――ところでさ、娯楽室って凄いわね。
――どういう事だ?
――いやね、なんか大きい紙にね、人が映ってるのよ。皆それに首ったけよ。
「なるほどな……」
看病中の雑談で、ふと言い出した鈴仙の話の事が、底は気になって娯楽室に赴いた。すると、どうして揃いも揃ってひきこもるのか、解せる光景が広がっていた。
『映画』である。
娯楽室にはほぼはじめて来たのだが、これなら入り浸るのも納得だ。
廊下にはビリヤード等の台系がある部屋と、多種類の部屋があるが、一際目立つのは『映画室』と書かれた大きい扉だろう。
映画室を開くと、映画館さながら――いや、そのものだった。スクリーンには、なにやら男女が激しい戦闘を繰り広げている。
唖然としたまま医療室に戻ると鈴仙が、言った通りでしょ? と言いたげに視線を合わせてきた。
「私も最初、チルノちゃん達に連れられてびっくりでした」
「いっぱいあるんだよ!」
手を広げ、興奮した様子のルーミアと、相槌を何度も打つ大妖精。
「あれは良いの? 幻想郷のなんたらが乱れるとかよく言うけど……」
目を細め、眉間に少量の皺を交えさせた鈴仙が訝しむように言った。
「いいんじゃないか? 紫の事だ、終わった後は考えてる。それに、逆にあってくれて助かった」
底の言葉に、全員が首を傾げた。
「考えてもみろ。こう言うのも悪いけど、ルーミアや大妖精達は、戦いが得意じゃない」
唐突に手を叩き、後を引き継ぐ紅美鈴。
「だから少しでも不満を溜めないように娯楽があって良かったと言うことですね。流石です」
感嘆する鈴仙。
「不満が溜まれば溜まるほど暴動が起きる。四人しか外に出れないから、精神的圧迫が強まる……ってこと?」
「そうだ。ずっと一人で考えてた事だ。皆には悪いけど、異変を解決するには出来るだけ強い三人と組む必要がある。必然的に戦闘が得意じゃない者は留守になる」
「そっかぁ……お外出れないと、うわー! ってなるもんね……」
大妖精が髪を掻き乱し、『ストレス』を表現した。ルーミアも理解したようで、神妙な表情になる。
「ああ。何人か元に戻した時、そうなる事を覚悟してたんだ。今はまだ大丈夫だけど、いつなるか……」
てゐに話しかけても、すぐ帰った。映画に夢中になりすぎて、コミュニケーションがとれない状態になっているのだ。
「……ま、なったとき考えればいいんじゃない? 答えなんか早々出ないでしょ」
能天気に思われるが、結局は保留しかないのだ。対策なんてたかが知れている。自分達に出来る事は、暴動がおきる前に異変を終わらせるよう努力する、底はそう考えている。
先に、上白沢慧音が上半身を起こした。
「おはよう、先生」
目を閉じ、片目を擦っている。
「おはよう……ん? 君は、教え子を届けてくれた……」
何度か瞬きすると、怪訝な雰囲気を出した。
「繰鍛底だ。今は異変の真最中で――」
説明をすると、上白沢慧音は憤怒した。
「私は君の味方だ。いつでも頼ってくれていい」
「ありがとう。でも、異変の内容を話しただけなんだが、いいのか?」
「なに、君が人間。それだけで私は味方だ」
よくわからない人だ、と底は思った。上白沢慧音は大の人間好きなのか、とも。
「先生、頼みたいことがあるんだ――」
十六夜咲夜と霧雨が同時に起き上がった。霧雨はまだ眠そうだ。
「私と……魔理沙はやられたのね」
「俺の不注意だった。本当にすまない……」
腰を曲げる。視界には自分の足と白い床。不思議な音楽が頭で鳴る。
「あんなん仕方なかったって! 反射なんて持ってるとは誰も思わなかった」
「そうね。倒したのに技を使うなんて思いもしなかったわ。次から気を付けましょ」
上げろ、と促されたので頭を上げると、にこやかな霧雨と、目を閉じ口角を上げて、仕方ない、と頷く十六夜咲夜が映った。
「で、咲夜から察するに倒したんだろうな?」
パジャマのままで、ぐいっと近づく霧雨に、十六夜咲夜が窘める。
「魔理沙、殿方の前よ。寝間着のままだし、シャワーも浴びてないのに……」
「おっと、そういえばそうだったな……ごめん、先行ってくる!」
「食堂で待ってるからな」
背中越しに声がし、二人は退室する。残った三人と欠伸をしながら食堂で待っていると、チルノが大妖精とルーミアを呼び、てゐが鈴仙を呼んで紅美鈴と二人になった。一時間の後に二人が帰ってきた。
「で、どうやって倒したんだ?」
髪を後ろに束ねた霧雨を見るのは、初めてだ。うきうきした様子である。
「――ということがあってな。やっと倒したと安心したら、光線が咲夜さんに当たって倒れて……次には角と尻尾を生やした、妖怪先生が居たんだ」
「かーっ! 見たかったなぁ!」
興奮する霧雨の横で、十六夜咲夜は浮かない顔をしていた。
「私が倒れてからも戦闘は続いてたのね……」
嘆息した十六夜咲夜。紅美鈴が急に席を立ち、手を組んで熱をもち、言う。
「そうなんですよ! 私が疲れて交代をお願いすると、素早く敵を吹っ飛ばして『よし、下がれ』って格好良かったんですよー! その後も出ようとしたら『まて! 三十秒でいい、戦わせてくれ』って! 最後は私の得意技で敵を格好よく倒したんですー!」
「あらあら、嬉しそうね」
十六夜咲夜も、嬉しいようで、微笑みながら聞いていた。ついには霧雨も指笛と拍手をしだし、とうとう底はその場に居づらいと思ってしまった。
「恥ずかしいからやめてくれ。そういうのに慣れてないんだ……」
俯くと、霧雨が持て囃した。
「お前は頑張ってるよ」
「そうね」
「いや、当たり前だよ。俺が動かなきゃ意味がないんだ」
「謙遜はしないでくださいよー。底さんはほとんど休み無しじゃないですか。これなら幻想郷が元に戻るのだってすぐですよ!」
「そうだなぁ。あのスキマ妖怪、絶対ただで済まさねぇ。底の事でなにが――痛て!」
一瞬、椅子から飛び上がった。奇妙な動きに、底は首を傾げる。
「どうした?」
「いやー、なんか体に痛みが走ってさー。ちょっと休んでくるぜ」
ははは、とから笑いして食堂を出た。
「なんだったんだ?」
「さ、さぁ? 私にはさっぱり……倒れたからどこか痛むんじゃないですかね……?」
ちらり、と視線を十六夜咲夜に投げた。
「私も頭痛がするわ。今日は休ませて……」
「大丈夫か? じゃあ、今日は休んでいてくれ」
十六夜咲夜が自室に戻り、紅美鈴も焦ったように食堂を出る。
底も自室に戻り、深く溜め息を吐いた。
本当はわかっていた。霧雨の言おうとしていた事、十六夜咲夜が霧雨の足を踏んだ事、紅美鈴が十六夜咲夜に合わせるよう視線を送った事を。恐らく、鈴仙から聞いたのだろう。
底が異変の原因だという事を。
情けなかった。家族や仲間にまで気を使われて、あまつさえ腫れ物のように扱われたことに。自意識過剰というものなのかもしれない。だが、底はそう思ってしまった。
接しづらい、と思ってしまった。負い目を感じているだけに、悪感情は心を蝕む。
「どうしたらいいんだよ……もう、やめてくれよ……」
自室を出て、廊下に。食堂に。玄関に、外に――。
足は自然と動いていた。里から霧の湖へ。紅魔館の最上階。
広い間。玉座、レッドカーペット、シャンデリア。
――レミリア。
「レミリア、俺だ。やっと会えたな……」
居たことによる深い安堵と、会えたことによる喜び。
まるで、初めて会った時のようだ。紅い目を輝かし、『王』の威圧をもったレミリアを、久しく見ていなかった。槍を構え、投げる。
気が付くと、玄関に立っていた。
次に、魔法の森へ出向く。足が勝手に動いていた。敵は現れない。
アリスの家に着くと、彼女が育てていた花が見えた。その前に、アリスが仁王立ちしていた。
「アリス!」
声は出るものの、体は金縛りでもおきたかのようにびくともしない。諦めて様子を見ていたら、アリスは自前の人形を周りに八体浮かばせた。内、一体が此方へ歩みより、爆発をおこし、家へ戻った。
博麗神社には当然、博麗がお払い棒片手に、『無』の表情で底を射ぬく。
「夢想天生」と呟くと、博麗が浮いた。
またも意識外で体が動き、博麗に攻撃する。しかし、何もかもが空をきる。いかなる攻撃も、効かない。
八雲に操られ、馬鹿にされているような錯覚さえ受けた。
奴は、そこまで人をこけにしたいのか。そこまでして、楽しみたいのか。
ただの人間に能力を与え、己の欲望を満たしたいのか。人生を狂わしたいのか。
奴はいつまでも楽しむ気でいる。なら、こちらも楽しむしかない。気付くのに、大分時間を使ってしまった。
「同じ阿呆なら、踊らにゃ損々……ってな」
笑みが漏れる。
「もっと早くに気づくんだった。待ってろ、三人とも。すぐ会いに行くからな……」
底は仲間も連れず、自分勝手な孤独を感じたまま、ふらふらと里を出た。