「底……大丈夫よね?」
「レミリア……?」
放たれた矢は、レミリアが底を庇った事で、その進行を止めた。
顔色一つ変えずに底の心配をするレミリアに、底は内心、罪悪感でいっぱいになった。
庇われる事に慣れていない底にとって、自分を犠牲にしてきた底にとって、大切な誰かが自分の為に傷付くのは、耐えられない。
「ごめん。俺なんかの為に……」
「そこはありがとう、でしょ? こんな程度、痛くもないしすぐ再生するわ。それより、諦めないで。今回は様子見だなんて思わないで。今の私は一人しか居ないのよ」
「……わかってるさ。でも、勝てる想像が出来ないんだ」
「それなら妄想しなさい。相手を弱いと思うのよ。強いと思ってたら、体は動かないわ」
少し間をあけて、「そうだな」と返事した。
もし、八意永琳の動きが遅ければどうなるだろう。今の、攻撃に徹している八意永琳を見ると、動きが遅いのでは? そう思えてくる。
「お話は終わったかしら。こちらとしては、戦わずに逃げてくれても良いのよ? 使者が月から来なければ良いだけなのだから」
「お待たせしたわね。お生憎様、早く異変を終わらせないと大変な事になるのよ」
「再開しようか。今度は勝つ」
三人は武器を構える。
一陣の風が吹いた。それを合図に、レミリアと駆け出す。八意永琳は二本の矢を射出。
矢を避けて、袈裟斬り。矢で止められ、背後のレミリアは弓で防御されていた。予測していたのであろうレミリアが蝙蝠の群れへと姿を変え、八意永琳に襲い掛かった。
「なによこれ!」
瞬く間に真っ黒の蠢くものへと変貌した八意永琳。
『底、今よ。八意永琳を斬りなさい』
肩に乗った蝙蝠からレミリアの声がした。こんなことも出来るのか。感心を飲み込み、刀を強く握る。高速で、勢いのままに刀を振るった――。
「ごめんなさい」
二人が頭を下げる。隣にはレミリアと、八雲が居た。
倒した後にひょっこりと現れ、「ここは結界があるから、異変なんか起こさないでも月の使者は来れないわよ」等と遅すぎる言葉を放ったのだ。
何故早く来ないのかと問い掛けるも、はぐらかされ、聞き出せなかった。レミリアが黙ってるのは意外だったが、なにかありそうだ、と底は思った。
「いや、まぁ、俺はいいよ。うん。今はただ休みたい」
「帰ったらお夜食にして寝ましょうね。私、咲夜に料理を教わったんだから」
頑張るわよ、と張り切るレミリアに、底は頬が緩んだ。
「デレデレしちゃって。それより、私は疲れたから帰るわね」
「ん。またな、紫」
底は手を振ったが、八意永琳、蓬莱山輝夜、レミリアは反応さえしなかった。
「貴方、八雲紫には気を付けなさい。貴方に重大ななにかを隠してる様子だったわ」
どこを見て、聞いたらわかるのだろうか。読心術でも身に付けてそうな八意永琳は、底に忠告をしてきた。
「そうね。それには大いに同意するわ」
「レミリアもか。かくいう俺もちょっと気になってはいたが」
出されていたお茶を口にした。
考えれば考えるほどおかしい。今回だってもっと早くに言ってくれれば戦わずに済んだのに、戦いが終わった直後に現れた。
本人は、ただ忙しかっただけ、と言っていたが、どうなのだろうか。
それに、とうとう博麗やアリス、魔理沙にも屋敷で会わなかった。
「あ、博麗霊夢や霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイドという人物は来たか?」
一応、フルネームで聞いてみたが、返答は来てない、だった。
「今日は帰りましょ。久しぶりに疲れたわ。今日は底の家に泊まろうかしらね」
「そうだな。そういえばなんだかんだで泊まるのって初めてじゃないか?」
「あらあらお熱いこと」
底とレミリアを見て微笑む八意永琳に、蓬莱山輝夜は悪い笑みを一瞬だけ作り、八意永琳にしなだれかかった。
「永琳、私達も……ね?」
妙に艶かしい声を出した。八意永琳は顔を赤くする。
「もう、輝夜ったら……」
急に恐ろしい程の真顔になり、「死ね」と平坦な声色で言った。
恐怖で無意識に背筋が伸びてしまった。
「つれないわねー。面白くないわ」
口を袖で隠し、忍び笑いをする。その様子を見て、八意永琳は呆れたようだ。
「じゃあこれで俺達は帰るよ」
「ええ、お疲れ様。なにか怪我や病気にかかったら来なさい」
「またねー」
屋敷を出て、レミリアと手を繋ぎ、満天の星空を見ながら帰った。
「底ー、そろそろ起きて。霊夢とアリスも来てるわよ」
恋人の声で起きる。なんと至福の目覚めだろうか。
底にはなくてはならない存在だ。いなくなってしまったら、それこそ自殺以外の行動は無いだろう。重たいと思えるが、三人からはそれくらいが良い、という言葉を貰っている。三人とも似たようなものなのだろう。
「待っててくれ、もうちょっとしたら行く」
レミリアが返事して寝室を出る。五分程、なにをするわけでもなく、ただただ天井を見つめていた。
階段を下ると、食欲をそそる匂いが漂ってきた。以前、朝食は食べなかったのだが、レミリア達と付き合い始めてからは、朝食をとるようになった。
これも恋人が出来たから生活が変わったのだろう。一人が楽で良いと達観した気になっていた自分が、今となっては恥ずかしい。
「おはよう」
三人から挨拶が山彦のように戻ってきて、ソファーに腰かける。
「底、歯磨きしなきゃ。やってあげようか?」
嬉しそうに聞いてくる博麗に、底は断ると、しゅんとした。慰めに頭を撫でておく。
戻ってくると、既に朝食が並んでいた。
「ありがとう。いただきます」
「で、霊夢とアリスは昨日、何してたんだ?」
皿洗いを終えた博麗が座ったのを確認して、問う。
「紫に異変だって言われて、始めて気づいたわ。なんでも、月が偽物になってるんだって。それで、妖怪を退治して、輝夜? とえ、え……」
「永琳か?」
「そうそれ。その二人と弾幕ごっこで勝って、異変を止めさせたわよ。そのあと、底の家に行ったけど、居なかったから帰って寝たわ」
おかしい。
「アリスは?」
「私はいつまで経っても誰も動かないから、魔理沙を連れていったわ。底と行きたかったけど、レミリアちゃんに任せようと思ったの。まあ、大方霊夢と変わらないわ」
「そうか。二人とも、解決した時間はわかるか?」
そう聞くと、二人とも思案顔になった。
「私は確か、二時十五分位。紫が意味深に呟いたから妙に覚えてるわ」
「私は四時十三分程度よ。いろいろと手こずったわ」
「そうか。俺の考えを言ってもいいか?」
三人が頷いた。
「まず、俺は異変自体を二度体験した」
三人にどよめきがした。更に続ける。
「最初は、午前一時にレミリアが来た。異変だってな。説明を聞いて、まず迷いの竹林に行った。そのとき、リグル、ミスティアという妖怪、チルノ、ルーミアに会った。チルノと戦い、無視して進むと、次に魔理沙とアリスに会った。少し話をして、屋敷に着いた。そしたら、兎二人が居てな。てゐと鈴仙だ」
「あ、私も弾幕ごっこで戦ったわよ」
「私も」
「俺はほとんど殺し合いだった。
あいつの赤い目を見ると、レミリアが俺の事を殺しにかかってくる幻覚が見えたんだよ。
それを何回も繰り返して、そろそろ限界だと思ったとき、奴はレミリアと目を合わせた。すると、今度はレミリアが泣き出したんだよな」
「なんか、知らないことを話されると気持ち悪いわね」
両腕を抱くレミリアに、我慢してくれ、と言うと、わかってると返された。
「で、なんとか倒して、進もうとしても、無限に続く廊下があったんだ。どこから入ってもそこに通じていた。でも、四時十三分か四分位に、地震が起こったんだよ。
そしたら、無限廊下は無くなっていた。そこで永琳と戦ったり、輝夜と戦ったが、日の出の時間になった。
輝夜は『永夜返し』と言っていたな。その技を使われた瞬間、視界が変わって、次には午前一時に戻っていた。
次は色んな事を無視して早い時間に屋敷に着き、兎もすぐ倒したよ。無限廊下も二時十五分で解けた。まあ、あとはなんとか輝夜と永琳に勝った。そういえば、鈴仙達を倒したら、何故か消えてたな」
長く話したせいで、喉が酷くかわいた。ここまで話すのも久しぶりかもしれない。
「底が言う地震の時間は、アリスが解決した時間。二回目は霊夢が倒した時間になっているわね」
レミリアの言葉に、底は深く頷いた。
「俺が考えているのは、霊夢組、アリス組、俺とレミリアは、平行した世界で解決に出掛けたと思っている」
底の推測を聞き、博麗は片眉を持ち上げ、アリスは静かにお茶を啜る。レミリアは真剣に聞いていた。
「屋敷に入る前位に、平行世界に飛ばされたと仮定すると、屋敷で誰とも会わなかった事と、霊夢達が解決した時間に無限廊下が直った事に辻褄が合うと思う」
「その線もあるわね。でも、流石に荒唐無稽ではないかしら?」
レミリアの指摘も尤もである。
「でも、紫なら出来なくはない」
底の一言に、三人が同時にポカンと口を開けた。
「確かに出来ないことはないだろうけど、それをする意味ってあるかしら?」
「それなんだよなぁ。この際、紫に聞いてみるか」
何気なく口にした言葉に、三人が「それだ!」と食いついた。