東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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館を徘徊する者

 

 

 

 ――――シャラン、シャラン。

 一人の少女が、目の前で嗤う。目を細め、口を三日月に――掌を、此方に向けて。

「くそ……!」

 宝石の翼を持つ者は、破壊しようと握る。底は、フランドールの能力から逃れる為に、側転した。

 何事もなく遁走出来た。

 しかし、これではどうしようも無いのは誰でもわかる。自分の今の役目は、出来る限りフランドールをアリス達から遠ざけ、また、自らも無事にレミリアの所へ辿り着く事だ、と底は自覚した。

 静電気のような音を奏でつつ、館をあてもなく駆けると、きっちりフランドールは着いてくる。隙あらば攻撃してこようとするほどには、相手は余裕なのだ。どうしてまくか、それが重要な問題である。

 フランドール、レミリアは速い。射命丸には敵わないが、そこらの天狗と同等なのだ。今の速さでも、フランドールからしてみれば加減しているのかも、と思うと背筋が凍る思いだ。

 どうすれば、と頭を回転させながら、陽光がさしこむ廊下を走る。ちらりと後ろを窺うと、フランドールは光に当たらないよう、上手く速度を落とさずに避けていた。

 底は、ハッとする。閃いてからは、行動のほうが早かった。二階から三階を駆け上がり、廊下に出ると、振り向き様に眩い光を放つ。フランドールは目を庇う。その隙に、底は窓を開け、閉めてから逃げた。

 地面に足をつけると、どっと疲れが押し寄せてきた。壁を背にして、座り込むと、肩が上下に動く。

「……これで時間稼ぎは出来た。あとはフランドールにばれないよう、レミリアの場所に行くだけだな」

 立ち上がり、土のついた部分を払うと、落ち着きを取り戻して来た。

 さて、と呟き、再び玄関の扉を開けた。

 十六夜咲夜の案内の思い出しと並行して落ち着いた赤の道を進んだ。

 フランドールのお陰か、はたまた傷付けないと誓ったからか、不思議と緊張も、震えも無くなっていた。

 扉を開ける。三人には悪いが、今回は全く役に立てないだろう。

 三人を圧倒するのは、華麗かつ大胆に、縦横無尽に紅い槍を振り回す少女、正しくレミリアだった。

 全員の体勢が整われる。

「遅かったわね」

 十六夜咲夜が言う。

「もう来ないかと思ったわ」

「厄介な徘徊者が居る。出来る限り早く帰りたい。出来そうか?」

 間を開けて、アリスが首を小さく振った。

「出来る限りね。時間がないから聞かないわ。私達に何をすればいいか教えて」

 指揮を頼まれ、底はこの硬直した場面で、状況を理解することに努め、全員を一瞥した。

 アリス達は体力が黄色となっている。そのなかでも、十六夜咲夜は半分を切っていた。対するレミリアは目に見える体力の減りではない。このままでは、勝利は見えないだろう。

 なにか打開策は浮かばないだろうか、と底は更に、部屋内へと視線を巡らせる。だがしかし、部屋の中には使えそうな物はなく、豪華絢爛なシャンデリア、玉座まで敷かれたレッドカーペット、何段かの段差の先にある、玉座のみであった。

 それでも、この状況下において、救いはあった。

「アリス、隙を見て一体の剣人形をシャンデリアへ、もう一体自爆人形を玉座の後ろへ配置。やってくれるか?」

「底ならお安いご用よ」

「鈴仙はアリス、分身と一緒にレミリアを玉座まで、なんとかさがらせてくれ。出来るか?」

「わかった。やってみるね」

「いけ!」

 即座に鈴仙がもう一人現れ、レミリアと接戦した。十六夜咲夜も行こうとするが、底は止める。

「咲夜さんは俺と待機だ。良いな?」

「なぜ私だけ!? 私も戦うわ。なにより、主人なのよ? 私がいかなくてどうするの!」

 いまだ切れている息を制御しようとせず、右手にあるナイフのように鋭い視線を向けた。底は、ゆっくりと、力強く首を左右に振った。

「駄目だ。この作戦が上手くいけば、咲夜さんは最後に重要な役割がある。それに、もし失敗しても咲夜さんにしか出来ない事があるんだ」

 底には、既にレミリアを助け、脱出するまでのビジョンが浮かんでいた。確実に成功する。一つ成功すれば、連鎖的にレミリアを倒す事が出来るだろう。

「でも……」声にならない悔しさを出した。

「見てろ。あの二人は絶対やってくれる」

 レミリアは三人の猛攻に、少しずつ後退していく。飛び上がったり、横に移動したりもするが、着実に玉座へ近づいている。

 段差の一段、二段と上がっていく。小さい身体に似合わない紅き長槍の一閃を残しながら。

「アリス――!」

 合図で一斉に離れる。

 レミリアの背後での、爆発を目にすると同時に、シャンデリアを落とすよう叫んだ。

 爆風で部屋の真ん中に倒れると、レミリアの背中は明るく照らされた。刹那、シャンデリアがけたたましい音を立てて下敷きにする。

 耳鳴りが場を制した。

 十六夜咲夜の名を――言えずに居た。

 レミリアが、あの体勢でシャンデリアを持ち上げ始めたのだ。操られていても、なお気高い。

 ――このレミリア・スカーレットを、シャンデリア如きで倒せると思ったか?

 そう言われた気がして、ならなかったのだ。幻聴さえした。

 現体力メーターは、赤だった。倒せなかった。いや、残っても、十六夜咲夜の時止めで倒せると踏んでいた。なのに、指示することが出来なかった。明らかに底のミスであった。ビジョンは、放り投げられたシャンデリアと共に、轟音を立てて崩れ落ちた。

 底は走った。レミリアは今、何も持っていない。だからこそ、今しか自分のミスを取り返すチャンスはないと思った。

 腕もろとも抱き締める。強く。

「咲夜さん、今だ!」

 底の行動に驚いたであろう三人は、目を見開いていた。 

「早くしろ! お前がレミリアを救え!」

 激しい抵抗。抱きつくだけでガリガリと体力は削られていく中、レミリアは何故か抵抗が弱まった。

 胸辺りから微かに聞こえる、底を呼ぶ声。底は心臓が止まる思いだった。

「レミリア……!?」

「早く、この地獄から解放して……」

 途切れとぎれの愛しい声。底はつい放しそうになるが、思い止まり、力を込める。

「すぐ会おうな……」

 底の目の前に一瞬で近づいた十六夜咲夜は、無表情ながらもその目に深い悲痛を宿し、ナイフをレミリアに突き立てた――。

 体力がなくなると、底へ、全体重を委ねる。心なしか笑顔にも見えるレミリアは、やはりどこまでも美しかった。

「さて、急いで帰ろう。フランドールが徘徊してる」

 レミリアを背負い、立って言った。

「それは本当に厄介ね」

「そのフランドールって?」

「この子の妹よ、鈴仙。破壊の能力をもつ、ある意味ではレミリアより強い子よ」

「うげぇ、会いたくないわ。早く帰ろ?」

 底は空返事した。十六夜咲夜が、動かないのだ。

「咲夜さん?」

「え? ええ、帰りましょう――」

 爆発のような音がした。

 ――――シャラン、シャラン。

 再会し、少女は純粋が故に嗤う。

「……来ちゃったわね。底と咲夜はレミリアを連れて帰りなさい」

「だ、駄目だ! なんとか――」

「それこそ駄目よ。いくらなんでも逃げ切れない」

 アリスと鈴仙は、気丈にも破壊の少女と立ち向かう事を示した。連戦で疲れもあるであろうが、関係なしに。確かに、アリスの作戦は最善策と言えるだろう。強い二人ならあのフランドールといえども、容易に倒す事は出来まい。ただ、どうしてか、底には最善とは思えずに居た。

「咲夜さんも残ってくれないか……」

 底がレミリアを抱き上げながら言う。

「あと、なるべくここではなく、玄関に近づきながら戦ってくれ。すく迎えに行く」

 三人の心強い頷きを見ていると、倒せるのではないか、そう思えてならなかった。

 人形が口から集めた光を、放つ。それを危なげなく回避したフランドールには、僅かながら隙があった。底はレミリアの体を抱き、フランドールを通りすぎた。

 フランドールの顔は、尚も嗤っていた。逃がしてやる、とでも言うように。

 ――――シャラン、シャラン。

 羽の宝石の音が、底の焦燥を掻き立てた。

 日は傾き始めている。急がなくては、逃げれなくなる。家に戻ると、紅美鈴と魂魄妖夢が正座していた。

「お嬢様……お、お三方は?」

「レミリアを頼む!」

 二人の制止を聞かず、底は身体に鞭を打ち、紅魔館へと走る。

 夜の紅魔館は、そこはかとなく恐怖感を煽る。

 扉を開けると、何も音はしなかった。まさか、と底は最悪の状況を想像した。同時に、いやしかし、とも否定する。あんな短時間で三人が倒れるだろうか。

 王の間へと向かえば向かうほど、音は大きくなった。爆発、金属音。どれもが、おおよそ優勢ではない事がわかる。

 音が遠く聞こえると、底は強く扉を開け、瞬時に状況を掴む。

 部屋の真ん中辺りに十六夜咲夜は気絶していて、側には鈴仙が膝をつき、激しく肩で息をしていた。残り体力も疲れも限界のアリスが、なんとか時間を稼いでいる状況だった。

「底! 咲夜と鈴仙を連れて帰って!」

 気付いたアリスが、フランドールと鍔迫り合いをしつつ、あらんかぎりの声で叫んだ。

 時間はない。

 考えて考え尽くせ。天才の頭を活動させろ。

 どうやって二人を担ぎ、あの悪魔から逃げ仰せる事が出来るのかを。              


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