東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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紅の門番

 

 

 

 紅魔館は草木に囲まれている。夜には蝙蝠が空を舞い、明るい内は温厚な門番である紅美鈴が目を光らせるのだ。その視線は百戦錬磨の達人そのものである。

 紅魔館相手に、夜では分が悪いのは周知の事実であった。

 青空の下、底は霧雨に作戦を伝える。

「いいか、魔理沙は不意撃ちするんだ。何回も戦ったからわかるけど、美鈴も本気を出してる。だから出来るだけ不意をつき、虚をつかないと勝てない」

 底の説得まじりの口ぶりに、霧雨は素直に頷く。

 紅美鈴に、状態異常は効かない。ならば、霧雨が空を飛び、空から光線を放てば勝機はある。いや――勝てる。

「頼んだぞ」

「まかせとけって」

 草陰から見える紅美鈴の横顔は凛々しい。スリットのあるチャイナドレスの腰には龍の姿が施された剣があり、警戒しているのが分かる。

 木の葉を縫うように飛ぶ。

 自信満々な霧雨であったが、底は何処と無く不安を持った。それは鈴仙とチルノも同じらしい。

「大丈夫なの? あの門番凄い強かったけど……」

「わからない。ただ、信じるしかない。失敗しても、俺達が出たらいい。遠距離が居るだけで戦況は違ってくるだろ」

「まあね」

「あたいよくわかんないけど、頑張るよ」

 ふんす、とチルノは意気込んだ。チルノは青と白のワンピースと小物を着けているだけだが、自然そのものの妖精だから気温は関係なく生きれる。

 難儀なものだ。妖精以外は厚着をしないとろくに動けないというのに。こういうときだけは、妖精が羨ましい。

「今回も頼むぞ」

「ええ」

「あいあい!」

 そうこうしている内に、魔理沙が紅美鈴の真上まで移動した。手で合図すると、ミニ八卦炉を下に向けた。

 光線が紅美鈴を襲う。

「当たった……!」

 声が出ていた。

 光線から、悠々と紅美鈴が出てきた。体力は三分の一まで減らせたが、それだけである。これから、紅美鈴は底達を認識し、攻撃してくる。底は、紅美鈴の連撃を凌ぐ事が出来ない。この異変は、底が倒れれば家に戻される。

「来るぞ!」

「魔理沙! あんたは遠距離で削りなさい! 私が食い止める!」

 構えた底であったが、鈴仙が前に出て、紅美鈴と拳を交える。

「ど、どうしよう……!」

 あたふたするチルノを落ち着かせ、アイシクルフォールで援護さし、底は足に雷を纏わせ、攻撃しては逃げを繰り返す。

「《彩光乱舞》」

 四肢に光が宿り、踊るように鈴仙を攻撃していく。それは徐々に激しく、狂うように。

 鈴仙の技はどれも状態異常か中距離の技。自身が対象の近くに居れば、自滅の可能性も否めない。

 体力は地道に削って、漸く半分。

 鈴仙は紅美鈴の拳や足を捌き、いなし、回避している。チルノは技を使いすぎて、息があがっている。魔理沙も、派手な魔法は使用できない。

 鈴仙だけ体力が赤になっている。大妖精をつれてきた方がよかったか。

「鈴仙、よくやった。交代だ」

 限界だ。息も絶え絶えで、まともに体が動いてない筈。そんな中で、ここまでに押さえられたのは重畳だ。

「魔理沙、頼んだぞ」

 上空の霧雨に声を張る。

 刀を中段に構える。紅美鈴も、拳ではなく腰の剣を使うようで、抜き取って鞘を放り投げた。

「《極彩鼬風》」

 その場で剣を舞のように振り回す。なにかの技らしいが、警戒に警戒を重ねた。

 体力が減っていく。

 ――真空の刃か!?

 視界の左隅にある二人の体力が減っている。鈴仙が倒れた。

「鈴仙!」

 なんとか剣の舞を止めなければ、どうしようもない。

「ここだ!《マスタースパーク》!」

 光が踊る紅美鈴をのみこんだ。ミニ八卦炉から放出されるエネルギーに、飛ばされないよう宙で踏ん張る霧雨に、サムズアップした。

 だめ押しに、刀を投げつける。

 光がやんで、砂埃が舞う。体力は見えず、紅美鈴も窺えない。

「ナイスだ、魔理沙」

 底の隣に、霧雨が降り立った。誇らしげだ。

「まだわからないぞ。チルノ、ヘイルストーム出来るか?」

「休憩したから大丈夫だよ!《ヘイルストーム》」

 横向きの嵐が砂埃を晴らす。紅美鈴は――立っていた。

「まだだ!」

「《彩光蓮華掌》」

 全てが遅くなった。

 雹を掻い潜り、こちらに駆けてくる紅美鈴に、底はなにも出来ずに居た。

 ああ、また負けるのか。頭には諦めが過った。この遅さなら、まだ回避出来るか、やってみよう。

 体を動かすも、思ったよりも紅美鈴は早く、すれ違い様に腹へ掌底を打った。

 チルノが手を底に伸ばし、なにかを叫んでいる。

 世界の速度が戻った。

「――大丈夫か!? おい!」

「美鈴は……?」

 腹を押さえながら、霧雨とチルノに無事を知らせる。

 霧雨が親指で底の背後を示す。振り返ると、紅美鈴が倒れ伏していた。

 なにがあったかを聞くと、底が攻撃されたあと、ちょうどよく紅美鈴の顔が霧雨の前に来たので、箒でフルスイングしたらしい。

「いやー、流石私の箒は頑丈さが凄いな」

「ありがとう。あのまま二撃目を入れられて負けてたかもしれない」

「いいってことよ。こいつら連れて帰ろうぜ。疲れちまったよ。なあチルノ」

 箒の先でチルノを弱く叩くと、棒が凍り、それを見ると、「うげっ」という声を漏らし、ミニ八卦炉で溶かし始める。

「あたいもへとへと。鈴仙も倒れちゃったし」

 初めて仲間が倒れた。敵は何故か底を中心に狙ってくるので、今まで仲間が戦闘不能になることはなかったのだ。

「今日は帰って休もうか。魔理沙、鈴仙をおぶってやってくれないか?」

「げげ。私がか?」

 あからさまに面倒臭そうに顔を歪ませた。

「美鈴は鈴仙よりは少し重いと思うし、チルノなら凍って死んでしまう」

「仕方ねぇな……」

 紅美鈴は筋力も体格も鈴仙を上回っている。底は筋肉がそこまでないので、休憩しつつ帰る事になるだろう。

 帰ってくると、ルーミア、大妖精、ミスティアが玄関まで迎えに来てくれた。

「やった! 美鈴さんだ!」

 ルーミアと大妖精が目を輝かせる。

 一先ず鈴仙と紅美鈴を壁に寝かせ、一息吐いた。

「そんなに嬉しいか?」

「うん! 王子様とチルノちゃん、魔理沙もありがとう!」

「鈴仙が居なかったら勝てなかったんだ。鈴仙にも言ってやれ」

「うん。鈴仙もありがとう」

 壁に凭れる鈴仙の耳元で、ルーミアが礼を言う。しかし、微動だにしなかった。

「ルーミアちゃん達、いつも昼は美鈴さんに遊んでもらってるんです。夜は危ないから帰りなさいって注意してくれるし、本当に優しいんですよ」

 ミスティアがはしゃぐルーミア達の訳を、こっそりと話してくれた。

「なるほどな……。二人とも、今日はゆっくりさせてやれよ」

 鈴仙の耳を触る大妖精と、紅美鈴の手を握るルーミアは、「はーい」と元気よく返事をして、食堂に向かった。

「さて、魔理沙達は休んでてくれ。俺は鈴仙と美鈴を医療室に寝かせてくるから」

 暇そうに欠伸をした霧雨は、ちょっと考える。

「ここまで来たんだ。私も付き合うぜ」

「本当か? 休んでていいぞ。疲れただろ」

「いいんだよ。別にお前の為じゃない。私がいい気分で過ごしたいからだ」

 つん、と顔を背ける。底はそんな霧雨に笑みを抑えられなかった。

「ありがとうな。助かる」

「だからお前の為じゃないって……! ほら行くぞ!」

 素早く鈴仙を背負って、先にエレベーターに乗った。底も急いで後を追う。

 

 底は気絶する二人の介抱していた。額に新しく絞ったタオルを乗せ、掛け布団を整える。

 その拍子に、紅美鈴はゆっくりと瞼を開けた。

「あれ……?」

「おはよう、美鈴」

 顔をこちらに向けると、にっこりと微笑んだ。

「おはようございます! ところで、ここは?」

「紫に改造された俺の家だ。腹はどうだ?」

「ぺこぺこです……」

 照れ笑いを浮かべ、上半身を起こした。

「今、夜の六時半だけど、がっつり食べるか? お粥でも良いぞ」

「……なら七時まで我慢しますね。で、なにがあったんですか?」

 真剣な表情になり、底も本題に入る。

「異変だよ。幻想郷の人、妖怪、神を紫が操ったな」

「わかりました。私を倒したということは、次は咲夜さんですね」

 底は、呆気にとられた。

 紅美鈴は、起きた瞬間から察していたようだ。

「まだなにも言ってないぞ?」

「あはは。起きていたら違う場所だなんて、あまり無いですよ。それに、隣の兎さんも気絶しているようですしね。考えたらわかりますよ」

 恐るべし、門番。底から飽きれ笑いが漏れた。

「普通はわからないから。でも、助かるよ。頼りにしてる。異変の説明は落ち着いてからしよう。今日は思う存分休んでくれ。部屋もあるから」

「はい。では、部屋まで案内をお願い出来ますか?」

「わかった」

 鈴仙を一人にするのは気が引けるが、紅魔館の住人は底にとって家族に近い。鈴仙のタオルを新しくして、医療室を出た。

 途中都合よくてゐを見つけたので、案内する間介抱を頼んだ。嫌そうにしていたが、やはり家族なのだろう、承ってくれた。

                               


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