案の定、チルノは二日酔いで倒れていた。
「今回も鈴仙、大妖精だな。あとはルーミアだ」
「わーい! 久しぶりだね王子様! よろしくね、鈴仙さんと大ちゃん!」
「よろしく」
「ルーちゃん頑張ろうね」
鈴仙はよく動いてくれ、大妖精は補助に長けている為、この二人は欠かせない。
しかし、他の者も連れていかなくては、いつか内輪喧嘩が発生するだろう。それを承知ではあるのだが、やはり強い者を同行させないと勝てない。分かってくれてはいるが、やはり今後の課題の内の一つだ。
妖怪の山麓に二人は居るらしい。紙にはそう記されていた。
飛んで向かうと、意外にも敵は居らず、快適に進めた。やはり高度を上げれば幻想郷が一望出来、その広大さに底は感嘆した。見慣れたと思っていたが、ちゃんと幻想郷を目に入れたことはなかったのだ。
妖怪の山の木は枯れていたり、緑があったり、河や滝がある。間違いなく、純粋な自然。人の手で作られたようなものは一切ない。火山もあるが、噴火の恐れは無いだろうと思った。
山を半周すると、一つの家を見つけた。どちらかと言うと、紅魔館に近い妖怪の山の麓。この家からでは紅魔館を窺えないが、飛べば紅魔館が見えるという所。家の横には、小規模の畑があった。更には、玄関前に二人の女性。
「あの二人かな?」
「そうなんじゃない?」
「きっとそうだよ。チルノちゃん二人って言ってたし」
あれが穣子と静葉という人物。右は金髪のショート。幻想郷では比較的多い帽子を着用している。形はレミリアの帽子に似たような、葡萄をあしらった赤い被り物。首には黒いチョーカー。余裕のある袖の黄色い上着。黒いロングスカートで、裾には白い模様がある。オレンジのエプロンも着けており、裾は横まであるフリル、稲穂らしい植物の意匠が黄色で描かれている。靴下や靴は履いて居ないことがわかった。
もう一人はウェーブがかった金髪に三枚セットの楓の髪飾り。赤、赤、黄の順番。スタイルが映える細めの茜色上着には、ボタンと胸ポケットがある。ロングスカートなのだが、色は上部に赤から黄に変わり、裾と襟が独特で、楓の葉の形となっている。こちらは藤色の靴下に黒い靴をしっかりと履いている。
「観察は終わったの?」
どうやら待たせてしまったようだ。初対面の相手の容姿、服装をチェックする癖を治そう、と思うもののやめられない。無意識の内に服装を見てしまうのだ。ただ、普通ならば失礼にも程があるだろう。しかし、一回死ねば戻っていたので、あまり深く考えなかった。
「すまん。やろうか」
玉を刀に変えると、鈴仙も構えた。ルーミアと大妖精は武器が無いため補助に回るが、攻撃が来ないとも限らないので、底は注意するよう呼び掛けた。
「ルーミアは先制で盲目、大妖精はいつも通りで鈴仙は柔軟に動いてくれ」
「了解」
「わかったよー」
「じゃあ先に撃つね」
ルーミアから放たれる黒い鳥は、交差して穣子と静葉へ吸い込まれるように当たった。
空中を高速で動き、炎を付与して静葉に斬りかかる。鈴仙は例の光線を出し穣子の体力を減らしていた。
黄色になり、もう一度斬る。
二人とも思いの外弱く、これならルーミアと二人でも倒せただろう。秋の神と書いているだけに、秋以外では強くないのだろうか。
「この二人はこの家で寝かせて、この調子で誰かと戦うか?」
「そうね。師匠や姫様も早く助けたいし、あんたにも恋人がいるんでしょ? 余裕があるなら行こ」
「さんせー」
「皆がいいなら行くよ。体力も余ってるし」
鈴仙は仲間の中でも、対等だと思っているので、底としては恋人の次にあの二人を救出したい。が、やはり実力は最高クラスだ。必然的に後になるだろう。鈴仙とてゐには勿論了承はもらっている。
チルノといつも一緒にいる五人は、『風見幽香』という人物に会いたいらしい。だが、五人の話ではその人物も最高クラスなのだと。
「ここからなら『鍵山雛』って神が近いな。行ってみよう」
飛び立つと、鈴仙が不安気な声を挙げた。底達は聞き止まる。
「厄神ってくらいだから、近くにいたら危ないとかあるんじゃない? 月に神の資料があって見たことがあるんだけど……」
朧気な様子だ。今も考え込んでいる。
「あー、じゃあ静葉さんと穣子さんに聞いてみよう。変更で河城にとりって妖怪だ」
紙に視線を移し一考のあと、三人に伝え、再び飛んだ。
場所は『玄武の沢』という場所で、魔法の森の奥地、再思の道に近い所にあるようだ。
探索していると、鬱蒼と生い茂る木々の間に谷があることに大妖精が気づいた。お手柄だと褒めると、少しだけ照れた様子を浮かべた。
不思議な岩だ、そう呟くと、鈴仙が教えてくれた。
「これは玄武岩ね」
名前を知って、底は玄武岩に手を伸ばした。ザラザラしている。
「玄武岩は苦鉄質火山岩の一種で――」
ペラペラと得意気に喋り出す鈴仙。意外な一面に面食らった。止まらない鈴仙に適当な返事をしつつ、どんどん降下する。木と深さが相まって日当たりが悪くなっていき、ついには真っ暗になった。
未だに説明する鈴仙がいるので場所把握には使えるが、やはり残りの二人が心配だ。声を掛け持って更に降下。
やがて緑らしい光が無数に見え、明るく照らした。光苔だ。気づけば玄武岩ではなく、垂直状に切り立った柱らしき岩壁が隙間なく並べ立てられていた。少し先に、沢があった。
「光苔って――」
光苔の説明に入った。ルーミアと大妖精共に呆れている。試しに兎の耳を引っ張ってみると、怒られた。
「いや、止まらないからさ」
底が弁解すると、鈴仙は我にかえった、とでも言いたげに辺りを見渡した。
「ここどこ?」
三人で嘆息した。
沢の敵は河童と人の大きさまである巨大蟹の二種類で、特に蟹はエンカウント率が低い。蟹鍋を考えたが、倒したら消える仕様になっているので、材料は手に入らない。
小規模の滝があり、近くに一人の青く、大きなリュックを身に付けた少女が突っ立っていた。
凝視すると、『河城にとり』と表示された。三人にアイコンタクトし、盲目にして高速で袈裟斬りした。体力は黄色。逃げた河城にとりを鈴仙が追撃し、赤となった。
「《ハイドロカモフラージュ》」
水に消えた。水辺から後ずさって様子を見る。暫くして、水面から圧縮された水鉄砲が襲い掛かった。大妖精が底に守りを掛けるが、底は躱しきれず腕に直撃を許した。体力が少し減る。
漸く姿を現した河城にとりに、鈴仙が遠くから容赦なく銃弾を放つ。
「《お化けキューカンパー》」
指先から放たれる赤い弾は、にとりから出た二本の緑の光線に相殺された。
「《ウォーターカーペット》」
地面に水が敷かれた。なにをする気なのか、底達は迂闊に手を出せずにいた。
「《ハイドロカモフラージュ》」
またもや河城にとりが消えた。水があれば消える事が出来る、底は推測して、三人に声を大にして説明した。
鈴仙が河城にとりのいた場所に弾を放つも、当たらない。もう移動している。
「どこに居んのよ……!」
四人に焦りが宿る。底も冷静を努めるが、やはり内心穏やかで居られない。実力としては弱い部類に入るが、これがなかなかどうして面倒なのだ。
「次出てきたら頼むぞ」
「《河童のフラッシュフラッド》」
底の前方から声がした。鈴仙が早撃ちし、底は襲い掛かる水鉄砲を躱す。速度はあるが、警戒していたため、余裕を持って躱せた。
「倒した!」
大妖精が思わず、と言った風に歓喜の声を挙げた。釣られてルーミア、鈴仙が騒ぎ出す。底は落ち着いて河城にとりを抱き上げた。
「早く帰って休もうか」
四人の体力は、大妖精によって回復されている。疲労困憊とまではいかないが、気だるさはある。
「そうね。早く帰ってお風呂に浸かりたいわ」
そういえば、と底は気になった事を口にした。
「妖精って風呂に入るのか?」
「あー」
大妖精が思案顔で答える。「大達、妖精は汚れがつかないんだよー。でも入る事はできるよ。流石にチルノちゃんは無理だけど」
感心の息を吐いてから、「チルノが入ったら溶けるからか」と手を叩いて納得した。がしかし、大妖精は首を振って否定した。
「チルノちゃんが入ると、一瞬で冷たくなって凍るんだよね。チルノちゃんが溶けるよりも温かいお湯が凍るのが早いの」
「チルノちゃんには妖精以外触れないの。触ったらかちんこちんに固まるか、凍傷しちゃうんだよ」
ルーミアも触れないらしい。何回もチルノで死んだこと事があるので、死ぬほどわかる。底は何度も頷いた。
「この異変が終わるか、師匠を戻せたらだけど、なにか病気や凍傷になったら永遠亭に来なさい。治してあげるから」
ま、治すのは私じゃないけどね、と舌を出しておどけた。
「私、お風呂嫌いなんだよね……頭洗うの面倒」
「大もわかるー!」
「駄目よルーミア、妖怪でも女の子なら身嗜みに気を付けなきゃ」
猫背になったルーミアと、目を輝かせ、ルーミアに同意する大妖精を鈴仙はたしなめた。
以前は風呂までもが命懸けだったので、底も同意出来たのだが、黙っておいた。
帰りは、気絶した三人をどうやって連れ帰るかに悩んだ。