他愛もない話をし、いまや午後八時。テーブルの上には料理が二つ、並んでいる。オムライスだ。いつもは巻くのだが、今日は格好つけたかったのか、ケチャップライスの上にプレーンオムレツを乗っけている。湯気がたっている。
博麗が両手を合わせて質問する。
「美味しそう……。これなに?」
「…………」
どうやらここはオムライスを知らないほど昔らしい。と、底は率直に思う。現代でオムライスを知らない人はあまりいないと言えるだろう。知らない人も勿論いるが。しかし、博麗はなんと言ったか。底は質問を考えて答えた。
「これはオムライスだよ。簡単に言うとケチャップっていうものをご飯に混ぜて、たまごを乗っけたやつ」
「へぇー。凄いわね……」
嘆声をもらす博麗。
「まあ、食べようぜ」
スプーンを取り、促す。
広い居間に博麗と底の『いただきます』という声が響き、二人は粛々と食した。片付けは博麗がしている。というのも『食べさせてもらったんだから私が片付けくらいするわよ』と名乗り出たからだ。底も『片付けも料理の一つだし、初めての客なんだからこれくらいは……』等と断っていた。しかし、博麗はテキパキと無理矢理、底を座らせ、片付けをした。
博麗の厚意に甘えることにした底。博麗の背中越しからカチャカチャと食器を鳴らす音。暇そうに足を揺らす底。
「なんか――夫婦みたいだな」
何気なく。ふとそんな言葉が底から出た。
「そっ……」
つる。と泡の付着した皿を落としそうになる博麗だが、腕を使ってなんとか落とさずにとどまり「ちょ、やめなさいよ! お皿落ちそうになったじゃない!」振り向いて、顔を真っ赤にして――照れ隠しか――怒鳴った。
「あ、ごめん。悪気はなかったんだよ」
申し訳ない。といったように肩を落とし、頭を掻く。
「もう……。なんで今朝会った人にこんなこと言われなきゃいけないのよ……」
博麗はぼそっと呟いた。それはソファーベッドに座る底に聞こえない声量、水音もあいまって、真横にいないとわからないだろう。
「手伝おうかー?」
ソファーベッドに腰掛け直す底が博麗に聞く。
「いいわよ! 来ないで!!」
叫び、拒否する博麗。もう寧ろ底を拒否している勢いだ。底が悄然として口を尖らし、拗ねたように寝転んだ。それを横目で確認すると、「ちょっと言い過ぎたかな……」博麗は些か後悔した。
「送っていけないけど、気を付けてな」
「ありがとう。私は強いから大丈夫よ。心配されるほど柔じゃない」
家の外。空を飛ぶ練習をしていた場所で二人は立っていた。午後九時。そろそろ女の子が出歩くのも危ういだろうと思われる時間。
木々からは蝉が鳴き、ジトーっと気持ち悪い汗が出るような暑さ。家々の明り。月の光りが幻想郷を照らす。軽い熱風にも感じる風が頬を撫で、髪と服を揺らしている。空は雲一つない満点の星が広がっていた。
あれから予定を相談した。結局『明日は魔法を使う友達を呼んで、魔法の練習と底の霊力を調べてみよう』ということになった。
博麗が帰った後、熱心に、夢中になって空を飛ぶ練習をしていた。おかげで違和感なく飛べるようにはなったようだ。
朝七時半。寝室で昏々と眠っていた底は、目覚ましの騒音で目を開ける。苛立たし気に叩き止めた。そのまま石のように固まり、天井を眺める底。三分後、無気力そうに起き上がり、ベッドから降りて寝間着を白シャツ、ジーンズに着替えた。
階段を降り、黙って――面倒くさそうに――三人分の朝食を作る。スクランブルエッグ、ベーコン、ウインナー。三つの皿に盛り付けて、ご飯が炊き上がるのを待つ。
ソファーベッドに腰かけた時、ちょうどインターホンが鳴り響く。
「来たか」
立ち上がって玄関に向かう。扉を開くと二人の少女がいた。
一人は博麗霊夢。もう一人が見るからに魔法使い。
――霧雨魔理沙。
人間で自称《普通の魔法使い》
肩甲骨辺りまである金の髪。片側だけ三つ編みにして前に垂らしている。リボンのついた三角帽を頭に乗せて、黒系の服に白いエプロン。もっと細かく、簡明に、手短に、平たく言うなら、三角帽はてっぺんが長くとがり、鍔の広い帽子で。服は黒いドレスのような服に、白のエプロンっぽいもの。ぶっちゃけると見た目で『あ、この人魔法使いっぽいなぁ』と感じさせる服装だ。明らさまに魔法使いだ。それは彼女が意識して選び、着ているからでもある。
「おはよう、底」
お祓い棒を片手に、小さく頭を下げた。
「お前が底だな! 私は霧雨魔理沙、よろしくな!」
右手に持った箒を掲げた
「ん、おはよう。俺は繰鍛 底だ。よろしく。朝食まだなら作ってるから食べようぜ」
家の中に招く。二人がお邪魔しまーす。と言って、靴を脱ぎ居間に入っていった。博麗と霧雨が黒いソファーベッドに座り、底が炊きあがりの終わった炊飯器を開く。
もうもうと湯気がたち、米が立っているのを見て、底が――はっきりとはわからないが――表情を緩めた。茶碗にご飯を装う。底のは少なめにいれた。
お盆に乗せて、テーブルに並べていく。
「なあ、なんで底のだけ少ないんだ?」
ふと茶碗を見て霧雨が問う。
「いや、お腹いっぱいだといきなりのことに対応出来ないからさ」
博麗らと向かい合い、椅子に座り答える。
それを聞いて「ふーん。へんなの」と応えた。
底は特別少食というわけではない。いつも腹八分目くらいにしている。というのも、苦しいところまで食べてしまうと、満腹感で満足に動けないからだ。死ぬ時は気づく間もなく死ぬ。しかし、いち早くそれに気づいていれば避けれる。だが、満腹で避けることができないとなると、それだけで死ぬ回数が増える。これは一種のゲームだとも考えている底からしたら少し悔しく感じるだろう。中学生の頃から満腹にしないよう心がけているのだ。
『いただきます』
声がする。
「いやー、うまかったー」
底と博麗が片付けるなか、霧雨がソファーベッドに座って、満足そうに腹を撫でた。
「あんたも手伝いなさいよ。わざわざ作ってくれたんだから」
そんな霧雨を博麗が窘めた。
「いやいや、霊夢と底が二人でやってるのを邪魔するのもなんだしさ」
にやにやしながらそう言って、一呼吸して、諭すように聞いた。「それに、よく考えてみろ。私がやっても邪魔だろ?」
博麗が『うぐ』と言葉につまりながらも小声で、はっきりと「確かに……」肯定。
「なら良いじゃないか」
飄々と言う霧雨はいい人には見えないだろう。
これこそ彼女のいいところでもあるんだろうな。と、底は心の中で納得をしてみるものの、やはり無理があったようで、頭を左右に振った。
「でも――」
博麗が霧雨の言葉に尚も食い下がる。
「いいよ」
最後の一枚を流し台に置いた底が博麗を遮ったのだ。そのまま立っている博麗と霧雨に向かい、言う。「霊夢も座っててくれ。後は洗うだけだし俺が済ましておく。霧雨もごめんな、客なんだから座ってて」
博麗は沈黙し、背を向けた底に、「わかったわ。ありがとう」と礼を述べ、霧雨の横に座って「魔理沙……、あんた後で謝りなさいよ。あとお礼もね」霧雨の二の腕を小突きながら叱る。
「わかった。自分でも思ったが結構図々しかったな……。反省してるよ……」
頭に乗せている帽子の鍔で顔を隠しながら素直に自分の非を認めた。
「そう言うのは底に、面と向かって言いなさい。私に言っても意味ないわよ」
足を組んで膝に肘を乗っけて頬杖をする。端から見ると、冷たく切りはなしているが、これが普通なのだろう。そこのところ、仲のよさが窺える。
「そうだな」
帽子の傾けを直して、返事する。その視線は皿洗いをしている底に向いていた。
「よし、終わった」
手を拭きながら言った。
「お疲れ様」
博麗が労いの言葉をかける。霧雨は俯いていた。博麗がそれを見て「全く……」と溜め息を吐く。そして「私は先に昨日の場所で待ってるわよ。あんた達も早く来なさい」とだけ告げて廊下へと振り向く。
「ありがとう……、霊夢」
ぼそっと博麗にだけ聞こえる声量で感謝の言葉を述べた。すれ違い様に博麗が肩を『ぽんぽん』と叩き、居間を去る。
「……。なんで先に行ったんだろうか。待ってくれてもよかったのに」
キョトンとした顔で胸の内をもらす底。霧雨に「俺達も行こっか」と一言声をかけ、後を追おうと歩きだす。しかし、すかさず霧雨が底の服の裾をつかんで引きとめた。振り向く底。身長の違いもあって、霧雨が上目使いになっていた。
さっきとはうって変わったような霧雨にドキッとしながらもなんとか声を発する。
「どうした?」
視線を絶え間なく動かしながらも言い淀む霧雨。意を決した風に目を強く閉じ、頭を勢いよく下げて謝罪する。
「さっきはごめん! 客だからって偉そうに座っていて誰も良い思いしないよな……。本当にごめん……」
「俺は別に怒ってないぞ」
頭を上げ、でもと、底の返事に納得がいかなかったようで、引き下がらない霧雨。
しょぼんとしている霧雨の帽子をとって、頭を撫で「いいんだよ。気にしないでくれ」優しげに微笑んだ。
「…………」
口を小さく開きながら底の顔を凝視し、帽子を傾けて顔をかくす。「そ、そうか」
「まあ、俺からすると大した問題ではない。先に行ってるぞ。落ち着いたら来てくれ」
そう告げて、居間を出た。
前が見える程度に帽子をあげ「あと、ありがとう!」背中越しに底が手を振る。底の背中を見ながら「ちょっと……、かっこよかったな……」頬を赤く染めた霧雨であった。