長い廊下をレミリアと共に歩く。永遠にも思える先の見えない廊下は、不気味極まりない。
「長いわね。なにかの術がかけられてると考えて良さそう」
レミリアの言葉に頷いた。
既に、左右にある襖を開けたりもした。だが、同じ廊下があるだけ。そう、同じ廊下なのだ。
襖を開けた先に、レミリアの小さな背中が見えたのは驚きだった。
歩いて、恐らく五分が経っただろうか。
一度戻ったらどうなるか、襖や床、天井を壊したらどうなるかなどを考え始めた。そうすれば、きっと――
「底、戻ってみない?」
「……考えてたところだ」
さっと振り返り、レミリアと戻った。
まだ一分も経ってないが、屋敷の玄関が目の前にはあった。
「これは……」
予想通りの結果に、膝をついて頭を抱える底。頭に、そっと置かれる手。
「他の入り口を探しましょ」
そうだな、と返事してスライド式の扉を開けた。変わらない庭に竹林。ただ、今まで見逃していたことがあった。
「なぁ、レミリア」
「なに?」
「……霊夢やアリスは?」
気づいたように、ハッと声を挙げた。
道中に魔理沙とアリスに会ったが、聡明な彼女達の事だ。気づいてない訳がない。なのに、いつまで経ってもここに来ないし、現れない。
「そう言われればアリスと魔理沙以外見ないわね。それに、あれから会ってない。霊夢はいつもの勘があるのに」
「もう四時十五分だ。夜明けが近い。解決するのは朝になりそうか?」
「……一刻も早く終わらせるわよ。大変な事になるわ」
「愛しのレミリアが言うなら」
おどけ、片膝をついて手の甲にキスをした。
「もう、底ったら……」
軽く紅潮させ、微笑むレミリア。
ここに来てからというもの、常に緊張の糸を張っていた。それはレミリアだって同じだろう。幻覚とはいえ、悲しんだ。辛くない筈がない。それなのに、こうして頑張っている。
少しでも緊張の糸をゆるめることが出来ただろうか。
「急いで窓や庭の入り口から侵入しよう。それでも無理なら床や天井を破壊だ」
「そうね。急ぎましょう」
庭に行き、何気なくついさっき戦った鈴仙とてゐを見る。
「居ない……!?」
「なにが?」
「鈴仙達だよ! あいつらが居ないんだ」
目を凝らしても、視線を巡らせても、最初から居なかったかのように、何処にも居ない。血液さえも。
戸惑いが生じる中、警戒しながら庭を歩く。そのまま縁側に足を置き、一息吐いた。
「歩いてたら天井から、なんてのもある。警戒して進もうか」
襖を開けると廊下が広がっていた。一度閉める。
「どうしたの?」
怪訝に、閉めた扉を睨んだレミリア。
「襖を開けたら廊下があった」
「なにを言ってるのよ――」
笑みに変えて、レミリアが襖を開いた。またしても廊下。閉めた。
「廊下だった」
「廊下だな」
二人で深い溜め息を吐いた。違う場所を探そうと提案する底に、肯定しかしないレミリアだった。
午後四時半。底の額には青筋が立っていた。
というのも、行き道のどこからでも、いずれ廊下に繋がるのだ。窓から入ると廊下、縁側や玄関、襖も廊下。壊そうともしたが、傷一つつかない。
「どうするよ」
内心うんざりだった。声色にも出てしまったが、仕方ないと思う。
「正直お手上げだわ。どうする――」
遮ったのは、小さい地震だった。咄嗟にレミリアを抱いて守るが、なにもないことがわかった。名残惜しい気持ちを抑えてレミリアを離す。
「地震なんてここに来てから初めてだよ。それより、なにがあったんだろうな」
地響きが起きる程の攻撃を誰かがしたのか、異変の犯人が何らかの行動を起こしたか。
レミリアは思案顔になった。
「霊夢だったりしてね」
冗談らしく、くすくすと笑う。
霊夢ならやりかねないな、と返して、底も笑った。
「ともかく、どっちにしろ進む場所は廊下以外にないみたいね。底、行きましょ」
レミリアが右手を差し出してきた。一緒に居るときは当たり前となった手を繋ぐという行為。左手にレミリアの温もりを感じながら、近くの襖を開いた。
相変わらず廊下があり、左右を確認すると、右に玄関、左にはたった一つの木製扉があった。
「扉があった。さっきの地響きが……?」
「十中八九関係してるわ」
手を引っ張られ、つんのめりそうになる足に力を入れた。
進む毎に、強大な力を感じた。徐々に底の体を蝕む。
一歩、頭痛。二歩、目眩。
もうあと五歩程度だと言うのに、届かない。覚束ない足取りに、前にいるレミリアが気づいたようで、問いかけてきた。
「なんか、強い力を感じないか? それにあてられたかして、ちょっと辛いんだ」
呼吸が荒い。例えるなら、高熱を出した時に無理矢理歩いてる状況に似ている。
「大丈夫? 座って休憩して」
木の壁に凭れ、息を整える。回復はしていくらしい。ただ、そこから一歩でも動くと、頭痛が襲ってくる。
「底は動けないわね。なら、ここで待ってて。ささっと終わらせてくるわ」
止める底に微笑んで、何時も着用しているナイトキャップを、何故か底の頭に乗せた。そして続ける。
「私は不死身よ。あなたが愛してくれる限りはね」
それに体がなくなっても再生するしね、おどけた様子で言って、扉に手をかけようとした。
「危険だ、待ってくれ。すぐに俺も」
立ち上がる。痛みはなく、一歩進むと、やはり激痛がやってきた。
「無理は駄目よ。私を信じて。必ず倒してみせるから」
顔だけこちらに向けて、扉を開いた。隙間から竹林が窺え、月光が差し込み、レミリアを照らす。
「ゆっくりで良いから、来て」
出ていった。差しのばした手に反応せず。
「レミリア……」
静寂の心細さを飲み込んで、ちょっとずつ這いずる。それでも進むにつれて、痛みは増し、目眩を伴う。胃のものが逆流する前に止まり、休憩する。それを繰り返して漸く扉の前にやってこれた。十分やそこらの時間を犠牲にしたが、成果は大きいだろう。
痛みは無い。扉付近に来れば安全なのだと思った。脂汗を腕で拭う。
体を強張らせつつも、扉を開ける。土、竹、月。そしてレミリアの背中。弓矢を携えた銀髪の女性と、見惚れるくらいの美女がいた。戦いは始まっていないようで、安心して駆け寄った。
「遅くなった! レミリア!」
銀髪の女性が唐突に弓を構え、「動かないで」と鋭く、ドスの効いた声を挙げた。思わず両手を挙げる。
「貴方、勘違いしてないかしら?」
「な、なにが――」
「底! 逃げて!」
背中を向け、叫んだレミリアに銀髪の女性が矢を放った。綺麗な放物線を描き、形容しがたい音を出し、額を貫いた。後ろから見ても、死んだとわかってしまう。後頭部には、矢が出ていた。
「え、あ……レミリア? 嘘だろ……」
心臓が大きく跳ねた。一瞬で冷や汗が出て、脳が訴えていた。
『死んだ』
と。
背中から地面に倒れるレミリアを、底は支える事が出来なかった。体が動かず、今でも『死んだ』と『死んでない』がせめぎあっていた。視界がぼやける。
小さい体には、無数の矢が刺さっていて、無惨と言う他なかった。
うわ言のようにレミリアの名を呟きながら、レミリアに近づく。弓矢を向けられているが、気にせずレミリアの上半身を抱き起こした。
「レミリア、大丈夫だろ? 生きてるよな?」
眠るように目を閉じていた。
引き続き呼び掛けるが、返事はない。慣れない手つきで脈をはかるも、やはりなにもなかった。
やり直す為にナイフを型どらせ、自らの首に押し当てた。
「自害する気? そう簡単に命を捨てるもんじゃないわ。私達が言うのもなんだけれど」
「レミリアが死んだ。ならやり直す。俺が死ねばレミリアは戻るんだ」
「……やり直す?」
「死に戻る程度の能力。こいつに何度も苦しめられた。でも、今はあってよかったと思ってる」
終わらせ、目をつむる。ナイフに力を入れた。その時、砂を踏み締める音がした。
「貴方は本当にそれでいいのかしら? やり直すとしたら、世界線がどうのこうのって話になるんでしょ? なら、貴方が死ねばそのレミリアって子は貴方が居ない世界で暮らす事になるのよ?」
初めて黒髪の女性が喋った。外見に似合う、美しい声だ。
……しかし、黒髪の女性の言いたい事は分かる。パラレルワールドの事だろう。もしここで底が死んだら、この世界は底が死んだということで世界が進む。
だが、それも今更だろう。
「殺した奴が諭そうとするなよ」
言うだけ言って、声をシャットアウトするように首を斬り裂いた。熱く、勝手に背筋が伸びる痛み。二人に見えるように、少しでも罪悪感を起こさせればいいという、みっともない考え。
幻聴だろうか、遠退く意識を引っ張るように、レミリアの呼ぶ声がした。幻覚だろうか、薄暗くなる視界に、レミリアの泣き顔が映った。