東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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悪魔のような氷妖精

 

 

 不満気なルーミアを宥めるのに、時間がかかった。バイキングではなく、手作りの料理が食べたいとかで作らされたり、図書館のような場所で見つけた絵本を読んでくれと朗読させられたり。

 リグルから退避してから、ずっと機嫌とりだった。

「今日はチルノの所へ行こう」

「おー!」

「チルノなら炎が苦手だろ。だから炎付与で攻撃するんだ。ルーミアはナイトバードな。体力が減ったらムーンライトレイだ」

 元気の良い返事を聞き届け、底は気合いを入れ直した。これからリグルから離れ、まず最初にチルノを倒す。

 チルノの体に触れるだけで凍りついて死ぬほどなのだから、リグル戦にも役立ってくれることだろう。いや、リグルの前にミスティアという妖怪と戦っても良い。

 見た目では、今のリグルよりも、か弱そうだった。ただ、見た目によらないことは、ここに来てから嫌というほど味わった。

 伊吹萃香を筆頭に、レミリア、フランドール。三人以外にも、ここに住んでる底の知り合いは、須く強い。底では倒す事の困難な者達ばかりだ。その中で、チルノだけは炎をつけた刀だけで勝てていた。

 甘い考えだ、八雲には嘲笑されるだろう。だが、なにも今は炎だけじゃない。ルーミアがいる。

 言い訳だが、リグルの時も疲労が溜まっていたのが敗因の一部。しかし、リグルやチルノ達に、辛くも勝利では駄目なのだ。プライドでもなんでもない。ただの意地だ。

 まだ幻想郷でも弱い部類の妖怪達に苦戦しているようでは、到底三人に勝てない。なので、せめて快勝しよう、という意地。

 体力を温存した戦闘を行い、霧の湖までやってきた。特に目新しい敵はおらず、楽にやってきた。

 目の前には氷の妖精と、緑の髪をした、チルノと同じ位の少女が居た。

 左側頭部のサイドテールにして、胸元には黄色いリボン。白いシャツの上に、青いワンピースを着用している。冬だというのに、寒さを感じないのだろうか。

 翼があった。いや、羽と言った方が適切か。その羽は虫のように透き通っていて、不思議な魅力を持っている。

「誰かわかるか?」

「大妖精って子だよ。チルノちゃんの親友なの。私達もよく遊ぶ」

 大妖精ということは、妖精の中でも上位に位置しているのだろう。二対二とは、想定すらしてなかった。迂闊だったか。

「ルーミア、戦闘が始まったら二人に盲目を仕掛けてくれ。俺がその内にチルノを溶かす」

「わかった。気を付けてね」

 まだこちらに気づいていない。二人とも突っ立っているだけだ。それが不気味ではあるのだが、底は気にしないようにしてルーミアと歩いた。

 二人を視界に入れて熟視すると、名前と体力が映し出された。四人の体力は減っていない。

 奇襲という案もあるが、流石にチルノ達相手に不意打ちはやる気が起きない。

 呼び掛けるも、案の定表情はなく、返事も来なかった。横から黒い鳥が一匹、遅れてもう一匹が二人に当たった。

 走り、刀に炎をまとわせてチルノを斬る。体力はまだ三分の一。もう一度斬りつけようとすると、チルノが暴れ始めた。大きい氷や氷柱をそこかしこに飛ばし、攻撃する。

 避けきってチルノを見ると、体力が回復していた。

「大妖精とやらは支援型だ。先に倒すぞ」

 チルノから離れ、大妖精へと走り寄ると、適当に放った氷に当たり、宙を飛んだ。

 しかし空中で体勢を立て直し、再び猪突猛進に大妖精へ袈裟斬りした。黄色になったのを確認して、もう一太刀、渾身の力で浴びせた。

 短く息を吐いて倒れた大妖精を無視して、チルノに向き直った。キョロキョロしているチルノに忍び寄り炎を付与した刀で薙ぐ。体力はさっきと同じになり、もう回復することはないので、焦らず一旦退がる。

「《ソードフリーザー》」

 動かないと思っていた口が動き、手には氷の剣が作られた。

 盲目も治ったようだ。少し治るのが早くなっている。ルーミアがまた黒い鳥を飛ばすが、チルノの氷の剣に払われた。

「もうナイトバードはいい。多分二回目や三回目になると効果が薄い」

 こうなれば力押しの方が効果的だ、と付け加えた。

 刀の炎を消し、ルーミアと並び、チルノと再び対峙する。深呼吸して、走った。

「《アイシクルフォール》」

 氷の剣を持っていない手を頭上にやり、技名を呟いた。

 瞬間、底の後ろでなにやら重いものが落下した音が聞こえた。振り返ると大きな氷柱が地面に刺さっていた。

 走っていなかったら今頃串刺しになっていたに違いない。そう考えると、血も凍るほど恐ろしい。

 ルーミアも氷柱には当たっていない。

「《ヘイルストーム》」

 次に手を前に伸ばすと、激しい風の音と共に手から底に向かって、直線に霰の竜巻が襲ってきた。

 虚をつかれ、まともに食らってしまう。余り痛くはないが、体が悴んでしまい、動かない。痛みを感じなくて良かった、心の奥深くから安心するも、チルノの技は終わる兆しを見せない。

 そのとき、脇腹に違和感がした。次には、直線竜巻から逃げ出していた。

「大丈夫? 王子様」

 ルーミアが体当たりをして助けてくれたらしい。

「ありがとう。寒いな」

 すぐに体から下ろし、構えた。基本は正眼だが、正眼から派生させたり、構えやすい姿勢にしたりする。

 今も正眼ではなく、顔の横から相手に向けて、水平に構えている。

 今使える技は、光と炎付与だけ。

 盲目はもう効かず、目眩ましして炎の刀の一、二太刀をいれれば、相手は倒せる。それをするには間合いに入るのが最低条件。

 痛覚はないので、強引にでも近づく必要があるか。

「《ムーンライトレイ》」

 体力が回復した。

 視線を外さず礼を言って、ルーミアの所へ慎重に後退りした。

 作戦を伝え、地面を蹴る。刀に炎を付与させ、上段に腕をやった。

 チルノは、合わせるように氷の剣を下段にし、足幅を広げた。

 何故技を使わないのか、疑問に思うが、近づいた瞬間放つ可能性もある。注視しながら柄を持つ手に力をいれた。

 刀を降り下ろす。同時に、チルノは剣をあげる。鍔迫り合いに移行しても溶ける事のない氷の剣は、目の前に炎があるにもかかわらず、それでも尚冷気を感じさせていた。

 チルノの腹に蹴りを見舞う。よろけたチルノに追撃し、刀を薙ぐ。確かに斬り裂かれた体には傷が見当たらないが、体力は赤となっている。

 ――まだ体勢を立て直せてない。勝機。

 薙いだ反動を利用して、一回転してから更に刀を振る。

「《ダイアモンドブリザード》」

 口が動いた。刀を止め、すぐに退く。

 一寸遅れて、猛吹雪がやってきた。あのまま刀を振れば勝てていたのに、惜しいことをした。警戒しすぎて、判断が狂ってしまった。

 じわじわと削れる体力。視界は暴風雪で遮られ、動く事さえままならない。そんな中、チルノは動けるらしく、こちらに向かって氷柱を放ってくる。

 それらをしゃがんで避け、ルーミアが居ると思われる方向に目を向けると、ゲージは黄色になっていた。この吹雪なら、支援は望めないだろう。

 無理矢理攻撃し、体力が黄色になったら回復をし、相打ち覚悟で挑もうと伝えたが、作戦が粉々に砕かれた。

 しかしこのままならば、じり貧で、負けは回避できない。最後の望みを、刀に込めた。

 切っ先をチルノに向け――感覚さえも麻痺した腕で振るい、投擲した。

 ゆっくりと飛んでいく刀。一秒が二秒だと錯覚するほど遅く感じつつも、チルノを凝視する。

 刺さり、倒れた。

 瞬間、吹雪も止み、底の心は歓喜に包まれた。

 チルノに刺さった刀を抜き取り、うずくまって体を震わすルーミアに大きく手を振った。

 体に鞭打ち、チルノを起こそうと木の棒を探して突っついた。

 気持ち良さそうに寝言を喋るチルノに苛立ちを募らせ、棒で頭を叩いてやった。

「痛い……おはよう。底……?」

 二人を連れ帰り、ゆっくりと寝かそうと思っていたが、チルノに触れるのは危険だ。いつでも冷気を纏っているので、軽く触るだけで凍傷する。

 初めて戦った時、迂闊に触れ、全身がゆっくり凍るという感覚を経験してから、チルノには極力近づかないようにしていた。

「おはよう。話は後にして、大妖精と一緒に俺の家に来い」

「あーい……」

 いくらやんちゃなチルノでも、寝起きは大人しいようだ。

 ルーミアは大妖精を起こしてくれていた。

「ごめんな。俺は繰鍛 底だ」

「私は大妖精だよー。眠いから寝ても良い?」

 幼い声だ。それに、少し鼻にかかったような可愛い声のせいか、幼さが増している。

「いや、待ってくれ。危害は加えないから、チルノと一緒に俺の家に来てくれないか? 幻想郷が大変な事になってるんだ」

 少しばかり機嫌が悪い。チルノは知り合いなので心配はないが、大妖精を連れて家まで戻るのは、少々骨が折れそうだ。

 なにかの勧誘か何かと勘違いされては困るので、ルーミアとチルノにも協力を要請した。                  


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