襲ってきたのだろう上白沢慧音を、紅美鈴が止めていた。
容姿が、髪は青のメッシュが緑になっており、二本の角、更には獅子のような尻尾が生えていて、人間ではないことを、底に伝える。
「美鈴!」
「大丈夫です――よ!」
手をはなし、体勢を崩した上白沢慧音の角を上手く掴み、投げた。
空中で宙返りをして立て直し、着地と同時に猪突猛進、紅美鈴へと飛びかかる。
往なす。躱す。止める。
ハイレベルな攻防だった。目まぐるしく交わされる腕と足。底は、行方を見守るしか無い。きっと、あの攻防に入ると、底は邪魔になってしまう。まともに戦えないわけではない。底の目にはしっかりと両者の手足が見えている。動ける。しかし、広い道を広く使い、体を動かしているため、どうしても一人増えれば動きが制限されるのだ。
ここは紅美鈴に任せる。拳法を極めた紅美鈴なら、負けない。見たところ、上白沢慧音は武術を嗜んではいないだろう。必ずしも武術家が勝つというわけではないが、それでも、紅美鈴は負けない。勝てなくても、敗れはしない。
底は信じた。第二の家族を。
「底さん、交代出来ますか!?」
肩を上下させつつ、攻撃を防御する紅美鈴。
底は即座に刀を持ち直し、高速移動する。狙うは組み合いの真最中である上白沢慧音。頭に飛び蹴りを食らわすと、吹き飛んだ。
「よし」
紅美鈴を下がらせると、ちょうど上白沢慧音が一軒家に衝突した。砂埃も、ひびも出来ない事から、やはり建築物は八雲に守られているようだ。
相手の体力は半分。紅美鈴の頑張りのおかげである。交代した以上、倒れることだけは避けたい。
上白沢慧音が四足歩行で駆ける。姿は正に、獣。尻尾もあわさり、神秘的なのだが、なんの妖怪かは皆目検討もつかない。
こちらに突っ込む気なのか、角を底に向けて走る。恐らく受け止めることはかなわない。相手は妖怪。力ではまず勝てないと考えて良いのだ。
横に転がるようにして回避した。
武器を刀から拳銃に変え、再び避けて射撃する。体力が微動した。拳銃程度では攻撃にならないようだ。
違和感の無い刀に戻す。敵は、姑息な手は使わず、正攻法で来るらしい。歩み寄ってくる。
目の前で仁王立ちする上白沢慧音に、底は、意外と身長が低いんだな、と何気無く思った。
飛び上がり、上半身を大きく仰け反らせた。何をするのかと疑問に思っていると、気が付けば視界は地面を映していた。
「底さん!?」
何故避けなかったのかと動転する紅美鈴に、底は片手を挙げて、無事をしらせる。
無表情なのに、どこか得意気である。
そう言えば、と底は悠長にも霧雨の言葉を思い出す。
――あいつの頭突きは凄い痛いらしいぜ。
どうして体を反らした時に逃げなかったのか、自分でも疑問に思う。しかし、これで頭がすっきりしたと考えると、悪くはない。一気に体力が減っても、気にならない。
「息も整ったので、出ます!」
「まて! 三十秒でいい。戦わせてくれ」
「でも……」
最近は役に立っていない。それは重々承知している。だからと言って、一人で戦う事にはならないが、紅美鈴ばかりに頼っていては駄目になる。
三人に堂々と顔向け出来ない。小さいプライドによる行動である事も、承知している。
「頼む。元は俺が原因なんだ。俺が戦ってないんじゃ、誰も納得出来ない」
「……わかりました。三十秒経てば私も加勢します」
棒立ちする上白沢慧音から退く。離れたことで、幾分か心に余裕が出来た。
刀を顔の横へやる。敵に向けて平行に構えると、心構えが完了した。上白沢慧音もまた、刀の代わりに爪を長く、鋭く生やした。両腕をだらりと、無造作に構えている。
動かない。否、動けない。
十秒と硬直が続く。汗が鼻を伝い――垂れた。
駆け出す。一瞬遅れて相手も走る。雷をまとわせると、刹那に静電気にも似た音が流れ、視界の動きが変わる。
上白沢慧音は迎撃のため、腕が動いた。爪を底の心臓に突くも、底は回転して背面にまわることで回避する。勢いを殺さず袈裟斬り。刀は角に止められた。驚異的な読みと、己を信じて止まない行動力で、上半身を斜めにしたのだ。
手の痺れを回復させようと、バックステップ後に刀を投げた。当然、振り向き様に爪で弾かれる。
どう出るべきか。いっそのこと何も考えず……。そんな考えが過る中、上白沢慧音と再び対峙する。懐にはいつのまにか戻ってきた玉があり、刀に変える。
なにか作戦を考えるも、手札が少なすぎる。二人のコピー技、属性付与。戦い難い何てものじゃない。
相手は強者の余裕なのか、はたまた油断か、のんびりと歩いていた。気に入らない。余裕をもたせる自分に、腹が立った。
走る、斬る、受け流す。一連の動作は、既に何回もしていて、どちらかというと作業のようなものだった。
「妖怪相手の真剣勝負出来るのは、ここでは底さんと咲夜さん、霊夢さん位ですよ」
敵を、紅美鈴が横から後ろ蹴りを頭に強打させた。体力が削れ、民家に激突する。
「もう三十秒か」
汗を拭い、息も絶え絶えに問う。そろそろ限界だ、と底は考えていたので、嬉しさは半分となっていた。
「そうですよ。負けるとは思えなかったですが、それでも怪我をしたら、って思うと……」
なんと過保護なのだろうか。元師匠とはいえ、紅美鈴のような師匠は、希少だろう。あの日々を思い出すだけで、胸が暖かくなる。
相手はあと少ししか体力が無い。紅美鈴か、底の一閃で倒れ伏すだろう。
底は、照れ笑いし、後頭部を掻く紅美鈴に、「あと少しだ、師匠。手を貸してくれ」と向き直って頭を下げる。すると、紅美鈴は警戒することを忘れて、呆気にとられた。そして、優しく笑い掛け「弟子の不始末や責任は、師匠である私の責任でもあります。いつでも頼ってください。“底”」とほんの少し底より高い身長で、肩から気力を送ってきた。息切れが治まった。
「ありがとう」
「なんの。私の得意な技、知ってますね?」
「ああ、もちろんだ」
「なら、やることはわかりますね?」
深く、頷く。
上白沢慧音が、歩きから、走りに変える。頭を低くし、雄叫びをあげ、猪のように突進してくる。間違いなく、全身全霊の捨て身攻撃だろうと、容易に想定出来る。
底と紅美鈴は突進を左右にわかれて躱し、同時に地面を強く踏みつけるように踏み込み、背中を敵の横腹に打ち付け叫ぶ。
「鉄山靠!」
両方からの容赦ないであろう攻撃に、上白沢慧音の体力は無くなり、足を止め――倒れた。同じくして、人間に戻った。
「やりましたー! 得意技を誰かと一緒にするの、夢だったんですー!」
興奮して跳び跳ねる紅美鈴に、底は微笑ましくなった。
倒れた後、暫く技をしないか注視していたが、何も問題はなかった。
三人を運ぶのに苦労した。
家に着くと、霧雨と十六夜咲夜を下ろして、底は倒れ込む。
「だから私が二人を運ぶって言ったじゃないですかー」
「いや、なんか男として情けないだろうが」
「大丈夫ですのに……」
「底、お帰り」
鈴仙がルーミアと大妖精を引き連れて来た。
「王子さま、今回は辛かったんだね。よしよし」
ルーミアが労いつつも頭を撫でてくる。大妖精も「ずるい! 大もする!」と言って後頭部を荒々しく撫でる。撫でるというよりかは、どちらかというと髪を乱してるに近い。
「よしよーし!」
本人は至って普通に撫でているように窺える。
「ありがとう、元気が出た。だからやめてくれないか?」
素直に引き下がるルーミアだが、大妖精は拒否して更に荒々しくなった。
「大妖精さん、底さんは疲れてるんです。その辺でやめてあげてくださいね」
「はーい!」
視線は床に向いているため、様子を見ることは出来ないが、手を挙げているだろう。
「鈴仙、すまないけど、魔理沙を運んでくれないか?」
「良いわよ。なんだったら誰か呼んで三人とも連れていかせるけど?」
底は首を左右に振る。
「一人でも連れていかないと、俺の居る意味が無くなってしまう。最低でも一人は連れていかせてくれ」
全員が沈黙する。
「まぁ、良いけどね。早く連れていこ?」
「……ああ、ありがとう」
十六夜咲夜を抱き上げ、全員で医療室の扉を開いた。
一先ずベッドへ横にさせて、底はそれぞれの部屋で、寝間着をとってくるように言った。
帰ってくるまで額に濡れたタオルを置き、椅子で休憩する。
暫くして帰ってくると、紅美鈴は青の花柄パジャマを、鈴仙は黄色の三角帽子と黄の星柄パジャマ、ルーミアと大妖精は黒の透けたドレスのようなものを持ってきた。
「ねぇねぇ! 先生って人の部屋の引き出しに、こんなえっちぃのがあったよ!」
「底、もう一度行ってくる」
底は頭痛を感じ、鈴仙に「ああ」と応えた。
談笑して時間を潰していると、ようやっと鈴仙が帰ってきた。手にはピンク色の可愛らしい服があった。
「この先生の引き出しには男の人からすると目に毒な寝間着が沢山あったわ。だから私の寝間着を持ってきた」
「だから遅かったのか。お疲れ。じゃあ着替えさせてくれないか? 俺は今のうちに飯を食べておく」
「わかりました。入るときはちゃんと聞いてくださいね」
適当に返事をして食堂に行く。複数居た。
胡瓜の補給に来た河城にとり、同じく人参を取りに来たてゐ、その他は飲み物の補給等で、誰も食事をとってる姿は見えない。
「ただいま、にとり、てゐ」
近くの二人に話しかけると、てゐは普通に返し、河城にとりは酷く緊張した様子で返してくれた。
「皆いつもどこにいるんだ?」
「娯楽室だよー。あそこか自室以外ないよねー。全員そこに入り浸ってるよー」
「ふーん……」
なにか娯楽室にあるのだろうか、疑問に思い、聞こうとするも、河城にとりはそそくさと食堂を出ていき、てゐからは「戻りたいんだけどいいかなー?」と聞かれ、「ああ、ごめんな」と応える他なかった。
他の者といえば、あまり親しくない静葉、レティ。その上二人とも話しかけれない雰囲気なので、底は挨拶だけして食事を済ませた。
戻ってノックすると、中から鈴仙の声がする。
「入っていいわよ」
扉を開け、中に入ると、多数の椅子に座る四人と、清潔なベッドで暖かそうに眠る三人の姿があった。その内、上白沢慧音だけは兎耳のついたフードを被っていた。
嬉々とした鈴仙が言う。
「可愛いでしょ?」
「鈴仙、耳が既にあるのに、こんな服着てるのか?」
「え? なにか問題あるの? 可愛いよね?」
首を傾げると、兎耳が同時に揺れた。
「可愛い……んだろうけど」
「けどなによー」
「まあまあ、私はああいう服似合わないので羨ましいですよ」
口論になりそうだと察したのか、焦ったように鈴仙に同調した。
「美鈴さんも似合うと思うわよ? 着てみる?」
「い、いいです……」
「私着たい!」
「大も!」
「そう? じゃあルーミアと大妖精は私の部屋で着替えましょ」
元気よく返事をする二人。満足気に頷いた後、鈴仙は底と紅美鈴にまた来る事を伝えてから、医療室を後にした。