「で、私を呼び出したと」
目の前には八雲が、いつもと変わらない胡散臭い雰囲気をまとって座っている。四六時中手にしてる扇子はなにかあるのだろうか。
「そうだ。お願いだ。今回だけじゃなく、俺に隠してる事を全て言ってくれ。絶対に怒らないと約束するし、これからも同じ関係を保つと約束するから」
「言えないわ。少なくとも、貴方と一対一じゃなければ、言えない」
三人が揃って怪訝な顔へと変えた。
「いくら紫と言えども、底になにかしたら許さないわよ」
「怖いわね。出ていきなさい。二人っきりにならなきゃ駄目なの。そろそろ頃合いだと思ってたところよ」
博麗が舌打ちした。底からも三人に帰ってもらうよう言って、見送った。
勝手ではあるが三人には、ちゃんと後で説明すると約束した。
悠然とする八雲に、底は畏縮した。八雲と大事な話をするために、二人になるのはこれで二度目だろうか。
誤魔化すようにお茶を注ぎに行き、なにか考える暇もなくいれ終わると、底は八雲に一つ手渡した。
「まず、謝っておくわね。ごめんなさい」
頭を下げられたものの、本当に誠意があるのかすらわからない。底の返事を待たず、八雲は話出した。
「まず、貴方の能力は全て、私が渡したものよ」
絶句した。言葉も出なかった。
「貴方の名字は繰鍛。なにか運命的なものを感じてね、死に戻る能力をあげたの。それだけじゃ辛いだろうから、天才の能力も渡したのよ」
「寧ろなんで渡したんだよ」
声が震えていた。
「私が楽しめると思ったからよ」
頭の中で何度も繰り返される言葉。
『楽しめると思ったから』
たったそれだけの事で、底は小さいときから死に続け、時には人を殺し、殺され、逃げて、遠回りして、学校にもあまり行けず仕事も出来ず、全てを我慢してきたというのか。怒りなんかよりも、悲しさがやって来た。
「楽しかったか?」
「ええ。貴方は今まで、私を心底楽しませてくれた。それこそ、この私が抱腹絶倒するほどにね」
「そうか……」
怒ることは出来ず、泣くことも出来ない。なんと言葉にすればいいかもわからなかった。
「貴方が今まで神が殺そうとするみたいだ、って思ってたでしょ? あれも私なのよ。折角能力をあげたのだから、危険を何十倍にしたの。いいなれば、難易度ナイトメアモードよ」
神が殺すよう、躍起になってるのではなく、一人の妖怪が全て仕出かしたこと。神なんか関係ない。
「あそこで腐らすのは勿体ないと思って、ここに連れてきたのよ。本当は、霊夢が出れば全員弾幕ごっこをするわ。レミリア・スカーレットは例外だったけれどね」
いま、自分はどんな顔をしているのだろうか、なにを思っているのだろうか。
そんな思いとは露知らず、八雲はヒートアップした。
「異変の最後は、いつも意表を突いてくれる。特に伊吹萃香と戦った時には驚かされたわ。呼ばれたギリギリまで笑いが止まらなかったんだから」
本当に愉快なのだろう。見るだけでわかってしまう。
そういえば、伊吹萃香の角を直してもらうとき、顔が赤かった。それに、息も切れていた。あれは切れているのではなく、笑いすぎて酸欠になっていたのか。
極度に落ち込んだら、人はどうでもいいことを気にするらしい。
「俺は、これからどうすればいいんだ?」
「好きにすれば良いじゃない。今まで通りに。なんだったら、ここで能力を無くしてもいいのよ。その瞬間、貴方は正真正銘、ただの人間になるけど」
何度願ったことか。だが、今となっては、あまり嬉しくない案だった。
「一つ聞いてもいいか? もし俺に能力がなかったらどうなってた」
底の問いに、八雲はいつになく真剣な表情で言う。
「他の人となんらかわりない生活を送っていたわ」
答えは決まった。というよりも、一つしかない。
「今までと変わらない生活を、俺は望む」
そうだ。この選択肢意外に考えられない。能力が無くなると同時に、日常生活でも死んでいたことは無くなるだろう。
だが、次死ねばそれまで。
そのデメリットは大きい。
もう、能力無くして生きてはいけない。それこそ、家に閉じ籠るしかないだろう。もしくは三人の内、誰かが絶対に居ないとここでは生きていけない、と考えている。
「ここに連れてきてくれたことは感謝してる。約束したから、怒らない。いつも通りの関係を望む。ただ、一つ条件がある」
「言ってみなさい」
なぜそんな上から目線なのかが解せない。
「異変や、なにかをする時は、俺に説明してくれ。状況や、どうすれば良いかを」
「それくらいなら良いわよ」
すぐに答えが返ってきた。どうやら、考えるまでもなかったらしい。相手が有利だから、それくらいは良いだろう、という同情なのかもしれない。
「時に紫さんや」
「なんだいじいさん」
「そんなボケはいらない。――今回の異変で、なにをした」
下げていた扇子を開き、口を隠した。
「貴方の言ってた通りよ。三組を屋敷に着いた瞬間に平行世界へ飛ばしたの。貴方以外の組は弾幕ごっこ、貴方は真剣勝負。貴方の組だけは他の組とリンクしていて、霊夢が解決した時間に廊下は直る。その時間に屋敷で迷っていたらね」
八雲の言いたいことは、つまりこうだ。
最初に博麗組が出る。弾幕ごっこで勝負し、見事異変を解決すると、底組の廊下の封印が解かれる。しかし、その時間に屋敷で廊下の事を知っていなければ、封印は施されたまま。
だが、四時十三分程度に異変を解決したアリス組がまた封印を解く。それが最後のチャンスだった。
「じゃあ、永夜返しってやつのあとは?」
「倒して異変解決以外は認めない」
「なるほど」
恐らく、五時がタイムリミットだったのだろう。五時になると、強制的に異変前に戻される。簡単な事だった。
「あーあ。なんだ。全部紫がやったことか」
急に座ってるのが辛くなり、ソファーから降りて床に倒れ込む。ひんやりとしていて気持ちがいい。
「そうよ。嫌いにならない? 殺したいと思わないの?」
不敵に笑う八雲を、鼻で笑ってやった。
「俺が勝てるわけないだろ。紫には勝てないし、紫の事だ。どうせ俺が繰り返しても記憶を持ってるに決まってる」
「そうね。因みに、最初に会ったとき、断られて殺したのは腹がたった訳ではないわ。私に楯突くとどうなるか、っていうのを教えただけよ」
「悪趣味だなぁ……そうか。紫か」
「何回言うのよ」
くすくすと笑う八雲に、底もつられて笑って、言う。
「なんか、もうどうでもいいや。怒る気にもならないし、今は脱力感しかない」
かわいた笑いが漏れてしまった。ふと窓を見ると、小鳥が自由に空を飛んでいた。
「私は、貴方をそんなにしても、罪悪感なんて浮かばないわ。責めの言葉一つでもくれていいわよ?」
窓に向けていた目を、閉じる。暗闇が支配した。
「いや、いいよ。ちょっとの間、ゆっくりして気分を変えたいかな」
「そう。じゃあ帰るわね」
返事の代わりに片腕を挙げた。
暫くして、手を床に倒れさせる。
「全く、紫には困ったもんだ」
一人で愚痴る。なにもやる気が起きない。誰とも会いたくない。
「本当、なんでこんなことになったんだろう……」
――久しぶりに、涙を流した。
夢を見た。自分が能力を持っておらず、平和に暮らしていた夢だ。
見ず知らずの友達と一緒に歩いていると、急にレミリアが現れ、底の名を呼ぶのだ。
飛び起きる。寝汗をかいていた。
「うなされてたわよ。何があったの?」
レミリアが目の前に居た。
何と返せば良いかわからず、レミリアから視線を逃がすと、窓に行き着いた。暗くなっている。
「言いたくないのは分かったわ。顔洗ってきなさい」
頭を撫でられた。少し落ち着きを取り戻したので、返事して洗面所に向かった。
鏡を見ると、ひどい顔をしていた。涙のあとがくっきりと残り、目が腫れている。
用を済ませると、居間に戻った。
「霊夢にご飯をつくってもらったわ。暖めるから、待っててね」
「ああ」
タッパーから皿に移し、慣れた手つきで電子レンジを扱うレミリア。普段、ここには無いものも、三人なら扱える。電子レンジも、ガスコンロも、炊飯器も、クーラーも。
どこへ嫁に出しても恥ずかしくない。そう思う。
「なに笑ってるの? 私がレンジを使うとおかしいかしら?」
「いや、そんなことはないよ。ごめん」
沈黙が訪れたが、心地よい沈黙だった。
やがてテーブルに全て並んだ。
「で、八雲紫と何があったの? 言いづらいなら聞かないわ」
「いや、大丈夫だ」
突如、心臓が素早い鼓動をしはじめた。緊張したように。
「どうしたの?」
気づけば息が荒くなっていた。
「なんでもない。俺の、能力は――」
吐き気を催した。急いで洗面所に行き、吐き出す。背中を擦られた。
大丈夫、そう言って話そうとすると、また拒絶反応のように、胃のものが逆流した。
「言わなくていいわ。聞かないから。ね?」
「ごめん、本当にごめん……!」
レミリアにすがった。情けなく、二度目の涙を流して。