東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

8 / 91
博麗霊夢の免許皆伝!?

 

 午後一時。太陽が真上まで燦々とのぼり、蝉が元気よく合唱する。

 底の家。居間にて、博麗が手を二度叩く。

「さて、続きよ」

 夏ということもあり、流石に何時間も外で練習しっぱなしというわけにもいかないので、家で休憩していたのだ。

 クーラーもないのに、何故か涼しい家の中は、きっと八雲がなにか細工をしたに違いない。しかし、快適に過ごせるのだから、なにも悪いことはない。寧ろ底がお礼をいっても足りないくらいだろう。

 霧雨はソファーベッドの腰掛けにもたれて怠そうに言う。

「えぇー。もうここを出たくないぜー……」

「駄目よ。炎とか使うのにここでやってられないわ」

 霧雨の横に腰かけている博麗が淡々と喋る。でもそうね。と顎に手をやって、なにか考える素振りをし「水の練習なら台所で出来るわね。台所に移動しましょう」頷き合い、一斉に立つ。移動と言っても、ほんの少し、歩けばすぐに着く。なんたって居間と台所は一緒なのだから。

 博麗が流し台に底を立たせた。霧雨は一度立ち、着いていく素振りを見せただけで、ソファーベッドに座っている。

「さてさて、今から水を出す練習するのだけれど、人差し指を流し台に向けて」

 底が言われた通りに指を向け、続ける。

「いい? 炎を出したように、なんかこう、でろー、水よでろー。って水が指先から出る想像をするのよ。こういう風に」

 そういって、実際にやってみせた。博麗の細く、白い指先から流れる水。排水口に吸い込まれていった。止めて、その指を自らの顔の前に持っていく。

「わかった?」

 底に聞く。指は全く濡れていなかった。どうやら、自分の霊力でつくった炎や水は自身には効果がない模様。引き続き「やってみて」と流し台と底を交互に見て、実践するように言った。

「わかった」

 と一つ頷き、自分の指に視線を落として、手も流し台に落とした。指から水が出る。そう言われても、あまりパッと浮かばないが、やってみる他ない。いま底に許されるのは行動のみだ。

 そうは言うが、しかし、別にそうでもない。そんな切羽詰まってない。

 蛇口を凝視している底。

 そうだ、蛇口の水を想像すればいいんだ――閃く底。さしずめ、蛇口は俺の体で、回しは霊力。なるほど、それなら出来そうだな。と絶望的な説明から希望を見出だした。

 霊力を指先に少量放出して、それに蛇口という名の指先から出るようにイメージ。

 見事というべきか。博麗とあまり変わらない水量で出た。底の隣にいる博麗が驚嘆する。

 その声を聞きつけ、だらだらと座っていた霧雨が底と博麗の側まで歩いて、あたかも『最初からいましたよ』という風に。

「いやー、炎の時といい。すごいなー。器用に一発で出来るんだもんなー。天才かなにかかー?」

 抑揚を感じさせない喋り方で話しかけた。

 博麗が霧雨の額を小突く。その際霧雨が『痛っ』と発するが気にしないで霧雨に言う。

「そこで座ってたの知ってるわよ。気づいてほしそうに変なしゃべり方するんじゃないの」

「うん。寂しかったんだろうね……、なんか棒読みになっちゃった」

 笑いを堪えきれず、口を手で押さえて、吹き出しながらも呟いた霧雨。

 底はその間も、ずっと水を出して遊んでいた。手に溜めてみたり、手のひらからシャワー状にして出したり、水の玉を作ったり。色々応用が出来る事に気付いた様子。炎も出来るかな。と、思い付き、試そうと手を挙げるが、直前で、屋内でやるのは危険すぎるな。外で練習しよう。なんてことを考えた。しかし、やはり二人がいるなか、なにも言わず、一人でそそくさと外で実験するのは忍びないし申し訳ない。ということで、一言提案するが、霧雨が明らかに嫌そうな顔をした。

 口を半開きに『え』を発音するときの口にして、目を細め眉に皺をつくる。瑞々しく、皺一つないきれいな顔なだけに、皺が不自然につくられた。その表情は見るからに『えー、暑いから嫌だなぁ』といった風だ。

「いや、別に無理に来てくれとは言ってない。やり方を教えてくれれば外でやってくる」

 水をチョロチョロと流し台に滴しながらも、そんな霧雨を一瞥して底が伝える。

「私は行くわ。紫にも言われてるし」

 博麗が横髪をくるくると指で弄る。髪飾りが指に当たるようで、鬱陶しそうにして止めた。

「私……、待ってようかなぁー」

 カウンターに突っ伏して、間延びした声で鳴くようにやんわりと断った。

「決まりだな。霊夢、行こう」

 手を振る。水が付着している。という訳ではないが、気怠い感じがしてならないのだろう。これが『消費』ということなのか――底は今更ながらに、漸く理解した。博麗と玄関に向かうが、あ。という声を出し、台所に戻り、冷蔵庫の開き戸を引いて、ピッチャーに入ったお茶を指差して教えた。

「魔理沙。なにか飲み物が欲しければここを開けて、お茶をコップに注いで飲んでくれ」

 霧雨が突っ伏したまま、片手を挙げて「おう」一言返事。改めて、底と博麗が家を出る。

 ジリジリと焼き付かれる肌。喧しく鳴く蝉。家の周りは底と博麗以外、人っ子ひとりいなかった。遠くを見れば、蜃気楼の向こうに和服を着た人が歩いているのが窺える。

 家のすぐそば。広場で向かい合う二人。真下に少し傾いた影。

「炎、水とくれば今度は雷でいきましょう」

 手を三度叩き言い出す。底が濁った目を博麗に向けながら頷いた。それを見て満足気に目を瞑り、人差し指を顔の前に立てて「雷ってのはよく知らないけれど」と前置きをしてから「なんかこう、……、ゴローン! ピシャーン!! てのを想像したら良いわ」擬音混じりに、手を真下に勢いよく下げたりと、身振り手振りを交えて説明した。

「ほう。わかった。やってみよう」

 顎に手をやって、しっかり返す。どうやら実験は後になりそうだ。などと少々ガッカリしながらも、おもてには出さない底。

 相も変わらず漠然としすぎている博麗の説明を半分聞き流し『どうすれば雷を出しやすくなるか』というのを迅速に熟考する。

 そういえば、狩人×狩人で、暗殺者のギルアは右手と左手を少し離して、間に雷を出していたな。よしそれでいこう――思考がまとまり、両手を肩幅位に離す。目を閉じて頭の中で、手と手の間に雷が出るようなイメージ。

『バチバチッ』と電気の迸る音。底のイメージ通り、両手に電気が行き交い、時にはぶつかっていた。博麗と底の耳にも届き、博麗が拍手して、底は目を開く、自分の手に雷が行き交う様を見て、口を開け、更に見開く。炎とは違う感動に、底は見惚れたように眺めている。まるで博麗の拍手が聞こえないかのように。

 

 一方その頃霧雨は。

「喉かわいたなぁ。でも面倒くさいなぁ。誰かいれてくれないかなぁー!」

 黒いソファーベッドに寝そべって、独り言をしていた。帽子はテーブルの上。箒は玄関に立て掛けている。手持ち無沙汰。むなしさに口を尖らし「いいもんねー! もう勝手にいれるからな! 怒るなよ!」拗ねて床を蹴るように歩く。冷蔵庫を開いてお茶の入ったピッチャーを持とうと乱暴に手を伸ばした。ピッチャーに触れてその冷気に驚き手を引っ込めた。

「な、なんだよこの冷たさ……。こんな箱に入ってるだけで凄い冷たいじゃないか……」

 触れた手を庇いながらそう呟き、気を取り直し再度取る。開いたままコップを取り出して注ぎ入れて、一気飲み。一息の後、流し台に入れて洗い、納した。手の水気を振ることで無くし、手をタオルで拭く。

「あ、箱開けっ放しなの忘れてた」

 ようやっと気づいて、霧雨から見える鉄の箱っぽいものの蓋を押して閉めた。霧雨は気づいていないが、蓋を開放したままの冷蔵庫の中のペットボトルや、缶のジュースは水気を帯びていた。だからなんだと言われたらそれまでだが。

 再びソファーベッドに腰かける霧雨。しかし、ソワソワしている。忙しげに目線を変えて、窓をチラチラ横目で窺ったり貧乏揺すりしたり手をテーブルに置きカチカチと爪で叩いたり。見ている分には非常に鬱陶しいだろう。博麗がいたら一発殴っていたに違いない。

「さ、さて、少し調子を見てやるかなー!」

 立ち上がって誰にともなく呟いた。白と黒の居間の中にいる白黒の魔法使いのその声は寂しげにこだましたように感じた。

 

 ところかわって底と博麗。

「さくさくと覚えてくれるのは嬉しいのだけれど、なんか、教え甲斐があるのかないのかわからないわね」

 呆れたように溜め息を吐いた。

 出来の悪い弟子ほど教え甲斐があって、愛情も出てくるはず。天才は天才でそれもまた、師からしたら楽しい。いろんなことを短期間で成し遂げるから教えやすい、とも思う――詳しくは知らないが――だろう。底はさっさと覚えて、自分なりに解釈してやってのける。確かにわかりにくい。博麗が『弟子をもった事がない』というのもあるのだろう。

「あはは……」

 底は反応に困り、とりあえず苦笑した。

「まあ、土は適当に動かそうとしたらできるわよ。土が出来たら私から言うことはないわ。ただ、一つ言うなら、霊力には無限とも言える可能性がある。ということよ」

 よく覚えておいて。と念を押す。元々幻想郷で生きれる程度の力を身につけさせにきた博麗からすると、もう炎を出した時点で目的は達成していたのだ。しかし、帰らなかったのは善意なのか。それは博麗自身も定かではないだろうと思う。

「おーい! 出来たかー?」

 少し間抜けな声が辺りに響いた。霧雨だ。走ってやって来たらしい。

「今更どうしたのよ」

 博麗が目を細めて睨み、威圧的に問い掛けた。

『言わないと叩く。言っても叩く』という雰囲気が博麗から滲み出ている。もはやこれは問い掛けではない。脅迫だ。

「い、いや。あの……」

 キョドらせて、必死に言い訳を考える霧雨。『たらり』と頬から冷や汗が滴る。しかし、なにも思い付かなかった様子で、肩を落とし「寂しくなって来たんだよ、悪いか……」覚悟を決めたようで、煮るなり焼くなり殴るなり蹴るなり好きにしろ。といった風に本音をもらした。

「素直ね。許してあげるわ」

 そんな言葉が博麗の口から飛び出した。霧雨は驚いたように目を見開いて博麗を凝視している。底も心なしか驚いている。

「でも――」

 開いていた手を素早くあげて霧雨の頭におろした。「叩かないとは言ってない」

 無慈悲にも降り下ろされたその手は霧雨の頭に吸い込まれるように叩き込まれ、小気味よい音を鳴らした。霧雨の頭ががくっと下に向き、次の瞬間頭をあげて非難した。若干涙目になっている。

「なんか失礼な事考えたでしょう? 私の“勘”がそう言ってるのよ」

 ふふん。と誇らしげに胸を張って腰に手をあてて言った。

 底が口を開けて呆然としている。

 ぎゃーぎゃー。わーわー。と博麗と霧雨が口喧嘩する中、底は少し離れてやれやれ。と頭を振った。

 

               


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。