東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

77 / 91
娯楽の境地

 

 

 

 藤原妹紅が、紅蓮の翼をはためかせていた。抱き上げていた紅美鈴は、いち早く気づいて放したようだった。

「予測的中……だな」

 全員、かごから飛び出したように、嬉しそうに飛行する藤原妹紅を注視している。

 鱗粉は火の粉となって視界を遮らせる。辺りは、真冬の夜なのに暖かい。

「どうするの? なんか降りてこないけど」

 底は考える。深く、迅速に思考する。

「わからん。俺らも飛んで戦うしかないんじゃないか?」

「あの人は降りて来ませんし、それしかないですよね……」

 紅美鈴の声色は暗い。

「どうしたんだ?」

「私、飛ぶのはあまり……」

 赤く照らされた紅美鈴からは、明らかな『陰気』が漂っていた。

「そうか、なら無理するな。俺達はなるべく、出来たら、地面に誘導する」

 強調した。戦闘中は、そこまで頭が回らないだろう。

「申し訳ないです……」

「気にすんなって。誰でも得手不得手はあるぜ」

「そうよ。無い方がおかしいのよ」

 うちの師匠じゃあるまいし、という呟きはさておいて、敵はやはり空中戦を所望している。

 向かわねば、ずっとこのままだ。気づけば、火の鳥は消失していて、空を飛び回る藤原妹紅だけになっていた。火の粉は変わらず舞っている。

 底が飛び上がると、二人は着いてくる。各々勝手に、というわけではなさそうだ。理解すると、底は刀を構えて突撃する。

「《正直者の死》」

 藤原妹紅が指を向ける。指先からは、弾速の遅い炎の弾が一つだけ飛び出す。余裕を持って避けようとすると、鈴仙が後方で「避けないで!」と叫んだのが聞こえた。

 重要な選択肢が現れたかのように、底の視界は遅くなった。

 攻撃をわざと食らえと言いたいのか? 弾はすぐ近くまで来ている。視界が遅くなるにつれ、思考は極限まで鋭くなる。

 そうか――『正直者の死』とは、名前の通り弾を避けると大技を食らってしまうということか。

 弾を突っ切ると、消えた。懐に潜ると、既に炎の爪で辺りを一薙ぎし終えた所だった。

 隙だらけの体に、両手を突き出し、腹から強く声を出す。

「《ビギナースパーク》!」

 両手から放たれるは、霧雨の技を模した光線――しかしながら、色は本来の魔力色である紫で、収縮された魔力は少なく、見た目は頼りない――は、藤原妹紅の横腹を抜けた。外傷は勿論なく、痛みも感じないので、反撃をもろに当たってしまった。

 吹っ飛び、揺らぐ視界には、なにやら霧雨の騒ぎ声と鈴仙を揺さぶる姿が見えた。

 その場で体勢を立て直す。頭を数回強く振ると、揺さぶられた視界が定まった。

「底、お前凄いじゃないか!」

 嬉しさのあまりか、戦闘中にも関わらず、笑顔で手を振り、こちらにやって来る。霧雨の後ろで鈴仙は頭を抱えている。

 敵が隙をつかないわけがなかった。

「《鳳翼天翔》」

 轟音を夜空に響かせた藤原妹紅は、翼を畳んで、霧雨に高速で突進する。

 鈴仙と声が重なった。霧雨が声に気づき、横に視線を移すと、藤原妹紅は既に三メートルの範囲に入っていた。

「やめて――!」

 鈴仙が一際大きく、鼓膜を破れるかと思ってしまう程の声で、否定する。拒絶する。

 形容し難い音が鳴った。

 藤原妹紅から翼が消え、墜落していく。

 唖然として見つめる底と二人。紅美鈴が格闘し、敵を排除した。

 一先ず三人で地上へ降りると、うきうきした紅美鈴が「一体なにがあったんですか? 鈴仙さんが叫んだと思ったらこの人が落ちてきましたけど」と問い掛けて来た。だがしかし、わからないものはわからない、説明も出来ない。

 当の本人は、叫んだだけだと強調しているものの、鈴仙が“なにか”をしたことは、明確だった。とは言え、無理に言及する気は誰にもなかった。助けられた霧雨も、空気を読んでなかったことにするようだ。それもそうだろう。本人は至って普通に叫んだだけだと言うのだから。

 

「なんだ、私は操られてたのか……」

 対面すると、はじめてわかった事があった。

 身長である。目測では、百四十台だろう。体つきも華奢で、まだ中学生程度の容姿だった。

「そうだ。私達は解決の為に戦ってる」

 霧雨の言葉を、藤原妹紅は鼻で笑う。

「解決か。ならなんでそこの男は微妙な顔をしてる? あたかも『俺が原因です』って顔をしてるじゃないか」

 しまった、と底は想像と正反対の相手に、頭を抱えた。

「……お前の思い違いだろ」

 霧雨は警戒している。鈴仙も、紅美鈴も。

「まってくれ」と底は手を挙げて三人を止める。藤原妹紅の真正面に立ち、「そうだ。原因は俺にある。でも、言えないんだ」と優しく言った。

「へぇ、あんた面白いこと言うね。言えない? なんでさ。協力を求めるなら説明は不可欠だ。鈴仙は納得してるか?」

 視線を鈴仙に向けた。

「私は納得してるわ。仲間だもん。それ以外に必要?」

 鈴仙は即答した。

「ふーん。でも私は仲間じゃないし、説得の材料にはならないよね」

 小馬鹿にしたような態度は気に入らないが、子供だと考えれば可愛らしい。

「なにをどうすればいい? どうすればお前はここに居て、なにをすればお前は協力する?」

「そんなの、あんたが考えなよ」

 天井を見つめ、嘆息する。厄介だ。

 仲間にはならなくて良い。戦力は十分なので協力はしないでいい。娯楽室でだらだらしてるだけでいい。なのに、直感が言う。

『藤原妹紅を仲間に引き入れろ。きっと役に立つ』

 ――底の勘もあてになるね。

 博麗はいつも勘を頼りに動く。戦闘も、異変も、果ては日常まで。そんな博麗に褒められた己の勘を、どうして信用しないのか。

 ――藤原妹紅の口から、必ず『協力しよう』と言わしてみせる。

 恐怖か、支配か、情に訴えるか。

「俺はお前を助けたかった訳じゃない。正気に戻った寺子屋の先生から助けてくれといわれたんだ。だからお前と戦った」

「なんで慧音が出てくるの――」

「誰も名前は言ってない」

 しまった、という顔をした。鈴仙が口笛をふく。

「もういいや、あんたのが上だな。わかった。力になろう」

 底は心の中でガッツポーズした。なんだかわからないが、相手は折れたようだ。

「慧音先生は娯楽室の皆をみてる。案内するぞ」

「わかった」

 各人自由に、ということで藤原妹紅と二人になった。

 道中数人に会釈しながら、家の中を案内する。娯楽室――娯楽施設と呼ぶに相応しい扉を開くと、廊下からでも男の焦った声と銃声が聞こえた。廊下には三方向に扉がある。

「な、なに?」

「ああ、『映画』ってのがあってな。娯楽室は凄いぞ。休まず一日中遊んでも遊びきれない」

 説明していると、急に走って右の扉を開いた。感嘆している。

「ここは台系の遊び場だな」

 扉の先にはビリヤードなどがあり、片手で数えられる人数が遊んでいた。

「凄いね……じゃあこっちは!?」

 底の返事を待たずに反対の扉を強く開けると、またもや感動に胸を打たれたようだった。瞳が輝いている。

「そっちは玉遊びだな」

 目の前には大きいボールで遊ぶルーミアと大妖精が居た。

「あ、王子様! 新しい子?」

「そうだ。妹紅って言うんだ」

「よろしくね。なにして遊んでるの?」

 藤原妹紅の変化に、底はギョッとした。

「大達はね、ただ玉で遊んでるんだよ。意外に面白いの」

「私もやりたい!」

 遊んでる所を見ると、本当に小さい子が遊戯しているようだ。

「私、お手玉も蹴鞠も得意だったんだよ!」

 二人と大差ない純粋な子が、千年も生きるのは、相当な苦痛だったのだろう。さっきの大人ぶったしゃべり方も、あの思考能力も、生きる為に覚えたものだと思えば、底はなるべく、藤原妹紅を楽しませてあげよう、と兄心めいたものを想起した。

「またね! 底次に行こうよ!」

 手を引かれ、やって来たのは真ん中の扉。映画館だった。扉の前で目を閉じる藤原妹紅。外でも、映画館内の熱気が伝わる。

 ひとりでに扉が動いた。

「妹紅ではないですか!」

「慧音?」

 ノートとペンを持っている上白沢慧音と遭遇した。

「妹紅が協力してくれる事になった。あと、先生とも話したくてな」

 晴れているであろう底とは反対に、寂しいような、悲しいような表情をした上白沢慧音は、娯楽施設から遠ざけるように藤原妹紅の腕を引っ張った。

 藤原妹紅は嫌がっている。映画館を眺めたいようだ。

「だめです。あんな自分を忘れるような所、貴女は行ってはいけません」

 咎める上白沢慧音に、底はなにも言えなかった。

「なんで? 慧音には関係無いじゃない」

「そうですけど……」

 言い淀んだ。底はある提案をする。

「妹紅が遊ぶ時は先生も着いたらどうだ?」

 妥協した後、藤原妹紅を自室に帰らせ、底と上白沢慧音は医療室に来た。怪我をした訳ではない。医療費は、会議や秘密の会話にはもってこいなのだ。

「どうだった?」

「ああ。寝る間も惜しんでるみたいだ。映画とやらが面白過ぎるんだろうな」

「そうか」

 もう、いつものメンバー以外は、戦闘には出られないと考えても良いだろう。

 少し前に、上白沢慧音には娯楽施設を利用している者の様子をみてもらっていた。どうにも、話す時間すら惜しんでいるかのようにしていたので、怪しく思えたのだ。

「さっきはすまなかったな。妹紅もあんな風になると思うと」

「わかってる。映画館のあいつらはなるべく刺激しないようにしよう」

 幻想郷には娯楽がない。なので、テレビや映画に現を抜かすのは理解出来る。しかし、底からすると、正気とは思えなかった。

 映画館に居ない者はまだ戦闘に出せるだろう。しかし、映画館に浸っている者は手遅れだ。もし無理して話をしたり、戦闘へ駆り出させると、反発して手がつけられなくなる可能性は否めないのだ。

「じゃあ、私はこれで」

「ありがとう」

 様々な状況を並行して、たっぷりと思案した。        


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。