東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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永夜返し

 

 

 

「レミリア・スカーレットよ」

「私は蓬莱山輝夜。よろしくね、不意打ちさん」

 ウインクする蓬莱山輝夜に、底はうぐぐと唸った。だがあれは仕方の無いことだ、そう自分に言い聞かせ、刀を拳銃に変える。見たところ、相手は和服で、動きが阻害されている。なら、わざわざ近づかずとも、遠距離で戦えばいい。

「また原始的なものを出したわね」

 目を細めた蓬莱山輝夜に、底は耳を疑った。“原始的な”と確かに言った。外ではこれを人に向ければ畏怖され、命乞いするというのに。

 そんな底を嘲笑うかの如く、蓬莱山輝夜は呆れた様子で続ける。

「全く。私を殺したいなら電磁砲や太陽光線銃でも持ってきなさい」

 そんな物言いに、底は苛立ちを覚えた。和服でなにが出来るんだ。避けてから言え、という意味を銃弾に込めて、迷わず引き金を引いた。

「――避けられないと思った?」

 ゾクリ、と背中に悪寒が走り抜ける。勝手に足が歩を進めていて、振り返ると、蓬莱山輝夜が直立していた。なにが起こったか理解できず、レミリアを見ると、時間が止まっているかのように立ち尽くしていた。

「レミリアになにした?」

「貴方が不意打ちをするんだから、私も不意打ちしただけよ。種を教える馬鹿はきっと居ないわ」

 帽子の上から頭を撫でる蓬莱山輝夜。なすがままの微動だにしないレミリア。

「能力か」

「半分正解。特別に能力を教えてあげてもいいわ。『永遠と須臾を操る程度の能力』。これ以上は言えないわね。さぁ、楽しいお遊戯を始めましょ。朝まで寝かせないわよ?」

「望むところだ」

 四時四十分過ぎ。日の出が現れてもおかしくない時間に、最後の戦闘へと移行した。

 

 蓬莱山輝夜という人物をなめていた。和服で力も弱く、交渉や頭脳として戦ったのだろうとたかを括っていたが、それは大きな間違いだったと否が応にも気づかされた。

 十回繰り返しても、一向に弱点も隙も見当たらなく、攻撃しても気づけば違う場所に居て、殺される。

 そんなやりとりを既に、何回も繰り返していた。

 八意永琳の時はドーピングをしていたと分かったものの、蓬莱山輝夜はそんな素振りもなく、純粋に楽しむように戦っている。対する底は満身創痍で、息を切らしていた。

 攻撃なんてまだ一回も食らわせていない。掠りもしない。まるで十六夜咲夜と戦っているようだ。

 刀を振ったと思えば、次の瞬間には違う場所に居て、掴む事さえ出来ない。瞬間移動の類いなのだろうか。

 永遠とは簡単に言えば、ずっと変わることのないもの。ならば須臾とは一体何なのだろうか? そんな言葉を、底は一度も聞いたことがなかったため、想定のしようもなければ仮定も出来ない。

 十五回は繰り返したが、やはり見当も付かない。

 なす術はなくなった。ただひとつを除いて。

 粒を噛み砕く。爽やかなソーダ味が口に広がった。そして飲み込む。

 これで強大な力を一時的に使用できるはず。だが、なにもない。沸き上がる力も、魔力も、霊力も回復しない。

「何してるのよ、早くかかってきなさい」

 指を曲げ挑発してくる蓬莱山輝夜に、底は待った、を使った。

 混乱する。戦う前だからよかったものの、真っ最中なら死んでいる頃だろう。

 だがしかし、やはり動揺せずにはいられなかった。ドーピングだと思っていた白い粒。本当はただの菓子なのだろうか? 戦闘が始まる前に菓子を食べるか?

 考えても考えても答えは出ず、やがて考えるのをやめ、粒の事を頭から抹消した。

「レミリアを動けるようにしてくれないか?」

「まあ、楽しみたいのは本心だしね、二対一のが面白そう。いいわ、解いてあげる」

 許可を得て、底はガッツポーズをしたいという衝動にかられた。これで勝率は五分五分となった。

 レミリアの体が揺らいだ。

「レミリア、気がついたか」

「私は……いえ、そんなことより底、行くわよ」

 妖力槍を手に、構えた。

「蓬莱山、礼を言うが、それとこれとは別だ。二人なら負ける事はない!」

「あら、まさか貴方は数が多ければ勝つと思ってる人かしら? 愚かね」

 鼻で笑われた。

「違う。レミリアと一緒だから勝てるんだ」

 怪訝な表情を浮かべた。隣のレミリアの手を握って続ける。

「愛してる人と一緒だから、俺は負けない」

「私もあなたと一緒だからこの命懸けの異変も解決しようと思うのよ」

 片手にレミリアの温もりを感じる。感じ慣れた、無くてはならない温もり。いつも支えてくれる存在。

「愛、ね。私は恋をしたことがないからわからないけれど、そんなに良いものかしらね? 鈴仙の術にかかった時は見物だったわ」

 悪そうにくすくすと笑った。

「不覚をとったけど、あれのお陰で私達はより深く通じあえるようになったわ。だって、どれだけ大切か再確認したもの。ね?」

「そうだな。俺は何回も掛かったけど、よりレミリアと離れたくなくなった」

 頷いて言ってみせる。握る力をお互いに強めて。

「……それじゃ、その愛の力とやらで私を負かしてもらおうかしら?」

「蓬莱山に勝てないと、異変は終わらないんだろ? ならやるしかない。勝つしかない」

「そうね。私も久々に全力を出すわ。形振り構っていられないもの」

 面には出さないが、レミリアは焦っているらしい。それもそうか、偽物の満月とはいえ、妖怪が強化されているままなのだから。どういう原理なのかわからないが、どうやって満月を張り付けたりしたのだろうか。

 蓬莱山輝夜なら確かに出来そうではある。

「でも――あら? もう夜明けの時間じゃない。なんで明けないのかしら?」

「俺は知らないぞ」

「これはあの賢者か、咲夜、あとは貴女にしか出来ないんじゃない?」

 そういえば、家を出た時から月が動いていない。今更気づいたことに呆れを覚えたが、無理もないか。

「月も動いてないわね。まあいいわ。私が強制的にやっちゃうんだから。頑張るわよー!『永夜返し!』」

 急激に月が動きだし、同時に視界が回った。

 

「異変よ! 今回は大規模だわ!」

 見覚えのある光景。聞き覚えのある言葉。所謂、既視感というものだろうか。いや、これは異変解決に出る時の光景だ。

「…………」

 口から、言葉が出てこなかった。それほどに狼狽していた。頭ではたくさん言葉が浮かんでは消えるなか、浮かぶ言葉を全く口にすることが出来ないのは、生まれてこの方、記憶にあるなかでは一度も無いことだった。

 レミリアが眉間に小さな皺をつくり、暫くして漸く状況を理解できた。

 異変解決に向かう瞬間には“戻っている”。いつもは戦う前に戻るのに、今のように大幅に時間が戻ったのも初めてだ。

「――底!」

 瞬きをしていなかったようで、目に涙がたまっていた。拭い、瞬き数回の後レミリアに視線を移すと、見るからに不安がっていた。

「ごめん、放心してた。行こうか」

 早口で、返事を待たずに玄関へ向かう。靴を履くと後ろで、「行こうって、知っているの?」と声がするが、無視して飛び立った。出せる最高速度で飛行する。

「まず、レミリアが今言ったように、これは異変だ。大規模な。本来の満月を隠したか、もしくはその上から偽の満月を張り付けた。それが暫く続いて、満月に力を増す妖怪達は、このままでは暴走するかもしれない。だから今夜中に解決する。違うか? 既にアリスは魔理沙と、霊夢は紫と、違うか!?」

 捲し立てる。

「合ってる……私が言おうとしたこと、全部よ」

「異変を起こしたのは永遠亭の蓬莱山輝夜と八意永琳だ。道中の迷いの竹林にはチルノ、ルーミア、ミスティア、リグルがいる。永遠亭の庭にはてゐと鈴仙という兎。特に鈴仙には気を付け――」

 右半身に重みを感じた。

「もういいから。落ち着いて。そんなに急いでも良いことはないわ」

 レミリアが抱きついていた。飛行バランスが崩れかけたので、一旦止まる。数秒後に、レミリアが言う。

「なにがあったの? 私に言ってみて」

 優しい笑みを見て、底は自己嫌悪を抱いた。今では、どうしてこんなに焦っているのか、と疑問に思う程だ。

 落ち着いて、冷静にレミリアへ説明した。

「なるほど、じゃああなたは四、五時間後の底ね?」

「簡単に言えばそうだ。ただ、どうしても、何故大幅に時間が戻ったのかはわからない。蓬莱山という人物が『永夜返し』と唱えた瞬間戻った」

 竹林の上を通ることで、あの四人組に会わないようにする。永遠亭に着いたときの疲労は無い。無駄に戦うことがなかったからだ。因みに、アリスと魔理沙には会えなかった。竹林に入っていたら会えたのだろうか?

 そんな無駄な考えは頭から捨て、永遠亭の庭に降り立った。時間は午前一時半。随分短縮出来たものだ。少し離れたところに鈴仙とてゐが立っていた。

「誰かと思ったら、すこし前に目を治してくれ、って来た人と妖怪じゃないですか」

 大きい声が耳に入ってきた。

「久しぶりだな、鈴仙にてゐ。あのときは助かったが、容赦はしない」

 底も、大きめの声で返した。

「なんで私の名前を? 貴方、本当は見えてたんじゃ?」

 レミリアに小さく言った。素早く気絶させるぞ、と。レミリアが頭を縦に振る。

「そんなことはない。俺は見えなかったぞ。隣にいる恋人が教えてくれたんだ。君は特徴的な格好をしているからな」

 底がレミリアを前にやって、鈴仙達に見せてから底の後ろに隠すように移動させた。右手を腰にあて、人差し指を立てる。

「なーんだ。あ、そこの人」

 中指。

「なんだ?」

「私の目を見てよ!」

 ――薬指。

 高速で駆け出した。狙いはてゐ。てゐならば一撃で意識を刈り取れると考えたのだ。恐らく、鈴仙ならば加減がわからなくなってしまう。

 相手の能力に関係なく、鈴仙には少なからず苦手意識があった。そのせいで、本気で殴ってしまうと思ったのだ。

 反応できずにいた、てゐの鳩尾に拳を入れた。軽くだが、速さの相乗もあって、威力はあるはずだ。

 計画通りにてゐは気絶した。横に顔を向けると、鈴仙を寝かせるレミリアが居た。

 やはりレミリアは頼れる。こちらの意図を汲み取って、それ以上の成果を出してくれて、底の出来ないことを頼んでもやってくれる。

「ありがとう。よく合図だってわかったな」

 てゐを適当に寝かせたら、レミリアが隅に寝かせた鈴仙の元へとてゐを持ち上げて横にさせた。

「すぐにわかった訳じゃないわ。それに、私は底が小さい子を気絶させたから、後に続いただけよ」

 レミリアの手を握る。

「尚更凄い。俺が気絶させた頃には既に鈴仙を寝かせるところだった。それほど動きが速かったって証拠だ」

 褒め称えると、レミリアが微笑んだ。照れの入った顔だった。

「ねえ、少し屈んでくれないかしら?」

 言われた通りに膝を地面につけると、レミリアの顔が目の前に広がった。頬にレミリアの息があたる。

 すぐに離れた。物足りなさを感じ、今度はこちらから口づけをした。熱く、長く。レミリアの顔が赤らんだ。同時に、自らにも熱が入るのを感じた。                                    


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