東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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目覚め

 

 

 

 射命丸文の真骨頂は、音速では済まない所だ、と底は分析した。速ければ速いだけ、敵を打ち砕く力となり、また、攻撃も食らい難いのだ。それに、能力も相まって、間違いなく今のメンバーでは一、二を争う強さである。

 現に、アリスを圧倒している。

 人形しか使役せず、魔法もあまり使わない操られたアリスは、力押しや、スピードにも弱いらしい。これが本来のアリスなら、勝負の行方は不明だが、技もスペルカードを模したものなら、これ程までに、『速さの妖怪』に圧倒されるのだ。

 逆に、射命丸文以外は動けないのだ。一歩前に動けば槍をもった人形、一歩下がれば剣を手にした人形。横に動けば口から光線を放つ人形が底、鈴仙と藤原妹紅を襲い、押し通せば人形が自爆する。

 アリスを倒すには、どうしても『動かずに倒す』か、『人形が追い付けない程速い』者が必要だった。

「やっと終わったわ。まぁ、私にかかればこんなものね」

 手のひらをはたく動作をして、額を腕で拭った。

「お疲れ様。あと、ありがとう」

 頭を下げると、射命丸文は藤原妹紅の炎で暖まり始め、言う。

「いいわよ。協力するって言ったし、これも記事の為だしね」

「あとはレミリアって妖怪と霊夢か」

「その二人が何なの?」

「レミリアと霊夢、アリスは俺の恋人だ」

「そうなの!? いいなぁー……私も恋がしたいわ」

 溜め息混じり、嘆く射命丸文に同調する藤原妹紅と鈴仙。底は黙る事にした。

 いつ起きるかわくわくしつつ、アリスを介抱していると、パチュリーと小悪魔が静かに扉を開いた。

 意外で、少し驚き、どもってしまう。

「どうしたんだ?」

「いえ、アリスはまぁ、気に入ってるし、起きたとき挨拶してあげようとね」

「訳すると、パチュリー様はアリスさんに日頃魔法の事でお世話になってるので、起きた時に見知った顔が何人か居れば安心するかも、と思い、底さんと一緒にみていたい、とのことです。あ、私はついでですねわかりたくありません。こあちゃん悲しい……くすん」

「黙ってなさい」

「はいきた、こあちゃん今から黙ります。良いですか?」

「良いから黙りなさい」

 相変わらずの口で、安心した。パチュリーとはあまり喋る事はなく、寧ろ小悪魔の方が多い。それでもかなり一方的だが、まだ小悪魔の方が気楽なのだ。

「そうか。まぁ、多分今日の夜には目を覚ますと思う」

「そう……」

「訳すると、残念ね、また魔法の話が――」

「こあ」

「はい。こあちゃんお口チャックです」

「よろしい」

 底は苦笑した。まだ夜は遠い。もう少し、あと少しで、三人と一緒に居られる。それまでの辛抱なのだ。

 二人に見ているようお願いして、食堂に移動する。既にいつもの数人が集まっていた。

「まだ時間はある。行こうか」

「折角恋人を助けたのに?」

 人参をかじる鈴仙が言う。

「ああ。アリスに、俺達が頑張ってる所をな……」

 伏し目がちに頭を掻くと、鈴仙はそれを見て小さく笑った。

「褒められたいんだ?」

「うるさい。編成は鈴仙、咲夜さん、射命丸だ。敵は小野塚小町。場所は三途の河。行くぞ」

 早口で終え、背中を向けると、控え含む戦闘メンバーの冷やかす声が聞こえてきた。

 

 前方には、鎌を持つ赤い髪の女性がいた。しかし、様子がおかしい。

「なんですか? あれ……」

「どう見ても……寝転んでるわよね。それも堂々と」

「あの人は大丈夫みたい。波長が狂ってない」

「本当か?」

 小野塚小町は死神だと書いてあった。死神は大丈夫なのか、と疑問を抱くが、なにより話が優先だと、射命丸文が助言した。

「死神の小野塚小町……でいいか?」

 代表して聞くと、鎌を杖代わりにして立ち上がった。

「繰鍛底、だね? 私は大丈夫さ。私達死神が操られちまえば――」

「死者の霊を連れていけない」

 口角を上げ、ふっ、と息を吐き、「その通りさ」と頷いた。「あと、私の上司、四季映姫・ヤマザナドゥから伝言だよ」

「四季映姫?」

「閻魔だよ」

 一斉に驚くと、何処と無く満足気となった。

「『一刻も早く幻想郷の皆を正気に戻し、八雲紫を倒しなさい。それが今、貴方に積める、最高の善行です』だとさ。頑張んな。私はここに来る霊の案内でもしておくさ」

 とは言うものの、ここら一帯に霊は見えない。それに――。

「里の人間は時間が止まったように動かなかったようだけど? 霊なんか来るのかしら」

 十六夜咲夜が、底の心を読んだかのように問うと、小野塚小町は真剣な顔で返す。

「そこが問題でねー。霊はこの前から途絶えてさ。ま、死神は死神の仕事をするだけさ」

 持っていた鎌を勢いよく回すと、小野塚小町の後ろ姿を撮っていた射命丸文が逃げてきた。

「あたいは楽だからいいんだけどさ。あ、勿論これはしがない死神の一人言だ」

「そうか、じゃあ聞かなかったことにしておくよ」

「礼は言わないよ。まぁ、あんたらも頑張んな。あたいはここに居るから、どうしても倒せない奴が居たら来な」

「何してくれるの?」

「そうだね……手を貸してやる、位しか言えないかね。話は終わりさ、帰んな」

「近いうち取材に――」

「わかった。気を付けてな」

 興奮する射命丸文を三人でおさえ、家に戻った。時間は太陽が沈み、暗みを帯びている、午後五時。アリスが起きてもおかしくない。

「おかえりなさい、まだ起きてないわよ」

「そうか……皆、各々自由に」

「私は娯楽室に行くわ。なんかあったら椛に言って」

 うきうきとした感じで足を進める射命丸文を見ながら、しかし鈴仙と十六夜咲夜は動かなかった。

「お前らは?」

「いい。私はあそこ好きじゃないし」

「同意よ。早くお嬢様の後ろを歩きたいわ」

 嘆息しつつも、どこか嫌ではなさそうに見えた。やはり時間が動いている時の、一時の休みは満更でも無いのだろうか。

「じゃあ、俺は医療室に。二人とも自由にしてくれ」

 はやる気持ちを抑える事が出来ず、二人を置いて、駆け足気味に向かう。

 扉を開けると、寝間着姿のパチュリーと小悪魔が雑談していた。こちらに気付くと、労ってくれた。

「残念ながら見ての通りよ。そっちは?」

「ああ、三途の河に行ったよ。小野塚小町って人に、本当に困った時、一度だけ助けてやるって言われた」

「そう。いつでも困ってるのに、のんきなものね」

「そうですよね! 幻想郷中がこんなことになってるのに、小町さんは……」

 ペラペラと喋る小悪魔に、底は違和感を覚えた。

「小悪魔は、小野塚小町を知ってるのか?」

「――はい? 知ってるもなにも、同じ赤髪同盟として一緒にお酒を飲んだりしてますよ? 他には美鈴さんに、火焔猫さん、赤蛮奇ちゃんって方も同盟です。皆可愛いんですよー。美鈴さんは言わずもがな、火焔猫さんは猫ちゃんに変身出来ますし、赤蛮奇ちゃんは首を飛ばせるんです。なんか私だけ無個性で申し訳ないというか、なんか――」

「わかった。わかったから」

 今更になって慌てて止めると、小悪魔はやっちゃった、とでも言いたげにハッとして、口を押さえた。

「こあ、貴女の悪い癖よ。この言葉も何回目かしらね」

「えっと、百三十五回目ですパチュリー様。レミリア様や咲夜さんに言われたのを含むと百五十です。いやー、ついついうっかりなんです許してくださーい、てへ」

「だからっ! それが駄目なのよ!」

 珍しいパチュリーの怒鳴りに、小悪魔は首を引っ込めて、再度手を口にやった。

「小悪魔、もう少し口数を減らそうな」

「はーい……」

 そうこうしていると、時計は六時を刺していた。

 だんだんと、底の心臓がうるさくなり、落ち着きを取り戻せなくなっていた。恋人からの別れ話に肝を冷やし、身を縮ませる、または大事なものを壊してしまい、叱られるのを待つ子供、どちらも、今の自分にぴったりの表現かもしれない、と底は自嘲した。

 ノックがした。

「どうぞ」

「私も起きるまで居ても良いかしら?」

 十六夜咲夜だった。いつものメイド服ではなく、黒い、肩を露出したセーターに、ジーンズを着用している。

「寧ろ歓迎だ」

「パチュリー様と小悪魔もいらしたんですか。身体の調子は大丈夫でしょうか?」

「絶好調よ。この異変がおきてからは何故かね」

「そうですか……ご無理をなさらないように。しかし、こうして見ると、ますます人形みたいですね」

 十六夜咲夜の呟きに、全員が首を振る。

「アリスは優しいんだ。人形が壊れたら、泣きそうな顔をして人形に謝るんだよ」

「爆発させるのにね」

 パチュリーが笑った。

「それでもだよ。いつも自爆させてごめんね、って、作り直すんだ」

「それは初耳ね。それだけ人形が大事なら、なんで使うのかしら」

「大好きだからだよ」

 十六夜咲夜だけが首を傾げた。

「大好きな人形と一緒に戦いたい、人形を飾るだけでなくちゃんと使ってやりたい。多分そういう事なんじゃないか?」

 パチュリーは頷き、小悪魔は喋りたそうにうずうずしていて、十六夜咲夜は解せなさそうにしていた。

「わからないわ。私は、大好きなものなら……愛しているからこそ、私が傷ついてでも守りたいわ」

 それはきっと、従者だからだろう、という言葉を、底はのみ込んだ。結局、一人ひとり考えは違うのだ。十六夜咲夜には十六夜咲夜の信念がある。そこに違う信念を遮らせてしまうと、余計な迷いが生じるのだ。

 ――雑談を続けていると、視界の端が、動いた。身体が強張る。

「底……?」

 それは聞きたいと何度も思い、待ちわびた声だった。

「アリ……ス……」

 喉の奥が詰まり、鼻につん、とした痛みがした。                                        


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