東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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新たな戦友

 

 

 魂魄妖夢とは、一度戦った事があった。随分昔にも感じられるが、よく思い出してみるとそうでもない春雪異変。当時は為す術もなく気絶させられ、無念の敗戦であった。底の人生に、初めて“敗北”の二文字が書き記されたのだ。四対一である今日は負けられない、密かにその一存でやって来たものの、いざ戦ってみると、圧勝だった。

「こう言うのも悪いが、拍子抜け……だな」

「……そうね」

 一緒に唖然としていた十六夜咲夜に背負ってもらい、一度家に戻った。

 アリスと射命丸文はもともと、魂魄妖夢は強くないという認識のため、当たり前とでも言いたげだった。

 魂魄妖夢は一対多数の戦闘を想定していないのかもしれない、と底は考えた。これは起きて聞いてみないといけない。

 医務室のベッドに、魂魄妖夢を寝かせてもらい、食堂に着くと時間は一時を指す所だった。

 操られた者の名前が書かれている紙を底からアリス、パチュリー、射命丸文、鈴仙、十六夜咲夜、最後に霧雨が見ると、ふと霧雨が思い出したように「あっ」と声を漏らした。

「なぁ、私が前に言った、幻想郷の最強クラスに位置する妖怪達を覚えてるか?」

 いきなりなんだ、と底は訝しむが、霧雨の問いに、丁寧に応えた。

「その中の『星熊勇儀』の名前が無いんだよ。地底って所も書かれてない」

 霧雨から「見てみろよ」と紙を手渡され、じっくり視線を下に遣っていく。確かに記入されていないのを確認すると、「本当だな。よく気づいたな、魔理沙」と感嘆した。

「これは僥倖だぜ! 地底の妖怪達は総じて凶悪だから、戦わないで済む」

 ガッツポーズをとる霧雨に、底は霧雨が嫌がる程の場所なのか、と戦慄した。

「あんたが嫌がるって相当ね。私、地底に住もうかしら」

「俺が許さないぞ。アリスを危ない場所に住まわせたくない」

「や、こんな人がいるのに……」

「おあついこった。おら、次何処にいくのか早く決めろよ」

 他人がいるところでは耐性がないアリスは、いつもより赤くなった。もにょもにょと口を動かすが、発声には至らず、手と目線だけが右往左往する。そんなアリスが気に食わないらしい霧雨が、急かす。

「橙って子の所に行こう。ここには藍って九尾もいるはずだ」

 あからさまに全員が嫌そうな顔をした。もう、残っているのは強いと思われる妖怪しかいない。戦力は揃って来ているので、片っ端から倒していくしか無いのだ。

「幸い、橙にはあった事がある。藍って妖怪には殺された事がある。どっちみち、これから倒していくのは面倒な妖怪ばかりだ」

「そうよね、お師匠様は強いし、姫様も並大抵ではないし」

「お嬢様だって」

「それを言うなら霊夢だろ」

「いやいや、妹様だって強敵です」

 どんどん出てくる強敵に、底は思わず溜め息が出た。

「――師匠、幽香さんを知ってます」

 いきなり背後から声をかけられた。誰かと振り返ると、リグルだった。

「幽香さん?」

「です。花を操る――ここに名前が書いてるです」と紙の一部分に指をさした。

『『風見幽香』四季のフラワーマスター。太陽の畑』と書かれていた。

「この人は、随分昔から生きてて、間違いなく最強クラスって言っても良いと思うです」

 どうやら、強い妖怪の話に名前が挙がらなかったのを気にしていたようだ。

「風見幽香……か」

「知ってるのか?」

「ああ。私のマスタースパークは、その妖怪から教えてもらったんだ」

 その場の全員が口をあんぐりとあけて放心した。

「幽香の事を強いと思った事はないな」

「なんで? 幽香さんは強いぞ」

「いや、私は実際戦った事がないからわからないだけなんだが……そうだな」まだるっこしい言い回しをする霧雨に、底は怪しく思った。

「なんだ。師匠が、いたんだよ。その師匠から聞いた話じゃ、あまり“強くはない”らしいんだよ。思えば、師匠が強かっただけかもわからないが」

「なるほどな。色々初耳で驚いたが、結局は十分な警戒が必要だな。でも、今は藍と橙に専念しよう」

「そうね」

「今回は射命丸、パチュリー、鈴仙で行こう」

「えー、私行く気ありありだったんだけど……」

 肩を落とす。底はそんなアリスを見て、激しく悩んだが、結局我慢してもらうよう述べた。

「なんでこの三人なのか教えてもらえないかしら」

 合点がゆかないような顔をしたパチュリーが訳をを聞いてきた。

「そうだな。射命丸は速さで、パチュリーは魔法で、鈴仙は波長だ」

 底は、自分が今どんな表情をしているか、なんとなくわかっていた。恐らくは、自信あり、という表情をしているのだろう。

 

 家を出ると、門の前にスキマが開かれていた。橙達の居る場所は不明な為、八雲が用意したのだろう。

 三人も嫌そうに顔を歪めていたが、入るしかないと説得し、底は率先して混沌とした紫色の目玉異空間へと足を潜らせた。

 鈴仙、パチュリー、射命丸文の順番で異空間内に来ると、内部を視界に入れて一層歪んだ。

「うわ、悪趣味……」

「悪趣味もだけど、見られてる感じがして気色悪いわね」

「こんなところに一秒とも居たくないわ。早く出るわよ」

 口々に嫌悪を露にする。同意見ではあったが、八雲がこちらを見ている事は明々白々なので、底は口を噤んでいた。

 やがてスキマから光が差し込むと、光は徐々に大きさを増し、底達を呑み込んだ。

 目を開けると、森であった。視界には緑が広がった。風が青臭さを運んできた。

 二人が、こちらへ歩み寄ってくる。

「こうして目を合わせるのは無かったね。はじめまして。私は紫様の式、八雲藍だ。こっちが」と八雲藍が掌を上にして、橙の自己紹介を促した。

「久し振りだね! 改めて、藍様の式、橙だよ」

「なんだ、面識あったのか」

 呆気にとられていた底は、漸く声を出すことが出来た。

「操られていないのか?」

「ああ」

 狐の耳が隠れている帽子が、ピコピコと動いた。

「ていうことは戦わないでいいんだ、やった!」

 数回跳んで喜ぶ射命丸文に、そんなわけないだろ、と底は思った。八雲の式である時点で、戦うことは決まっているのだ。

「そういうわけではないぞ。私達は、君達が来たら戦えと仰せつかっている。少なくとも底君は理解していたようだ」

 尻尾をバラバラに揺らしながら、こちらを見た。底が頷いて肯定すると、射命丸文は崩れ落ちていた。

「私一人馬鹿みたいに喜んでたの……」

 鈴仙が慰めるのを視界の端に捉えつつ、「じゃあ、勝ったら解決を手伝ってくれるのか?」と疑問をぶつけた。

「約束しよう。そういう風にも言われているしな。ただし、手加減はしないぞ。私とて何千と生きている大妖怪。たかが十年少しの人間に易々とは負けないさ」

「射命丸」

「勝ったら取材させてくださいね!『幻想風靡』」

 指示すると、事前の作戦通り、音速で橙へと襲い掛かる。猫であっても、音速は追えまい。先制攻撃は功を奏し、一撃で半分まで減らした。

 二撃に入る射命丸文が橙のそばに来たとき、八雲藍は動き出した。

「パチュリー」

「はいはい。『エメラルドメガロポリス』」

 高い。そして緑できらびやかである。橙と八雲藍は、巨大な緑のビルによって、強制的に二手に分かれる事になった。

「……考えたな。この八雲藍を出し抜くとは」

「橙って子と貴女の実力は未知数」と鈴仙が説明し出すと、八雲藍は底から鈴仙へと視線を移した。

「橙はそこまででもないとして、貴女は相当だと思ったの。なら、なるべくどちらかを一人にしたほうがいい、そう思っただけ」

「そうか、ならこちらも戦闘不能にするだけだ」

 こちらへ駆け出す。底達が飛んで八雲藍の居た場所へ移動すると、ついさっき居たところで爪を振り、「くっ……! ちょこまかと……」と幻に現を抜かした。

「上手くいったわね」

「ああ。ここからは幻覚が解けないように攻撃するぞ」

「橙は終わったわよ。うわ、何あれ……」

「ありがとう。鈴仙の幻覚だよ」

「珍しいし写真撮っておこ」

「程ほどに――」

「いい加減にしろ! この幻覚を解け!『飯綱権現降臨』!」

 まずい、底は予想外の早さで見抜いた八雲藍に、若干遅かった危機感を覚える。

 髪や尻尾のように黄金のオーラを漂わせ、しっかりとこちらを睨んだ。

「随分と面白い事をしてくれる。底君、気に入った。紫様が気に入るのも無理はない」

 存在感、目するだけで理解出来てしまう強大さ、どれも高水準であり、八雲の式になれるのも納得である。

「そういうのは終わってからにしよう」

 自分では到底敵わない。だが、何故だろう。

 武者震いが止まらなかった。

「自由に動いてくれ」

「そうさせてもらうわ。魔法で支援してあげるから、存分に戦ってきなさい」

「ま、戦い慣れてるんだから、連携なんて勝手になってくれるわよ」

「そうだね。私だって月で鍛えられた兎なんだから、頑張る」

「来い!」

 神の力を一時的にでも有している八雲藍は、極めて厄介であった。

「『ビギナースパーク』!」

 牽制だが、高威力の霧雨の技を払われ、射命丸文の無双風神も物ともせず、パチュリーのロイヤルフレアは消され、鈴仙の分身が飛ばされる。

 今までとは比べ物にならない激戦だった。鈴仙が最初に倒された。パチュリーもやられた。底と射命丸文は技を使いきった。だがしかし、それは相手にも言えることだった。

 底は極めて爽やかな気持ちで負けを悟る。

「……私の負けだ」

 先に八雲藍が白旗をあげた。

「もう動けない……それに、もう私に攻撃手段は無い」

「まだ体力が残ってる、戦いは終わってないぞ」

「そうよ。天狗の底力はまだまだこれからなのよ」

 三人とも息も絶え絶えだったが、二人は納得出来なかった。

「戦いの勝ち負けはな、なにも戦闘不能だけじゃないんだ」

 滴る汗を腕で拭い、優しい声色で、諭すように言う。

「本当の勝利は、敵も味方も関係なく笑って手を組むことだと、私は思うぞ。ほら、握手しよう」

 そう言って差し出された手に、底は一瞬躊躇した。しかし、底の中では既に、戦友となっていた。

「よろしく、藍」

「ああ、底。ほら、文もどうだ」

「……わかったわよ」

 仕方なく、といった体だが、射命丸も藍の手を握った。

「しかしまぁ、これは疲れた身体には辛いな」

 三人で嘆息したのは、倒れた三人の事だった。                      


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