チルノが比較的弱い者を思い出したと言って指差した。
『レティ・ホワイトロック』の文字。
「あたい冬で思い出したの。レティは冬の妖怪だから今いるだろうし、そこまでは強くないと思うよ」
「本当に強くないの? いまいち信用できないわ」
「良いじゃないか鈴仙。負けてもここに戻るだけだ」
「そうだろうけどさ、負けるのは嫌じゃない」
「じゃあ負けそうになったら逃げよう。で、他の弱そうなのを探そう」
「……わかった」
人数が多くなって、会議でごちゃごちゃし出したのに、底はどうするべきかと考えていた。
増えるにつれ、全員のストレスが嫌でも溜まる。会議に呼ばないのは、仲間外れにされたようで、皆難色を示すだろう。
いくら自由な部屋、食堂、浴場、遊び場があっても、やはり無意識に閉じ込められている事に対してストレスはある。底は問題ないが、パーティが四人という時点で、強い者を連れていかなければならないことは目に見えている。
このままだと力の弱い妖怪であるルーミア、リグル等は外に出れないことになる。どうにか出来ないだろうか。
倒すべく憎き相手に頼るというのは、矛盾している。だが、頼みの綱は八雲だけ。
早いところ、レミリア、博麗、アリスを助け、八雲を倒して皆を開放してやりたい。その一心で動くも、結局は焦りすぎて皆を危険に晒す。
底は人知れず、疲れからの嘆息をした。
曇天が続く。レティは魔法の森の上空にいるらしく、鈴仙とサニーとルナに飛び方を思い出させて貰い、久し振りの『地に足をつけない』という感覚を味わった。上空から里を一望すると、やはり人は居なかった。居るとすれば、寺子屋の前に直立不動する上白沢慧音くらいだろう。
「なんか強そうだから今度にしよう」
「そうね。弾幕じゃないから勝てるかわからないし」
耳を弄る鈴仙を横目に、大分安定した飛行を続ける底。
「ねぇねぇ底の兄ちゃん、今からレティっていう妖怪を倒すんでしょ? なにか作戦はあるの?」
大妖精は一人で考える事を苦手としていることに、つい最近知った。
「そうだなぁ。大妖精は出来るだけ補助に徹してくれ。体力が減ったら回復。余裕があれば加護や守り」
「私はー?」
今回はチルノを留守番させ、サニーを連れてきた。正直な所、姿を消せるのは大きい。これから、役に立ってくれるだろうと密かに期待している。
「常に見えないようにしてくれ」
皆レベルが上がったことにより、更なる技を手に入れたのだ。
底はまだ無いが、焦らずに行くべきだと鈴仙とてゐに諭され、考え直した。
そのなかでもサニー達はあまり攻撃として使えない。連携技があるのは面白いが、実戦であまり使えなければ意味をなさない。よって、一番実用的であるサニーを連れてきたのだ。
「あれがレティか」
静かに寄った。姿を消せているのか、近くに来ても攻撃してこない。感嘆した。
近くに寄ると、チルノのように周囲の気温が低いということが判明した。
薄水色のショートボブ、白いターバンらしきものに、袖が白く、上半身が青いゆったりとした服を着用している。膝下まである青いスカートに白いエプロン、白いマフラーがある。全体的に寒色系か。
背後に回り、斬る直前に炎を付与した。一気に黄色になり、気づいたレティは離れる。鈴仙が追撃して体力は赤になった。
「《テーブルターニング》《アンデュレイションレイ》」
レティの差し出された手からうねりのある、軌道の読めない白い光線が現れた。そこまでの速度は無いが、突然、その光線に恐怖を感じた。当たったらただでは済まされない。そんな悪寒さえ覚えた。
徐々にこちらへ来る。逃げようにも、寒さと恐怖で体が震え、指一本動かせなかった。これほどの恐怖は、いつ経験しただろうか。八雲に会ったときか、魂魄妖夢と刀を交えた時か、伊吹萃香と戦った時か。いや――一番の恐怖はずば抜けてレミリアと戦った時だ。あの頃は戸惑いと、初めての殺し合い、真剣勝負の補正があったはずだ。それに、途中からはレミリアに恋心を抱いていた。もし殺してしまったら、その考えも頭の片隅にはあったのかもしれない。
そんな考えをしている内に、目の前まで来ていた。急いで此方に来る鈴仙、底に守りを掛ける大妖精、心配そうに見つめるサニー、足が竦む底。
更なる技を唱えるレティ。
「《リンガリングコールド》」
光線が底に当たる。胸から雪が崩れ落ち、一足遅く、鈴仙が壁になった。続けざまに、レティのてのひらから雪で作られた一羽の鳥が鈴仙にすいこまれるように直撃した。
体力がガリガリと減り、最大から半分になり、更には凍傷の状態異常が付与された。
「大丈夫か鈴仙!? 庇うなんてことしないでも……」
「あんたが倒れたら強制的に戻るのよ。そんなこと言ってられないわ。私は良いから早く戦って」
「ありがとう……」
嬉しさ何てものは無く、ただ『庇わせ』てしまったことに罪悪感しか感じなかった。本当は心から言うべきなのだろうが、底には出来なかった。
沈んだ気持ちのままで、高速で近づきレティに攻撃する。躱され、拳によるカウンターを食らう。
顎辺りが火傷にも似た痛みがした。
攻撃の痛みは無いが、状態異常の痛覚はあるらしい。ということは、これより酷い痛みを鈴仙は我慢しているのだろうか。
凛々しい表情で弾丸をレティに放つ鈴仙に視線を移した。
時節、ちょっとした動きで顔をしかめている。やはり凍傷は酷いらしい。
「底の兄ちゃんなにしてんの! 回復してるよ!」
気づけば、光線で減った体力は回復されており、サニーと大妖精が怒りを表すように頬を膨らませていた。
「悪い鈴仙、ボーッとしてた」
「どうでもいいけど早く戦って。今の私じゃ限界があるの」
直ぐ様加勢し、炎をまとった刀で連撃する。縦に、横に、斜めに、突いて、斬って。だが、チルノの冷気を現在進行形で纏っているかのように寒いこの気温では、体が思うように動かず、全て空振りする。寒さか、眠気まで訴えてくる始末。
体制の立て直しをはかるため、鈴仙の元へ退がる。
「どうする? チルノが体にまとわりついてるみたいに寒いぞ」
「なにそれ気持ち悪い」
眉間に皺を作った。心底嫌そうな顔だ。
「冬を具現化させたような奴だ。冬とか風を操ってても不思議じゃないぞ。それよか眠い」
「絶対寝ないでよ。あんたの刀の炎貸しなさい」
付与させ、目の前に持っていくと、鈴仙は引き気味に手をあたため始めた。
「ずるいぞ。俺は一切恩恵がないのに」
「まあ見てなさい。あたたまったらあいつを倒してやるんだから」
豪語するものの、技を忘れている中、本当に出来るのだろうか。心配になりながらもレティを見ると、なんと律儀にも待っていた。
暫くして、鈴仙は一息吐いて頬を熱をもった手で叩いた。
右手の人差し指と中指を立てた。そしてその手を目に持っていき、なにかのポーズをとった。
「鈴仙レーザー!」
「なに!?」
赤い目から光線を撃ち出した。
空中なのに対し尻餅をついてしまった底を、大妖精とサニーが指差し笑った。
「ふふん。驚いたでしょ。私には無限の可能性があるのよ……」
自慢気な顔。耳を引っ張ってやりたくなった。引っ張ると、鈴仙が怒った。
「減るもんじゃないだろ。というか、器用だな」
「なにかないかって思ったらついさっき技を思い出してね。なんとか倒せて良かったわ」
視線を動かすと、本当にレティを倒せていた。驚愕でレティを忘れてしまっていた。
「倒れた……? あれ、じゃあレティ落ちてるんじゃないか?」
「あ……」
三人が声を合わせた。
「なるほど、八雲紫が大規模な異変をおこしたから手伝ってって事ね。まあ良いよ」
落下したレティは怪我一つなく気絶していた。早く暖まりたかったのもあり、レティを背負って自宅まで帰ってきた。
レティが起きるのを待ち、今は皆で食事を楽しんでいる。
「ありがとう。心強い」
「でも、なんでこんなことしたの? あの妖怪は誰よりもここを愛してたでしょ?」
「それを思うのは皆同じよ。いつだってあの妖怪が考えてることを分かるやつなんて居ないわ」
鈴仙が肩を竦め、てゐと人参スティックをかじった。
「それもそうね」
底は安堵のため息を吐いた。ここで聞かれたら、底はしどろもどろになりながら、知らないと否定するだろう。
「これから誰と戦うか、皆も考えてくれ」
一斉に沈黙した。
「そろそろ山を攻めるしかないね」
チルノが腕を組んで言った。
「山って凄い危険だって霊夢から聞いたが……」
「王子様、今は皆戦う時以外は動かないから特定の人なら倒せるよ」
「ルーミアその通り。あたいね、前に戦ったことあるんだけど、この秋みのることせいはって神様は弱いよ」
「そうなのか?」
「うん。あたい勝ったもん。まぁ、あたい最強だから勝つのは当然だけどね」
明日は山を攻める事となった。その日は皆で酒を酌み交わし、二日酔いしない程度の宴会を開いた。チルノだけ歯止めが効かず、次々と瓶を開けていった。
明日、チルノは役に立たないだろう。明日の編成について考えてから就寝した。