東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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大規模異変
RPG異変


 

 

 あれから、食欲は目に見えて衰え、体も鈍った。どれくらい経ったかはわからないが、無気力に、必要最低限の事だけをしてきた。

 あの言葉の数々がそうさせたのか、それすらも考えたくなかった。

 今まで、食べては戻し、レミリア達にも八つ当たりしてしまった。毎日料理を持ってきて、励ましてくれたのに、一人にさせてくれと拒絶してしまった。

 何をしても悪感情がつきまとう。何度か自殺したこともあった。だが、皮肉にもこの能力に助けられた。死なないとわかっていても、既に死んでいるかのような自分を、殺してやりたかった。

「底、あなたがなにを思ってるのか、私にはわからない。でも、いつまでも側にいるから、怖がらないで、勇気を出して」

 いつのまにかベッドの横に、レミリアが居た。

「俺に、まだ頑張れって言うのか……?」

 声がしゃがれていた。しかし、そんなことは些細な問題に思えた。

「確かに、あなたはよく頑張ったわ。こんな体になって……。だけれど、あなたはここで終わる人間じゃないってわかるわ。私の目の前には、いつものあなたが横にいるのがみえる」

 胸に手を当て、幸せそうに笑った。

「死にたい。もう、お前らを幸せにできるような、立派な人間じゃないんだ。ベッドで寝たきり。立つことも出来ず、死ぬことも出来ず、まともに喋る事さえままならない。そんな俺に……一体なにが出来るって言うんだよ」

「なんでも出来るわ。あなたが変わろうと思うなら、不可能はないわ。私達がいるじゃない」

「もう無理なんだよ……! 真実は残酷だ。この世界よりも、残酷だ。こんなことなら聞かなけりゃよかった!」

「そう……。日を改めるわ。またね」

 返せなかった。鼻のつんとした痛みと、嗚咽、涙が喋る事を許してくれなかった。

 

「底、よく頑張ったわね。今は存分に休んで。今まで、頑張ったもんね。三ヶ月の休暇なんて短いものよ」

 次に気がつくと、アリスが居た。椅子に腰掛け、ベッドに頬杖をしている。

「レミリアちゃんと霊夢も言ってたわよ、早く元気になってほしいって。私はね、底の顔を見るだけで元気になれる。風邪をひいた時だって、底が来てくれると熱は引くわ。こんなに、愛おしい人は私達初めてなのよ? だから離したくないし、離れたくない。魔理沙は私達のこと、異常だって言ってたけど」

 視界が暗くなった。

「底、愛してる。ねぇねぇ、早く抱き締めれるくらい元気になって? 底分が足らないの。このままじゃ干からびちゃいそう」

 視界が、暗くなった。

「あなた、私達は応援してるわ」

「頑張って」

「ねぇ、底」

「底――――助けて!」

 飛び起きた。寝汗が気持ち悪く服とベッドを濡らしていた。横のライトはついたままで、誰も居なかった。しかし、一枚の紙があった。

『異変をおこした。それも今までの比じゃないものを。この異変は、幻想郷を揺るがすでしょう。貴方のそんな、道端に転がる犬の排泄物よりも醜く、気色の悪い姿を見ていると、吐き気がする。もし幻想郷を取り戻したかったら、もし日常を取り戻したかったら、もし――』

 ベッドから飛び、寝巻きのまま家を出ていた。紙の内容を見ていると、いてもたってもいられなかったのだ。続きには、三人の名前があった。

『もし、レミリア・スカーレット、アリス・マーガトロイド、博麗霊夢を取り戻したかったら、戦いなさい。貴方には、それが出来る。外に出なさい』

 八雲を許せない。そう思っていた。三ヶ月以上も無気力に生きていた癖に、レミリア達を拒絶した癖に、許せなかった。かつてないほどの復讐心に、燃えていた。

 しかし、外の寒さに、少しだけ冷えた。

 着替えてから小さい門を開くと、一枚の紙がひらひらと降ってきた。

『貴方を無気力になる前に戻した。それで戦えるはず。今から戦闘シミュレーションをしてもらうわ、いわば、チュートリアルよ』

 パソコンやなにかで書いたような字だ。苛つきを覚え、グシャグシャにして燃やした。

 目の前に白い、ふわふわとしたバスケットボール程度の毛玉が現れた。それと同時に、視界の左上に底の名前と、何かのメーター。唖然としていると、もう一枚の紙が降りてきた。

 見てる暇はないと思い、様子見していると、毛玉は何故か身動き一つしない。怪訝に思い、警戒しながら紙を見た。

『それは毛玉。今、幻想郷はゲームでいう、『RPG』のような世界になっているわ』

 そこまで見て、底は愕然として叫んだ。

『ゲームを知ってる貴方なら、大体わかる筈。実際の戦いと変わらないわ。でも、メーターがあるでしょ? それが貴方の体力。緑から黄に、最後は赤になるわ。無くなれば貴方は死ぬ。それは誰もが同じ。でも安心しなさい。貴方以外は死なないようにしてる。致命傷の攻撃を負っても体に支障はない。戦闘中じゃなければ、メニューを念じて出てくるわ。戦いなさい。そして私のところまで来なさい』

 わけがわからなかった。こんなことをする必要があるのか。そう思ってしまったが、これは皮肉なのだろうか。死に戻る能力。それはゲームのコンティニューと一緒だ。何一つ違いはない。以前、フランドールと軽い遊び――殺し合い――をしたとき、貴方がコンティニュー出来ないのさ、と言っていたのを覚えている。その際、俺はコンティニュー出来るぞ、と返したような気がする。それを聞かれたのだろうか。

 いや、頭の良すぎる八雲のことだ、そんなことで決めるようなことはしないだろう。だが、最優先はやはり三人だ。

 目の前の毛玉を注視した。すると、文字が浮かんできた。

『毛玉』と。

「それだけか。あとは体力のメーター」

 毛玉の名前の下にメーターがあった。底と同じ、緑だ。

「体が軽いな。こんなに違うのか」

 一人言を呟きつつも、微動だにしない毛玉を斬りつけた。すると、緑のメーターが目に見えて減り、半分になった。色は黄。

 実戦なら真っ二つになっていた筈。ならないのは、不可死のせいか、はたまた別の理由があるのか。

 なにか高速で動けたような気がしたが、やり方がわからなくなっていた。

 疑問が浮き出るなか、刀を玉に戻し、拳を叩きつける。すると、赤になった。

 刀の半分くらいは食らったようだ。適当に殴り倒す。

 毛玉が消えると軽快な音楽がなった。

 なにかと思いながら、メニューと念じる。すると、いくつかの文字が浮き出てきた。

 上から、技、道具、ステータス、ヘルプ、とあった。

 目の前に広がるメニューの、技を、覚束ない動作で押す。すると、文字が変わった。底の名前の下に、一つの文字があった。

《光》

 一瞬度忘れしたが、すぐに思い出した。魔法だ。レミリアに目眩ましした魔法。

 説明があり調べると、どうやら相手の目眩ましに使うものらしい。自分が使える技ってこれだけだっただろうか、と思った。なにか他にもあったような気がするが、どうにも思い出せない。

 気を取り直し、ステータスをみると、底の筋力等が数値化されているらしい。正直に言うと、低い。筋力は十三、体力は五十と、ゲームの最序盤かのような弱さだった。他にも、レベルがあった。こちらは二とあり、毛玉でレベルが上がったようだ。

 上から紙が落ちてきた。それを流し読みする。この紙は、人、妖怪、神、妖精の名前が書いてあった。その横には、居場所。博麗なら博麗神社、レミリアなら紅魔館、アリスは魔法の森。他にも知らない人物の名前が多数あった。

 この紙に記されているということは、三人とも戦わないと駄目なのだろうか。そう考えると、一気に不安が押し寄せてきた。

 早く、レミリア達の所へ行かないとならない。底は紅魔館に赴いた。

 目の前には紅美鈴が居た。刀を構え、走った。不思議にも遅く感じ、間合いに入ってから刀を振った。

 一言も喋らず、無表情の紅美鈴が、両手で刀を止めた。真剣白羽取り。

 刀を止めた紅美鈴は、底の胸に拳を打った。ぐんぐんと減るメーター。緑から黄色、赤。

 気づけば家の中に居た。底は悔しさで壁を数度殴り付ける。無力な自分では、精々壁を赤く彩るだけだった。

 底はレミリア達を必ず救うと心に決め、拳の痛みを戒めとして治療せずに、血で紙にレミリアと博麗、アリスの名を書いて寝室の壁に貼り付けた。安すぎる戒めだが、今はこれで許してくれ、そう三人に願う。

 

 まず、弱い者から戦うのが定石だろう、そう考えている。そうなると、やはりチルノかリグル、ルーミアの誰か三人。チルノは霧の湖、リグルは迷いの竹林、ルーミアは魔法の森にいるらしい。

 体をあたためてから魔法の森に向かった。

 冬だ、そう今更ながらに思った。ひきこもっていたのは恐らく三ヶ月とちょっと。空気は乾燥していて、冷風が吹き荒び、髪を揺らす。鬱蒼と生い茂る草木のざわめきは強い。

 道中の敵を蹴散らしていると音が鳴った。これでレベルは四になった。

 その調子でルーミアを探していると、黒い物体がふよふよと浮かんでいるのを発見した。黒く塗られた円形。目を凝らすと、ルーミアの名前とメーターが出てきた。

「ルーミア!」

 大きな声で呼び掛けるも、返事はない。ただ、こちらに近づいてきている。

 正気なら戦う理由はなく、正気でないならまだ良心が痛まない。

 とうとう視界が暗闇になってしまった。刹那、肩辺りに違和感がして、メーターが黄色になった。

 急いで退避し、狼狽する思考をしずめる。そして状況を確認する。外傷も痛みもない。服も変わりなく、なにをされたかもわからない。暗闇に入るのは危険だと、本能ががなりたてていた。冷や汗を浮かんだ。風が強く冷や汗で体温が更に下がるが、どうもできない。

 腹をくくり、刀を上段に構える。低速で向かってくるルーミアに、タイミングを見計らって振り下ろし、すぐに逃げる。

 手応えはあった。ただ、問題はまるですり抜けたかのような感触だったこと。当たったか心配に思いながら、黒い塊を凝視すると、体力が底と同じ、黄色になっていた。思わずガッツポーズ。

 あとはさっきと同じようにするだけ。

 間合いに入ってから、斬る。

 赤が完全に消える。同時に、軽快な音楽がなった。

 小さい悲鳴を挙げて、ルーミアの周囲の視界を封じる暗闇が無くなった。同時に、金髪の少女が現れた。

「大丈夫か?」

 恐る恐る声をかけると、ルーミアは底に気づき、花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「あ、王子様だ」

 とことこと歩き、底の腰に腕を回した。危機感の無さに、底は呆れを禁じ得なかった。                                       


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