紅美鈴に家の中を案内し終わると、時間は七時半を超えていた。行く先々の者に挨拶を済ましていた為に、遅くなったのだ。
鈴仙は未だ意識が回復せず、一時間半看病していたてゐも、身動きしないらしい鈴仙に、傷心を隠しきれない様子だった。
「鈴仙に悪戯出来ないよー……」
悪戯が出来ないから辛いらしい。少しでも胸の内を知ろうとした底は、自分が滑稽に思えた。
「俺以外が倒れた時のデメリットか?」
「知らないんだけどさー、八雲って奴に聞いてみてよー。こんな状態じゃ大妖精達と安心して鈴仙を苛められないからさー」
「わかった。聞いてみる」
底は引き続き鈴仙の看病を頼み、医療室を後にした。
自室のベットに腰掛け、天井を見つめた。
「聞いただろ、紫。戦闘で俺以外が倒れた時のデメリットはなんだ?」
小さな異空間が開き、そこから紙が落ちてきた。拾い上げ、目を泳がすと、丸文字でこう書かれていた。
『はーい! 紫が親切丁寧に教えてあげるね、底お兄ちゃん!
戦いで底お兄ちゃんが倒れると、問答無用で家に帰されるの。でも、仲間が倒れると一日動けないのです!
ごめんね、底お兄ちゃん。私も辛いの。でもでもー……心を鬼にしないと――』
顔がめいいっぱいひきつるのを自覚し、刀に炎を付与して、引き裂き燃やした。
「あのスキマ妖怪め……」
とことん人を小馬鹿にするのに長けている。底は腹の中が真っ黒になるのを感じながら、てゐのもとへ戻った。
「あと一日したら起きるらしいぞ」
「……なんで怒ってるのー?」
「ほっといてくれ」
思ったより顔に出ていたらしい。てゐの耳がピクピクと動いている。
「じゃあ鈴仙はほっといても大丈夫だねー」
笑顔を浮かべるてゐに、底は言い返す。
「駄目だろ。俺達の為に頑張ってくれたんだから」
「じゃあ底が看なよ。なんであんたを庇って倒れた鈴仙を私がみるのさ」
小馬鹿にしたような顔、鼻で笑った。
「そんな……いやそうだな、ごめん。気が立ってた」
両手を挙げて謝ると、てゐは満足気に頷き、部屋を出た。
静寂に包まれた医療室。回転式の椅子に鬱憤をはらすかのように座り、背凭れに身を任せる。
正論であるとわかっていても、言い方と態度が気に入らなかった。仮にも家族であるのに、何故あんな事が言えるのか。紅魔館なら――いや、引き合いに出せるものじゃないか。
底は頭を強く振り、考えるのを強制的にやめた。
鈴仙の額に置いてあるタオルを濡らし、絞り、また額に乗せる。手を拭くと、扉が叩かれた。
「どうした?」
扉を開けると、紅美鈴が立っていた。
「えっと、ご飯、ご一緒しませんか?」
照れたように笑う紅美鈴に、底は胸が暖かくなった。
「んー、今日は無理かな。鈴仙看とかなきゃいけないし」
こうなれば何がなんでも鈴仙から離れない。そう決めて断る。すると、顔に影をつくり、「そうですか……」とほんの少し考え、「あ、医療室でも食べれるもの持ってきますよ。それならご一緒出来ます」そう嬉々として走っていった。
止める余裕もなかった。
暫しあって、扉が開かれた。そちらに向くと、いくつかおにぎりが入った、細い紐状の素材が編み込まれた籠を片手に意気揚々と入ってきた紅美鈴の後に続く、チルノ、大妖精、ルーミアの姿があった。
「あーい、底、あたい達も鈴仙の看病しにきたよー」
「王子様だけに任せておけないもん」
「お邪魔だった? 底の兄ちゃん」
「……ありがとう。嬉しいよ。皆、食べようか」
四人に感謝した。やはり、友と言うのは良いものだ。涙腺が緩むのまでは、制御できなかった。
「おにぎり、しょっぱいな」
「えー? そんなことないけどなぁ」
食事を終え、底とチルノと大妖精で鈴仙の看病を続行する。紅美鈴とルーミアを先に風呂へ行かせ、帰ってきたら底が入浴する。その間、四人は鈴仙の体を拭うという考えを伝えた。妖精二人は手をわきわきしていたが、紅美鈴に窘められると、素直に止めていた。
その日は長い夜だ。自室に行く訳でもなく、寝るでもなく、体力の続く限り五人で話し、寝ないように看病に努めた。
「底さん、寝ちゃ駄目ですよ」
瞼が重く、頭が勝手に揺れる。
「わかってる……。よく平気だな」
鈴仙の隣のベッドで、すやすやと寝息を立てるルーミアを見て言う。
「私は門番なので、慣れですね」
「大達、妖精は睡眠があまりいらないんだ。それでも娯楽みたいなので寝るけどね」
「最強は四大欲求を必要としないのだよ」
自信満々に胸を張るチルノに、底は「四大欲求?」と突っ込んだ。
「食欲、睡眠欲、知識欲、性欲だとあたいは思ってるね。いつの時代の人間も、知りたいっていう欲求からここまで進化したんだよ。人間はあたい達の次に強い」
「なるほど……?」
眠気で頭が働かないからか、チルノの言葉は右の耳から入り、すぐに左から出ていった。
「流石チルノちゃん。伊達に長生きしてませんね」
半開きの目を紅美鈴へと向けると、紅美鈴はチルノに微笑んで手を叩いていた。
「こう見えても大ちゃんの次に歳上なんだからね、当然だよ!」
徐々に覚醒していく。
「え、本当に!?」
先程の発言で眠気なんぞ、どこかへ吹き飛んでいったのを、底は頭の片隅で幸いだ、と思った。
「あたいは氷の妖精だからね。ずっと昔の人間だって見たことあるもん」
「ついでに言うと大はねー、自然の妖精だから変な生き物がいた頃からかな。なんか二足歩行や四足歩行で、おっきいんだ。ぎゃおー! って感じだった。あと人間の都市だって見たよ」
顎が外れる勢いだった。開いた口がふさがらないとはこの事か。紅美鈴も、固まっている。
「冗談ですよね……? それって恐竜なんじゃ……ということはチルノちゃんは氷河期に生まれたんですか?」
「ていうか都市ってなに……」
「えっとね、今は月に行っちゃったんだけど、その前は地球に住んでた、月人だよ。今よりも発達してたの」
紅美鈴と顔を見合わせる。信じられない、そう言いたげである。
眠気の通り越しを経て漸く朝となった。紅美鈴が夜食であったりなど、色々フォローしてくれたお陰である。
ルーミアが眠りからさめて、朝食もおにぎりで済まし、幾分か落ち着いた頭で、ふと思い出した事を紅美鈴に問う。
「俺、技を忘れてるんだけどさ、美鈴、なにか俺の技覚えてないか?」
紅美鈴は腕を組んで唸り、声色に思案を滲ませる。
「目潰しの光に、なんか炎や水、雷を武器につけてましたよね。あとは早く動いたり、武器も変えてませんでしたか?」
「そういえば……」
技一覧を開くと、見事に二つ増えていた。
『水付与』『武器変化』の二つである。底は紅美鈴に頭を下げ、礼を言った。
昼食の時間に、鈴仙が初めて身動きした。全員が立ち上がり、駆け寄った。恐らく、無意識の内だったのだろう。
「鈴仙!」
「なに……? 眠いんだからあと五十分」
「なに馬鹿なこと言ってるのさ! 早く起きないとあたいがかちんこちんにしちゃうよ!」
「それはやだ……でも起きたくないのー」
眠気眼のまま首を振る。耳が大妖精の顔を叩いた。
「鈴仙、お前昨日から気絶しっぱなしだったんだぞ」
ベッドに手を置いて身をのりだし、鈴仙を起こす。すると、鈴仙はじわじわと驚きに表情を変えていった。
「え、本当に?」
鈴仙が信じられないと言った様子で、四人にも尋ねる。四人は何度も頷くのを確認すると、頭を抱えた。
「え、もしかしてずっとここに居た!?」
「そうですよ。五人で寝ずに、ね?」
「ねー!」
「俺の力不足が招いたことだ、これくらいはと思って」
さっきよりも深く頭を抱え、何故か悶えた。
「わ、私寝言とかしてなかったよね!?」 顔面蒼白なのだが、頬が赤くなっている顔で聞いてくる。記憶を探っても、鈴仙が寝言を喋る場面が見当たる事はなかった。
「言ってたよ。ね、大ちゃん!」
「言ってたね、チルノちゃん!」
底が勢いよく二人に顔を向けると同時に、紅美鈴も二人を見る。その表情は呆れたようだった。
「え、やだやだ! 本当に?」
「本当だよ、ね、大ちゃん!」
「うんうん!『底、行かないで……!』」
大妖精の下手な声真似で、顔を赤くさせてこちらを窺う。心なしか、涙が溜まっている。
「『貴方が好きなの……!』だって。いやー可愛かったよー。あたいまで恥ずかしくなっちゃったんだから」
「あ、それ嘘ね」
「なんで!?」
流石にチルノの言葉には騙されなかったようだ。一瞬で真顔になった。
「いや、底はどっちかというと“仲間”だから。異性としては……うん、見てないかな」
何度も此方を見ては自分で納得するように頷く。大妖精がチルノを励ましながらも、チルノは口を尖らせる。それをよそに、紅美鈴はほっとしたように思えた。
「そういえば、私一日寝たきりだったんだってね」
底達は、食堂へ行き鈴仙に説明した。紅美鈴達にも教えるのを忘れていたので、良い機会だ、と全員に倒れた時の事を教えた。