東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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蟲の女王

 

 

 底はルーミアに説明した。底の能力と、どうしてこうなったかを伏せて、今なにが起こっているかを。

 ルーミアはそれだけで手伝う事を了承してくれた。優しさに、底の良心が痛む。

 まだ心の整理がついていない。いつか云おうと、心に誓った。

「ルーミア、いつも一緒にいる中で、誰が一番弱い?」

「んーっとね、私!」

 純粋な笑顔で自虐するルーミアに、底は嘆息した。

「違う。チルノ、リグル、ミスティアの中でだ」

 少々考え込み、「リグルちゃんかな?」と答えた。

 次の相手が決まった。時間は昼過ぎなので、まだいけるだろうと思い、竹林に向かって歩き出した。

 行く先々で妖怪が出るので、対処に困った。毛玉、スライム擬き、鬼火が姿を現す。撃破すると、当然レベルが上がっていく。今や共にレベルは八となっていた。体力は赤になっていて、回復の仕方に困っていると、紙が落ちてくる。

『拠点は貴方の家。助けた仲間を連れて帰る所でもあるわ。ベッドか食事をすれば回復するし、貴方以外の子を三人選んで、外に連れ出せる』

 今も愉悦だと思っているのだろう。嬉々として説明文を送ったに違いない。

「ねえねえ王子様、その紙はなに?」

 紙とにらめっこする底に話しかけるルーミア。きっと、つまらないのだろう。

「なに、説明が書かれた紙だよ。どうやったら回復するかとかな」

「どうやって回復するの? 私も体力が少ないから回復したい」

「食事か、ベッドで寝るだけで良いんだって」

 ただ、杞憂があった。ベッドということは、やはり眠るはず。ならば、日付が変わってしまうかも知れない。問題は無いのだが、やはり一秒でも早く三人を返してほしい底にとって、抵抗がある。

 仮眠という選択肢もあるが、八雲なら考えているだろう。対処しているはず。

「簡単だね。王子様のお家行くの初めてだなー」

「何てことはない。普通の家だよ」

 

「な? 普通の……家……」

「広ーい!」

 家が改造されている。八雲の手によって。玄関から寝室まで、とてつもなく広くなっていた。いや、とてつもなくというのは語弊があるだろうか。

 居間も、風呂も、トイレも、変わっていた。裕に五十人以上は寛げる居間。居間と一緒になっていたカウンター式のキッチンはなくなって、大きい食堂に、バイキング形式で多種の料理が並んでいる。トイレは女子トイレ、男子トイレとあり、風呂は旅館のように浴場になっている。更には寝室があった場所には無数の扉。プレートがあり、底とルーミア以外の部屋のプレートは黒塗りになっていた。

 家というより、寧ろ旅館やホテルと言った方が適切である。

「なんで……」

 うちひしがれる底の後頭部に、紙が乗った。

『ありがたく思いなさいよね! この私が、あんたの為に家を魔改造してあげたんだから! べ、別にあんただけの為じゃないわよ! え? ありがとう? ……ふんだ』

 底冷えする感覚が襲った。底の為に、と書いているのに対して、底だけのためではないとは、どういうことか。指摘したいのは山程あるが、一々指摘すると、こちらがもたないので、無視をすることにした。

 咳払いし、気を取り直す。

「ここ、私の部屋なの?」

「そうみたいだな。部屋の中は知らないけど、多分良い部屋だと思う」

 入って走るルーミアの背中に、気を付けろよ、と声を掛け、底は自室に戻った。

 やはり、寝るためだけの部屋は、跡形もなく変わっていた。広い部屋に箪笥、キングサイズのベッド、スタンドライト。ここもホテルの一室と言って良い程だ。

 戒めである、三人の名前の血文字もしっかりベッドの近くの壁に貼られている。異質だが、底はわりと気に入っていた。三人も喜んでくれるだろうか。三人の反応が楽しみで仕方がない。

「あの寝るためだけの寝室、結構気に入ってたのにな。まぁいいか」

 寝るには早すぎるため、食事にしようとルーミアを誘った。

 作らなくてもいいのは楽だが、三人の料理が食べれないと考えると、寂しさを拭いきれなかった。

「美味しいね!」

「美味しいな。でも、もっと美味しいものが、あるんだよ」

「えー? 私が今まで食べたものの中で一番美味しいけどなー」

 そう言って、口一杯に頬張り、頬を膨らませるルーミアを見ていると、底は自然と笑顔が浮かんできた。

 

 体力も回復し、いざ行かんと気構えをした時、ルーミアがあ、と声を挙げた。

「どうした?」

「なんか、技が増えてる」

 確認すると、本当に増えていた。

 ルーミアの技は暗闇による目隠しの、『ナイトバード』だけだったが、『ムーンライトレイ』もある。

 ナイトバードは、黒い鳥らしきものが飛び、それに当たると相手は盲目になるのだが、新しく修得したムーンライトレイは、二本のレーザーに味方が当たると、回復するらしい。

 底の技欄も新しい技が出ていた。

『炎付与』

 シンプルにそれだけ。説明も普通で、武器に炎属性を付与出来る、とあった。

「俺のは大して役に立ちそうにないな。それより、ルーミアは回復か。よくやったぞ」

「えへ、王子様に褒められちゃった……」

 嬉しそうにはにかむルーミアに、底は以前から気になっていた事を聞く。

「俺の事を王子様って言うけど、何でだ?」

「怖い人から助けてくれたんでしょ? あのままだったら私死んでたかも知れないのに、王子様が止めてくれて、ずっとお姫様みたいに抱っこされてたみたいだし」

「助けたって言うのか?」

「それに、夢で王子様を見つけて、起きたの。これは運命なんだって思っちゃった!」

 なんだか飛躍しているが、まあいいか、と底は考えるのを止めた。

 漸く家から出発して、リグルを探す。

 敵の種類は増えていて、鬼火、鎌鼬、鉄鼠、希に金鼠という敵が出る。この金鼠は所謂レアで、倒すと経験値をたくさん貰えるようだが、すぐ逃げるので倒せずにいた。

 レベルが十になり、疲労も溜まった所だ。竹林の開けた場所に、一人の少女が燕尾状のマントをはためかせ佇んでいた。

「リグルちゃん、大丈夫だった?」

 駆け寄るルーミア。それに返事をせず、無言の無表情で振り返った。

 その顔を確認して、ルーミアは足を止めた。

「王子様、こいつはリグルちゃんじゃないよ」

「そうみたいだな。やるか」

『リグル・ナイトバグ』

 メーターは緑。武器を構えないので、恐らくは武術だろう。初めて会った時は確か蹴られていた。落下の衝撃も加わり、数メートル吹っ飛んでいた事が記憶にあった。

 だが、今は対峙している。それも二対一で。油断、隙はないはずだ。

「ルーミア、目隠しだ!」

「わかった!《ナイトバード》」

 黒い鳥が一直線にリグルへ向かい、そして命中した。これでリグルは盲目になった。その証拠に、リグルは顔を左右に振って、底達を探している。

 勝機とばかりに、底は足音を立てないように近づく。なんとか間合いに入り、ゆっくりと、確実に倒せるように炎を付与して下げた。

 底のメーターが三分の一になった。

 蹴られたのだ。困惑する底。一旦後退した。

 盲目のはずが、刀を紙一重で避け、更には底の腹部を蹴りつけ、見事なカウンターをしてみせた。

 一瞬心臓がはねあがり、急いでさがったものの、これでは振り出しだ。

「リグルちゃん、結構強かったんだ……」

「誰だよ、三人で一番弱いって言ったの」

「えへ、私。ごめんね」

 批難の視線を送ったが、悪びれることもなく謝られた。それ以上責めることは、底にはできなかった。

「確かに盲目になってるよな?」

「うん、当たったもん。今も見えない筈だよ」

 思考の言葉を漏らしながらリグルそっちのけで考え込んでいると、突然天啓でも授かったかのように閃いた。

「虫か!」

 虫? と聞き返すルーミアに、頷き、リグルから以前聞いた話を説明した。

「つまり、そこらにいる虫のせいで俺達の居場所がわかるんだよ」

「でも今は冬だよ?」

「冬でも幼虫はいるだろう。それに、今は昼だ。暖かいところには蝶が飛んでるはず」

 確証はないが、そこかしこに虫はいるだろう。それを頼りにリグルは動いている。だが、そこらにいるような虫を片っ端から、など出来るはずがない。もっと手っ取り早い方法は――。

「盲目ばっかりに頼れないな。これは俺達の腕だけで倒せという事だ。行くぞ、ルーミア!」

 結局、力押ししかない。

 それに、この程度の敵を倒せなければ、この先、レミリア達を倒す事は出来ない。快勝以外、許されない。

 ルーミアと同時に駆け、激しい連撃を繰り出す。徐々に消えていくリグルのメーター。今や黄色。

 道中の敵と、リグルの連戦で、ルーミアと共に疲労仕切っていた。

 息は切れ、体が重く、怠いと訴える体に鞭を打ち、リグルに刀を振るう。最初のような鋭さがない一閃は、見事に避けられ、カウンターを食らう。

 底のメーターは赤、ルーミアは黄色、リグルも黄色。なんと情けない事か。リグル一人も倒せず、なにが最愛の人を助けるだ。

 歯痒い気持ちに見舞われる中、底はリグルを何気なく見遣った。

 まだまだ余裕、だとでも言いたげに、伸脚運動までしている。

 底はギリッと歯軋りをした。色んな苛立ちが立ち込める。無意味な自分、弱い自分、レミリア達を守れなかった自分、そして、最初から八雲の遊び道具にしかなれていなかった自分。それらをのみ込み、底はルーミアを連れて一旦退避した。

「なんで逃げたの?」

「あのままじゃ勝てない。ごめんな、俺が弱くて……。今日はゆっくり休んで、明日はチルノと戦ってみよう」

 リグルと戦い、快勝するには、何かが足りない。

 これは逃げではない、リグルに快勝するための行動だ。そう自らを思い込ませた。


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