東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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一瞬の安堵

 

 

 

 アリスが身を起こした。

 念願の再会なのに、何故か、声が出ない。身体が動いてくれない。全ての時が止まったかのようだ。

 鼻が痛い。身体が震え、視界が滲んでは頬から流れ、鮮明になった。

「底……?」

 そして、また滲んだ。

「な、なにがあったの? 底は寝込んでたんじゃないの?」

 涙が堪えきれなくなり、アリスやパチュリー達に背を向ける。

「それはね――」

「パチュリー様」

 暫く経つと背後で、扉の開閉音がしてから、三人の気配が消えた。

「どういう事なのよ……」

 唖然と声を出した。底は自らに落ち着くように言い聞かせ、静かに涙を止めることに努めた。

 振り向くと、未だに困惑していた。

「ごめんな、アリス。今、異変がおきてるんだ。それも大規模な」

「え、本当……?」

 縦に振ると、医療室内は真剣みを帯びた雰囲気に包まれた。

「紫がひきおこした。俺が不甲斐ないばかりに……」

「なんで底が関係あるのよ! 底は頑張ってたじゃない! 頑張って頑張って、頑張りすぎて、ちょっと疲れただけ……。底が悪いっていう奴がいたら、私達が許さないんだから!」

「ありがとう。でも、この異変の元は、やっぱり俺なんだよ」

「そう……なの? まだ、底は真実が怖い?」

 問いに、戸惑ってから肯定を表す。すると、アリスは優しく微笑んだ。「そっか。じゃあ、皆で解決しましょ? これが終わったら今度こそ休憩よ」

「無理にでも聞かないのか? 怒らないのか……?」

 語尾が弱くなっていくのを自覚した。

「なんで?」

 心底理解出来ない風に、アリスは頭を斜めにして、キョトンとした。

「いや、アリスやレミリア、霊夢に幻想郷の皆が俺のせいで操られたんだ。俺の罪は深い……と思う」

 鉛色に染まった心とは裏腹に、床は真っ白だった。

「んー……」と少々思案してから、「私は怒ってないわよ。それより私としては、また底の側に居れて、底と話が出来るだけで嬉しいもの」と破顔してベッドから降り、ぺたぺたと足音を奏でながら抱き付いてきた。

 底は、そんなアリスを抱き締めて良いものか、悩んだ。一度は拒絶してしまい、悲しませてしまったからだ。

 しかし、行き場がわからず彷徨う両腕は、思考の言うことを聞かず、迷うように動いてからアリスの細い身体を強く締めた。

 ――今まで触れられなかった分まで、強く。強く。

 

 説明を粗方終えると、アリスは数回頷き、「なるほど。まだレミリアちゃんと霊夢を倒せてないのね」と食堂内を見渡し、知り合いを探した。食堂内には数人居て、アリスに気付くと駆け寄ってくる。

「よ、アリス。久し振りだな」

「魔理沙……パチュリーは?」

「おいおい、ご挨拶だな。寂しいぜ?」

 普段通りな霧雨であるが、アリスは違った。そう言えば、と底は思い出す。アリスは霧雨があまり好きではないのだ。

「……私とパチュリーの本は?」

「今は無いぜ。それに、期限はまだまだだ」

 飄々とする霧雨。アリスとパチュリーが苦い顔をするのも、深く納得出来た気がした。

「はいはい、死ぬまでね」

「わかってるじゃないか」

「わからされてるのよ。なんだったらこの異変が終わったらパチュリーと一緒に襲撃してあげてもいいんだから。そうすれば本は全て返ってくるし、泥棒も閻魔に裁かれて一石二鳥だわ」

 底の知らない鋭い目付きで霧雨を睨み付けると、霧雨は「おお、こわいですわ」と退散した。

 アリスをたしなめていると、今度は飲み物をいくつかトレーにのせた十六夜咲夜と、パチュリー、相変わらず口を手で覆った小悪魔がやって来た。

「アリス、改めておはよう」

「パチュリー様ったら、ずっとそわそわしてたのよ」

「咲夜」

 くすくすと愉快そうにパチュリーの心配をもらす十六夜咲夜に、パチュリーが一睨みする。するともう何も言うまいと一歩後ろに下がった。

「ありがとう。異変の事や今までどうやって来たのかは聞いたわ。これからもよろしくね」

「ええ、座って話をしない?」

 ガールズトーク、というには少々おかしい雑談をした所で、妙な疲れが底を襲う。

「先に寝るよ」

 口にしてから、なお、立っていられなくなった。最後に見えたのは、アリス達が駆け寄る所だった。

 

 浮遊感が底の意識を覚醒させる。いや、厳密に言うと、覚醒はしていないのだろう。

 目の前には、奴がいた。

「お久し振りですわ。底」

 相変わらず、作り物のような美しさ。脳に直接響いてくる、聞き惚れてしまうような妖艶な声。なにもかもを魅了するような立ち振舞い。しかし胡散臭さが全てを台無しにしているように思える。

 歯を食い縛り、身体と気持ちを抑える。

「やはり、貴方はそこらの人間とは一線を画している。弱い人間なら、憎い相手を前にすると、喜び勇むように向かって来ますのに」

 笑む。色んな種類の『笑』を混ぜた混沌とした笑みを。

「勝てないからな」

 底は他の事に集中し、八雲から意識をはなれさせようとした。

 周りは白というよりかは、灰色に近かった。何もなく、遥か遠くまで続いてるのか、狭いが、錯覚として広く見えているのか、底には知る術がない。動けないのだ。いや、歩いても、走っても、飛んでも、底のいる位置は変わらない。まるで底自身をこの位置に固定したかのよう。

「本当に、流石です。憎い相手を見たくないために、一瞬で意識をかえるなんて」

 やっぱり筒抜けなのか、と底は諦めをもった。

「貴方達、レベルは幾つになりました?」

 八雲が問う。

 レベルなど、最近は見ていない事に気づいた。底は技をあまり持っていなかったため、早くからレベルの意味が無かったのだ。

「知らん」

 と即答した。

「全く……貴方達のレベルは四十ですわ」

「それがなんだよ」

「この異変に置いて、レベルとはただの技を思い出す数値に過ぎない。貴方、知らない技に違和感を覚えた事は無いかしら?」

 肯定する。久しく見てないが、底の技一覧には、心当たりが幾つかあったのだ。

「それは誰かと仲良くなった証よ。ミスティア・ローレライなら『イルスタードダイブ』。貴方ならすぐにわかったはずよ」

 それも、肯定する。

「今見たら、結構増えてたぞ」

 目の前には、ずらりと文字が浮かんでいた。だがしかし、今は閲覧に時間を割いてる暇はない。

「暇な時は見なさいな。今回も、貴方には期待してるわ。そろそろ起きる時間よ」

 そう言って、八雲はゆらりと背を向けた。底は急いで呼び止める。

「まて! 一つ聞かせてくれ! 霊夢はどうやって倒せばいいんだ!?」

 どんどん白く染め上げられていく視界の中で、八雲は振り返る。

『――――』

「なんて言った!? おい、紫――!」

 

 身体を起こす。

 悪態が口から漏れ、苛立ちに任せて一度だけ、自分の膝を殴った。

「なんて言ったんだよ……」

 ズキズキと痛む膝を抱え、頭も抱えた。

 午後一時までは、思考の海を漂っていた。答えは勿論なく、もう一度八雲が夢に姿を現す事を願った。

「今日は戦いに行くの?」

 食堂に着くと、一番早くアリスが聞いてきた。

「行くよ。まだまだ居るんだ。ペースを上げていかないと」

「そうかも知れないけど、無理は駄目だよ。私達は代わり番こ出来るけど、底は絶対に出ないといけないんだしさ」

 鈴仙が心配してくれた。

「無理はしないさ。俺が倒れたら外にはいけないからな。今日はこの、はたてって天狗を――」

「えー、あいつ助けるの……?」

 射命丸文が拒絶を表した。

「文様、いつも言いますけど、はたてさんは悪い天狗じゃないんですよ?」

「だってー、やだやだやだー!」

 犬走椛の説得も聞く耳持たず、射命丸文は駄々をこねた。

 底は、射命丸文がそこまで嫌がるほどの天狗が、どういう者なのか気になった。

「勘違いしないで下さいね。はたてさんとは、新聞で競ってるだけですから。文様は現地に行って、話を聞いたりして新聞を書きますけど――」

「あいつは邪道なのー!」

「とまぁ、はたてさんは『花果子念報』の記者なんですけど、文様とは違って、念写で新聞を書くんですよ」

「念写って、思っている事を紙や写真にうつすって言う?」

「そうです! お詳しいんですね。真実と正しい新聞を志し書いてる文様は、それが嫌なんです」

「なるほど」と相槌を打ちながら、底は射命丸文に視線を移す。

「お願い、後にして……」

 今にも泣きそうに懇願する射命丸文を見て、深く悩んだ。他の者ははたてを優先的に考えてなく、射命丸文のモチベーションにも関わるので、底は視線を真っ直ぐにし、「後にする、けど、はたてって天狗も絶対に助けよう。椛やにとり達の知り合いだしな」と諭した。

「ありがとう! じゃあ誰にする?」

 語尾に音符でもつきそうなほど上機嫌になった。皆で小さい溜め息をしてから、現金な奴だな、と一人頬が上がるのを感じた。

 まだ戦ってない者が記されてある紙をテーブルに置き、皆で見ていると、「妖夢ちゃんはどうかしら?」とラフな格好をした十六夜咲夜が提案してきた。

 一瞬、底は『妖夢』という人物を記憶の中から探る。意外にも、すぐに思い出せた。

「春雪異変の剣士か」

 苦い表情を、底はしてしまう。というのも、魂魄妖夢には気絶させられ、無念の敗北、博麗達に異変を託すのを、余儀なくされたのだ。

「あの子、剣術は相当だけど、四人なら苦戦もないと思うわ。仲間になったら心強いし」

「よし、アリス、射命丸、咲夜さんはどうする?」

「行きたいわ」

「じゃあ、この四人だな」

 アリスと射命丸文の二名は言わずもがなであるが、十六夜咲夜に同行するか求めたのには理由があった。先の発言から、親しい雰囲気を感じ取ったのだ。友人を止めたいか友人とは戦いたくないかを選ばせたかったのである。

 自分なら死にたくないから拒否するのに、強いな、と十六夜咲夜への尊敬の意がまた一つ、上がっていた。


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