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駄目だ、熟考しても、ほんの刹那とも思える時間では、アリスに無理させず、尚且つ安全に逃げ切れる策は浮かばない。相手は自分よりも速く、それでいて残虐が服を着たような人物なのだ。加えて、八雲の能力で壁の破壊は出来ない。よって、玄関か、窓から逃げるしか無いのだ。
「アリス! 俺が二人を背負って逃げる! 何秒稼げそうだ!?」
「五秒が限界よ! 背負う貴方を見たら多分駄目!」
「じゃあ俺も加勢する! 俺かお前の《光》で目を潰せ!」
「初期も初期の魔法よ!? ……でもやってみるわ!」
鈴仙に十六夜咲夜の肩をかかえさせ、廊下の真ん中で立って待機するよう言った。すると、こくりと首を振り、乱れた息で十六夜咲夜を立たし、ゆっくり引きずった。
アリスに目を移すと、鍔迫り合いから魔法と魔法を破壊する応酬に切りかわっていた。
フランドールは未だ、愉しそうにも見えた。
背中から斬りつけると、体力ゲージは僅かに減った。なんとか薄黄色になった。
此方に漸く気付くと、飛び上がって距離を取った。
「作戦は、光で怯ませた後、俺が二人を担ぐ。アリスも着いてきてくれ」
「わかったわ。追ってきたら私が時間を稼ぐから、その間に、ね?」
「なるべくそうしたくないが、仕方ない。そうなればすぐに助けに戻るから頑張ってくれ」
アリスの返事を込めたウインクを見てから、底は謝罪する。
「すまないな。俺の力不足で」
「大丈夫よ。早く帰りましょ」
しかし、その為には、目の前のフランドールから逃げなくてはいけない。
フランドールはまるで野獣のように唸りをあげ、炎の棒で威嚇している。
隣のアリスが、牽制に魔法を撃つと、右手の黒い棒で払った。徐々に近づいて来ると同時に、底は刀を握る手に、力が入った。姿勢も低くなる。
――奴は消えた。
「《フォーオブアカインド》」
上から声がした。やられた、と思うよりも早く、無意識に天井へと視線を移す。
奴は、一人から二人へ、二人から四人へ増えた。唸りは四方にかわった。隙のないよう、背中合わせになった。
「これは……どうするの!?」
焦るアリスに、一人のフランドールが棒を振った。底も躱すが、引火する危険は無いにしても、やはり大きく避けてしまう。腹に蹴りを受けるも、底は威力を殺すように後退した。
「機会を待つぞ!」
「や、やれるだけやってみるわ!」
一方的に攻撃される。隙をみても、数がさせてくれない。二対一と、意外にも理性ある戦いの為に、回避に徹する事を、余儀なくされる。
アリスも、底も、疲れと体力ともに限界だった。
「俺が倒れたら家に転送される。でも、レミリアがどうなるかわからない」
背中にぴったりとくっつくアリスに、早口で言った。視線は底とアリスを囲む四人の内、底に攻撃していた二人に向いている。
「でも、一旦体勢を立て直す事も考えなきゃ」
「じゃあ――」
「だめ。底が私達を傷つけたくないのと一緒よ。私は、底が傷つく選択をしたくないし、繰り返す事も許せないわ」
「そういうならわかった。最後まで抗おう。少し無理して大技を出す。なんとかしてくれ」
「……わかったわ」
なんとか許しが出たか、と底は思った。なんとしても、この状況を打破しないと。
「《ビギナースパーク》」
霧雨の技を、横凪ぎに放出してフランドールを一人消した。
「《アーティフルサクリファイス》」
一人消され、呆気にとられた三人のフランドールは、アリスの人形爆発に巻き込まれた。さらに追撃する。
「《キューティー大千槍》」
アリスの行進に合わせて多数の人形が、残り二人のフランドールへ攻撃する。一人、動きのキレが違うのを、底は見切った。
「アリス、右が本物だ。分身を消してくれ!」
「了解よ!」
人形がフランドールを囲み、身動き出来なくし、分身を華麗に蹴って霧散させた。本人だけとなった。
「《過去を刻む時計》」
そして――また四人になった。
信じられない、といった顔をするアリスを見て、底は唇を噛み締めた。
「アリス、無理だ。一度帰ろう」
「だめよ。許さないんだから……」
限界の二文字が、再び底の脳内を過る。
アリスも底も、息が平常に戻せないほど、足が震えるほど消耗している。これでは、逃げる事すらままならないだろう。
「流石に無理だ! 俺は気にしないから、お前だけは……」
「――そうやって自分を蔑ろにするのは悪い癖ですよ!《彩光蓮華掌》!《破山砲》」
赤いなにかが、視界を掠めた次の瞬間、金色に染められた。
「《仙狐思念》」
「美鈴、藍も!? どうして……」
目の前の金色は、藍の自慢の九尾だった。そして、美鈴の攻撃で、フランドールは二人になっていた。助かった、と底は息が漏れるほど心の奥から安堵した。
「詳しい話は後だ。動けるか?」
丸くなった目でアリスと見合う。体力ゲージは回復しているのを確認すると、底は頷いた。
「動かないと、面目が立たない。アリスはどうだ?」
「い、いけるわ!」
底達の返答に、藍は微笑んで首を何度か振った。
「よし、美鈴、こっちに来てくれ!」
藍の言葉に了解を示すと、フランドール同士をぶつけて素早く後退してきた。
「いやー、間に合ってよかったですよー」
柔和な笑顔を浮かべた美鈴に藍が注意する。
「美鈴、まだ話す余裕は無いぞ」
「わかってますよ。あの方は妹様であって妹様ではない。怪我をしないのであれば躊躇はしません」
「二人とも、今ので二回分身を消した。多分もう分身はしない。全力で戦えば、フランドールと言えど……」
「油断はだめよ。それで何度もやられかけてるんだから」
意外なアリスの言葉に、痛い所を突くなぁ、と底はむず痒くなり、思わず頬を掻いた。
戦闘が再開すると、フランドールは怒り狂ったように暴れる。
「《スターボウブレイク》」
フランドールの手に丸く、紫光の弾の輪が創造される。次に、赤い弾が紫の弾を包み、二色の虹の輪を完成させた。
輪を、振りかぶって投擲する。
「散れ!」
「どかーん」
可愛らしい声とは正反対に、輪は轟音を立てながら爆発した。弾が星々のように部屋の天井へ上っては、落下する。
底は一度当たってしまったものの、体力にはまだ余裕がある。
「まだやれる、でも体がもつか……?」
「《そして誰もいなくなるか?》」
「《弧狸妖怪レーザー》」
藍が技を発動するより数コンマ早く、フランドールは技を使用した。藍の二本のレーザーは届くことなく、空を貫いた。
「どこに行ったかわかりません!」
美鈴すら見失うということは、フランドールは文字通り消えた? と推測する。なら、回避に集中しよう。
「今は回避だ! 姿を見せても簡単に攻撃するな!」
警戒していた底の目の前に、フランドールが現れ、喉に向かって手を突きつけて来た。底が往なすと、フランドールは姿を消した。
次に現れたのは、アリスの背後だった。アリスの足を蹴って倒すと、黒い棒を叩きつける。なんとか転がって回避すると、また消えた。
アリスが起き上がって姿勢を低くする。
少しの間現れる事はなく、ようやっと現れたと思えば、斧を振りかぶって紅美鈴に降り下ろしていた。斧が蹴り落とされると、やはり消えた。
三度の攻撃には、関連性やパターンが無いのだろうか。なにかあるのだろうとは、漠然とわかるものの、無知である底にはわからない。
遂に、フランドールがちゃんと姿を見せた。アリスが人形を動かすと同じくして、底の足も動く。
「待ってください!」
急に大声を放つ紅美鈴に、三人の動きが一斉に止まった。
「あれは幻影です。妹様ではありません」
彼女を知る者なら、本当なのだ、ときっとわかるだろう。紅美鈴の目は、鋭かった。
美鈴によって見破られたフランドールは、悔しげに地団駄を踏んで霧となった。あのまま進んでいたら、確実に倒されていたであろう罠だった。底はどっとふきだした冷や汗を拭う。
「あ、本物です!」
紅美鈴が叫んだ。視線を変えると、黒い棒を携え、棒立ちしていた。
「なんか様子がおかしくない?」
「そうだな。一応、攻撃はしないでおこう」
アリスの言う通り、あれだけ暴れ回っていたフランドールが、急に動かなくなったのに、疑念を抱かないほうがおかしい。
四人が手を出す事が出来ずにいると、相手は、歩くでも武器を振るうでもなく――自らの首に、手をやった。全員が、目を疑う。
絞める。首。苦しげな声を漏らしつつ、涙を流し、それでも緩めず、自分を殺そうとする姿を見て底は、息を呑む。これはもしかして――。
「い、妹様――!?」
「美鈴! 行くな!」
手を、力の限り引っ張るのを見て、底は続ける。
「くそ……っ! 美鈴の好きにさせる。アリスと藍は最大限警戒してくれ!」
緩まない。それどころか、体力の減りが加速する。
「やめてください、妹様!」
紅美鈴の焦燥しきった声色は、どこか心に響いた。自分で倒れてくれるなら、楽でいいじゃないか、と底は頭の隅で思ってしまったのだ。
――フランドールも、守るべき家族だというのに。