おはよう、鈴仙。記憶を消すだろうな。俺達もどうなるかわからない」
「だよねー。おはよ」
本当に、どうなるんだろう、とふと考える。
異変が終わって記憶が無くなったとすれば、皆の中には『空白の一ヶ月』となるのだ。八雲が、後先考えずに自分の楽しみだけで行動するとは思いがたい。
「底達との一ヶ月を消されたくないな……」
心なしか、耳がいつにも増して垂れている。
「今は解決の事だけを考えよう。早くおわらせないと、面倒な事になるかもしれない」
十数人が集まった。皆、解決に向けて最後まで手伝ってくれると約束した仲間である。
「残りはこれだけだ。能力とかはわかるか?」
手を挙げたのは、魂魄妖夢、鈴仙、藍だった。
魂魄妖夢の名前をあげると、皆よりも一歩前に出てきた。腰の長い刀が揺れて、隣の者にぶつかった。
「あ、すみません……えっと、私は幽々子様で。能力は『死を操る程度の能力』でした。多分、底さんならすぐに……」
言い淀んだ魂魄妖夢に、「そうか」と返して、藍を指定する。
「伊吹萃香、『密度を操る程度の能力』だな」
「あの容姿だけど、幻想郷では一、二を争う力よ。私やレミリアさんみたいな速さがないだけましね」
射命丸文が引き継いで説明した。
伊吹萃香とは何度も戦って殺された経験がある。三人の連撃を涼しい顔で往なし、角を折って漸く止まった鬼。
「風見幽香は知ってるか?」
一様に黙りこんだ。その中で、控えめに手を挙げる者が居た。
「教えてくれ――メディスン」
皆の頭上を越す赤い洋服を着用した金髪の人形、メディスン・メランコリーは、底の目線まで下りてきて言う。
「聞いた話では、花を操れるんだって」
なかなか舌足らずな喋り方である。この人形は、最近生まれた――付喪神であるため、生まれたというより、憑いたというのが適切かもしれない――妖怪である。
花? と聞き返すと、メディスンは小さい体を大きく動かし始める。
「スーさん達が妖怪に食べられる所を助けてくれたんだって。その時スーさん達を伸ばしたり、おっきい光線を出したんだって」
「すーさん?」
「スーさんはスーさんだって! コンパローすると集まるんだって!」
「こ、こんぱろー?」
捻っていた首を更に捻ると、メディスンは伝わらない苛立ちを覚えたのか、微かに唸って隣の妖精を抱いた。
「鈴蘭の毒の名前はコンバロよ。もしかしたらなにかの呪文を唱えて毒を集めるのかも知れないわね」
パチュリーが助言してくれた。
「な、なるほど」
「スーさんだって!」
「わかった。そういえば魔理沙のマスタースパークは元々風見幽香の技なんだよな。ということは――」
「あぁ、つっても昔のあいつだからな。昔ならアリスも知ってるだろうし……でも今とは全然違うし、戦い方も変わってると思うぜ?」
「知ってはいるけど、あのときの事を思い出したくはないわ……」
沈鬱としたアリスに、霧雨は忍び笑う。なにがあったのか底は気になったが、先のアリスの言葉を思うと、聞かないでおこう、と思う。
「まぁでも、今でも変わらない事はあるでしょうね」
「そうだな」
「なんなんだ?」
底が問うと、二人はニヤリと口の端を上げて、揃えた。
「淑女」
――向日葵が伸びる。それらはすべて、底達を捕縛せんとただひたすらに伸びる。
太陽の畑と呼ばれる場所には、緑髪の女性が居た。日傘を片手に、向日葵畑を優雅に、そして慈しむようにして歩く姿は、皆が思う『理想の女性』なのかもしれない、と安易ながらも思った。それがなんだ。
「そんなので私を頼りにするのは烏滸がましいわよ!」
最初は操られていないのを知り、表情や雰囲気も相まって友好的に済ませられると思えば、次に出てきた言葉は、「異変解決に加えたいなら、せめて私を満足させることね、それなら考えてあげる」である。どうやら、八雲は風見幽香を操る事が出来なかったようだ。最強クラスである風見幽香を操れないとすると、残った者も操られていない可能性も浮上してくる。
五つの蔦、花びらが刃となって襲いかかる中、底は考え事を後にして、蔦を切断する。三人も攻撃を掻い潜って風見幽香へ猛攻をふるった。
「なかなか楽しませてくれるじゃない。そろそろ力を出して行こうかしらね?」
暴力的なまでに膨大な妖力は、爆風にも似た風を呼び起こす。
「こっちも、またしてる恋人が居るんだ。これ以上の時間は掛けられない。覚悟はしてくれ」
「言うわねぇ。吠える犬は嫌いじゃないわ」
待ち受ける蔦を裂いて、風見幽香へ特攻を仕掛け、刀を振り上げる――。
鉄の甲高い音が夜桜へ吸い込まれる。西行寺幽々子は桜とともに舞い、刀を振るう。底はたまらず後退した。
「凄い……これが幽々子様の本当の剣技……!」
「一応、妖忌に指南されてたんだから、これくらい出来ないと、ね?」
「……私は、いつものらりくらりとして剣術を磨かない貴女を、どこかで見くびっていました。今ここで、非礼をお詫びします」
刀を下げて、深々と頭を下げる魂魄妖夢に、西行寺幽々子も同じくして、刃を引く。
「私も、今刀を交えて、初めて本当の妖夢の剣術を知ったわ。貴女はもう、未熟じゃないと思う」
「ふふ、ありがとうございます。終わったら、また二人でお団子を食べましょう」
「そうね」刀身に眩い程の大きな月の光が反射した。
「皆さん、今生のお願いです。武士として、幽々子様と一対一で戦わせてください」
頷くのを見た魂魄妖夢は、一度微笑み、再び西行寺幽々子との剣の舞を謳歌する。一際大きな閃光が瞬いたと思えば、二人は破顔して刃を揃えていった。
――魂魄妖夢が長い刀に霊力を送ると、立ち所に刀身が淡い青に包まれていく。腹から出す声と共に振るうと、衝撃波が生まれ、西行寺幽々子へと猛威を振るう――。
紅槍をまるで赤子の手を捻るかの如く拳で砕いた。
「楽しいよ! ここまで動けるのもいつ以来だろうねぇ!」
好戦的な笑みを浮かべる。背後からの射命丸文の奇襲に気づいていたらしく、あしらった。足がぶれる。射命丸文の短い悲鳴が聞こえると、既に居らず、木の枝が良いクッションになって、激突による体力の消費は免れたようだった。
射命丸文が翻弄して、レミリアが槍術を披露する。フランドールが連携を取って着実にダメージを重ねていくという布陣は、なかなかに有効らしく、好調に伊吹萃香を弱らせていた。相手も、そこそこ力を出せているらしく、楽しげである。
早い話、伊吹萃香の条件は風見幽香と一緒で、戦闘によって楽しませること。
相手は技を使用せず、こちらを気絶させるような攻撃もしない。それらは自らが極力楽しむ事の出来るよう枷だ、と言っていた。ただ、相手の攻撃が減るのは嫌なのだろう、と底は察していた。
射命丸文の無双風神は往なす早さを上回る。フランドールの力は伊吹萃香の闘争心を沸き立たせ、足を止めさせる。そして――、
「レミリア!」
「ええ、これで終わらせる!」
「ダブル・グングニル!」
二つの紅槍は鬼をも貫く。